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第7話 街道にて、戦いの"流儀"

翌日。朝食をパンの残りで済ませた私たちは、昨日までの装備とは違った装いを身にまとった。

私は白を基調とし、ふわりと軽やかな生地で織り上げられた、質素ながら淑やかなドレスを。

ヴィシャは私のドレスに寄せたデザインでありながら、柔軟性の高い生地により子供の動きにも強い、活発さを含んだ可憐さを引き立てるドレス。

そして磨き上げられた軽量のアーマーと、その隙間から見える、赤黒い布で編んだ下鎧が悠々とした威厳を放つ、剣を佩いたエクレシア。

これが私たちの”交渉の正装”だ。この正装を以て、我々は”アーティファクトの譲渡交渉”へ向かう。

「なぁローラ。着替えといて今更なんだけど、本当に正装じゃなきゃダメかな…」

剣の刃を確認しながら、エクレシアが不安そうに尋ねる。

「当たり前よ。確かに今回は情報が少なく、不安になるのは分かるけれど…逆を言えば先方が防衛力を持っているかどうかも分からない。もしほとんど応戦能力が無ければ、武装した私たちを見た瞬間破談という事もありえるわ。」

「そりゃそうだけど…」

剣を鞘に納めたエクレシアが、不安そうに呟く。この集落での出来事を、先方が知っていないはずがない。エクレシアの懸念も尤もだ。だが、成功させたい。この集落の時のような、侵略とも取られかねない強引なやり方で終わらせたくないのだ。

「大丈夫!エクレシア強いから!」

バシッ、と音がなるほど強く、ヴィシャが鎧を平手で叩く。当たり方が悪かったようで、手を振ってヴィシャは痛そうにしてる。

「そういう問題じゃねぇんだけどな…でも仕方ない、ローラの言う通りだ。私は今回こそ成功させたい。だったらビビってられないからな。」

エクレシアはヴィシャの手を取って眺め、怪我が無さそうな事を確認すると、今度はヴィシャの頭をこつんと小突き、立ち上がった。

「じゃ、行くか。”交渉”に。」

「うん、今度こそ成功させよー!」

ヴィシャの元気の良い発破を聞いて私も立ち上がり、静かに頷く。私たち全員が同じ気持ちである事が、私の迷いを断ち切る刃になった。


また宿の前でたむろしていたラインハルトに、ゲール宛の手紙を渡すと、我々は例の屋敷へと旅立った。思いのほか集落からは外れており、道中はほぼ街道を往く事になるようだ。

「今朝のおっさん、随分驚いてたな。『めかし込んで祭事でもあるのか?』だってよ。失礼だよなぁ、そんなに私たちの正装が似合わないってか?」

エクレシアが可笑しそうに笑う。確かに、宿の主人は結構面食らっていた。

「彼から見たら、私たちはただの騎士団員でしかないもの。軽装とはいえ戦闘向けの装備で来た客が、次の日にこんな正装してたら驚くわ。」

私は彼女に釣られて笑ってしまう。実際、正装に装いを換えた私たちを見て、驚く人は少なくない。ゲールさんなんか、最初に見た時は「応接室は下ですよ。」と私に言い放った。ちらっとこちらを見ただけで書類に目を落としていたから、私だとは到底思わなかったのだろう。ただ、来客と認識した上でのその応対は、そもそもが礼を欠いているだろう、と別の部分で呆れてしまったが。

「ローラもエクレシアも、似合ってるよ!」

そう褒めながら、ヴィシャはスカートを広げてくるくると回る。彼女も同じ言葉を待っているらしい。

「ヴィシャも素敵よ。見慣れた装いだけれど、いつ見てもこの正装は美しいわね。」

教団らしく、決して華々しい装飾の服装ではない。だが、質素は貧しさではない。たおやかで清潔な空気にこそ美しさが宿る、そんな静かな美意識を感じさせられた。


ふと、大きな声を聞いた。狼の声だ。

「…。」

私たちは歩みを止め、その声に耳を澄ませる。エクレシアは静かに、肩からバックパックを下ろし、茫然と口を小さく開けていた。

「近いねー。あの丘の奥。お昼なのに元気だね。」

ヴィシャが指を差し、私とエクレシアはすぐさまそちらを見た。確かに、あの方向だ。エクレシアはバックパックから短刀と拳銃を取り出すと、

「持っときな」

と言い、私たちに投げてよこした。その直後、ゆっくりと丘の上から、歩を進める影が現れる。

「魔物だ。」

ヴィシャが即座にそう言い放った。ナイトウルフ。その大柄な体躯と、主に銀色の毛並みをした、夜行性の狼の総称。一般的な野生動物だ。そして、私にはまだはっきり確認できないが、目は黒く染まり、その目元から亀裂のように黒い染みのようなものが伸びているはずだ。それこそが、魔物化した獣の証。

「4頭。これで全部みたい。10秒もすれば多分交戦距離だよ。」

彼女の状況分析が続いていたが、これで分析の時間は終わりのようだ。

残るは彼らの開戦の合図のみ。

エクレシアがバックパックをどかし、素早く前に立つ。私とヴィシャは少し下がる。魔物たちは、私たちを明確に認識していた。エクレシアがゆっくりと剣を抜く。そのゆったりとした動作は魔物を刺激しないためだ。その意図は伝わったか伝わっていないのかは分からないが、少なくとも彼らにはお気に召さなかったらしい。

疾走。魔物たちは草を踏みつぶし、吠えながら一目散に向かって走った。瞬く間に、エクレシアに最初の一頭が飛び掛かる。構えた剣の腹で、彼女は飛び掛かってきたナイトウルフを殴り飛ばした。受け身を取り切れず街道に倒れ込み、急ぎ身体を起こそうとするが、その瞬間ヴィシャの拳銃の弾丸が横っ腹を貫き、その衝撃でナイトウルフは更に体勢を崩す。

「ローラ、頼む!」

エクレシアの一声で、私は弾かれたように駆け出す。弱ったナイトウルフの心臓を狙い、一突きで貫く。最後の力を振り絞り、私の首を狙った彼の爪は、届く事なく力を失った。

「悪い、ヴィシャ!できるだけ頭か心臓で頼む!」

次のナイトウルフの飛び掛かりを躱しながら、エクレシアが叫んだ。

「うん。頑張る。」

コッキングしながら、ヴィシャが応えた。だがそのコッキングを終えて構える前に、別のナイトウルフがヴィシャを狙う。

「ヴィシャ。」

私は彼女に声をかけた。彼女はこちらを向くと、すぐさましゃがみ込む。私はしゃがみ込んだヴィシャの上を跳び、今まさに襲い掛かろうと走り始めたナイトウルフの頭へ、一発蹴りを浴びせた。ナイトウルフは頭を蹴られ、横に回転するようにのけぞったが、すぐに踏みとどまり、駆け出すために地を強く踏みしめる。だが、その一瞬の予備動作は命取りだった。余裕を持って狙い澄ましたヴィシャの弾丸が、精密に彼の頭を貫いた。

三頭目。正確無比だが単調なナイトウルフの攻撃に、エクレシアも慣れ始めたように見える。ナイトウルフが飛び掛からんと助走を始める瞬間、彼女は大きく踏み出し飛び込んだ。一直線にその手から伸びた剣は、ナイトウルフが地を離れる前に彼の頭を真っ直ぐ貫いた。続く四頭目は、三頭目をエクレシアが貫いた瞬間駆け出した。ヴィシャが咄嗟に射撃を行うが、ナイトウルフの頭上を掠めてしまう。だがエクレシアも素早く剣を引き抜き、何とか四頭目の飛び掛かりに合わせて剣を振るう事ができた。その剣は、ナイトウルフの前足を一本そのまま持っていった。

「くっそ…!」

彼女の悔しそうな顔が強く印象に残った。ナイトウルフは足を失いながら着地するが、無くなった足でバランスが取れず必死に何度もバランスを取ろうと足を動かす。私はその隙に駆け寄り、彼の頭に短剣を突き立て、この戦いに終止符を打った。

「…ローラ、ありがとな。」

エクレシアはそう呟いた。彼女を見ると、悔しそうな目で最後に息を引き取った彼を見つめていた。


エクレシアは、四頭の狼を林の木の元に埋めた。幸い落ち葉が豊富で、何とか彼らを埋めるだけの落ち葉は用意できた。私も手伝いたかったが、これ以上ドレスを汚すわけにはいかない。先ほどの戦闘で、ほとんど汚さずに済ませることができたのは奇跡だ。

エクレシアは彼らを埋め終わると私たちに目配せをした。私はヴィシャと共に彼女の横へ並び、黙祷を捧げる。

黙祷を終えると、エクレシアは膝を折ってヴィシャに目線を合わせた。

「ヴィシャ、さっきは無理言ってごめんな。」

先程の、”頭か心臓で頼む”という言葉。そのことだ。実際のところ、最初に胴を撃ったヴィシャの判断は正しかった。拳銃の命中精度は、大型の銃と比べると非常に低い。素早く動く相手に拳銃を使うのであれば、”殺傷”ではなく”脅威の低減”を目指すべきだ。ヴィシャがいかに優秀でも、襲い掛かる獣相手に精密な射撃は難しい。であれば、急所を一撃、ではなく当てる事、に集中するのがセオリーだ。

「ううん、その方が早く終わって危なくないもんね!」

ヴィシャは笑いかける。だがエクレシアはその言葉を聞き、今回はただ静かに、表情を引き締めて言葉を続けた。

「そうじゃないんだ。彼らは悪意から私たちを襲ったわけじゃない。生きるためだ。魔物化しているのなら、尚更判断もできなかったんだろう。それなら彼らを、できるだけ苦しめたくない。」

静かで、真っ直ぐな言葉だった。彼女にとって、どんな時でも殺しは”必要なもの”と割り切れないものなのだろう。それはずっと彼女と仕事をしていて、彼女の強さであり、弱点であると感じている。

「…うん、分かった。動物さんは、ちゃんと頭か心臓を撃つ。」

エクレシアの言葉を聞き、ヴィシャも真っ直ぐエクレシアを見ながら頷いた。

「でもね。」

ヴィシャはこう、言葉を続けた。

「できない時は、やらないよ?」

彼女もまた、真っ直ぐに、エクレシアへ言葉を届ける。

その言葉を聞き、エクレシアは微かに震えていた。恐怖だろうか。怒りだろうか。どちらも、違う気がする。私はただ、ヴィシャとはこういう人間なのだ、そう感じた。

「…うん。そうだよな。分かってる。」

エクレシアは、すっと身体を起こした。私はヴィシャの後ろに立ち、膝を折る事もなくそのままそっと抱きしめる。

「行きましょう。」

エクレシアの事も、ヴィシャの事も、誰よりよく知っている。エクレシアも、ヴィシャも、同じ気持ちのはずだ。でも、重なり合う事ができない時は、必ずあるのだ。

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