皇女のカミングアウト
愛奈と華蓮が攫われた。
何とも軽い調子でスカーレットから放たれた一声に、アキト達は驚くと言うより困惑の色が濃い反応せざるを得なかった。
それはある事情から愛奈も華蓮もまだタウロ砦の中に居ると確信しているが故で、その所為でアキトの返事は酷く素っ気無いものとなった。
「……なぁ姫さん、何のつもりか知らんが、あまりに質の悪い冗談は勘弁――」
「もしオメェらが嬢ちゃんらを感知できてるんだとしたら、それは偽装された嘘っぱちだと言わせて貰うぜ」
しかし続けて放たれたノマムの言葉がアキトの発言を一刀両断する。いきなり聞けば何を言っているのか理解に苦しい内容だが、その意味を十全に理解できてしまったアキトは絶句した。そして賢司、守と美矢も揃って絶句していた。堪らず美矢が問いを零す。
「親方、何を――」
「オメェらが装備している魔導具には逃亡防止の為に位置を特定するマーキングが施されている。ガーランド皇子の指示でな。そんでオメェらはそれに気付いて、魔法式を書き加えて装備者同士で位置を把握できるよう改良した事も分かってる。だからオメェらは今でも愛奈と華蓮の嬢ちゃんらは砦の中に居るって思ってんだろ」
そんな美矢を気にも留めずノマムは怒涛の勢いを以てアキトらの仕込みを看破して見せた。結論を言えば、全てその通りだと言わざるを得ない。
帝国から支給された装備をそのまま信じるなどアキト達にできる訳がなく、調べてみれば案の定、帝国側が常に現在位置を把握できるように感知型の魔法が組み込まれている事が判明したのだ。
なのですぐさま賢司と美矢の手によってそれらを無力化し、ばれないように偽装まで施して更に自分達が互いの位置を認識できるよう予め改造を行っていたのだ。魔導具――詳しく言うならミスリルそのものに手を加える術を当時の美矢が持っていなかった為に、賢司のイケメン魔法式を緻密に書き込んで作り上げた美矢の自信作であった。
でき得る限り慎重に慎重を重ねて積み重ねた策を見事に破られた所為か、先程までの余裕が完全に消えた美矢達は驚愕を隠せずにいる。唯一、アキトだけ表情が消えたように無表情だった。
「魔導具の効果を阻害せずに魔法式の刻印技術だけでここまでやれるたぁ恐れ入ったよ。しかも教えてもいねぇのにパッと見で改造が分からねぇよう魔法式の隠蔽までやってのけるたぁとんでもねぇぜ美矢坊。……やっぱオイラの目に狂いは無かった、オメェの素質は一級品だよ」
「あ……う、くっ」
「それでもオイラの目を誤魔化すにゃあ、まだまだ詰めが甘かったな。改めて手を加えさせて貰ったぜ。今オメェらが感知してんのはこっちで用意したダミーの反応だ。本物はとっくに砦の外に連れ出されてるぜ」
手腕を称賛されつつも上を行かれた事実に美矢が項垂れる。こちらを動揺させる為に嘘を吐いている可能性も考えられるが、工作を見抜かれた時点で相手の言う事が本当であると嫌でも分かった。何より現状の自分達の有様が相手のペースに嵌っている証であり、完全な不意打ちで白を切る暇すら与えられず完全にしてやられた事実に賢司すら無意識に歯を食いしばる。守は只々呆然と立ち尽くしていた。
全員を見やったスカーレットが、ある意味状況に似つかわしくない悪戯っ子のような笑みで勝ち誇るとノマムから発言権をバトンタッチする。
「思った通りの反応ありがとうなのじゃ。しかし何もそこまで打ちひしがれる事はないぞ、別に取って食おうとしておる訳じゃ――」
しかしその快活な調子は長続きしなかった。それは突然室内を筆舌に尽くし難いナニカが埋め尽くした所為だった。
それは近い表現をするなら”圧”と言えるかもしれない。ただし肉体的、物理的な干渉は一切せず、まるで心、魂を押し潰すような圧迫感がスカーレットの発言を強制的に中断させた。そして押し黙ったのは彼女だけでなく、両隣に居るノマムとセレナも金縛りに遭ったかのように直立不動のまま微動だにできていなかった。
スカーレットが視線を――首が回らないので眼球運動のみで――巡らせれば転移組の面々も似た状態に陥っていた……唯一人を除いて。
室内でアキトだけが平常通りに振る舞っていた。圧倒的な圧力が場を支配する状況で瞼を閉じ、瞑目するように静かに佇む様子はどこか神秘的で、このような事態でも思わず息を呑む程の存在感が鎮座していた。
この時点で誰もがアキトが現状の元凶だと察した。状況を説明すると、只今アキトは膨大な魔力を周囲に放出している状態だった。実際はほぼ一瞬、しかし永遠とも言える程の圧迫感から解放されたスカーレット達の耳にそれは一言一句余さずに行き届く。
「……嘘じゃないみたいだな、確かに砦内のどこにも二人の気配がしない」
暫しの間、誰もがその言葉の意味を飲み込めずに居た。
一体何の為にこのような事をしたかと言うと、アキトは魔力感知を最大出力で行い、愛奈と華蓮がタウロ砦内に居ない事を確認していたのだ。その事をここに居る誰もが理解できていなかった。
それもその筈、そもそも魔力の感知とは相当希少な技能であり、それを丸々都市一つ分の規模で行使できる者など【スフィア】の一般常識の完全外側に在る住人である。
「……のうアキト、其方……一体今何を――」
なのでたった今アキトが何をしたのか、凡その見当がつきつつも問わずに居られないスカーレットが確認を取ろうとするも、それは再び中断された……他でもないアキトの眼光によって。
それは明確な敵意だった。先程までのただ圧迫されるだけの魔力とは訳が違う、まるで皮膚を表面から削ぎとられるような感覚にスカーレットは晒されていた。
「質問をするのはこっちだ姫さん。……二人に何をした?」
変わらず無表情で、且つ氷のような冷たい口調で問い返すアキト。絶対零度という表現が文字通り生温く錯覚できるレベルの冷たさが背筋を疾駆した。
それは直接向けられていない賢司達すら蝕み、何となくアキトの本質を察していた賢司すら硬直させ、想定外な一面に面食らった守の腰を抜かせ、昔のアキトを知る美矢のトラウマを存分に刺激した。
間接的に晒されている三人ですらこうなのだ。スカーレット達に至っては更に酷い状況に陥っていた。
ノマムは血色の悪くなった顔色で喉を抑えて蹲っていた。アキトによる常識外のプレッシャーで呼吸機能が麻痺しているようだ。セレナは座り込んだまま、引き攣った表情で滝のような冷や汗を流し続けている。辛うじてスカーレットだけは表面上の平静を取り繕っているが、本音は今にも逃げ出したい程の恐怖に抗っている状態だった。
一応アキトとしては話ができないと都合が悪いので、ギリギリの所で威圧を加減してはいる。しかし愛奈と華蓮の安否が定かではない状況にそちらでもギリギリの自制を利かせているのも事実であり、スカーレット以外の二人に気を遣う余裕は無かった。
「…………アキトや」
スカーレットは静かに口を開く。若くとも十分に聡い彼女は今のアキトの心理状態も自分達の置かれた状況も十二分に理解していた。故に十五年の生涯を通じて最上級とも言えるだけの慎重さで言葉を選んでいだ。話し合いを求められてはいるが、どこかで選択肢を誤れば容赦無くアキトはスカーレットを害するだろうと彼女自身が痛感していたからだ。
「まずは少々悪ふざけが過ぎた事を詫びよう。その上で真っ先に知って欲しい事は……妾は其方らの敵ではない。華蓮と愛奈を攫ったのも妾達ではないのじゃ」
今まで見せた事が無い至極真面目な面持ちでスカーレットは語った。アキトも今まで皆の前で見せた事の無い厳かな雰囲気で口を開く。
「なら俺達の偽装を見破った上に、それを逆手に取って貶めた理由は何だ? 虚偽や黙秘は許可しない、キリキリ話せ」
「うむ、今からそれについて話そう。その前に頼みたい事があるのじゃが」
最低限、会話が成立する事実に若干いつもの調子を取り戻したスカーレットが、それでもやはり少々申し訳無さそうに頼み込む。
「その尋常ではない敵意を収めて欲しいのじゃ。このままでは話ができない……と言うよりこのままではセレナとノマムが死んでしまうのじゃ」
言われてみれば、ノマムは既に床に突っ伏して危なく痙攣しており、セレナは座り込んだまま虚空に向かって白目を剥いていた。ちょっと……いや、かなり画的によろしくなかった。
「………………チッ!」
それに対して盛大な舌打ちを披露しつつ渋々敵意を収めるアキトの姿に、スカーレットだけでなく転移組の面々も戦慄した。美矢だけは遠い過去を幻視しながら盛大に溜息を吐いた。
「……っぶ、がはっ! っはぁはぁ……! ごほっ……げぇっは!」
「……………………っ!」
相変わらず怒気は放っていたが、生物の生存に適した環境にようやく帰還したノマムはこれでもかと咳き込み過度な酸素を己の肺に供給し始めた。セレナは震える自信を抱き留め、表情からは分かり辛いが生還の喜びに打ち震えていた。
唯一、アキトとまともに相対できていたスカーレットも内心では安堵をこれでもかと堪能している。だがまだ気を抜いてはいけない、一難は去ったが相変わらずアキトの気配は牙を剥き出しにした獣と大差無い……所か狼も尻尾を丸めかねない程に荒いのだから。
「……それで、敵じゃないと言うなら目的は何だ?」
愛奈と華蓮を攫った実行犯ではないと言いつつも、アキト達の感知を妨害した時点でそれを助長したのは明白だ。この時点でアキトにとってスカーレットらは敵と言っても差し支えが無い。
「目的か……言うなれば、其方らが帝国を出る事に協力したい……とした所かの」
そこで聞かされたのはまさかの協力宣言だった。当然アキトは訝しむ。それが本当ならわざわざアキトらが施した工作を妨害する意味は無い。寧ろこちらの行動を黙認してくれればそれで良い筈だ。
そこの所を当たり前に察しているスカーレットは説明を続けた
「信用できぬか? まぁ無理も無い、それならわざわざそちらの工作を邪魔する必要など無いからの。いっそこちらが誘拐犯で、華蓮らを人質にして其方らを脅迫したいと言った方が納得できるじゃろ」
「確かに。でもあんたが脅迫目的に愛奈達を誘拐したってのは無いと確信してる」
「ほう……何故じゃ」
「人質なんてものは下策中の下策だ。あんたはそんな愚を犯す馬鹿じゃないからな」
有効に思えるが、人質を取る行為は効果の割にリスクが高い。相手側に大義名分を与えてしまうし、敵方の人物を懐に迎える事は想像以上に気を張らなければならないからだ。
特に今回のケースで言うなら、愛奈はともかく華蓮は人質に向いていない。華蓮が大人しく人質に徹するかと言われれば断じて否であり、そうなれば犯人側が自滅するのは火を見るより明らかだ。華蓮を誰より評価するスカーレットがそんな下手を打つ訳が無いと思える程度にアキトは姫殿下を評価している。
だからこそ解せなかった。アキト達の工作を見抜いた上で対処までしたのなら今回の事態を予め知っていた可能性が高い。それでいて犯人ではないと言っているが、それはつまり犯人が誰か知っているという事でもある。それを黙認したのだから普通に考えればスカーレットは黒幕の協力者のようなもので、それでいて目的はアキト達への協力と言っているのだ。
一時の間を頂戴した空間に他方から口撃が加えられた。
「嘘は吐いてないけど、全部は話していないって感じかな」
アキトの放った余波から回復した賢司だった。
「スカーレット姫……貴女は僕達に協力したいと言ったけど、それはついでであって貴女本来の目的が別にあるんじゃないかな?」
調子としてはいつも通りな賢司であったが、その口調や雰囲気は若干固い。彼も華蓮の所在が不明となっている事と、それにスカーレットが関わっているかもという疑念で必死に自制しているのだ。おそらくアキトに次いで暴発寸前な状態であった。
「……何でそう思うのじゃ?」
「普通に考えれば貴方のした事は僕達と敵対するに等しい行為だ。だからさっきの発言も嘘、ブラフと考えるのが妥当。でもアキトの言うように貴女はそんな安い方法で他者を貶める小悪党じゃないし、こんなバレバレの嘘を吐く浅慮さとは程遠い人だ。ならば貴女の協力的な姿勢を真実と仮定して、僕達の邪魔をした理由は自身の優先事案の為に必須な行為だったとすれば一応の筋は通る」
「ふむ、悪くない推論じゃな」
「ほぼ確信してるけどね、何せ一番こういう事をやらかしそうな人物にピンポイントで心当たりがあるもので」
賢司の推理にアキトは腹の底から同意する。この状況で愛奈と華蓮……特に愛奈を欲する人物が誰かを考えれば自ずと答えは導かれる。しかし余計な問答にイライラしたアキトが発言権を奪取して畳みかけた。
「姫さん、重ねて言うが虚偽や黙秘は認めない。こちらの質問にはイエスかノーで迅速に答えろ」
誰が見ても不敬としか言えない態度のアキトを咎める者はこの部屋に存在しなかった。それだけ今のアキトが纏う空気は異常だった。高峰を仰ぐような威圧感がスカーレットに降り注ぐ。それに辛うじてでも正面から相対できるスカーレットは賞賛に値するだろう。
「こちらも重ねて言うが、妾は其方らの敵ではない。じゃから急かさんでもキリキリ吐くワイ」
別に隠蔽する気も無いのに取り調べで追い詰められている心境を疑似体験するスカーレットは、やや理不尽だと抗議の色を示しつつ最も重要な証言を口にした。
「其方らの読み通りじゃよ、華蓮と愛奈を攫ったうつけ者は――」
「「ガーランド」」
「……せめて言わせておくれ」
だのに、ここぞと言う所でアキトと賢司がおいしい部分を横から掻っ攫った。見せ場を奪われた体のスカーレットは無駄と悟りつつ不平を漏らす。
「これだけ責め立てておきながら自分達であっさり答え合わせとかイジメか? 妾何の為にこんな居たたまれない空気に晒されたのじゃ」
「こっちの段取りを台無しにしてくれたせめてもの意趣返しだよ。味方って言うなら甘んじて受けて」
「そもそも話すのがおせぇんだよ。寸劇はいいからチャッチャと先に進め」
しかしアキトも賢司も容赦しない上に遠慮も無い。改めて諦念の吐息を漏らすスカーレットだったが、その姿はどこか清々しさを醸し出していた。
「華蓮もそうじゃが、其方らは本当に気持ちが良いくらいに遠慮が無いのぉ。そしてやはり優秀じゃ……そんな其方らを出し抜けた妾は自分をこれでもかと褒めたい気分じゃよ」
「僕は少し貴女を見くびってたかな。少なくとも敵じゃないって思ってたから油断してたのは自覚できる」
「敵ではないと言うにしつこいのぅ。こっちにも事情と言うか都合があって仕方無くした事なんじゃよ。……それに言わせて貰うなら、妾もアキトの事を見誤っておったの。賢司同様、頭が切れるとは思っておったが凄まじい牙を隠し持っておったようじゃな」
手放しの賞賛とほんの僅かな自画自賛を滲ませ、警戒色を徐々に強める賢司を宥めつつスカーレットの視線はアキトを捉えて離さなかった。対するアキトは賢司以上に懐疑的な視線でスカーレットを見返した。
「知られたくはなかったんだが、そんな状況じゃないからな。それより腹の内をとっととぶちまけてくれないか、こっちは結構焦ってんだよ」
再び冷気を纏ったアキトの言葉に、その場に居る全員が強張る。
「あんたの都合なんざ知った事じゃないし興味も無い。それに犯人がガーランドだという事に異論は無いが、あんたが敵じゃないと確定した訳じゃない。ガーランドと共犯である可能性もあるからな。本来なら問答無用で締め上げて速攻で二人を助けに行きたい所を『有益な情報が得られるかも』ってだけでこうして話を聞いてやってるんだ。こっちに細やかな余裕が残ってる内に言うべき事を出し切れ」
室内に再度敵意が充満する。最初と比べれば随分と害は少ないようだが、それでも放置するには些か脅威に思える程に刺激が強過ぎる。別に反発する意思は皆無なのだが、まるで観念したようにスカーレットは諸手を上げて宣言した。
「うむ、では虚偽も隠し事も一切省いて事の起こりを話そう。付け加えるなら、其方らにも確実に有益な話であると言っておこう」
そしてスカーレットは全てを語り始めた。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次回は来週土曜日に投稿予定です。




