第6話 集落にて、騎士団の影
集落は、変わらず機能していた。数日前に訪れた時と変わらず動いていた。その”営み”は、変わっていなかった。
空気はまるで別物だった。店先で楽しそうに言葉を交わす住民の姿は、ほとんど見られない。子供たちですら、大通りでは姿を見せず路地裏の方で遊んでいた。目に見える人々は、ただ”こなす”事だけを目的に歩き、喋り、帰っていく。我々に白い目を向ける者もいたが、非難される事もなく、人々は教団ですら目に入らないように急ぎ続けていた。
「貴方たちは…交渉部隊ですか?当集落の警護担当、ラインハルトです。思っていたより早いご到着ですね。」
ふと、宿の近くまで進むと騎士団の一人が話しかけてきた。彼は我々に向き直り、丁寧な敬礼を見せる。
「ご苦労様です。交渉部隊のローラです。」
彼を見据え、自然に手を頭上に添える。エクレシアとヴィシャも、名乗りながらきっちりと敬礼を返した。
「交渉は早急な対応が命ですから。この宿は、騎士団が管理を?」
宿の周りを見ると、何人か騎士団の人間が雑談をしているのが見受けられる。地方の小さい集落にしては大きめな宿なので、半分騎士団の詰所のような状態になっているのだろう。
「はい、そんなところです。アーティファクト譲渡の交渉でしょう?お部屋は用意してありますので、こちらへお泊まりください。」
「お気遣いありがとうございます。宿の主人にお伺いします。」
「え?…えぇ、どうぞごゆっくり。」
ラインハルトは何の事を言っているのか、という顔だった。騎士団の管理、なるほど。彼に軽く会釈をして、私たちは扉を開け、宿の中へ立ち入った。
ロビーに入ると、僅かに圧迫感を感じるほどの狭いロビーで、これまた驚くほど気迫の籠った視線で、宿屋の主人がロビーの椅子に生気なく入口を凝視していた。
「失礼いたします。私、イプシアム教団、交渉部隊所属の…」
「何の用だ」
言いかけて、彼は私の言葉を遮る。私は一呼吸置いて、言葉を続ける。
「ローラと申します。本日はこちらの宿をお借りしたく、お尋ねさせていただきました。」
丁寧に一礼し、彼を見据えた。彼は私の所作に、少しの動揺を感じたようだった。
「知らねぇな。」
主人はイライラした様子で、ロビーのカウンターを軽く蹴る。
「これ以上訳の分からねぇ軍人崩れみてぇな連中に居座られても困るんだよ。」
恐らく、騎士団は統治のための基地が必要であるとか、そういった理由をこじつけて無理やり上がり込んでいるのだろう。最近の騎士団にとってはもはやいつもの事だ。またこれか、と内心嫌になる。すると、エクレシアが一歩歩み出た。
「申し訳ございません。騎士団の非礼があなた方の生活を逼迫している現状は、この地に踏み入れた時に把握いたしました。その上で無礼は承知ですが、我々を客として、お迎えいただくことはできませんでしょうか。」
彼女は頭を下げる。
「お金はちゃんと払います。お願いします!」
次はヴィシャが進み出て、勢いよくお辞儀をする。その姿を見て、主人は言い返す言葉に詰まってしまったように見える。
「この地の統治について、我々からも駐在の騎士団への圧力緩和を進言させていただきます。どうぞご一考ください。」
最後に、私が言葉を加えもう一度頭を下げた。
彼は、恨めしそうに私たちを睨む。返す言葉が無くなる言い方である事は、理解している。少し呼吸が苦しくなる。だが、こちらも引き下がれないのだ。彼らが自分の命を守るために仕事をするように、私たちもまた私たちを守るため、交渉へ向かわねばならない。
主人は大きくため息をついて、カウンターの下から何か手に取り、投げる。
「嘘じゃねぇだろうな。こっちもあんな入り浸られてたら食いっぱぐれちまうんだ。きっちり泊まった分払って、あの騎士団連中に文句言っといてくれよ。」
放り出された鍵は、錆びた音を鳴らしてカウンターの上に転がった。
「あと、うちは部屋数は多いが部屋は狭ぇぞ。飯も出ねぇ。文句言うな。」
そう言い切ると、主人はもう俺は関係無いと言わんばかりに、朝刊の紙面を読み漁り始めた。私たちはもう一度丁寧に礼を返し、お互いを見合って頷き合う。彼への無言の感謝を繰り返しながら、私たちは鍵に書かれた部屋番号へ向かった。
宿を確保した後に、私はエクレシアとヴィシャに情報収集を依頼し、その夜。夕食は、ヴィシャに買ってきてもらったパンで部屋にて済ませる。いつもと変わらず、彼女には食べられる分だけ買う、という発想は無い。ヴィシャから渡された袋の中の多すぎる食べ物を、日持ちするものと日持ちしないものに分け、エクレシアにいくつか分ける。ヴィシャには袋ごと渡して、「食べ過ぎないように」と言いつけて選ばせる。もちろん、手が進まなくなりはじめたら限界の合図だ。袋を引ったくって、私が食事を終わらせなければならない。
私たちは膝にクロスを敷いてパンを置き、手を合わせ目を瞑った。食事の恩恵を主に感謝し祈る、この時間。この時間は一心に主への感謝を捧げる。イプシアム教への信心は変わらない。だがここ最近は、教団直属の騎士団に対する不信感は、どうしても募っている。私が騎士団の一員であるが故に、余計に。でもその不信感は、今は不要だ。
「…いただきましょう。」
私は不信感を投げ捨てるように目を開き、静かに告げた。
「エクレシア、どうでした?」
私もひとつ、質素なパンを一口指でつまんでいただいた。噛み切るのに苦労し、また咀嚼にも顎の筋肉と多くの唾液を使った。だが塩味は十分感じるし、噛んでいるとしっかりと穀物由来の甘みは感じられる。堅く質素だが、悪くない。
「意外とここの人たちしっかりしてるよ。集落を見て回った感じだと、統治者は失ったけどきっちり経済は回ってる。むしろ騎士団の方が介入しづらくて、ちょっと騎士団側にも聞いたら、無理に税収でもするかって話が半分冗談半分本気で出てるくらい。宿のおっさんは集落で比較すると、かなり割り食ってる方みたいだな。」
エクレシアもパンを齧る。齧るというより、噛んで引きちぎるといったような所作だった。彼女は出自が農家だからか、こういう食事をする時はとても自然体に見える。
「そうなると、騎士団の人員も、住民も、お互い居心地が悪そうね。騎士団が介入しようとしても、既に仕組みが回っているから、感情だけでなく仕組みの面でも除け者にされているはず。
エクレシア、次騎士団の人に話を聞く時、兵舎建設計画を、私の発案という事でそれとなく話題に出して反応を見てください。宿泊施設の少なさを引き合いに出すとスムーズに行きそうね。それ次第で応援要請して、兵舎を建設しましょう。」
まだパンを引きちぎりながら、彼女は頷く。
ふと、この集落の様子を聞いて、ハイン氏の抵抗を思い出した。あの日あの場所で、あれだけ我々を囲んでいたのだから、群衆が1人も食ってかかってこないのは、今となって気付いてみれば不思議なほどの静けさだった。
統率は取れている。長であったハイン氏を失った後も、住民たちは集落の営みを回せている。もしかして、ハイン氏は1人で殉じるつもりだった、という可能性はあるだろうか。被害拡大を防ぐため、民衆を統制するというのは大切なことだが、あの暴挙を見た上で、あそこまで統制できているケースは珍しいと言える。
「ヴィシャも報告する!」
おとなしく聞いていたヴィシャが、立ち上がって調査報告を申告する。私はひとまず彼女を落ち着いて座らせた。
「じゃ、ヴィシャもお願い。」
私は微笑んで報告を待つ。彼女の報告を聞くのは、いつだって緊張する。
「パン屋さん、忙しそうだった!いっぱい焼いてたよ!」
シンプルに一言、彼女はそう報告する。
「へー、そんなに客いたのか?」
「ううん、あんまりお客さんはいなかったよー。おばさんに聞いたら『今のうちにたくさん作っとかなきゃだからね』だって。」
「この時間に…?あまりお客さんの多い時間ではなさそうだけれど。」
今は夜更けとまでは行かないが、既に日は暮れ切っている。少し肌寒くなり始めた時期だ、日が短いわけでもない。
「仕込みならまだしも、こんな時間に作り始めるものかしら。何かこの後行事があって、そのために大量注文されたのでもなければ、日持ちするものを作り置いている、としか考えられないわね。」
「変な時間に作ってんな。まぁ、騎士団の圧力があるから、いつも通り働くのも難しいだろうし、準備できるうちにしとこうって胎なのかもしれないが…」
集落単位での活動予定がある、というのは少し深読みし過ぎだろうが、今は集落の従業員としてはできるだけ働こう、というタイミングでもない。早めに仕事は切り上げて引っ込む方が理にかなっているように思える分、少し気になる。
「あと、これ!」
そう言って、ヴィシャはかわいらしい猫の置物を見せた。丸まって寝ている、手のひらサイズの陶器の置物だ。
「何だそれ?」
エクレシアの問いかけには、少し楽しそうな色がにじんでいた。
「パン屋さんにあったの!お店の看板猫さん代わりなんだって。汚れちゃったから、特別に売ってくれたの。かわいいでしょー!」
彼女はほおずりして猫の置物を愛でた。
「そうなの、良かったわね。でも、売り物じゃないんでしょう?よかったのかしら?」
「パン屋で売ってるもんでもないよな。しかも汚れたって言われてるわりに随分綺麗に見えるが…それ、どうするんだ?」
「うちのヴィシャの部屋に置く!」
「これ陶器だろ。お前部屋で暴れて割りそうなんだよ。リビングに置こうぜ。」
エクレシアは建前を言いながら、彼女の手から猫をひったくりたくてうずうずしているようだ。喜怒哀楽の不器用な隠し方が、とてもかわいらしい。その様子を眺めながら、考える。売り物でもない置物を、売る。パンを、必要以上に作る。
「…引き払おうとしている。というのは、考えすぎかしら。」
この私の言葉を聞き、エクレシアがあー、と少し声をあげた。
「そういえば、やたらと観光客向けの店が安売りしてたな。さすがに破格過ぎるだろう、って値段だった。他にも結構見る店どれも安売りばっかだったっけ。」
そう言いながら、かわいいキツネの刺繍が入ったタオルに視線をちらっと送った。彼女も確かに、宿に来る途中に通りであのタオルを買っていた。
「…一応、小売店の経営状況にも気を配っておきましょう。」
事実として確認できるのは、活気が失われている事。にもかかわらずセールを行なう店が多い事。不景気に売上を上げるためにセールをするのは分かるが、その不景気の原因は騎士団の圧力だ。商品を安売りしてどうにかなるわけではない。それでも尚安売りを強行しているのは、少しだけ引っかかる。
「パン屋さんのおばさん達も、お菓子屋さんのおばあさんも、みーんな良い人だった!」
彼女は嬉しそうに言う。その顔を見た瞬間、時計台前でトリガーに指をかけた時の、ヴィシャの無感情な表情が頭を過ぎり、少しだけ目を落とした。
「…ヴィシャ。」
私は笑顔でヴィシャの横にしゃがみ込む。彼女はあっ、と、悪戯を咎められたような表情になった。
「さっき渡してくれた食料に、お菓子は無かったわよね。お菓子屋さんに行ったの?」
「え?食べ物なら全部渡したと思うけどなー。」
そう言いながら、彼女は目を合わせようとしない。冷や汗が流れているのが見えるようだ。
「あっお前、またお菓子一人占めしようとしてるな!?」
エクレシアが椅子から勢いよく立ち上がった。
「そんな事ないもん!ちゃんとあげるよ!」
彼女はまた墓穴を掘り、私は苦笑いするしかなかった。
「やっぱりお菓子を買ったのね。」
その言葉を聞いて、ヴィシャはとうとう「はい、買いました…」と罪を認めた。別に無理に分けろなんて言わないのに。
ヴィシャはいつもそうだ。彼女はクッキーやケーキなんかのお菓子をよく買うが、たまに黙ってこっそり自分だけで食べている事がある。買ったものはみんなに平等に分けるようにしなさい、なんて言った事は無いのだけれど。
「ったく、分けろ、じゃなくて隠すな、っつってんだよ。まーいいや、今回はお前が食えよ。」
エクレシアはそのまま、予想通りヴィシャが食べきれないほど買ったパンをいくつか手に取る。
「駐在の奴らに差し入れしてくるわ。何か聞いておく事あるか?」
彼女は扉の前で振り返り、尋ねてきた。
「がんばってください、って!」
「そうね、私からも。それとこの宿の狭さについて不満が無いかだけ聞いて、彼らの空気感を確認してちょうだい。」
「はいよ。じゃ、行ってくる。」
ひらっと手のひらを揺らし、彼女は出て行った。その間に、私はヴィシャにお菓子を隠した事に関してお説教した。




