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第4話 修練場にて、各々の道

修練所のベンチに腰掛け、二人を見守っていた。ヴィシャが打ち、エクレシアが受ける。その繰り返し。親が子の球技に付き合うような、穏やかさを感じる風景だ。だがぼんやり見ていると、少しハッとする。護身術という名目で遊んでいるその剣筋が、エクレシアの剣を見て、実戦的な域に達し始めている。彼女もまた、エクレシアと同じように天才なのだ。私には無い才能というものを持っている。その才能を素直に褒めるべきなのか、脅威とすべきなのか。今のヴィシャには、少しだけ難しい。

「ローラさん。」

隣から、爽やかな声が聞こえた。先ほど聞いたばかりなので、その声の主はすぐに分かった。レントだ。

「レントさん。本日はご苦労様でした。」

自然に彼に向けた笑顔は、彼からどう見えたのだろうか。きっと何を考えているか、分からないだろう。だって、私にも今のこの気持ちは分からないのだから。そんな私の思案をよそに、彼は至極誠実で真面目な顔で応えてくる。

「ローラさんこそ、交渉ありがとうございました。やはり、ダメでしたね…」

心底辛そうに、彼は顔に影を落とした。本当に辛いのだろう。その漆黒の髪が、暗い表情をより強調するようだった。

彼の喜怒哀楽に満ちた姿を見ていると、私はいつも訳が分からなくなる。彼は、何を見て、何を信じているのだろう。

「そうですね。力至らず、申し訳ありません。」

「いえ、ローラさんの力不足ではありません。今回は元より、即日譲渡という無茶なアーティファクト譲渡交渉だったんですから。本当に、我が教団の教義が正しく広まってくれることを祈るばかりです。」

「正しく広まる、ですか…」

彼は真っ直ぐ、私を見る。

「ローラさんは、世間では、我らが教団がどのように言われているかご存じでしょうか?」

「ええ。”終末教”。人類を世界ごと根絶する事で、万物に救いを齎す狂気の宗教。そう言われていますね。」

そう、我々は人類を滅ぼす”悪者”として広く認知されている。当然、そんな事はない、はず、なのだが。

「そうです。根本的な誤解をされている。我々が望むのは人類の根絶ではなく、人類全てを統括し、方舟を手配する事で、汚染された世界を一度リセットする。その時に人類を次なる清浄な世界へ運ぶべく働いているというのに。」

彼は悔しそうに拳を握る。まるで自らの家族が迫害されたかのような、鬼気迫る様子だ。

「じゃ、人類以外はどうなる?」

突き刺すような声が飛び込んできた。エクレシアだ。

「レントさん!こんにちは!」

「エクレシアさん、ヴィシャさん。お疲れ様です。」

レントは彼女たちにも、親し気なトーンで挨拶をした。余計そのトーンが、エクレシアの気に障ったようだ。

「もちろん、みんなを次の世界、”エデン”に連れていけるならその方がいい。でも人間以外はどうすんだよ。人しか教団は集めてねぇぞ。」

彼女は彼から視線を外す事なく、私と彼の間に不機嫌そうに座り、鬱憤を晴らすように水筒の水を飲む。

「それは、仕方ないのでは?」

また心底不思議そうに首を傾げ、彼女へ彼は答えた。咄嗟に私はエクレシアの腿に触れた。目の端で一瞬彼女は私を捉え、ゆっくり水筒をベンチに置く。

「でも、レイドと一緒にエデンに行けた方が、ヴィシャは嬉しいよ?」

緊張しながら、エクレシアの背中を見守っていると、ヴィシャは少し寂しそうに口を挟んだ。

レイド。教団内でマスコット化している飼い犬だ。大柄なくせに人懐っこく、遊ぶのが大好きだ。じゃれ付き方がまるで襲い掛かってくるような勢いで飛び込んでくる。故にレイド、と名付けられた。あまり彼の性格を知らない人からしたら、恐怖でしかないだろう。

「そうか。…そうですね。レイド。人々に大事にされている動物もまた、大事にすべきかもしれません。」

「言いたい事はそれだけか?」

エクレシアは、彼が言い切った瞬間に、声を上げた。

「え…?」

突然立ち上がった彼女は、明らかに肩で息をしていた。彼女が、傷ついた。今日だけでも、何度もその姿を見る事になった私は、耐えがたい苦痛を感じる。彼に彼女を踏みにじる気があったかどうかは、問題ではない。でも彼女が彼の考えを受け入れられない事も、問題ではないと言える。とても、やるせない。

「すみません…彼女を、怒らせてしまったようです。」

また彼は、落ち込んだ様子で答えた。落ち込んでいるのだ。…本当に。

「お気になさらず。私からレントさんの謝罪を伝えておきます。また次の作戦も、どうぞよろしくお願いいたします。」

私は軽く会釈をし、立ち上がって彼女を追った。背中に刺さるヴィシャとレントの視線を受けて、私は何か焦燥感のようなよく分からない感情が起こったのは、何なのだろう。


エクレシアは、ごく普通の農家の出自だった。酪農で生計を立てる、裕福ではなくとも貧困には悩まない、少し恵まれた家庭。いつだったか彼女の実家の近くでの任務の際、彼女はこっそりベーコンを一本持ってきたことがあった。いくら実家とは言っても、勝手に物を持ってきてはいけません、と叱る私を横目に、焼いてくれたそのベーコンはとても美味しかった。私が素直に感想を伝えた時の、彼女の嬉しそうな笑顔は忘れられない。

彼女は家畜と共に生きてきた。畜農家と言っても、その考え方の幅はとても広い。商品として丁重に扱う者。商品だから最低限価値を失わない程度には管理する者。一緒に友として過ごし、断腸の思いで出荷するもの。家畜を愛し、その生き方を心より祝福するもの。特に最後の考え方は、私には最も難解で理解し難いものだった。人間の都合で出産させられ、人間の都合で生かされ、人間の都合で殺される。人間が生の尊さを保つ為に、家畜の生を奪うのだ。論理に合わない、自分勝手な考えだ。更に不可解なのが、理解できずとも、私が素直に受け入れられてしまっている事だった。でも、エクレシアにはその答えがある気がする。聞いた事は無いし、聞いても「分かんない」と言われるのが関の山だろう。それでも私は、彼女の持つ真理を確信している。

そんな彼女だから、レントの言う"人間至上主義"はとても耐えられなかったはずだ。実際、ここ数日の彼女にはどこか抑えが効いていない節があった。普段気兼ねなく口を挟むヴィシャですら話しかけるのを躊躇っていたし、私との模擬戦も力加減を誤るし、そのせいで隙が見える事が多いしと、散々だ。更に間の悪い事に、レントも今は任務も無く、だいぶ暇を持て余しているらしく、彼と彼女が鉢合わせないよう、彼の予定を方々に聞いて回る始末だ。

だから今、任務が無いのは好都合だった。羽を伸ばせるとは言えなくとも、本部で指示を待つだけなら、彼女自身に気持ちの整理を任せ、落ち着きをゆっくり取り戻せばいい。そう思っていた矢先だった。

「…ゲールさんが?」

伝令に来た騎士に「今でなければいけませんか?」と続けそうになって、口を噤む。別に、ゲールから呼び出されるのはいつもの事だ。それが次なる任務の指令である事も、いつも通りだろう。でもいささかタイミングが悪い。そう思った。

「いえ…すみません。分かりました、支度をしてすぐ向かいます。」

私はそう告げ、宿舎のドアを閉める。振り返ると、ヴィシャは食卓で食後のミルクを飲みながらこちらを見ている。エクレシアはわき目も振らず、一心にシンクで食器を洗っていた。

「二人とも、私はゲールさんからお呼び出しを受けたので、身支度を済ませたら伺います。早急の任務かもしれないので、貴方たちも準備はしておいてください。」

「はーい。」

「分かった。」

部屋から持ち出そうとしていたゴミの袋を傍らに置き、私は一旦支度のために部屋へ戻る。少し司令室へ向かう足が重いのは、久しぶりな気がする。

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