第5話 次なる任務
軽装を纏い、司令室の扉をノックする。
「イプシアム騎士団”交渉部隊”ローラ、参りました。」
「ローラか、入ってくれ。」
欠伸混じりの、気だるげな声が聞こえる。何だか、彼の態度にはいつも拍子抜けしてしまう。緊張感が薄く、リズミカルなアクセントを持つその声は、まるで物語の語り部のようにすら聞こえる。だというのに、彼の口から出る言葉はショッキングなものばかりだ。淡々と語られる、受け入れたくない現実の話。だから、意表を突かれる。
「おはようローラ。今日はいい天気だな。」
「もう朝のお祈りの時間は終わりましたよ。寝てたんですか?」
「ちゃんとしたさ。寝る暇がなかったから、お祈りの後睡眠をとったんだ。」
あながち嘘でもなさそうだ。あまり清潔とは言えないその身なりから、昨日から働き詰めである事は何となくわかる。ただしこの人の場合、それが日常的ではあるけれど。
「死ぬほど眠いのは、まぁ、今はどうでもいい。それよりローラ、先日交渉に向かった集落があったな。」
「ええ。ハイン様の治めていた地区ですね。」
「そこからの東へ2キロほど向かったところに、とある屋敷が建っている。地方貴族にありそうなよくある屋敷だ。」
「…任務、ですか?」
にわかに信じがたく、私は聞き返した。
「そういう事だ。」
彼はパン、と柏手一つ、大げさに答える。
我々「交渉部隊」の任務は基本的に一つ。奇跡を起こす神器”アーティファクト”の所有者に、譲渡を持ちかける事だ。そもそもアーティファクトとは対価無く超常的な現象を発生させるものの総称であり、私の持つ聖剣から先日破壊した時計台まで、その規模も形状も様々。それらを教団の目的達成のために収集しているわけだ。当然譲渡とは名目上の話で、実際には金銭の授受も交渉に含まれるが、騎士団はあくまで”譲り受けた”という姿勢を崩そうとはしない。
そしてアーティファクトにはある傾向がある。あくまで検証されたわけではないただの傾向、という話ではあるが、アーティファクトは通常、一点に集まらない。教団のように人為的に集めようとしない限り、めったな事では同じ区域に存在している事はない。2キロ圏内どころか、10キロ圏内で見つかった例もそうそうないのだ。
「言いたい事は分かる。こんな近距離でアーティファクトが見つかる事はまず無い。運命力やら何やらの影響で、作為的にアーティファクトを集めない限りはまず近場で見つかる事はないからな。」
彼は顎に手を当て、宙を見つめる。妙にわざとらしい所作だが、俺は今思考をしている、という意思表明のつもりだろうか。
「この屋敷のアーティファクトは、以前から存在が確認されていた。つまり、”隔絶の時計台”と同時期に近場に存在していた事になる。」
「隔絶の時計台?」
聞きなれない言葉に、オウム返しをしてしまう。
「あれ?書いてなかったか?確か連絡に書いたと思ったんだが、忘れてたか…この前君が破壊した時計台だよ。あれの名称。」
ペラペラと、横に置いた書面を彼はめくりだした。
「あの時計台は、アーティファクトの中でも割と特殊でな。教団が魔術で探知できるアーティファクト特有の”気配”を、近場ならうまーく隠しちまう。だから、”隔絶”。俺たちからしたら相当厄介な代物だったってわけだ。」
「それは確かに、我々にとっての天敵のような存在でしたね。なら、破壊しない方がよかったのでは?」
前回、騎士団から受けた指示は交渉ではあるものの、それは持ち出しが不可能である故に譲渡を受けてからの破壊が具体的な内容だった。強制的な破壊は、最終手段だ。
「持ち出すのに苦労するんなら、悪用される前に壊しちまえって判断だ。ま、そのリスクを考えても、俺には有効利用した方が良かった方に思えるがね。」
書類の山をめくり飽きた彼は、目の前に置いてあった書類もその山に紛れ込ませ、深く椅子に座り込んだ。
「今回の任務はややこしくなるだろうな。そんな近所で大暴れしたんだ、奴さんに時計台に関する話が入ってないわけがねぇ。」
そう聞くと、重くなっていた気がどんどん沈み込む。
「そう…でしょうね。でも、今回はちゃんと猶予が設けられるんでしょう?」
前回の時計台の際は、即日の対応を求められた。さすがに騎士団と言えど、あれは異例だった。その日その場で譲渡交渉を成功させろ、というのは無茶な話だ。
「じゃあ、具体的な司令と行こうか。」
少しだけ、鼓動が速くなる。いつだって、我々の任務は想定できない。何せ、”奇跡を集める者たち”と”奇跡を持つ者”の橋渡し役なのだから。
「場所はさっきも言った通り、例の集落の東にある屋敷。地図は…後でもいいだろ。対象は屋敷の主の持つ杖。アーティファクトの起こす奇跡はいつも通り未知だ。猶予は…」
彼は私を指差し、沈黙する。その顔は少し楽しそうにも見えた。この人のこういうところは、愛嬌を通り越して腹立たしい限りだ。
「半月だ。」
私はそれを聞いて、あからさまに安心した顔をしてしまった。しまったと思った瞬間、彼は私を悪戯が成功したような、不愉快なにやけ顔で見る。今度は表情を見せまいとすぐに真剣な顔を取り繕ったが、苛立った表情はやはり漏れていたかもしれない。
「話は以上ですか?」
「あぁ。ゆっくりと休んでから出発してもいい。”好きなタイミング”で向かってくれ。」
さすがに今度は表情を隠す事もしなかった。彼とて、ハイン氏の件が私の重荷になっている事は分からないわけではないだろう。明らかな反感を見せ、
「分かりました。”好きなタイミング”で向かいます。」
と吐き捨てて、急ぎ足で部屋を出た。
私は急ぎ足で宿舎に向かい、少々勢いよく扉を開けた。すると、驚いた顔でエクレシアとヴィシャがこちらを向いた。彼女たちは食卓でカードゲームをしているようだ。私はそれを見て安心した。彼女達が何を話したか分からないし、何も話していないのかもしれない。ともかく、エクレシアはいつもの調子を取り戻しつつあるのだ。
「どうした?急ぎの任務か?」
エクレシアはきょとんとした顔で私を見つめた。その様子を見ると、私の今までの憤りが妙に恥ずかしく感じてしまう。わざとらしいくらい涼しい顔を作って、
「ええ、そのようです。」
と答える。彼女たちはそう聞くと即座にカードをまとめて、ヴィシャが隣のリビングの棚へきっちり戻す。部屋へ向かったエクレシアはすぐ戻り、ヴィシャへバックパックを手渡していた。
「出発します。火は消してありますね?」
「うん!ミルクあっためた後ちゃんと消した!」
ヴィシャが元気に手を挙げて返事をする。
笑顔で彼女に頷きを返して、玄関横へ置いてあったバックパックを拾い、
「いい子ね。では、行きましょう。」
そう号令をかけ、私たちは毅然とした足音を鳴らしながら、本部の城門へ向かった。
城門で待たされたエクレシアは、徐々に不機嫌になっていった。せっかく普段通りに戻りつつあるのに、また苛立たせてしまっているのが申し訳ない。でも大丈夫。今度は私たちも一緒だ。ヴィシャも私も、馬車は今か今かと視線を度々送りながら、地面の石を蹴転がしていた。
「おい、遅すぎねぇか?緊急の任務なんだろ?」
そう言われて、そういえば、と思い、顔を少し伏せる。
「ええ、まぁ…好きなタイミングで、との事だったから…」
詫びるような媚びるような顔で、エクレシアへ視線を返す。彼女は面食らった顔で私を見返した。
「は?好きなタイミングで?」
恥ずかしくて、彼女の顔を真っ直ぐは見れなかった。みるみるうちに、彼女の顔が崩れる。
「ぷっ。あはは!ローラ、またゲールさんに焚き付けられてムキになったのか!?」
「ローラ、そうなのー?ゲールさんと喧嘩しちゃダメだよ?」
ヴィシャにまで小言を言われて、完全に俯いてしまう。あんなに毅然と宿舎を出たのに。
「だって、ハイン様の件を知ってるくせに、"猶予は半月あるけど好きな時に行け"なんて挑発的な事言ってくるから…」
「なんだー、ローラが乗せられただけかよ。でもまぁ、確かにそりゃムカつくわ。」
苦笑いしながら、エクレシアは踏み締められた土に腰掛けた。
基本的には、任務に向かう際は連絡便を申請して目的地へ向かう。だが今回は急な出発でその申請はしていなかった。本来であれば申請に戻って連絡便を待つ必要があるが、その後数刻もしないうちに、運よく例の集落への定期輸送便が来たのでその馬車に乗り、一旦例の集落へと私たちは向かった。
「しかし、あの集落に寝泊まりか。気は進まねーな。」
窓の外を眺めながら、エクレシアがぼやく。それはそうだ。身も蓋もない言い方をすれば、我々はあの地の住民にとって征服者だ。そのまま大人しく時計台を渡してくれれば事は穏便に済んだが、抵抗をした事で、集落の重役など一部の住民は拘束、尋問を受ける事になった。しかも、統治者を失った事による支援という形で、騎士団は集落の実質的な支配者となっている。
「…仕方ないわ。本部から近いとはいえ、任務の地まで、往復して通えるほどの距離ではないのだから。」
彼女は、そんな言葉を聞きたいのではない。分かってはいるが、私も今回の件に関しては強い抵抗感を覚えている。上手い励ましの言葉が見つからなかった。
「今回って、どういうアーティファクトなの?」
ヴィシャが何気ないトーンで尋ねる。
「それは分からないわ。ただ、この前の集落の東にあるお屋敷にある、という事だけ。」
「えー、またー?いっつもそうじゃん。偵察隊の人たちちゃんと調べてくれればいいのにー。」
口を尖らせて、薄く綿の入った硬い椅子をバンバン叩く。
「偵察隊の方も頑張ってるのよ。それでも、ただでさえアーティファクトはその力の強さから秘匿…隠されてしまうの。しかも効果が調べられないどころか、そもそも持ち主すら分かっていない事も多いでしょ。」
「むー、そうだけど…」
理解はできるが納得がいかない、といった顔だ。
「実際のところ、偵察隊がアーティファクトの鑑定に役に立ったためしはほとんどねえな。でも、現地の状況収集にはいつも助かってんだろ?アーティファクト関連の情報が特別調べにくいだけだ。」
エクレシアがヴィシャの頭を乱暴に撫でる。それを受け、煩わしそうな表情をしながらもヴィシャの不満気な雰囲気は少し和らいだ。その様子を見ながら、私はふと疑問を抱く。
「とはいうものの、今回は確かに情報が少ないわね。今回言われているのは…」
首を傾げ、ヴィシャの顔を見つめながら、自分の指を折り数えた。
「例の集落の東2キロほどのお屋敷にあるアーティファクト。形状は杖。半月の猶予。それだけ。」
「はぁ?それだけ?」
さすがにそこまでの情報不足は予想外だったのか、エクレシアは身を乗り出した。その反動で撫でられていたヴィシャの頭は押し出され、ヴィシャは彼女の手を嫌そうに払いのける。
「そう、それだけ。」
「…ローラ、正式なブリーフィングをキレて忘れてたって事は…?」
「失礼ね、さすがにそこまで大人げなくないわよ。」
「となると、先方へ訪問の伝令も行ってるか怪しいな。今度は上手く行くといいが、厳しそうだな…」
「今回は撃たないで済むといいなぁ。」
少し不安そうに、ヴィシャが呟く。その瞬間、エクレシアが形容しがたい、辛そうな表情をしたのを、私は見逃さなかった。何も言わず、ヴィシャの頭をぽんぽんと叩く。
「今回は、上手く行くわよ。」




