第14話 絶対者とは
「あはははは! 繋がった、繋がったぞ! アリアの神聖力が僕の中に流れ込んでくる! これで僕は不老不死の絶対者だ!」
血を流しながら狂ったように笑うシリウスの身体から、赤黒い魔力が凄まじい勢いで膨れ上がっていく。
一方、ルシアス陛下の背後では、血の呪いの帯に縛られたアリア様が、苦しそうに胸を押さえてその場に膝をついていた。
「アリアッ!? クソ、この呪いの帯、剣で斬っても手応えがない……! アリアの生命力と完全に同調しているのか!」
ルシアス陛下がかつてないほど焦燥し、魔剣を構え直す。物理的な攻撃を加えれば、そのダメージがそのままアリア様にフィードバックされてしまうのだ。シリウスはその様子を見て、さらに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「無駄だガルディアの皇帝! これは我が王家に伝わる絶対不可逆の魔導生贄契約! 一度発動すれば、器である僕が死ぬか、生贄であるアリアが干からびるまで絶対に止まらんのだぁぁ!」
(……絶対不可逆の、魔導生贄『契約』、ですか)
テラスの上でその言葉を聞いた瞬間、私の優秀な頭脳が、カチリと音を立てて冷徹な計算を開始した。
私は眼鏡のブリッジを押し上げ(※しつこいようですが気分です)、手元に準備していた「前の国の王室極秘魔導法ファイル」のデータを脳内で超高速検索した。
「セリア様、ギルバート様、アリア様の周囲の空間を一時的に固定してください。3秒で終わらせますわ」
「え? リリア、一体何を……」
「おやおや、また君の恐ろしい頭脳が何かを見つけたようだね」
二人が即座に魔力を放ち、アリア様の呪いの浸食を物理的に遅延させる。
私はテラスの欄干を優雅に乗り越え、ドレスの裾を翻して庭園へと華麗に着地した。そして、苦しむアリア様と、肥大化していくシリウスの間に、すっと割って入ったのだ。
「シリウスさん。あなた、本当にどこまでも書類の手続きが杜撰ですのね。呆れて胃が痛くなりますわ」
「何だと……!? 死に損ないの書類女が、何を言っていやがる!」
「あなた、先ほど『我が王家に伝わる魔導生贄契約』と仰いましたわね。ええ、確かにその術式の基盤となる契約書は、前の王国の王室地下書庫に厳重に保管されていました。……ですが、覚えていますか? その前王国の王室資産、および魔導契約の全管理権限は、先日の【国家解体調印式】を以て、すべてガルディア帝国へ合法的に譲渡・・されているのです」
「……は? それが、どうした……」
「つまり、その契約書の現在の『第一所有者・管理責任者』は、こちらのルシアス陛下。そして、その実務を委任されているのは、筆頭補佐官であるこの私、リリア・エインズワースですの。……管理者の許可なく、凍結された旧国家の不正な隠し契約を無断で強制発動する行為。これは我が帝国の魔導行政法、第24条第8項【不正アクセスおよび無許可の公金(魔力)横領罪】に該当しますわ」
私が指先でパチンと音を鳴らすと、アリア様を縛っていた赤黒い光の帯に、突如として青い「警告ウィンドウ」のような魔導文字が大量に浮かび上がった。
『エラー:申請者の権限が失効しています。管轄組織が解体されているため、この契約は無効です。不正な接続を遮断します』
「な、何が、起きているんだ……!? 僕の不老不死の力が、接続が切れる……!? アリアの力が吸い込めないぃぃ!」
ガクガクと震え、魔力が霧散していくシリウス。
アリア様を縛っていた呪いの帯は、私の放った「契約無効化(事務処理)」の手続きによって、ただの煙のように跡形もなく消え去った。
「はぁ、すっきりした。アリア様、もう大丈夫ですわよ」
「あ……身体が、軽い……! リリア様、ありがとうございます……!」
アリア様が私の胸に飛び込んできた。私は彼女を受け止めながら、ルシアス陛下に向かって極上の営業スマイルを送った。
「ルシアス陛下。不正ログインの処理は完了いたしました。あとは、不法侵入したゴミの物理的な【データ削除・・・・・】をお願いいたしますわ」
「……よくやった、リリア。お前のその有能さには、神すらもひれ伏すだろうな」
ルシアス陛下は、アリア様が完全に無傷で救出されたのを確認し、今度こそ一切の容赦を捨てた「真の皇帝」の覇気を解き放った。
魔剣から立ち上る黒炎が、夜空を焦がさんばかりに巨大化していく。
「待て! 待ってくれシリウス! いや、ルシアス陛下! 僕が悪かった、僕を助け――」
「我が愛しの聖女を害しようとし、我が国の至宝である補佐官の時間を奪った罪……その身に刻んで消え失せろ。――『終焉の一撃』」
ルシアス陛下が魔剣を真っ直ぐに振り下ろした瞬間、離宮の庭園が眩い漆黒の光に包まれた。
絶叫を上げるシリウスの肉体は、その醜悪な禁忌の力ごと、分子レベルで綺麗さっぱり消滅し、ただの灰すら残さずに夜の風へと溶けていった。
かつて私たちを苦しめ、ブラックな搾取を続けていた元王太子シリウス、ここに完全消滅である。最高のざまぁみろ、だ。
* * *
翌朝。
シリウスの脅威が完全に去り、帝国の王宮には本当の平和が訪れた――はずだった。
「リ、リリア補佐官……大変ですわ、これを見てちょうだい……」
出勤早々、セリア様が引きつった顔で、私のデスクの上にドサァァァン!!と凄まじい音を立てて「新たな書類の山」を積み上げた。前の泥舟国家の書類の山よりも、優に3倍はある。
「あら、セリア様。これは何の冗談ですの?」
「冗談じゃないのよ……。シリウスを消滅させて王国を完全に吸収したまでは良かったんだけど、旧王国の全領地からの『戦後処理の申請書』と『税制統合の確認書』が、一晩で全部ここに転送されてきちゃったの……。これ、他の文官じゃ処理の仕方が1行も分からなくて……」
私は思わず白目を剥きかけた。
バカ王子は消し去ったが、彼が残した「国家規模の負の遺産(ブラック残務)」が、巡り巡って私の元へと帰ってきたのだ。
「ダメだ! リリアにそんな残業はさせん!」
そこへ、アリア様を連れたルシアス陛下が、大量の高級栄養ドリンクと極上マカロンを抱えて部屋に突入してきた。
「リリア、これは私が全責任を持って他の文官にやらせる! お前は今日、アリアと一緒に一日中サロンでエステを受けて、美味しいお菓子を食べる仕事をしてくれ! 頼むから過労で倒れて他国に行かないでくれ!」
「リリア様、私と一緒にマッサージを受けましょう……っ!」
あまりのブラック残務の襲来に、大慌てで過保護な特別有給休暇をねじ込んでくる皇帝夫妻。
バカ王子は滅びたが、私の有能すぎる頭脳を巡る、ホワイトで賑やかなお仕事&プロデュース生活は、まだまだ終わりそうになかった。
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