第12話 突然の出来事
「リリア様……? そこに、何が書かれているのですか……?」
不安そうに私の顔を覗き込むアリア様。その澄んだ瞳を見つめる私の手は、羊皮紙を握りしめたまま怒りで微かに震えていた。
そこに記されていたのは、前の泥舟国家の王室が隠蔽し続けていた、あまりにも身勝手で残虐な『生贄計画』の全貌だった。
「リリア、一体何が書かれているんだ。私に言ってみろ」
ルシアス陛下が私の様子を察し、鋭い氷の双眸で羊皮紙を睨みつける。私は大きく一つ深呼吸をし、溢れそうになる怒りをプロの冷静さで押さえつけながら、その内容を読み上げた。
「……アリア様。前の王室は、あなたに【古代太陽神の直系】としての強大な神聖力が宿っていることを、最初から完全に把握していましたわ。彼女を冷遇し、過酷な結界維持の仕事をワンオペで押し付け、常に精神的に追い詰めていたのには、すべて明確な理由があったのです」
「理由……ですか?」
「ええ。太陽神の直系の力は、本人が絶望し、心身ともに限界まで追い詰められた瞬間に最も高まる……。前の王室は、アリア様の力を極限まで高めさせた後、彼女の命そのものを王家の血統に吸い上げ、王室の人間を『不老不死の絶対強者』に変えるための【生贄の器】として、あなたを利用しようとしていたのです。シリウス殿下との婚約は、その儀式の日までアリア様をこの国に縛り付け、周囲のヘイトを集めて心を削るための最悪の罠でしたわ」
「そんな……っ!」
アリア様が衝撃のあまりよろめき、その小さな手で口を覆った。彼女が国のために尽くしてきた健気な祈りは、すべてあのバカ王子とその父親によって、自分を殺すためのナイフへと変えられていたのだ。
「――あのクズどもがァァァ!!」
その瞬間、神殿全体が激しく揺れ動いた。
ルシアス陛下から放たれた、かつてないほどの凄まじい「漆黒の魔力」が、古代の石壁にヒビを入れていく。陛下の顔は怒りで完全に般若のようになっており、その手にある魔剣が不気味な咆哮を上げていた。
「アリアを、私の愛しいアリアを……ただの生贄の道具として扱っていただと!? あの国は解体するだけでは生ぬるい! シリウスも元国王も、今すぐ私の手で魂ごと消し飛ばしてやる!」
「ル、ルシアス陛下、落ち着いてください……っ!」
怯えるアリア様を、ルシアス陛下は我を忘れたように、しかし壊れ物を扱うかのように優しく、その広い胸の中にきゅっと抱きしめた。
「アリア……すまない。怖がらせるつもりはなかった。だが、誓おう。あのような汚らわしいクズどもの陰謀など、この私が、ガルディア帝国のすべてを賭けて粉砕する。お前はもう二度と、誰の生贄にも、道具にもならない。私の隣で、世界一我がままに、世界一幸せに生きるんだ」
陛下の必死で、どこまでも過保護な愛の誓いに、アリア様はぽろぽろと涙を流しながら「はい……っ、はい……!」と何度も頷き、陛下の胸に強くしがみついた。
(よし、陛下、怒りのあまり糖度が天元突破していますわね。最悪の陰謀すらも二人の絆を深める糧にする……これぞプロデューサーの極意ですわ)
私は手帳に「陛下、怒りの過保護モードでアリア様への執着心がカンスト」と素早くメモを取り、隣で驚嘆しているギルバート様を振り返った。
「ギルバート様、この情報の提供、感謝いたしますわ。おかげで前国の『残党』が狙うべき最後の標的が明確になりました」
「いやあ、驚いたね。僕の国の魔導士でも気づかなかった陰謀の裏を、君は数秒で読み解いてみせた。本当に恐ろしい補佐官だよ、リリア」
ギルバート様は本気で私に感服したように肩をすくめた。
これで、前国の王室がアリア様を奪い返そうとしていた本当の理由が分かった。国家の崩壊を止めるためではなく、自分たちが不老不死の化物になるための『生贄』を失いたくなかっただけなのだ。
謎が解け、私たちはアリア様を優しく労わりながら、再びギルバート様の魔法でガルディア帝国の離宮へと帰還した。
その日の夕方。
私はルシアス陛下からアリア様の「特別メンタルケア休暇(※お二人で一日中部屋で甘える特権)」の申請書を受け取り、笑顔で許可のハンコを捺していた。これで二人の仲はさらに深まる。完璧なシナリオだ。
――しかし、定時退社まであと5分というその時。
執務室の扉が、凄まじい勢いでバァン!と押し開かれた。
息を切らせて飛び込んできたのは、顔を真っ青にした特級密偵のセリア様だった。
「リリア補佐官、大変よ! 今、鉱山監獄から緊急の魔導通信が入ったわ!」
「セリア様、落ち着いてください。定時直前のトラブルは残業の元ですわよ?」
「そんなことを言っている場合じゃないの! 地下牢に収容されていたはずのシリウスが、前王室に伝わる古代の禁忌『生贄の儀式』の術式を自分の肉体に無理やり刻み込んで――見張りの騎士たちを皆殺しにして脱獄したわ! 彼は完全に理性を失った化物(魔人)と化して、アリア様を奪うためにこちらへ向かっている!」
手帳を閉じる私の指が、ピタリと止まる。
すべてを失ったおバカ王子が、最後の最後で本物の狂気に狂い、最悪の禁忌を纏って私たちのホワイトな新生活を壊しに迫っていた。
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