第3話 中庭にて、”戦い”の置き場所
石レンガに硬い足音を響かせながら、私たちは並んでいた。エクレシアは、どこか上の空で。ヴィシャは、少しご機嫌に。
「制圧部隊副隊長レント、只今戻りました!」
門の方から威勢のいい声が響く。制圧部隊。随分と自信ありげな声だ。視界の端に捉えると、そこには一人の金属鎧が大げさに敬礼をしていた。
「楽しそうな事だな。”保護対象”もたくさん連れて、さぞかし満足だろうよ。」
忌々し気にエクレシアはその光景に視線を送っていた。レントと名乗った鎧の後ろには、ぞろぞろと縄で繋がれ、死んだ目をした人々が付き従っている。いくつか、集落で見た顔があった。
「エクレシア、いけませんよ。彼らは立派に責務を全うしているのです。」
「責務ね。業務、の方がしっくりくるけどな。」
その言葉に、殴られたような衝撃を受ける。彼らが全うしているのは”彼らが生まれ持つ責任”なのか、それとも教団から与えられた”組織の一員としての責任”なのか。そう考え、その答えを出してはいけない事に一歩遅れて気付く。
「…エクレシア。口を慎みなさい。貴方を傷つけたくはないです。」
エクレシアは、私のその言葉に我に返ったようにビクッと肩を震わせた。
「わ、悪い。」
その謝罪に、私は悲しくなった。謝るのは、私の方なのだ。
「レントさん、かっこいいなぁ…」
私たちの会話を聞いていなかったかのように、ヴィシャは眩しそうに一言呟いた。私もエクレシアも、呆気にとられたが、何も言えずに黙って中庭へと歩を進めた。
「なぁ、ローラ。付き合ってくれよ。」
中庭に入るなり、エクレシアは腰に下げていた三節棍を取り出した。迷いなく引き出されたその得物を彼女は横に振り、その弾みで関節部が固定され一振の長杖と化す。長杖を一度手の中で転がし、持ち直すと、腰を低く構え私に好戦的な視線を向けた。ふふ、と笑ってしまう。
「こんな中庭の入口で暴れていたら懲罰房行きですよ。」
私は急ぎもせず、中庭の中ほどまで歩を進め、踵を返す。
「訓練用の木剣はありませんよ。いいんですか?」
彼女の答えは分かり切っていた。
「いいさ。だってあんたは私を――」
言い切る前に、彼女は踏み込む。次の瞬間、取ったはずの間合いも虚しく、彼女は眼下で低く構えていた。
「傷つけたくないんだろ?」
真っ直ぐ急所へ伸びる長杖を、身体を引きながら抜いた剣で弾く。そのままの遠心力でもう一振の剣で横腹を狙うが、エクレシアはその場で跳躍をして難なく躱した。
彼女は宙返りをして間合いから身を引くが、私も引いてやる道理はない。強く踏み込み、着地を狙い右手の剣を突くが、彼女は長杖を地面に衝く事で着地をずらし、無事間合いの外へ降り立つと横から長杖を私へ振るう。
私は何とかそれを左手の剣で受けた。…はずだった。だが私が受けたはずの杖はなかった。三節棍だ。
まずい。
勢いを殺すため、長杖の持ち手を弾くつもりだったが、そのせいで受けたのは真ん中の棍。先端の棍は遠心力で私の側頭部へそのまま向かってくる。ギリギリのところで何とか身をかがめたが、棍を受けた剣は挟まれ、その衝撃で私の手を離れてしまった。
「…強く、なりましたね…」
本当に、強くなった。彼女は元々の軽快な身のこなしと、柔軟な発想力を持った天才肌な強さがあった。経験を積み始めた彼女は、”勝てる強さ”へと昇華されつつあった。
片方の剣を失った私と、三節棍を持ち直した彼女は見合っていたが、やがてエクレシアは構えを解いた。
「…やめだやめだ。」
「え?」
三節棍をまとめ、腰へ提げる。先程の好戦的な目はどこへやら、それでも少し満足したように彼女は笑った。
「やっぱ今度木剣でやらせてもらうわ。」
「そう…?私は、続けてもいいのだけれど。」
私は落ちた剣を拾い、ひとまず鞘に納めた。それを見て、エクレシアは何だか照れくさそうな表情を見せた。
「いいよ。…あんたの武器は、殺すためのものだ。私の武器は、殺すこともできるものだ。”戦い”の概念が違い過ぎる。」
今日は、何だかエクレシアの言葉の切れ味が冴えている。その通りだ。
「そうね…ごめんなさいね。貴方の方からそんな事を言わせてしまうなんて。」
少し私は恥ずかしくなった。私は、自分が手を抜いていたなんて思っていなかった。そしてそれは半分は事実だ。でも、殺すための戦いと倒すための戦い、それは性質そのものが違う。殺すための武器で、私は倒すための戦いをしていたのだ。
「いいよ、元はと言えば私が待ち切れなくて手合わせを願ったんだ。私が悪いだろ。」
そう照れたように顔を逸らした彼女の元へ、足音が一つ。
「やー!」
「うおっ!?」
鞘に納めたままの短剣がエクレシアに振り下ろされる。咄嗟にエクレシアはそれを受けて弾くが、二度、三度と果敢に剣戟が降り注いだ。二撃目以降を、彼女は難なく受け返す。
「不意打ちしっぱーい…二人だけでずるい!ヴィシャも!」
護身用の短剣を鞘に納めて構えたまま、楽しそうにヴィシャは騒いだ。
「おいおい、お前空気読めって…」
呆れかえったエクレシアの顔にも、少しだけ緩んだ落ち着きがあった。
「ヴィシャ、そんな使い方しては剣に負荷がかかるわよ。彼女の言う通り、修練所に行きましょ?」
ふくれっ面をしたヴィシャの手を優しくとる。大袈裟にため息をつくエクレシアを横目に見て、私は幸せ者だな、とつくづく感じた。




