打ち解けてから急展開
「アキを……信じてあげて」
穏やかに諭すように、それでいてどこか懇願するような愛奈の語り掛けに華蓮は一瞬硬直せざるを得なかった。
『竜宮を信じてるの?』
先程、己の口から思わず出てしまった疑念。それは華蓮自身がアキトへの不信を肯定した証拠である。信じる事に抵抗があるのと、愛奈の目の前で彼女が信じる相手――アキトへの疑念を認めてしまう事への後ろめたさから、華蓮の口は磁力を帯びたのかと疑う程にぎこちない。
「わ、わた……し……は――」
そんな華蓮の葛藤を、愛奈はまたしてもあっけらかんとした口調で切り崩した。
「まぁ、無理にとは言わないというか、言えないわね。今のアキを初見で信用しろって異世界転移レベルで無理だわ」
「へっ?」
何とも間抜けな声が飛び出た。それは自分から信じてと言っておいて真っ先に無茶振りであると認めてしまった発言に対してか、はたまた”異世界転移レベル”などと分かり易いのか難いのか判断に迷う比喩を用いられた所為か定かではない。
取り敢えず、プチパニックに陥った華蓮を他所に愛奈さんの猛口は止まらない。
「寧ろ、あのアキを見て何の抵抗も無く信じる人が居たら正気に戻るよう説得するか、通院する事を勧めなきゃ……頭の病院のね」
「ねぇちょっと神子柴さん?」
心から信頼しているであろう相手を自らこれでもかとディスる微笑みの天使様……シュールである。この娘には自分自身が正気を疑われて頭の病院への通院を勧められる立場に納まっている自覚があるのだろうか?
舌の回りがすこぶる快調な愛奈とは対照的に、華蓮の表情からはどんどん色が失われていく。眼の光もどんどん死んでゆく。あれ? 私って何に悩んでたんだっけ? と既に自分を見失いそうな有様だった。
決して健全な過程を踏む事無く、精神世界で半ば強制的な自分探しの旅に出発した華蓮。ふと思い出されたのは以前同じ様にアキトへの疑念を口にした時に守から言われた言葉だった。
『それなら華蓮、愛奈ちゃんか美矢ちゃんと話してみれば良いんじゃね?』
確実にアキトを信頼しているだろう二人に何故にアキトを信じるかを聞いてみろと言われたあの時。
当時の想定からはかけ離れたシチュエーション――相手と発言内容――ではあったが、これも良い機会だろうと無理矢理再起動を果たした華蓮は先程までと違う意味で躊躇しながら問い掛けた。
これ聞いても大丈夫よね?
「あぁ~、うん。神子柴さん、その様子から察するに……竜宮って今みたいな感じが素なのかしら?」
「素ね、いっそ本性だね。……いや、まだ完全に自重を捨てた訳じゃないわね」
即座に肯定の意を示すと途端に思い直したのか、まるで遥か昔に思いを馳せるように遠くを見つめる愛奈さん。釣られて華蓮さんの視線も明後日に飛んで行く。
「藤林さんから見たアキって、人を弄り回すけど割と害が少なくて、どちらかと言うと控え目な男子って感じだったんじゃない?」
「……えぇ、大体そんな感じで合ってるわ」
「でもそれってあたしや美矢ちゃんが高校入学までに必死で教育してようやくある程度の自重ができるようになったアキなの。中学までのアキって今と全然違って……遠慮が無い……いえ、空気を読まない……でもなくて、容赦が無い?」
何とかして当時のアキトを人の型にはめようと愛奈は一人ああでもないこうでもないと模索するが、どうもしっくりくる表現が思いつかないらしい。それを見せられる度に華蓮が「どんな奴だったんだ」と戦慄の度合いを深めていく。
「う~~、上手く言葉にできないよぉ~~。とにかく、偶に情が無いんじゃないかって思うくらい辛辣だったり冷徹な態度だったりした所為で、剛田君とは違った意味で怖れられてたんだよね。喧嘩を売られれば例外無く買って返り討ちにするし、それだけならまだしも絡んできたガラの悪い先輩達をフルボッコにした挙句校庭の木に全裸で逆さ吊りにしたり、横暴な先生を鳥の餌塗れにして鶏小屋に朝まで放置したり、あたしに無理矢理言い寄って来た男子を屋上から強制バンジージャンプさせたり――」
「……………………」
その他諸々な武勇伝――という名の悪行――の数々を聞かされて、絶句するしかない華蓮の魂は戦慄の迷宮に飛ばされそうになるも剣姫様は必死に堪えた。
「中学までの同級生が一緒の高校に来なかったのは幸運だったよ……お陰でそれまでの所業が明るみに出る事無く穏やかに高校デビューできた訳だし」
愛奈は幸運と言ったが、実はアキトが今の高校に進学すると知れた段階で同級生達は総じて進路からその高校を外したというのが真実だったりする。詳細は機会があれば語るとして、取り敢えず愛奈と美矢以外に友達が居なかったとだけ言っておこう。
そして愛奈は勿論、美矢も知らなくて当たり前の事実が、アキトは前世の竜としての記憶と人格を今生に引き継いでいるという事だ。前述の所業は元々人間としての考え方から遠い所に価値観を置いていた故であり、その頃になってようやくそれなりな作法が身に付いて来たのだ。
アキト側の弁明としては一応、犯罪行為となる所業は小学生の段階で禁忌すべしとした価値観が根付いていたので犯罪一歩手前になるよう心掛けていたらしい。実は犯罪にならないよう事後工作に努めていただけでやっていた事は普通に立派な犯罪行為だった訳だが。
そんな裏話は置いておいて、一通りアキトの過去話を語り終えた愛奈に華蓮は根本的な再確認を実施する……途轍もなく精神疲労を引き摺りながら。
「神子柴さん……あなた、私に竜宮を信じて欲しいのよね?」
「えぇ、勿論――」
「できて堪りますか! 今の話で信じられる奴が居たら、それこそ正気を疑うわ!」
とうとう堪らず華蓮は吼えた。これまでの話でアキトを見直す輩が居たら即入院すべきである……有無を言わさずに頭の病院へ。
華蓮は悟った。確かに誤解していた、それも悪い意味でなく良い意味で。寧ろ今まで見ていたアキトの疑わしい面すら良識の在る面だと思い知った。諦念に染まった死んだような目をしながら、華蓮は抑揚の無い口調で胸中の意を漏らした。
「神子柴さん……残念だけど、私には竜宮を信じる事は無理みたい。大丈夫よ、それでも距離感を修正すればそれなりに付き合う事は可能かも――」
どこか遠い目で語る華蓮を見兼ねて、愛奈がわたわたと慌てて割り込んだ。
「待って待って藤林さん! まだ話の途中なの、少~し刺激が強い話をしちゃったと言うか横道に逸れ過ぎたけど、ちゃんと最後まで聞いてお願い! 要はアキが誰の為にそんな事をしたかを知って欲しいの」
現実逃避気味だった華蓮の意識は”誰の為”というフレーズで辛うじて繋ぎ止められた。愛奈の発言はアキトの所業の数々には相応の理由があると訴えるものだ。
聞いた所、まずアキトは喧嘩を買う事はあっても売った事は無いらしい。多少過剰防衛ではあるが、暴力を行使するのはあくまで自衛の為だと。
次に先輩達に関しては前述の自衛目的も含まれるが、何より愛奈と美矢を貢がせろと迫った事が大きく、二人の為に徹底的に懲らしめた結果との事。
教師は以前に社会的抹消をされた空手部の顧問に近い人物だったらしく、アキトに随分と無礼な態度で接しており、ある時アキトの祖父母を侮辱する発言をした結果アキトの逆鱗に触れ制裁されたのだ。
最後のストーカー男子については言わずもがな、愛奈を守る為である。
対応は常識外れと言うも可愛い常軌を逸したものであったが、その目的は常に何かを守る為であったと愛奈は強く訴えた。アキトは決して剛田のように利己的に他者を傷付けたりはしないと。
「今のアキは随分と薄情に見えると思うし、実際に情が薄いって言われたらその通りだから、それについてはどう思われても仕方が無いと思うの。だけどね……それにもちゃんと理由があるって事を分かって欲しいの」
「……それってつまり、今の竜宮がああなのは……私達の為って言いたいの?」
華蓮からの問いに愛奈は静かに首を縦に振った。
『俺達が殺した訳じゃないし、異世界の赤の他人より疎遠な顔も知らない誰かが死んだだけだ。気にするな』
生贄の件で華蓮達が打ちひしがれている所にアキトから投げ掛けられた言葉がこうだった。今になって思えば慰めのつもりだったかもしれない……しかし他の言い方があるだろうと華蓮は憤った。
『渡りに船なタイミングだったな。一応は護衛の体で最後までは付き合うが、場合によっては途中で脱出する事も念頭に置いておこう。姫さんの事情よりもこっちの都合の方が優先だし』
今回の件について聞かされた時もそうだった。まるでスカーレットを軽視するような言いぶりに釈然としなかった。自分の事しか考えていないのではと華蓮は激しく不満だった。
そういった態度も全て自分達の為に敢えてそうしていたのかと問う華蓮に、それについては愛奈も否定的な態度を示す。
「”敢えて”って言うのは違うわね。さっきも言ったけどあれがアキの素だから。何て言うのか……アキって優先順位がはっきりしてるのよ」
「優先順位?」
「そう、自分にとって大切なものは何か、大切でないものはどれか、その線引きがはっきりしてるの。大切の為ならそれ以外は平気で切り捨てられる……それがアキなのよ」
「それって――」
聞きようによっては情が深いとも言える。しかし見方を変えれば恐ろしく情が無いとも言える。そして華蓮にとってはとても許容できない考え方だった。幾ら何でも極端過ぎる。
「懐が狭いと言われればその通りだと思うわ……でもその懐は凄く深いの。だからきっと、この世界の人達については本気でどうでも良いって思ってる筈よ。それと同時にあたし達の事を本気で大事に想ってる。だからね……好感を持ってとは言わないわ、でもせめて信じてあげてくれない? 嫌ってくれても構わないし、きっとアキも嫌われてもしょうがないって思ってるだろうし」
切実さを感じさせる愛奈のお願いに華蓮は俯き思案する。そして愛奈からの「嫌ってくれても――」の言葉に何かがストンっと落ち着く気がした。
――あぁ、そっか……私は竜宮の事が、
華蓮はアキトを嫌悪していたのだ。自分が情を掛ける相手――スカーレットを何でもないように切り捨てるような態度で居るアキトが気に入らなかったのだ。それが不信というより拒絶反応に繋がっていたのだとようやく理解した。
要はガーランドに対する感情に近い。気に入らない短絡皇子から自分の役に立てと言われても断固拒否だった。だから気に入らないアキトからの提案にも似たような感情を持っていたのだ。
それに気付き、何とも子どもっぽい理屈で駄々を捏ねていたなと華蓮は自嘲した。愛奈からアキトの価値観を聞かされて、嫌っても良いから信じてと乞われてそれなりに納得を得る。しかしどうしても納得できない点が一つ、
「ねぇ神子柴さん、それでも話を聞く限り、要は竜宮の行動原理はあなたや鷹村さんにあるんじゃない? 私や賢司や守は、割とついでに思われてるって事はないの?」
取り敢えず愛奈の話を信じるなら、愛奈と美矢はともかく自分達はアキトの懐に匿われているとは思えないと言う華蓮。それについて愛奈は、
「そんな事は無いよ。少なくともアキは藤林さんと城島君と立石君を大切に思ってる筈だよ」
「……? どうしてそう思うの? まぁ賢司や守は竜宮ともよく絡んでるけど、私は言う程あいつと仲良くないわよ」
「それについてはあたしからもなんとも言えないわね。でもアキは城島君と立石君と同じように藤林さんを友達って思ってるよ。さっきも言ったけど、アキって何でもない相手って本当にどうでも良いって言うか、基本関わりを持たないようにしてるの」
「ふむふむ」
「だから何かと自分から関わろうとしてる藤林さんはアキにとって”大切”の枠に入ってる筈だよ。何でそうなったかはアキにしか分からないだろうけど」
「私……あいつに何かしたっけ?」
「少なくともアキの心の琴線に触れる何かをしたんじゃない?」
これについては流石の愛奈も見当がつかない。ただ、取り敢えずアキトが華蓮も大切だと思っているのは確定で、華蓮もそれについては了承した。
「話はよく分かったわ。途中までは何を伝えたいのか全く理解できなかったけど、正直言うと愛奈の性分も実はエグイわねって思っちゃったけど、取り敢えず……竜宮の事、信じてみるわ」
「藤林さん……」
「ただし、本音は気に入らないって点は了承してね。こればっかりは感情的な部分だから」
「うん! それについては仕方無いね」
はっきり言えば、未だに嫌悪感が残ってはいた。アキトの考え方に同調できるかと聞かれれば即答で否と答えれる程に。何より華蓮自身が大切だと思える人を蔑ろにしているので、その時点で不満はタラタラだ。
「でも藤林さんがスカーレット姫をどう思ってるかはアキも分かってるよ。それについてはアキなりに考えてるんじゃないかな?」
重ねて汲み取った愛奈がすかさずフォロー。守と違ってアキトは察しが良いので華蓮の迷いにも勘づいていると愛菜は言う。
それならばと反論しようとした華蓮は、そう言えばアキトに明確に意見していなかったと今更気付いた。再び自嘲気味に頭を抱える剣姫様。いつもなら相手の間違いや不徳を言い責めなければ気が済まない質だと言うのに珍しい。
これについては華蓮自身が自覚していない悪癖の所為で、実は華蓮さん……気に入らないと言いながらアキトの言い分の幾割かに正当性を認めていらっしゃったらしい。そして相手の正しさを認めてしまうとどれだけ気に入らなくとも無意識に口を噤んでしまう悪癖を華蓮はお持ちだったのだ。
生来の潔癖さ故の性分であり、また生真面目故にそれを誰にも打ち明けずに悶々と胸に燻らせていたのだった。普段ならデリカシーの欠片も無い守の言動に制裁を加えてモヤモヤを発散すると同時に、察しの良い賢司が華蓮の胸の内を汲み取って相談に乗ってくれるのでここまで拗らせる事は無かった。
しかし今回は、守がスカーレットに触発されてはっちゃけ過ぎた――些か華蓮からの制裁が過激だった――為に一週間も制裁が加えられずにストレスがたまった事と、賢司が計画に掛かりきりで華蓮との時間を持てなかった事が問題を大きくしたとも言えた。
常に親友二人に支えられている剣姫様は幸せ者である。
今回は愛奈がそんな二人分の役目を一手に引き受けたお陰で華蓮もやっと平常運転に復帰できたと無意識に感じており、自身でも上手く表現できない感謝の念を芽生えさせていた。よって、
「何ならアキにスカーレット姫の事ちゃんと相談してみたら? 多分、無下にはしないと思うし。それより藤林さん……さっきの呼び方なんだけど」
さり気に愛奈を名前呼びしてしまったのは感謝の表れというか、一種の打ち解けの形である。
「ん……いや、その……ね。ほら、男子連中はとっくに名前呼びしてるし、別にそんな事で親密度が上がるとか思ってないけど……羨ましかった訳でもないんだけど、私達もいっそ名前で呼び合った方が良いかな……って」
それも無意識だったのだろう、改めて指摘されて恥ずかしかったのか華蓮さんモジモジする。それを見せつけられてギャップ萌え再びな愛奈さん、スカーレットや美矢のように抱きつきたい衝動に辛うじて抗う。副作用でちょっと悶えつつ愛奈は華蓮の提案に同意した。
「う……うん! これからは愛奈って呼んでね! それであたしは――」
愛奈からの名前呼びに華蓮はドキドキしながら、
「レンレンって呼ばせて――」
「却下‼」
渾名で呼ばれてそれを即座に斬って捨てた。愛奈は「え~~」と不満気だ。しかし華蓮も譲れない。
「本気で勘弁してと言うより寧ろその呼び方マジで鷹村さんにも止めさせて渾名呼びって確かに親密な証拠な感じがするけどその呼び方私的に結構痛いのよ何なのレンレンって」
余程嫌なのか息継ぎ無しの一息で言いたい事を言い切った華蓮さん。余りの剣幕に不満気な愛奈さんも流石に気圧される。せっかく縮まった距離感が再び離れそうだ。
「わ、分かったわ……それじゃ華蓮ちゃんだね、うん。それと美矢ちゃんも今度名前で呼んであげて、きっと喜ぶから。……因みに美矢ちゃんの”レンレン”呼びは止めさせられないと思う」
「まぁ……それは長期戦で修正しましょう。私は今度から美矢って呼ぶわ」
意図せずに深まった絆。そして愛奈にとって当初の目的である、華蓮のアキトに対する不信も払拭されたとして良いと言えた。美矢と絡めば何やら一騒動置きそうな気配が充満しつつあったが、二人共それについては苦笑いつつ後回しにしようと以心伝心した。
一段落した所で、そろそろ砦に帰ろうとしていた愛奈と華蓮に声を掛ける人物が一人。
「あらぁ~、愛奈さん、こんな所でぇ~奇遇ねぇ~」
どこか雰囲気が弛緩しそうな、独特な間延びする口調で話し掛けてきた人物は愛奈のよく知る者だった。
「あっ、ミントさん! ミントさんもお買い物ですか?」
ミント・エル・ナシェル――後方支援に特化した”守護騎士団”の団長。愛奈が身に付けている物に似た神官服(愛奈とは違い水色の装飾版)を纏ったおっとり系妙齢美女が買い物袋を片手にショッピング中だった。
「そうなのぉ~。タウロ砦ってぇ~帝都とは違った品揃えのお店が多いからぁ~、折角の機会だしぃ~色々と買い込んでおこうってぇ~」
「そうなんですか? 私達は帝都に出た事が無いので初耳ですが、それなら今回の助っ人も役得ですかね」
そもそも何故他の騎士団の団長がここに居るのか? それは華蓮の言う助っ人だったりする。つまり転移組同様にミントもスカーレットの本洗礼の手伝いに駆り出されているのだった。
緋鳳騎士団にも治癒魔法の使い手は居るがやはり人員は不足気味で、皇族の本洗礼に不備が無いようにと守護騎士団からも応援を寄越す事になっていた。そこで団長を寄越すのは如何なものと言えるが、そこはミントが立候補した経緯があった。
『うちの子達は皆優秀だからぁ~、わたしぃ~が居なくてもぉ~大丈夫ぅ~。と言うよりぃ~皇族からの申し出にぃ~それなりの立場の人材を提供しないとぉ~、こっちの面子にも影響しちゃうからぁ~』
そこの所について行軍中に質問したら上記の回答が返って来たのでそういう事だそうだ。
「ところでぇ~お二人はぁ~今お暇かしらぁ~? 良かったらぁ~休憩も兼ねてぇ~どこかでお茶でもどうかしらぁ~」
「あたしは良いですよ。ふじ……華蓮ちゃんはどうする?」
「私も問題無いわ。帰る前に一息つきたかったし、みこし……愛奈がお世話になった人からのお誘いだしね」
ミントからの誘いを愛奈と華蓮は快く承諾した。互いに呼び方がぎこちないのは御愛嬌と言った所だ……まだ慣れないらしい。
そして美女一人と美少女二人の三人組は商業区の奥に進んで行った。
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砦内の会議室にて、本来なら駐留している兵士なり騎士が会議を行う場所での一コマ。
「しかし不手際やでアキやん、相変わらず気遣いっちゅうもんがなっとらん」
「あ~うん、返す言葉もねぇな」
プンスコしながら腰に手を当て、工房からそのまま来たのであろう焦げ茶色のツナギ姿の美矢がアキトに説教中だった。はだけた前から覗く黄色いチューブトップを絶対領域とばかりに主張しつつ、対面で正座するアキトにあーだこーだと口を酸っぱくしている。
対するアキトは正座こそしているが、言い訳らしい言い訳は一切していないが、あからさまに聞き流す態度の空返事対応を貫いていた。そしてその両隣には、
「何で僕らまで正座させられてるの?」
「美矢ちゃん美矢ちゃん! ファスナーをもっと下ろそう! 臍の下まで見せてくれれば俺っちアバッフ!」
アキトと同様に説教される事態に疑問を抱く賢司と、美矢に面と向かってセクハラをかまして隣のアキトから制裁を受ける守の姿があった。
「もうアキやん! マモルンにちょっかい掛けてウチの話聞いとるか!?」
守のオープンセクハラはスルーして寧ろ美矢の為に手を下したアキトへの若干理不尽な叱責。それについては憤る事も無くアキトは淡々と答える。
「聞いてるよ、ってか愛奈が藤林と出掛けたら何で俺が説教される羽目になる?」
「問題なんは愛奈がレンレンを誘った理由。それを考えたら大本はアキやんの手抜きの所為やろ」
美矢としては愛奈が華蓮と一緒に居る事は問題ではない。愛奈がアキトを置いて華蓮と二人きりになった経緯に問題があると言うのだ。
「愛奈がレンレンを誘ったんは、レンレンがアキやんに不信感を持っとるからそれを何とかしようって思ったからや。せやからも少しレンレンに気を配ってって言うたのに、”美矢とのお約束条項その一〇四”――”愛奈を困らせない”に抵触するで」
「いやお前と”お約束条項”を取り決めた覚えがねぇし、一〇四って多過ぎだろ覚え切れねぇよ」
「昨日決めたんや、一〇八項目まであるで」
「……じゃあ五十六項を言ってみろ」
「エエ天気やなぁ」
適当であった。美矢自身、そんなものは取り決めた覚えが無い。そんな関西娘に嘆息しつつ、アキトは本題の肝について尋ねる。
「藤林が俺に不信感を持ってるってのはマジか?」
「多分な、最近特にアキやんを避けとるし……スカーレット姫の事でも悩んどるみたいやったし」
「藤林が姫さんを気に掛けてるのは気付いてたさ。でもそこまで想ってんなら俺に文句の一つや二つくらい言って来るだろ? あの藤林だぞ」
「いや、鷹村さんの推測はきっと合ってるよ」
アキトとて自身の立てた方針が華蓮の意にそぐわない事は自覚している。故に多少嫌悪されるだろうとは覚悟していた。そして華蓮の性格なら確実にアキトに詰め寄って来るだろうと身構え、そうなったら多少の修正は考えるつもりだったのだが一向に何も言わない華蓮を見て問題視しなかったのだ。
それを間違いだと指摘したのは賢司だった。
「アキト……誤解が無いように言っておくけど、華蓮はアキトの方針を否定している訳じゃないよ。寧ろそうする必要性に共感しているくらいさ。でもそれが事態をややこしくしちゃってるんだ」
「どゆ事?」
「華蓮が誰かに強く物を言うのってさ、相手側に一方的な非がある場合なんだよね。相手に少しでも正当性があるとダンマリしちゃう質なんだよ彼女」
「はい~~?」
華蓮の悪癖を十二分に把握しているイケメン君。それを聞いたアキトは腹の底から「何それ?」と呆れた。
「アキトがあんまりにもこの世界の人達――生贄にされた人とか、スカーレット姫に無頓着だからそれについて言いたい事は沢山あるのに、アキトが言う事――できるだけ早く帝国から脱出する事にも納得しちゃってるから頭がグチャグチャしてるんだよね」
「あ~それでか、俺っちにも色々言ってたよ。帝国を正してからでも遅くないとか……あれ自分でも混乱してたな、今になって思えば」
「……何だアイツ……結構面倒くせぇな。もっと竹を割ったような奴かと思ってたよ」
「ついでに言うと……割と抱え込むタイプで誰かに自分から相談する事が苦手なんだよ」
男子三人に揃って酷評される華蓮が切なかった。しかしそれを見兼ねた美矢が再び怒鳴る。
「ド阿呆! せやから待っとかんとアキやんから話しに行けって何度も言うたやろ! せやのにアキやん全然自分から話そうとせんし」
「下手に俺が何か言うより、藤林が自分である程度納得してから話し掛けようって思ってたんだよ~~」
「後回しにし過ぎや! それで愛奈が結局アキやんの尻拭いする羽目になったんやで。せやから手抜きや言うてんのに……それが分かってへん上に何平然と二人を置いて帰って来てんねん‼」
「はいすいません!」
本気で怒鳴られて即座に土下座に移行するアキト。アキトが美矢から言い責められるのは珍しいので賢司と守は目をパチクリさせている。そしてそんな二人にも怒れる美矢さんは容赦しない。
「他人事ちゃうでケンちゃん!」
「はいぃ!?」
「そこまでレンレンの事分かっとんなら幾らでもフォローできたやろが! っちゅうか普段から色々溜め込むレンレン慰めるんは自分の役目やろ、何サボってんねん‼」
「あ……うん、忙しくて……つい」
「あぁ? ダメ亭主の言い訳か? おぉ?」
「マジすんません!」
頭文字Yな人並みに恫喝する美矢に条件反射で賢司は土下座した。関西弁で怒鳴られると本気で怖いと初めて知った十六歳の異世界での思い出だった。
「最後にマモルン!」
「うぉ、何だ!?」
締めに回された守は一体自分は何を言われるんだと体を強張らせた。張り詰める室内で美矢が口を開く。
「色々溜め込んだレンレンの鬱憤をその身で受けるんがマモルンの役目やろ! その無駄に膨れた体でレンレンの拳を受け止めたらなアカンのに……何を一週間も引き籠ってんねん‼」
「誰が人間サンドバッグだよ!? 一度たりとも望んであいつにシバかれた事なんかねぇよ! って言うか好きで引き籠ったんじゃねぇよ、理不尽にブッ飛ばされたんだよ、寧ろ存分に華蓮の鬱憤を受け止めた結果だよ‼」
最後の最後で不条理の極みとも言える叱責に守は盛大に吼える。その後、すぐ近くで美矢の主張に「「全くだ」」と同調する裏切り者二人を見て静かに泣いた。
どこからか啜り泣く声が木霊する会議室に来訪者がやって来た。
「お待たせなのじゃ……って、何があったのじゃ?」
「おせぇよ姫さん、お陰でどエライ説教かまされたよ」
スカーレットだ。元々アキト達が会議室に居たのはスカーレットに呼び出されていたからだった。そのスカーレットが思ったよりも遅れた所為で美矢にどやされたとアキトと賢司はご立腹だ。
「それはすまなんだ、ちょっと立て込んでおってな。それより守は何故に部屋の隅で三角座りしながら泣いておるのじゃ?」
「気にすんな」
「気にしないで」
「気にせんでエエよ」
アキト、賢司、美矢から三連続ぞんざいな扱いに部屋の隅の床がみるみる濡れていく……その場所だけ青春の汗が決壊しているようだ。
「それよりスカーレット姫、僕らを呼んだ用件は何ですか? ノマムさんやセレナさんまで一緒に」
賢司の質問通り、スカーレットの両脇にはドワーフモドキなノマムと桃色ベリーショートなクールビューティ副団長セレナが控えている。セレナはともかくノマムまで一緒に居るのは大変珍しい。
「何、ちょっとした伝達事項があるので集まって貰ったのじゃ。実はな――」
今更何だとアキト、賢司、美矢と復活した守は揃って首を傾げ、
「華蓮と愛奈が攫われたのじゃ」
「「「「なんだって?」」」」
何とも軽いノリで予想の斜め上を行く報告をしてくれたスカーレットに揃って聞き返してしまった。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次回は一週間空けて、再来週土曜日に投稿予定です。




