↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第一章 ギャレリア帝国編
18/62

元黒竜は完全に自重を捨てる

 前回から引き続きシリアス回……か~ら~の、いつも通り。


 アキト以外の面子もやっぱり普通じゃないのです。

「さて……まずは何から話すべきか……」


 焦らす訳ではなく、何から話せば最も当り障りが無いかを思案しながらスカーレットは呟き、僅かな間を空けてアキト達が最も気に掛ける事柄について語り出した。


「第一に、其方らの工作に手を出した理由は……敵によって確実に愛奈を攫って貰う必要があったからじゃ」


  聞きようによっては共犯者宣言にも取れる発言に、無言で詰め寄ろうとしたのはアキト……ではなく賢司だった。怒気を隠そうとしていないアキトと違って冷静に振る舞っていても、その実かなり際どい自制に努めている賢司は心の堤防が決壊しかけるのを寸前で堪えていた。


 セレナが瞬時にスカーレットの前に立ち塞がる事で、辛うじて踏み止まった賢司は大きく深呼吸するとスカーレットに話の続きを促した。


「敵の主格は察しの通り、ガーランド兄上じゃ。あの馬鹿兄は愛奈を欲しておるからの」

「だったら華蓮はどうして――」

「それについては運悪く巻き込まれたとしか言えんの」


 ずっと燻っていたであろう疑問をぶつける賢司にスカーレットは何の事も無いように返答した。犯人がガーランドとした場合に愛奈を攫う理由は納得できるが、あの短絡皇子が無能と蔑んでいる華蓮を攫う理由に釈然としていなかった面々はそのお粗末な理由に言葉を失う。それらに憂慮するそぶりも見せずにスカーレットの話は継続した。


「次に兄上が愛奈を攫った理由じゃが――」


 そんなものとっくに分かり切っていると思わず賢司だけでなく美矢も口を挟みそうになるが、そんな二人の予想は続くスカーレットの言葉に全く見当違いな斜め上に飛んで行く事となる。


「愛奈を危険から遠ざける為じゃな」


 その言葉にアキトを除いた転移組三人が思わず「「「はい~~?」」」と理解不能全開なリアクションを返した。こればかりはスカーレットも若干慌てて補足を入れる。


「いや断っておくが、あの馬鹿兄が愛奈の身を案じた訳ではないぞ。あくまで自身にとって有用な駒が損なわれるのを嫌っただけじゃ。これから起きる危険事に巻き込まれるのを防ぐ為に必要じゃからの」

「危険事? いやいや姫ちゃん、本洗礼ってそんなに危険じゃないって言ってなかったっけ?」


 聞き逃せないと言った感じで守が口を挟む。しかしそれは見当違いだとすかさずセレナが認識を修正した。


「守殿、殿下が仰る危険事とは本洗礼の事ではありません。もう暫くした後にタウロ砦を襲撃しに来る魔獣の群れの事を仰っているのです」


 これには守だけでなく美矢も「「なにぃいい!」」と反応せざるを得なかった。連続して「どどどどどどういう事ぉおお!?」と守がどもりながら詰め寄るのも無理は無い。あまりに近付き過ぎてセレナが反射でスナップの利いた平手打ちで応戦したのも無理は無い。


「へぶっ……、い、一体何故にそんな事態が起こる訳?」


 予想外な一撃によろめきながら質問する守にセレナからバトンタッチしたスカーレットが――。


「簡単に言うなら妾を暗殺する為に兄上が策を弄した結果じゃよ」


 それはそれは他人事のように簡単に言い切った。何ともあっけらかんとした態度に守と美矢は勿論、賢司すらあんぐりと開いた口が塞がらない。唯一人アキトだけが冷静……いや冷淡に確認事項を口にした。


「それで……そのガーランドの企みを事前に察知していたあんたは俺達に今回の護衛を依頼したって事だな」

「大凡はそういう事じゃ。残りについて話を続けるぞ」


 アキトは大凡の状況を把握し、アキト以外は何とか話について行ける形で話は続く。


「皆も大体の事情を知っておるだろうが、妾と兄上は途轍もなく不仲じゃ。まぁ妾はそこまで嫌っておるつもりは無いのじゃが、兄上の方は妾を不倶戴天の仇のように思うておるじゃろう……殺して排除したいと思う程にな」


 併せて王侯貴族の世界に於いて、兄弟姉妹同士で殺し合うのは珍しい話ではないと語るスカーレットの表情に僅かな陰が差したのは見間違いではないだろう。しかし自身の事だと言うにスカーレットは変わらずお構い無しに事の詳細を語り続ける。


「重ねて兄上は妾が丹精込めて発展させたこのタウロ砦が気に入らんらしくてな、妾の暗殺と合わせて砦を潰してしまおうと画策しおったのじゃよ」

「……それで魔獣の群れがこれから砦を襲撃しに来るってかい」


 手前勝手が過ぎる理由に、理解し難くも納得はいった守が呆れを隠さずに天井を仰いだ。


 それもそうだろう、たかがと言うにはスケールが大きいとはいえ、兄妹喧嘩で国の重要拠点を壊滅させようなどと……馬鹿という罵倒が可愛いとすら感じるレベルで愚かとしか言えなかった。


「イズフ樹海は言わば金のなる木じゃ。兄上はそこに帝国以外の利権が絡むのを許容できんのじゃよ。全く……明らかに持て余しておった癖にケツの穴が蟻一匹も通れん程に小さい男じゃ」

「言い得て妙だけど、そこまで分かってるなら前以て対処は無理だったのかな?」


 アクティブ皇女の短絡皇子ディスりに同意しつつも、賢司は座して待つ必要があったかと異議を唱えた。それに対して決して座していた訳ではないとスカーレットは弁明を図る。


「気付いた時にはもう手遅れじゃった。妾にできたのは事が起きる日の特定と、それまでの準備に尽力する事だけじゃったんじゃ」

「一体全体、何やったら魔獣が群れを成して襲って来る事態に発展するん?」


 美矢の至極当然の疑問に対して、スカーレットは初めて口を噤んだ。申し訳無さそうにアキトへチラチラ視線を向ける。


「すまぬが、これに関しておいそれと話す訳にはいかんのじゃ。虚偽や黙秘は許さんと言われたばかりで心苦しいのじゃが――」

「構わねぇよ、俺の知りたい事とは関係ねぇみたいだし」


 どうやら杞憂で済んだようだ。アキトにとって重要ではない内容故に御目溢しが許可される。胸を撫で下ろし、スカーレットに替わってセレナが話を引き継いだ。


「魔獣の襲撃が不可避となった以上、我々は一刻も早く殿下をタウロ砦に御連れしなければなりませんでした。その為に本洗礼の予定を繰り上げた上に、御使いの皆様に護衛を依頼する事となったのです。勿論、皆様の帝国脱出に助力する面もありましたが、前者の思惑が強かった事は否定いたしません」


 華蓮に盛大にツッコまれていたが、スカーレットがわざわざ転移組に混じってタウロ砦まで行軍していたのは道中の暗殺から身を守る為だったのだ。


 敵方からすればスカーレットの暗殺とタウロ砦の襲撃は別口の事案であり、言うまでも無く優先度が高いのは前者である。なので魔獣の襲撃と併せての暗殺などより無防備な状況で確実に事を成したかった筈だが、現状を鑑みればそれは既に失敗しているという事だ。


 誰が見ても転移組――特に愛奈を巻き込む事を敵が躊躇した為と分かる絵面に、愛奈を軽んじた印象を受けたアキトと美矢によって再度室内を剣呑な空気が支配する。しかしそのタイミングで良い意味で空気を読まずに淀んだ空気を一掃する者が居た。ミスターデリカシーゼロ……守である。


「えっ? 逆じゃね? 何で襲撃されるって分かってる場所にわざわざ姫ちゃん連れて来んの? 寧ろ危なくね?」

「守……少しは思考を捻って。帝城や帝都はガーランドのテリトリーでもあるんだよ。それに比べてタウロ砦は完全にスカーレット姫の縄張りだ。どっちが安全かって言われれば、襲撃の危険があるとしても砦の方でしょ」

「賢司殿の仰る通りです。何より殿下には砦の襲撃の際に陣頭指揮を取って頂かなければなりませんので、何を置いても殿下をタウロ砦に御連れする必要があったのです」


 安全の為に死地に赴くというのもやるせない話である。言い換えればそれだけ事態は切迫しているとも言える訳で、となれば幾つか気になる事も出て来る。質問者は賢司だ。


「砦の人達はこの事を知ってるの?」

「皆に周知しておるよ。常駐する兵士からハンター達に物資を供給する商人達まで、今砦内に居る全員がこれからの事を知って備えておる」


 既に戦力は万全に整えてあるそうで、兵士の家族といった非戦闘要員はとっくに避難を完了しているとの事だった。実はハンターズギルドへの訪問もこれについての打ち合わせが目的だったらしく、アキト達が見ていない所でしっかりやっていたのだ。


「魔工師団もその為の戦力っちゅう訳やな。おかしい思たで、騎士団の魔導具を見る為言うてもこないな人員動員する事ないやろ。明らかな人員過多やで」


 美矢の言い分はもっともだ。今回ついて来た師団員は魔工師団全体の三分の二を超える。幾ら皇族の本洗礼とは言え規模が大き過ぎると実は言いたかった美矢もこれで完全に納得した。


「帝城の中で魔工師の地位ってのは元々そこまで高くなくてな、姫様が公務を行うようになってから今みたいな厚待遇になったんだよ。一介の労働者同然だったオイラ達を師団として迎えて下さった姫様はオイラ達にとっちゃ恩人なのさ」


 本来なら軍務を預かるガーランドの下にある魔工師団がスカーレットに助力している理由がそれだった。ぶっちゃけノマム以下の師団員にもガーランドは嫌われていた。


 それは兎も角、ここまででスカーレット達の事情は大方把握できた。故に残された疑問点……、


「現状についてはこんな所じゃ。最後に……何故に愛奈を攫わせる必要があったかを話そう」


 アキト達を妨害した理由についてスカーレットは釈明し始める。最初に伝えるだけはしていた事柄だが、理由については未だはっきりしていない。これまでの説明もこれについて語る為の事前説明だった訳で、厳かな空気が更に硬直していった。


「先にも行ったが、妾は其方らが帝国を出る事に助力したいと考えておる。いや、寧ろ出て行ってくれた方が妾らにとって都合が良いとすら言えるの」

「……出て行って欲しいってか? そこまで穀潰しだった自覚は無いんだが」

「そういう事ではない。まぁ、それについては後で説明しよう。じゃがここでアキトは疑問に思うじゃろう……それなら何故、自分達の所在感知の妨害をしたのかと」

「当然だ。さっきまでの話をそのまま信じるなら、タウロ砦に来た時点で俺達はお役御免な筈だ。出て行って欲しいっつうならそのまま俺達を見送れば済む話じゃねぇか」


 思いがけないスカーレットの告白にアキトだけでなく他の面子も訝しまずに居られない。割と好意的に接していた筈なのに実は嫌われていたのか、華蓮が聞いたら地味に凹むのは確実な推測をスカーレットは取り敢えず否定しておく。


 そしてアキトの当然の疑問にも当たり前に返答した。


「一度言ったが、妾にも都合があってじゃな……と言うより、このまま兄上の良いようにされて黙ったままというのは流石に勘弁なのじゃよ」


 ここまでのやり取りで、ようやくアキトは事態を正確に把握する。


「成程ね……暗殺に魔獣襲撃の事態を予め把握できたは良いが、ガーランドの尻尾を掴むには至らなかった。だからあんたとしてはどうにかして兄貴にしっぺ返しをしたい訳で、その為には相手の懐に潜り込む必要があるってこった。だから敢えて愛奈の誘拐を黙認……いや、それを逆に利用して相手の情報を得ようって魂胆だな」


 アキトの推測――ほぼ真実――の聞かされながら、スカーレットは内心冷や汗を流し続ける。そしてアキトと同じ解に辿り着いた賢司がそれに追撃を掛けた。


「大方、神子柴さんには貴女が見繕った護衛がついてるんじゃない。更に間者も兼ねていて、今も神子柴さんや華蓮と一緒に誘拐の被害者を熱演中って所かな。そのお陰で敵の潜伏場所も特定済みで、今頃はガーランドの所業を証明する証拠探しに夢中だね」

「だろうな」

「……これから話そうとしとる事を先に言わんでくれるかの。その気も無いのに秘め事を暴露されたみたいで落ち着かんのじゃ。……それより本当に其方らは察しが良いのぅ……ちょっと良過ぎる程に。あれか? まさか【地球】にはアキトや賢司のような者が沢山おるのか? だとすると妾ちょっと鳥肌が立つのじゃが」

「流石にそこまで居ねぇと思うぞ。特に賢司レベルの奴は」


 スカーレットからアキトを経由しての流れ弾に賢司が被弾する。自分を棚に上げてのアキトの言動に「心外過ぎる」と言わんばかりに賢司がジト目でアキトを睨んだ。しかしそれはすぐにスカーレットへ向けられる……ジト目から冷視線に変化して。


「でもここまで聞くと、華蓮を巻き込んだのはガーランドじゃなくてスカーレット姫……貴女という事になるね。華蓮から僕らに情報が漏れるのを防ぐ為に貴女の間者が神子柴さんと一緒に誘拐されるよう謀ったんじゃないかな?」


 賢司からの冷水が如き言葉をスカーレットは柳に風と受け流す。ただし返答には最大限の謝罪を込めて。


「それについては詫びようもない。たまたま一緒だったというのもあるが、タイミングも悪かった故に……言い訳しかできぬな」


 潔いと言えなくもないが、そんな言葉で到底納得させられるとはスカーレットも考えていない。一方の賢司も到底納得などできる筈もなく、続ける言葉を選び切れずにいた。言い負かされているのではなく、あまりの激情を処理し切れていない所為で思考を言葉に変換できなかったのだ。


 言い合いで押し黙るという賢司の珍しい姿に守が戸惑っていたが、賢司にしてもここまで感情が荒ぶった経験が無い為にどう会話を進めれば良いか判断できない。そんな中、発言権を得たのはアキトだった。


「俺らの魔導具に偽装を施したのは愛奈が確実に攫われるよう必要だったから……か。確かにそうしなかったら俺は絶対に愛奈を奪われたりしなかっただろうしな、そしてあんたらは敵に至る手掛かりを失う羽目になってたろうさ」

「気付けたのは偶然じゃった。元々は其方らを逃がす時に邪魔だろうと思って兄上が施した追跡用の魔法式を解除するつもりでノマムに見せたら、まさかそちらで手を加えられておるとはな。急いで偽装を施したのじゃ……正直ギリギリじゃったよ」

「正攻法で尻尾を掴めないなら、敵の策に敢えて乗るのも有効な手だ。虎穴に入らずんば虎子を得ずってか……あんたも必死だったんだな」


 まさかの賞賛と労いの言葉にスカーレットも面食らった。何より先程までの怒気が治まっている事に気付き、途中までの態度とのギャップにノマムとセレナもアキトの対応にポカンとしている。


「それで話は以上か? こちらとしては聞きたい事は全部聞いたんで、そろそろ愛奈と藤林を迎えに行きたいんだが」

「むっ……うむ、そちらに聞く事が無いなら問題無い。それと行くならこちらから案内役を付けよう。敵の所在は既に判明しとるのでな。巻き込んだ詫びとして受け取っておくれ」

「いや、必要無い。二人と合流した後はそのまま帝国領から出て行くつもりだし、余計な借りは作りたくない」

「そう言ってくれるな。と言うより其方らの脱出の手引きは既にこちらで整えてある。華蓮達を助けた後すぐに国境まで案内する故に、その為にも連れて行って欲しいのじゃ」

「ホントに要らねぇって、だってよ――」


 随分と謙虚に見えるアキトの姿勢に、セレナとノマムはこちらの事情に斟酌してくれているのかと安堵しつつ、美矢と賢司は未だスカーレットの行動に納得できない故にアキトの態度に敬服し難い表情を浮かべつつ、少し浮き気味の守は貰えるなら貰えば良いのにとヤキモキしていた。


 しかしその全ては直後に裏切られた。


「――これから殺す相手からこれ以上施しを受ける訳にはいかねぇだろ」


 アキトの今まで聞いた事の無い程に冷たい宣告によって。


 室内を今日何度目かのナニカが侵食していく。ただし、それは圧迫するでもなく、肉体の表層を削り取るでもなく、細く……鋭利な矢じりとなって魂を射抜いた。それは敵意などとは違う……明確な殺意だった。


 ノマムとセレナが金縛りに遭ったかのように硬直するも、最初に不意打ちで受けた敵意である程度耐性が付いたのか、はたまた直接に殺意を受けていない所為か辛うじて身構える程度に抗って見せた。


 直接の殺意に晒されているスカーレットはと言うと、流石に表面上すら平静を装えなくなっており、存分に引き攣った顔で盛大に冷や汗を流し続けていた。寧ろ今のアキトに相対できているだけでも彼女の胆力は驚嘆に値する。スカーレット自身がこの事態を予め想定できていた点も大きいだろう。


「……最初に威圧された時から分かっておったが、アキトよ……其方どちらにせよ妾を許すつもりなど無かったのではないか?」

「当たり前だ。何度も言うが、俺にはあんたらの事情とか都合なんざどうでもいい。首謀者のガーランドは勿論、それを勝手な都合で黙認したあんたらも等しく俺の敵だ」


 努めて冷静に……ではなく自然に冷静になれている自分にスカーレットは驚いていた。見た目は冷や汗塗れで散々ではあったが、これから自身が辿るであろう結末に抗おうとすらしない自分が居た。


 ――これはどうしようもないのぅ。


 それは極めて単純な諦念であった。手の打ちようがない、抗いようがない、できる事が一欠片も見つからない。常人より戦う事に優れているが故に嫌でも分かる……自分と目の前の化け物(アキト)との歴然とした実力差が。


 一体どうやれば事態を切り抜けられるのか見当もつかなかった。その体たらくに思わず不敵に笑って見せるスカーレット……きっと捕食者を前にした弱者というのはこんな気持ちなのだろうと悟る。


「……参ったのう、ここは定石通り『皇族を手に掛ける事が如何に重罪だと――』なんて威張り散らして見せようか……そんな事を其方は毛程も気にせんよな」

「無論だ。帝国の後ろ盾なんぞ……俺には全く意味が無い」

「言いよるの……しかし冗談でないのがよく分かるわ。なぁアキトよ……其方、何故に策を弄するような手間を掛けた? 今だからこそ分かるが、其方がその気になれば力づくで事を成せれたのでないか?」

「極力目立ちたくなかったのと、警戒されたくなかったんでな。ただ、ここまでされるともう隠す意味が無いんで止める事にした」


 不敵な笑い顔から乾いた笑い声が漏れ出した。スカーレットにして最早笑うしかなかった。


「クックック……初手からミスったのう、妾としたことが……欲をかいて竜の尾を踏み抜いてしまうとは」


 アキトの前世が竜族であるとスカーレットは知らないが、まさしく言い得て妙である。ついでに言うと逆鱗に触れたとも言えた。聞く気も無かったが、一応命乞いくらいは言わせてやろうと待っていたアキトはスカーレットが観念したと見るや、これが最後と言わんばかりに言い放つ。


「あんたの行動や思考は人として至極真っ当だとは思う……ただ、被害を受ける側としてそれを容認できるかは話が別だ。今回たまたまそこに俺が居た事を不運だと諦めろ」

「…………ハァアアァァ、無念かの……。あの馬鹿兄め、とんでもない輩を呼び出しよってからに……後で化けて出てやるのじゃ」

「恨むならガーランドじゃなくてどこぞの駄女神を恨め。そんで気が向いたらガーランドも後で送ってやるから、兄妹喧嘩の続きは向こうでやれ」


 一度死んだ――厳密には生まれ変わった――経験からあの世があるかどうかなど知らないアキトの発言に、スカーレットは死んでまで駄目兄と一緒は嫌だと顔を顰めた。それでも助命を乞う真似はしない……アキトを前に意味の無い無様を晒す事を彼女は望まなかった。しかし傍に控える二人はそうはいかない。


「……殿……下…………っ!」

「姫様…………逃げて……くだせぇ」


 極寒の地に裸身で放り出されたように体を震わせながら、抜剣して構えるセレナと自前の大槌を構えるノマムがアキトとスカーレットの間に割って入った。二人にしてみればスカーレットを眼前で失うなどあってはならない結末だ。


 無論、この二人が立ちはだかった所でアキトには何ら障碍にはなり得ない。しかしそれでも二人にとって主君をみすみす見殺しにする選択肢など有り得ないのだ。従者の鑑だな……と素直に称賛するアキトだったが、それ以上の感慨は覚えなかった。


 この時、アキトの精神性は完全に竜族に立ち返っていたのだから。


 竜族は同胞――家族、仲間、身内への情が深い種族であった。親を、子を、友を、恋人を守る為なら躊躇無く命を懸ける……それを生命が息をするが如く当然と考える種族が竜族なのだ。それ故なのか自分達に危害を加える輩――敵対者に対して情を持たないのも竜族の特性であった。


 高潔な竜族は他の種族を蔑まない、見下さない、軽んじない。それと同時に敵の都合を顧みない、共感しない……只々関心が無い。既に竜族が滅んでいる現在に於いて、アキトにとって同胞と呼べるのは【地球】の人間――つまり地球人だ。そしてアキトにとって【スフィア】の人間族――スフィア人は地球人と姿形や名称が似ているだけの異種族だ。つまりアキトにとって自分達を害したスカーレットは情を掛ける必要の無い存在なのだ。


 敵対するなら例え地球人であろうと容赦しないアキトだが、剛田を例に挙げると相手が地球人であった場合、敵対者であろうと一度は温情を施す程度はできる。ただ相手がスフィア人であるならそんな無駄をしようとは考えない。


 以前、深夜に教会の礼拝堂にて生贄を使って発動させた魔法陣を見た時、同胞を切り捨てるに等しい行為に手を染めた帝国のやり方に激しく嫌悪した。アキトには今のスカーレットがそれとほぼ同じ愚挙に手を染めたようにしか見えていない。


 結論、スカーレットらを三人纏めて薙ぎ払って落とし前を付ける事でアキトの行動指針は固定された。それを実行すべくアキトは歩を進める。焦らす気は無いのでそれはそれは軽快に双方の距離が詰まるも、死刑執行を待つ側からすれば時間軸がズレたようにアキトが進む光景がスローモーションに見えていた。


 誰にも止められない、止めようがない状況の、必殺の間合いまであと一歩と迫ったタイミングで二つの影が両者の間に割って入った。


 はだけたツナギの胸元から黄色いチューブトップの覗かせる栗色ショートな関西娘――美矢と、金属系の装備を身に付けず、真夏の青空のような紺碧色をしたコートを羽織ったサラサラ黒髪のイケメン君――賢司だった。


 ――無謀な‼


 セレナとノマム……だけでなく、スカーレットすらそう思った。今のアキトの前に立ち塞がるなど、例え仲間であろうと自殺行為としか言えない。戦い――命のやり取りの中に身を置いた経験があるスカーレット達だからこそ理解できる、アキトのような人種は一度殺すと決めた相手を絶対に見逃さないと。


 その意志は仲間から止められようと決して覆る事は無いだろう。何故アキトだけが異質なのかスカーレットには皆目見当もつかなかったが、賢司達は殺し合いとは無縁の環境で生きてきた筈で、そのような者の進言をアキトが聞く耳持つ事は有り得ないのがこの世界の常識なのだ。


 最悪、賢司達であろうとアキトは邪魔だと感じれば排除するのではないか……その可能性が頭をよぎり、堪らずスカーレットは身を乗り出した。目的は阻止する為……アキトでなく賢司と美矢の行動をだ。


 どの道、賢司達が何を言おうとアキトが殺意を収める事など無いのだから、余計な危険を冒す行為を何としても止めなければとスカーレットとセレナ、ノマムは震える足で必死に勇み出た。……が、その行動は直後に文字通り無駄足となった。


「あ……ん、っと……何で止めるの?」


 先程までの殺意を見事に霧散させた……素のクエスチョンマークを掲げるアキトの問い掛けによって。


 凄まじい前後の雰囲気のギャップにスカーレット達が揃って「「「え~~?」」」となった。その三人の眼前で賢司が「はぁ~~?」と不思議そうに呻き、美矢は「う~わ~」と呆れ果てていた。


「えっ何そのリアクション? アキト……まさか本気で止めた理由を察してない訳じゃないよね? 普通ここは僕らが立ち塞がった理由を察しつつ『止めるな!』って凄む場面だよ」

「ケンちゃん残念やけど……アキやんは本気で分かってないねん。って言うか今の今まで確実にウチらもスカーレット姫らを殺したい筈やってアキやんは考えとってん」

「どういう決め付け!? んな訳ないじゃん! ……あれ、僕ってまだアキトの本質掴み切れてないのかな?」

「甘い……甘いでケンちゃん! 本気のアキやんはこんなもんやないんやで!」


 コントが始まった。唐突に当事者から傍観者にクラスチェンジするスカーレット一行。そんな彼女らを置き去りにして眼前の寸劇は加速していく。アキトのターン。


「へっ? 殺したくねぇの? 愛奈と藤林を貶めた元凶その二だぞ、落とし前つけたくねぇ?」

「落とし前については同意するけどそれが”殺す”に直結する思考回路に激しく異議を立てたい。もっと他の選択肢も取り揃えるべきと愚考するよ僕は」


 如何にも自然な行いだと言わんばかりに問い掛けるアキトを、賢司は遠い目の射線上に捉えながらちょっと引いた。ただ言わせて貰うなら、今のアキトを見て”ちょっと”引く程度で済んでいる事と、落とし前自体は賛成な辺り賢司も大概である。


 そんな賢司から視線を外しつつ、アキトを視界の端に納めながら天井を仰ぐ美矢が盛大な溜息混じりに口を開く。美矢のターンだ。


「あんなアキやん……ウチもケンちゃんも正直腹を据えかねる思いはある、せやけど安易に人を殺したらアカンって」

「……美矢」


 ようやく人道的な意見が出現する……筈と思うのは幻想であった。状況は更に混沌の渦中に呑まれていく。


「殺してもうたら一回だけしかお仕置きでけへんやん。そんなんより生かして何度でも何度でもスカーレット姫らが自分から許してくれ言うまでシゴいた方がお得やで」

「そういや昔……小六ん時だっけ、絡んできたヤーさんをふんじばって爺ちゃんの軽トラに繋いで市中引き回しの刑に処した事があったっけ。確かにあれはスカっとしたな」


 確実に現代日本の一般家庭規模で成立する筈がない光景だった。そしてそれを成したのが当時小学生だったアキトだというのも激しくツッコまれるべきで、このままでは異世界の方々に【地球】ひいては日本という国のモラルが誤解される事必至である。


 にもかかわらず傍に居る賢司が凄く朗らかに同意する。片や少し離れた場所に居る守が「うぼぁっ」と口からエクトプラズムのようなものを吐き出した。過去を垣間見て現実から意識が剥離しているようだ。さり気に「やっぱりアキッちは賢司と同類だった」とか「まさかの美矢ちゃんまで……」と呻いている様子から、過去に色々見たくもない親友の姿を見て来たんだろうと推察される。


 そしてここで一先ずスカーレット側に視点を移動。そこには先程までとは違った意味で戦慄する皇女一行の姿があった。別に金縛りに遭う訳でもなく、恐怖で震える訳でもなかったが、取り敢えず体中を這い回る悪寒が激しい。鳥肌が物凄い粟立った。


 殺される事に関しては潔かったスカーレットも激しく拒否反応を示す。一体自分はこれから何をされるのかと戦々恐々としていた。

 補足すると、アキトには現代人らしい倫理観が備わっていません。


 常識的に振る舞うことはできますが、それは”そうしなければならない”ではなく、”そうする必要がある”という認識です。


 重ねて、あくまで日本で暮らす為に必要としていた事で、【スフィア】では不必要とアキトは当たり前に考えています。


 そこら辺の認識で未だに日本人的感性が強い他のメンバーと齟齬がある感じですが、取り敢えず賢司と美矢は問題無いようです。


 華蓮とはどう擦り合わせていくかが今後の課題。



 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次回は来週土曜日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。