第10話 陛下への忠誠心
「……そこまでにしていただけますか、第一魔法帥ギルバート様。初対面でいきなり女性の手を取るなんて、魔法大国のエチケットは随分と独創的ですのね」
私はギルバート様に握られた手を笑顔のままスッと引き抜き、営業用の完璧な一礼を返した。
「リリアから離れろ、ギルバート! 我が国の三重結界を無断で突破した不敬、ただで帰れると思うなよ!」
ルシアス陛下が魔剣の柄に手をかけ、室内が凍りつくような殺気を放つ。セリア様もいつでも動けるよう、背後で暗器を構えていた。アリア様は私の後ろで「リ、リリア様が連れて行かれちゃう……!」とハラハラしながら見守っている。
そんな一触即発の空気の中でも、白銀の髪をなびかせるギルバート様は、困ったように眉を下げてクスリと笑うだけだった。
「おっと、怖い怖い。大陸最強の皇帝陛下に本気で睨まれるのは御免被るよ。僕はただ、あまりにも優秀なリリア補佐官を、一目見たらどうしても諦めきれなくなってね。改めて言うよ、リリア。我が国なら君に『国家魔導予算の全権』を預けてもいい。どうだい?」
「大変魅力的なお話ですが、お断りいたしますわ」
私は即座に、しかし最高に優雅に微笑んで首を振った。
「な、なぜだい!? 条件ならいくらでも上乗せするよ?」
「理由は簡単です。私は大好きなアリア様が、こちらのルシアス陛下と結ばれて世界一幸せになる瞬間を、特等席で見届けるという【最優先任務】がございますの。それを放棄してまで海を渡る気はございません。それに、ガルディア帝国は私を最高にホワイトな環境で迎えてくれました。恩を仇で返すような真似はいたしませんわ」
「リ、リリア……っ!」
「リリア様……! 大好きです!」
私の言葉に、ルシアス陛下は感動に目を震わせ、アリア様は後ろから私に抱きついてきた。推しの抱擁、最高である。
「なるほど……。君のその、冷徹な頭脳の裏にある熱い『忠誠心』と『プロデュース魂』。ますます気に入ったよ」
ギルバート様は諦めるどころか、その紫色の瞳をいっそう妖しく輝かせた。
「そこまで言うなら、僕も簡単には引き下がらない。ルシアス陛下、提案があるんだ。リリアがそちらにいる間、僕も『同盟国の特使』として、このガルディア帝国にしばらく滞在させてもらうよ。これなら無断侵入の件も、公式の外交活動として処理できるだろう?」
「なっ……我が国に滞在だと!? お前のような危険人物を置いておけるか!」
「おや、断るのかい? 僕が滞在すれば、我が国の最新の防衛魔導技術を無償で提供してもいいのだけど。結界を失った前の王国を飲み込んで領土を広げたばかりのガルディア帝国にとっては、喉から手が出るほど欲しい技術のはずだ」
ギルバート様が不敵に微笑む。その提案は、確かにガルディア帝国にとっても大きなメリットがあった。ルシアス陛下が悔しそうに歯噛みする。
(……あら。これは、使えるかしら?)
私は手帳を開き、素早く計算を始めた。
魔法大国の第一魔法帥が滞在するとなれば、ルシアス陛下は確実に嫉妬する。それも、アリア様に近づく男を警戒して、さらに過保護になるはずだ。奥手な陛下の独占欲を刺激し、二人の関係をさらに進展させるための『最高の当て馬(プロデュースの道具)』が向こうから転がり込んできたのだ。
「ルシアス陛下、彼の滞在を許可して差し上げてはいかがでしょう。防衛魔導の強化は我が国にとっても国益です。それに、ギルバート様の監視は、私とセリア様で完璧に行いますわ」
私がそう告げると、ルシアス陛下は驚いた顔をしたが、私の『目(作戦開始の合図)』を見てすべてを察した。
「……リリアがそこまで言うなら、滞在を許可しよう。ただし、アリアに無闇に近づくことは許さん」
「お買い上げありがとう。よろしく頼むよ、リリア」
ギルバート様は満足そうに微笑み、これで奇妙な共同生活が始まる――誰もがそう思った、その時だった。
ギルバート様が懐から、青く輝くクリスタルの書類ケースを取り出し、私のデスクに置いた。
「ところで、これは僕からの『滞在費』代わりの情報さ。リリア、君が引き継ぎ書で完全に経済を麻痺させた前の王国のことだけどね……。実はあの国、解体される直前に、アリア様の『本当の出生の秘密』が隠された古代神殿の封印を、無理やりこじ開けようとしていた形跡があるんだ」
「アリア様の……出生の秘密?」
私が目を見開くと、後ろにいたアリア様が小さく息を呑んだ。
前の国が自滅する間際に残した、聖女アリアに纏わる最大の謎。平和になったはずのホワイト帝国での新生活に、アリア様の過去を揺るがす、新たな大事件の影が落ちようとしていた。
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