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第8話 屋敷へ、入館

「…よくある屋敷、ねぇ…」

エクレシアは目の前の門を見上げ、呟いた。私も同じく、少々面食らっている。ヴィシャはキラキラとした目で辺りを見回していた。立派に磨き上げられ優に4mを超えるであろう門だけ見ても、田舎によくある貴族の屋敷、とは到底呼べない威厳を放っていた。

「恐れ入ります。エルデ様に何か御用事でしょうか。」

門を隔てて、女性が話しかけてきた。この屋敷のメイドらしい。切り揃えられた黒髪から覗く目が少し無愛想な印象は受けるが、所作の磨かれ方、聞き取りやすい言葉が、彼女の優秀さを裏付けていた。

「ええ、突然の訪問、失礼いたします。私、イプシアム教団の交渉役を担当いたしております、ローラと申します。こちらは同じく交渉役のヴィシャ、エクレシアです。エルデ様にお話を伺いたく、お取次ぎいただきたいのですが…」

「…あぁ。お話は伺っております。お迎えに伺えず申し訳ございません。」

背筋の通った、優雅な動きで彼女は頭を下げた。

「とんでもない、こちらこそ具体的な日時を申し上げなかったものですから。」

我々を客として扱う彼女は、非常にプロ意識の高い人物に見受けられた。教団の人間と告げただけで、突っ撥ね始める人だって少なくない。アーティファクトの交渉に来たと知れば尚更だ。だが、最初の一瞬の沈黙の間、眉が寄った瞬間を私は見逃していない。やはり、歓迎はされていないらしい。

「今、門を開きます。少々お待ちください。」

彼女は門の横にある小屋へ入り、鍵を持ってきて開けてくれた。門はキィ、と少し音を上げただけで、すんなりと開いた。磨き上げられた門の見た目通り、手入れが行き届いている。

「申し遅れました。私当屋敷のメイドを勤めさせていただいております、アンジェラと申します。エルデ様の下へご案内いたします、こちらへ。」

アンジェラは、優雅な動きで我々を導いた。

庭も隅々まで手が入っており、十分に手入れがされていた。低木は綺麗に切りそろえられているし、ガゼボに据え付けられた椅子やテーブルもしっかり磨かれ光沢が見える。庭の中央には噴水があるが、噴水の水も清潔感があり透き通っていた。

「すごーい、綺麗…」

ヴィシャが噴水を覗き込み感動している。アーティファクトの持ち主はその希少性から当然こういった邸宅に住んでいる事も多いが、ここまでのお屋敷はなかなか無い。

「エルデ様からきつく申し付けられていますから。屋敷の清潔さは我々の品位。自ら貶める事の無いよう手入れに励みなさい、と。…この話をした事は、エルデ様には言わないようにお願いいたします。」

少し誇らしく、彼女の表情が和らいだように見えた。


門と同じく、少々規格外とも言える玄関の扉を開き、荘厳な玄関ホールへと歩み入る。

「では、皆様。失礼ながら一度ボディチェックをさせていただきます。よろしいでしょうか?」

ひらりと振り返った彼女の言葉は、質問の体をなしているが、有無を言わさぬ断定的な空気を感じる。私はホールから繋がるいくつかの廊下に視線を配った。その時、エクレシアが口を開く。

「私エクレシアは見ての通り、護衛の任を仰せつかっています。ボディチェックは構いませんが、私は元より戦闘の備えがございますため、何卒ご了承ください。」

アンジェラは目つきも変えず、エクレシアに向かい合う。

「そちらの武装をお預かりさせていただく事は可能ですか?」

「申し訳ございません。お断り申し上げます。ご存知かとは思いますが、私どもは本日アーティファクトに関する交渉に参りました。非常に重要な交渉ゆえ、最低限の備えをさせていただきますようご容赦いただきたく。」

エクレシアは粛々と頭を下げる。

「…かしこまりました。アーティファクトというものがどれほどの重要性を持つのかは、私達も十分に理解しているつもりです。後程武装を確認させてください。」

少し声色に諦めのような色が見えるが、彼女は案外すんなりと受け入れてくれた。

「それでは、一度エルデ様に皆様の面会をお伝えいたします。まずそちらのソファにてお待ちください。」

彼女は玄関ホールの隅にある、1対のソファとローテーブルを薦めた。私たちは各々感謝を述べ、私とヴィシャは言われた通りソファへと腰掛け、エクレシアは傍へ静かに立った。

「3人、かな。」

ヴィシャは綺麗なシャンデリアを眺めながら、何気ない言葉のように伝えた。

「だな。用心深いこった。」

エクレシアもさりげない軽口のように呟く。3つの視線と、気配。私にも、玄関を通った瞬間に感じられた。我々としては、戦術的な脅威と感じられる監視ではないが、常に警戒態勢を取り続けるその姿勢そのものは、交渉相手としての厄介さを匂わせ、先行きを不安に感じさせるには十分だった。


他愛のない会話を3人で交わしていると、屋敷の奥からアンジェラと、もう一人メイド服を着た、メイドと思しき人物が並んで出てきた。彼女はメイドというよりも護衛、といった印象の方が強いほど、”戦闘の空気”が滲んでいた。

アンジェラも小柄とまでは行かない体格ではあった。だが彼女は、そのメイドの頭一つ分は大きかった。メイド服越しに見える腕も筋肉質に見える。さらりとした黒髪に包まれたその顔立ち自体は、美しい。だが目に秘めた攻撃的な表情は、明らかに”前線の空気感”を持っている。何より、その身のこなしの重々しさは、アンジェラを猫と喩えるなら、彼女は番犬といったしなやかさと力強さを持っていた。ヴィシャは彼女を見た瞬間、「おぉー。」と小さく声をあげていたほどだ。

彼女達を見て立ち上がっていた我々の前に、メイド二人が並んで立った。

「皆様、お待たせいたしました。これから私たちがボディチェックを行なわせていただきます。」

続いて隣のメイドが口を開く。

「私はペイルだ。」

驚くほど簡潔な挨拶を述べ、彼女も頭を下げた。動きは滑らかだが堅い。やはり元軍属か、それに近い規律での経験を、その所作からも感じた。

我々はペイルに続き頭を下げた。ペイルは私たちの礼を見て、言葉を続ける。

「貴方たちについてはアンジェラから聞いている。これよりボディチェックを始める。私はエクレシア殿とその手荷物を。アンジェラはローラ殿とヴィシャ殿をチェックさせてもらう。申し訳ないが、今しばらく辛抱してほしい。」

その後のボディチェックは実に手際の良いものだった。特にペイルは、エクレシアのバックパックの中身をローテーブルに並べ、実に効率的に一つ一つチェックを済ませていた。最終的には緊急用の武装である短剣、拳銃、およびエクレシアの帯びた剣の3本は、館内使用厳禁という前提で許可された。エクレシアが護衛用途で所有するとの許可を受けたが、武器のチェックの最中私とヴィシャへの視線を感じた。先日の集落での事件と、ペイルという戦力を有するだけの戦闘意識から考えると、我々について事前調査はされているはずだ。おそらく、私とヴィシャも、戦闘能力を有している事はバレているだろう。そこに関しては元々秘匿情報ではなく、バレていたとしてもさほど問題ではない。問題なのは、ペイルというどう見ても戦力と数えられそうな人物を、わざわざ我々に充てたという事だ。つまり彼らは、”交戦の予感”を感じるような交渉の展開を予想している。無論、念の為の抑止力というだけの可能性もあるが、最悪を想定した方がいい。

「お待たせいたしました。先ほど申し上げました通り、武器に関しては一切の館内における使用、展開を禁じます。その上でお荷物の持ち込みを全て許可させていただきます。ご協力いただき誠にありがとうございました。不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。」

最後に、アンジェラが深々と頭を下げた。

「こちらこそ、ご理解と特別のご容赦をいただき、深く感謝申し上げます。ありがとうございます。」

私の感謝に続きヴィシャとエクレシアもありがとうございます、と続き、同じく深々と頭を下げた。

「それでは、エルデ様がお待ちです。応接室へご案内いたします。」

また軽やかに身を翻し、アンジェラは我々を先導した。ペイルはというと、エクレシアの背後にぴったりくっつくようにして、明確な警戒態勢を取っていた。


ホールは異常なまでにアクセスのしやすさに集中した構造だったにもかかわらず、一歩廊下まで踏み入ると、途端に複雑な迷路の様相を呈し始めた。私とヴィシャ、アンジェラの静かな歩みと、エクレシアの鎧の音、ペイルの力強い靴の音が、不自然に混ざり合う。

「そういえば、ここに来る途中、4匹の魔物化したナイトウルフに遭遇しました。この辺りでは、魔物との遭遇はよくあるのですか?」

私は自然に沈黙を切り崩す。今からエルデ本人と会うのだから、今更メイドと探り合いをしても仕方ない。本心から好奇心の雑談だった。

「魔物化したナイトウルフですか。正直なところ、少しばかりこの地域では多く見られます。猛獣類の魔物化は対処が厄介ですので、目撃情報次第では、遠方から駆除部隊に駆除をお願いする事もありますね。」

アンジェラの言葉は軽やかだ。それも掴みどころのないひらひらとした言葉ではない。芯のある、そこに”立っている”言葉だ。そんな確たる美しさが、彼女の言葉だけでなく、所作にも表れているような気がしている。

「魔物?」

少し素っ頓狂な声が後ろから聞こえた。全員が振り向く。その視線の先に据えられたペイルは、突然視線の集中砲火を食らって、少し赤面してそっぽを向いた。

「ま、魔物って、何なんだ?私は一応存在自体は知っているが、関わる事もないから気にもしていなかったが。」

突然注目され緊張しているようで、ところどころ声がつっかえていた。どこか今の彼女は可愛く見える。

ペイルは魔物と関わった事がないというが、アンジェラはこの周辺であれば度々見かけると言った。ならばペイルは、ここへ来て日が浅いのだろうか。

「そうですね。魔物とは、野生生物全てに発生する可能性がある、”魔物化”を経て変貌してしまった動物の事です。」

私はひとまず、一般常識レベル程度の解説を始めた。

「原因は不明ですが、ある日突然動物が魔物化し、目が黒く塗りつぶされ、その目からいくつも稲妻が走るように黒いシミが現れる。これが魔物化です。」

「そんな事が、あるんだな…」

不思議そうな顔をしてペイルは腕を組み、顔を上げた。

「全く原理は分かっていません。ある日突然魔物化するんです。魔物化した生物は非常に凶暴化します。基本的に運動能力自体に変化は無いのですが、まるで”生存本能”が欠如したように、他の生物へ襲い掛かる。」

魔物でなくとも、野生生物と戦闘になる事だってあるが、断言できる。生きる事を捨てた獣は、格段に厄介だ。

「備えが無ければ危険な存在です。とはいえ出現自体は稀で、一生に数度遭遇するかどうかですが。」

私たちは各地を回る仕事をしている関係上、遭遇する機会は多い。だが一般市民からすると、遭遇する事なく一生を終える事も、そこまで珍しい事ではない。

「なるほど。野生動物は縄張りを荒らしてしまうと、非常に危険な種も多いからな。そんな動物が凶暴化し、追い払う事もできず戦うしかなくなるのか。」

ペイルは、顎に手を当て、思いを馳せる。彼女は今、どんな生物の魔物を思い浮かべているのだろうか。

「それを相手に、貴方たちは平然と生き残ったのか。なかなかの手腕と見える。」

彼女には関係の無い話のはずだが、何故だか誇らしそうに、ペイルは頷いた。

「ひとえにエクレシアのおかげですよ。難なく4匹を瞬く間に葬ってしまった。」

丁度いいので、この場はエクレシアが殲滅した流れにしておこう。私とヴィシャへの警戒心は、減らしておくに越したことはない。それを聞いたペイルは、黙り込んで考えに耽っていた。

「応接室はこちらです。」

アンジェラは、振り返り、左手の部屋を指した。

「申し訳ございませんが、エクレシア様は向かいの応接室でペイルとお待ちいただきます。お二方はこちらへどうぞ。」

エクレシアはペイルに連れられ隣の部屋へ。彼女はこちらへ向いて、ひらひらっと手を揺らした。私とヴィシャ応え、小さく手を振る。

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