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第13話 定時5分前の危機

「定時5分前に脱獄してこちらに向かうなど、労働基準法だけでなく私のプライベートまで侵害する気ですか、あのバカ王子は」


 セリア様からの緊急報告を聞いた瞬間、私は手帳を机に叩きつけ、冷徹な笑みを浮かべた。

 

 すべてを失ったシリウスが、前王室の禁忌『生贄の儀式』を我が身に刻み、魔人となってこちらへ向かっている。アリア様を強奪し、自分が不老不死の絶対者になるための最後の悪あがきだ。


「リリア、アリアは私が守る。奴がこの離宮の敷地に一歩でも入れば、今度こそ塵一つ残さず消滅させてやる」


 奥の部屋から出てきたルシアス陛下は、アリア様を背後に庇いながら、禍々しい漆黒の魔剣を引き抜いた。その瞳には、大切な婚約者を脅かす害虫への、底知れない殺意が満ちている。


「いいえ、ルシアス陛下。陛下が直接手を下すまでもありませんわ。あのようなセキュリティ意識の低い泥舟、私の『防衛事務処理』だけで十分です」


 私はすっと眼鏡のブリッジを押し上げ(※眼鏡はかけていませんが気分です)、セリア様とギルバート様を振り返った。


「セリア様、離宮の第一〜第三防衛ラインの魔導罠(トラップ)を起動。ギルバート様、あなたの空間魔法で、奴の侵入経路をピンポイントで『我が国の確定申告並みに複雑な迷宮』へと誘導してください」


「おやおや、手厳しいね。喜んで手を貸そう」

「了解よ、リリア補佐官。徹底的に痛めつけてあげるわ」


 二人が不敵に笑い、瞬時に作動を始めた。


 ――数分後。

 離宮の広大な庭園に、ドスン、ドスンと重苦しい足音が響き渡った。

 現れたのは、かつてのきらびやかな王太子の面影など微塵もない、醜悪な姿となったシリウスだった。全身に赤黒い禁忌の術式がのたうち回り、背中からは禍々しい魔力の触手が生え出ている。


「アリアァァァ! 僕の生贄、僕の不老不死の器ぁぁ! どこだぁぁ、僕のものになれぇぇ!」


 理性を失い、獣のように咆哮するシリウス。彼は離宮の正面玄関へと猛進した――が、その一歩目を踏み出した瞬間。


 ピカァァァッ!と地面から凄まじい雷撃の魔導トラップが炸裂した。


「ギャアァァァッ!? な、なんだこれはぁ!」


「第1の罠、『書類不備による強制送還(サンダー・トラップ)』ですわ。不法侵入の手続きを踏まない不届き者には、相応のペナルティが与えられます」


 私がテラスの上から冷ややかに見下ろすと、シリウスは黒焦げになりながらも、怨念の力で再び立ち上がった。触手を振り回し、今度は空中から離宮の窓を突き破ろうと跳躍する。


 しかし、ギルバート様の空間魔法により、彼の目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。

 シリウスが飛び込んだ先は、アリア様の寝室ではなく――壁一面に「未処理の領地決済書類」がビッシリと貼り付けられた、出口のない無限ループの魔導迷宮だった。


「うわあぁぁぁ!? なんだこの部屋は! 書類が、文字が僕を襲ってくるぅぅぅ!」


「第2の罠、『残業無限地獄(ループ・メイズ)』です。私が前の国で味わった徹夜の苦しみを、その脳細胞に直接叩き込んで差し上げましたわ」


 迷宮の中で精神をゴリゴリと削られ、ボロボロになって庭園へと吐き出されたシリウス。かつての補佐官(私)が仕掛けた完璧なデスクワーク防衛(トラップ)の前に、魔人化したはずの元王子は、戦う前から完全に満身創痍となっていた。


「おのれ、おのれリリアぁぁ! ただの書類女のくせに僕をコケにしおってぇぇ!」


 シリウスは血反吐を吐きながら、背中の魔力触手をすべて一箇所に集束させ、離宮のテラスにいる私へと向けて解き放った。


「消え失せろ、虫ケラが」


 その攻撃が私に届くより早く、漆黒の閃光が夜空を切り裂いた。

 ルシアス陛下がただ一振りした魔剣の刃が、シリウスの放った最大火力の触手を根元から綺麗に消し飛ばしたのだ。陛下はテラスから庭園へと音もなく飛び降りると、シリウスの胸元を容赦なく踏みつけた。


「ガハッ……!? が、ガルディアの、皇帝……!」


「私のリリアを『書類女』と呼んだな。彼女は我が帝国の至宝であり、アリアを救ってくれた恩人だ。お前のような無能な泥舟が、気安く呼んでいい名前ではない」


 ルシアス陛下が冷徹な瞳でシリウスを見下ろし、魔剣の先端をその喉元へと突きつける。その背後からは、恐怖に震えながらも、陛下を信じてじっと見守るアリア様の姿があった。


「終わりだ、シリウス。お前の犯した罪のすべて、ここで私が終わらせてやる」


 陛下が魔剣に魔力を込め、トドメを刺そうとした――まさにその瞬間。

 踏みつけられていたシリウスの口元が、不気味にニィッ……と裂けるように歪んだ。


「ひははは……! 死ぬのはお前たちだ! 繋がれ、僕の生贄の契約(・・・・・・)の呪いよ!」


 シリウスが自身の心臓を自ら突き刺すと、彼の肉体から放たれた血の赤黒い光の帯が、一瞬にしてルシアス陛下の背後にいたアリア様へと伸び、彼女の身体を縛り上げたのだ。


「あ、あああぁぁっ……!? る、ルシアス陛下、身体が、私の神聖力が吸い上げられて……っ!」


「アリアッ!?」


 アリア様が苦痛に顔を歪ませ、その場に崩れ落ちる。シリウスは血を流しながらも、アリア様の強大な力を強制的にリンクさせて吸い上げ、その傷を急速に再生させ始めていた。前の王室が仕込んでいた、契約の『強制発動』の罠が、最後の最後で牙を剥いたのだ。


読んでいただきありがとうございます!

次回もお楽しみに!

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