タウロ砦(仮)にて
魔獣とは?
それは読んで字の如し、魔法を使う獣の事である。
この世界――【スフィア】では植物、動物問わず、全ての生命が魔力を有している。人間族は勿論、その辺の猫や犬、野生の獣から自生する花や木々までが多い少ないの違いはあれど魔力を持つのだ。
しかし魔法を使えるのは人間族と魔人族だけで、間違ってもただの動物や植物は魔法を使う事はできない。余談として竜族も魔法を使える種族であったが、現代では滅亡しているのでノーカウントとさせて貰う。
つまり、ただの獣では魔法を使うなどできる筈がないのだが、例外となるのが魔獣という存在なのだ。その発生要因には源素が深く関わっている。
では源素とは?
源素は世界に満ちる生命の源であり、気流や海流のように世界を巡る生命力の流れを指している。世界のどこかで命が終わりを迎えるとそれらは源素に還り、後に巡り巡って何処かで再び命として生まれ出でる。これが世界の理であった。
魔力=生命力と言われているので、要は自然界に存在する極めて強大な魔力の流れとすれば理解しやすいのではないだろうか。
源素が世界を満たすからこそ、そこに生命が育まれる。逆に言うと源素が存在しなければ生命は水を与えられない草花のように容易く枯れてしまう。ならば源素が大量に在れば良いのかと問われれば決してそうではない。
それは生命に恩恵を与えるだけでなく、時に自然の猛威となって牙を剥く時もある。
言ってしまえばそれは呼吸に必要な酸素と同義。適正な濃度で存在するからこそ生きる糧となる訳で、過度な源素は生命を蝕む猛毒に成り得てしまうのだ。
ではそのように源素が過剰に供給される事態とは何か? と問われれば次のような解が返される。
源素は世界を流れ巡ってはいるが、場所によってはどうしても流れが滞り淀んでしまう場所も存在する。原因は未だに解明されておらず、分かっている事はそういった場所は源素が乏しい地域以上に生物の生存に適さない……否、生存が不可能な場所だという事だ。そこでは過度な源素が命を蝕み如何なる動植物も生存を許されない。
しかし、極稀にそんな過酷な環境に適応してしまった生命が先程述べた魔獣と呼ばれる存在である。
高濃度の源素に晒された影響で変質した強靭な肉体、そして本来なら獣に扱える筈のない魔法の力を持ち、従来の生態系を逸脱したモノ。本来なら命が育まれない環境に生まれたが故に生に対して恐ろしいまでの執着を見せ、通常の獣から同種の魔獣に人までも己の糧とする。
何より厄介なのが魔獣は如何なる源素濃度でも生存可能であり、獲物を求めて他の生物の領域に進出して来るという事だ。当然、人の生存域もそれに含まれる。
よって魔獣は総じて人々にとって脅威であり、戦争云々以前に生存権を勝ち取らなければならない敵なのだ。しかし皮肉な事に、それらは脅威と同時にある恩恵も人々にもたらしたのだった。
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「いいか美矢坊、これが”源素結晶”だ」
身長は守を少々上回る一六〇センチメートル半ばながら体格は筋骨隆々。顔は濃い髭に覆われて禿げてはいないのに美矢からしょっちゅうハゲと言われるドレッドヘアーな強面中年――帝国魔工師団筆頭のノマムは美矢の胴回りに匹敵する腕を持ち上げ、その手に乗せた直系二センチメートル程の結晶体を美矢の眼前に突き出した。
場所はイズフ樹海手前のタウロ砦内の工房。そこで美矢はここへ至る道中に討伐した魔獣の解体作業をノマムからレクチャーされており、その過程で魔獣の体内から摘出された源素結晶について説明を受けていた。
ノマムから手渡されたそれを光に当てつつ目の前に掲げて一言。
「綺麗なもんやなぁ~~」
思わず目を細めてぽへ~と見惚れる美矢。確かに陽の光を浴びて輝く赤い結晶はまるで宝石のようで、一応は女子である美矢の美的な琴線はゆっくり且つ激しく揺さぶられ軽くトリップしてしまう。
「どこに連れてかれてんだ!? とっとと帰って来い!」
しかしどこぞに飛んで行った意識はノマムの拳骨によって現世に繋ぎ止められた。ガゴンっとやや危ない炸裂音を響かせ、「のわぁああああっ!」と呻く美矢がのた打ち回る事態を招くが工房内はいつも通りに作業を回す。
何とか復活した美矢は開口一番に吼えた。
「このハゲ! 乙女の繊細な頭頂部に何て事を! どこぞのドワーフみたいに禿げたらどないすんねん!」
「誰がハゲだ! オラァまだまだボーボーだっつんだ! 大体どこが繊細だ有り得ねぇ効果音響かせやがって、地味にこっちの拳がイテェよ! そして何だドワーフてオラァ人間族だ‼」
念押しするがノマムは禿げていない。中年を口撃する際にハゲと言い放つのは少年少女にとって定石というだけだ。
そして【スフィア】にドワーフは存在しない。例え地球人がノマムを見て十人が十人ともドワーフと答えようとも彼は人間族なのだった……決して詐欺ではない。
凡そ同等の背丈で横幅は倍違うであろうある種の巨漢と華奢な少女がギャースギャースと言い合う光景は異様と言えば激しく異様なのだが、それを眺める周囲の視線は……何故かほっこりしていた。
帝国魔工師団――それは帝国の兵装製作の中枢を担う集団である。魔法使用を前提とした戦術を駆使する帝国騎士団にとって、魔法行使を補助する武具――魔導具は欠かせない兵装であり、それらの製作を手掛ける魔工師の存在は軍務の生命線である。
騎士が命を預ける武具の製作に於いて、言うまでも無く仕事に妥協が入り込む余地が蟻一匹分も存在しない職人の世界では腕のみが物を言う訳で、その人員構成は気骨ある漢のみで形作られていた。そこに文字通り諸々(物理的にジャンル的に)の意味を持つ異世界から放り込まれた異端児、それが関西娘こと美矢だった。
当初は師団の誰もが怪訝に思った。男尊女卑の風潮が根強いこの世界で、何故に娘っ子が漢の仕事場にしゃしゃり出て来るのかと。きっと華蓮のように邪険にされると転移組側でも心配され、もしそうなったら有無を言わさず物理的なOHANASHIを敢行しようと元黒竜の目から光が消えたりもしたのだが、いざ蓋を開ければ……、
「はっはっはっは、今日も美矢ちゃんは元気だぜ」
「なぁ、毎回懲りずによくもまぁ親方に突っかかっていくもんだ」
「いやいや、親方もあれはあれで楽しんでんだぜ」
「あぁ、こないだ『いっちょ前に生言いやがって』って愚痴りながら笑って酒飲んでたな」
ものすんごく可愛がられるという結末を迎えていた。それが美矢の人徳か、魔工師団が脳筋騎士団より紳士だからなのか、はたまた彼らが女の子成分に飢えてたからなのかはさておき。
魔工師団の内外で”鬼の魔工師”の異名で畏怖されているノマムに対して物怖じしない美矢の姿勢は他の師団員達から好評で、当のノマムもそんな美矢の気性を実は気に入っているが故に全力で相手を務めている本音を皆が知っている背景から、第三者が見れば実に荒々しい出来事も微笑ましい日常の一コマとなるのが魔工師団の性質だった。
「そんで親方、この源素結晶が魔導具に必要っちゅうんはどゆ事なん?」
「あぁ、それはだな――」
先程までの荒いやり取り感はどこに行ったのか、切り替えが早いと言うか後腐れが無いと言うか、こういうサバサバさっぱりな気質も魔工師団あるあるで、美矢が馴染んで受け入れられた要因だったりする。
それは置いておいて、”源素結晶”とはその名の通り源素の結晶体を指し、主に魔獣の体内から採取される。魔獣の体内で高密度に圧縮された魔力――ひいては源素が結晶化した物で、これを有するか否かで魔獣か否かを判別できるとも言い換えれる。そして、
「源素結晶には予め魔法式が刻み込まれててな、その所為で魔獣は魔法を使えちまう訳だが、そのお陰でこいつを砕いて金属と混ぜ合わせると魔法式を内包した金属――つまりは”ミスリル”を生成できるんだよ」
定石を語るなら魔法の発動には魔法式が必須であり、その為に魔法陣と詠唱が必要になる訳だが、魔法発動を補助する武具――魔導具はそれらに頼らず魔法の発動速度を高速化できる。それは予め魔法式を内包した素材である”ミスリル”を主材料にして製作されているからだ。
「成程、ほな魔導具が魔法陣無しで魔法を発動できるんはそのミスリルを材料にしとるからで、源素結晶はミスリルを生成するのに必須の素材っちゅう訳やね」
ノマムの説明にうんうん頷きながら納得顔を作る美矢。ただ魔法陣を刻んだ武具を魔導具とは言わない。それはあくまで魔法陣を刻んだただの武具であり、魔導具の定義は前述のミスリルを使って製作された武具を指す。
彼女が今日まで教わってきた事と言えば、通常の武具に魔法陣を刻む作業ばかりで魔導具製作には携わっていなかった。なので何故に魔導具には魔法陣を刻まないのか常々不思議に思っていたのだが、その疑問が本日解消されたのだ。
「そういう事だ。それと――」
「あぁ~~」
いきなり手にしていた源素結晶を取り上げられた。名残惜しそうに手を伸ばし、届かないとなるやノマムにジト目を向ける美矢だったが、ノマムはそれを飄々と受け流し説明を続けた。
「源素結晶には触れた者から強制的に魔力を練り上げさせる特性があってな、そのまま触れ続けると体力と精神力が削られて死んじまうっていう危険物でもある」
「なっ!」
聞いて美矢は目算五歩分は後退った。向けていたジト目は「なんちゅうもん手渡してんねん!」とした非難の目にバージョンアップしている。それを見て今度はガハハと豪快に笑いながらノマムは補足事項を伝えた。まるで悪戯が成功した子供のように。
「心配すんな。その程度の大きさなら効果は微々たるもんよ。目に見えて効果を体感するにはそれぐらいの結晶を複数一度に手にしないとな。それにその特性のお陰で魔導具は殊更速く魔法を発動できる訳だし」
強制的な魔力の練り上げは上手く使えば魔力生成速度の向上に役立つとの事で、当然魔導具として作る際には安全措置も組み込むので問題は無いとノマムは言う。
「本気であぶねぇのは拳大サイズの源素結晶だな。それぐらいの大きさになると指先で触れただけで全力疾走後みたいに足腰が立たなくなっちまう。まぁデカければデカい程内包される魔法式も大量にあるから素材としちゃ上等なんだけどよ」
「そもそもそんな大きさの結晶こさえた魔獣なんかそうそうおらんし、おったらめっちゃ危ないとも言えると?」
「よく分かってんじゃねぇか」
美矢の察しの良さにノマムは御満悦のようだ。因みにこの強制的な魔力生成は結晶を体内に宿す魔獣にも影響があるようで、その所為で魔獣は常時飢餓状態にあり狂暴になるらしい。強力な個体程、内包する源素結晶も大きく効果が高いのでその傾向が強い。
「親方の説明でようやく魔工師団が今回付いて来た理由が分かったわ。魔導具のメンテナンスを現地で行う為に同行したんやな」
「そういうこった。姫殿下や近衛騎士達の魔導具をどこぞの魔工師なんぞに任せられるかってんだ!」
ノマムは拳を突き上げて宣言し、周りの師団員達も同調して雄叫びを上げた。
武具に魔法陣を刻むだけならただの鍛冶師にもできる。勿論、魔工師の方が断然早く精密に行えるのは言うまでも無いが、何よりミスリルの生成は魔工師にしかできないのだ。つまりミスリル製の武具――魔導具の製作と修繕も魔工師にしかできない理屈であり、彼らはスカーレットと緋鳳騎士団の専属スミスとして今回の本洗礼に同行したという訳だ。
「っつー訳だ。美矢坊、おめぇには今まで魔法陣の刻印しかさせてなかったが、良い機会だからミスリルの扱いを今から叩き込んでやる。泣くんじゃねぇぞ」
「おっし上等や! やっと本業に関われるっちゅうんやったら是非もない、ドンと来いや!」
その発言に周囲の師団員達が再びほっこりする。ノマムの頬も思わず緩む。今日も帝国魔工師団は熱くそして和やかな日常を過ごしていた。しかし、
――本気で没頭させて貰うで親方、多分……これが最後になると思うから……。
その熱さの裏で、美矢がそんな思いを秘めている事には誰も気付いていなかった。
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「今更だけど、あたし達って何でこの世界の言葉とか文字とか理解できてんだろうね?」
本当に今更な愛奈の質問に不意にアキトの体幹が傾いた。【スフィア】に渡ってからようやく初めて気にする相手が見つかってくれた事態に、アキトは地味に感動を覚えた。
一部のイケメンは当然疑問に思っていただろうが、他の面子は素で気にしていない……さり気に大物である。
まぁ、聞かれた所で、
「さぁな? 問題無く話せたり読めたりしてるんだから別に良いだろ」
としか答えられないアキトであった。なぜならアキトを以て推測すらできていないのだから。
元々【スフィア】に居たアキトは勿論この世界の言語や文字に精通している。そして当然【地球】と【スフィア】では使用されている言語も文字も異なり、アキト自身転生後は習得に難儀した苦い記憶があった。
発声は兎も角、特に拷問だったのが読み書きである。平仮名までは問題なかったが加えてカタカナ、そして漢字まで加わった時は本気で泣きそうになったのだ。何故に三種類の文字を一度に使用しなければならんのか、同じ地球上の他言語では一種類の文字しか使っていないのに日本人おかしいよ! と魂の抗議を上げたのは今でも鮮明な記憶として残っている。
なので中学生になって英語を学び始めた時は寧ろ簡単過ぎてスラスラ習得でき、その時点で未だに漢字の読み書きがおぼつかない有様に担任教師から『お前はどこの帰国子女だ?』とツッコまれたのは一種の黒歴史であった。いっそ異世界からの留学生ですと言ってしまいたい衝動が湧いたのもここだけの話。
そんな異世界バイリンガルなアキトにしてみると、何の苦も無くスフィア語を話せている転移組に対しては理不尽だと言わざるを得ない。
愛奈曰く、自分達は普通に日本語を話しているし、相手の言葉も日本語にしか聞こえないとの事。文字に関してもまるで脳に直接ダウンロードでもされたのかと言わんばかりに理解でき、書く際にも筆に淀みが無い精度で速記ができるらしい。
聞く側からの感覚だと、アキトの耳には日本語とスフィア語の両方で翻訳可能であり殊更奇怪に感じる。だがそれにもいい加減慣れたのと、それ以外に手を付ける問題が目前にあるので、アキトは言語関連の検証は再検証がいつになるか定かでないくらい後回しにしようと決めていた。
そんなアキトと愛奈がこんな今更な会話をしているのは、イズフ樹海入り口前に建てられたタウロ砦で買い出し中に店の商品リストを眺めていたのが切っ掛けだったりする。
タウロ砦――魔獣の巣窟であるイズフ樹海を監視、及び帝都側への魔獣の進行を防ぐ目的で建設されており、そこでは常駐した帝国兵士が日々任務に励んでいる。
そんな聞くだけなら殺伐としてそうな場所で買い出しとは何ぞや?
その質問の答えを得たいなら、どうぞ周囲を見渡して下さいな。それで納得できる筈。
「そこの兄ちゃんとカワイ子ちゃん、回復薬はどうだい? 今なら十本購入でもう一本サービスだ」
「腹は減ってないかい? 猪の串焼きがおすすめだよ」
「あんちゃん中々良い装備だねぇ、そんなあんたにこれ! 帝都の腕利き鍛冶師お手製の業物だよ!」
まるで都市部のメインストリートを歩いているような客引きの嵐にアキトと愛奈は吹き晒されていた。
ここ砦だよね? れっきとした軍事施設だよね? といったツッコミはどこ吹く風といなす空気は普通に栄えた都市のそれであった。
こうなった経緯にはあるアクティブ皇女――つまりはスカーレットが深く関係している。
元々のタウロ砦はそれこそザ・砦を体現した殺伐とした場所だったのだが、ある事情で砦を訪れたスカーレットが『潤いが必要じゃ!』と鶴の一声を上げたのを皮切りに魔改造が施される事となった。
まず手始めに帝国騎士団が管理しているイズフ樹海を一般人にも開放した。具体的に言うならハンター(魔獣狩りを生業にしている者)達が樹海で狩りができるよう砦にハンターズギルドの支部を誘致し、樹海内の聖地や帝国騎士団が訓練を行っている場所以外――つまり帝国の管理が行き届いていない場所をギルドの管轄にしたのだ。
当時は帝国の軍部――主に皇子――からかなりの反発があったそうだが、広大過ぎる樹海を明らかに持て余している点を突いて、同時期にギルドへの根回しも怠らなかった為めでたく認可を勝ち取ったそうだ。
結果は現状を見れば極めて重畳で、良質な狩場であるイズフ樹海に腕利きのハンターが殺到し、ギルドは儲かり帝国は樹海の調査が進んでと一石二鳥の両者ウィンウィンな効果をもたらした。【地球】で言う所の外部委託が功を奏した一例である。
そして当然ハンター達が集まれば彼らを相手に武具やら道具を売る為に、又は源素結晶等の魔獣素材を買い付ける為に商人達がやって来る訳で、そうなると皆を滞在させる為に宿場や酒場が必要となり、最終的にただの砦は城塞都市とも言える規模にまで発展したのだった。
今では居住区まで整備されており、常駐する兵士の家族は勿論、定住して店を構える商人や職人まで居る所為で名称をタウロ”砦”から改名すべしとする意見が殺到している。
どこまでを想定していたかは不明だが、その様子を見たスカーレットは非常に満足気だったとだけ言っておこう。
そんな砦(仮)内で客引きに遭っているアキトと愛奈はパッと見はハンターと言っても過言ではなかった。
アキトは上半身にミスリル製の胸当てとアウターとして黒い半袖ジャケットを装備。下はデニム風な黒のパンツと魔獣革製のブーツを履き、腰には刃渡り四十センチメートル程の片刃剣をぶら下げ、ブーツと同じく魔獣革製グローブを身に付けたその出で立ちはレンジャーと言われれば実にしっくりくる。
対する愛奈は白をベースに桃色の装飾が施された神官服を纏っており、頭に被った神官帽と手にした小杖から初見でヒーラーだと分かる外見だった。トレードマークのヘアピンは勿論標準装備だ。
当然全てが帝国魔工師団により製作された魔導具であり、剣と小杖は勿論ミスリル製。服もミスリルの金属繊維と魔獣の体毛から紡がれた糸で織られた逸品で下手な鎧より頑丈に作られていた。
端から見ればパーティの買い出し係に任命されたレンジャーとヒーラーな二人には客引き以外にもパ-ティ勧誘の声まで殺到している。その理由は二人の装備が良質である事も関係しているだろうが、それ以上に愛奈が類い稀な美少女である事実が大きいとアキトは察知していた。
その証拠に、中にはあからさまにアキトを蔑ろにして愛奈だけを勧誘してくる輩もチラホラ。大抵の連中は帝国騎士団の関係者だと言えば引いてくれたが、やはりと言うか強引に迫る者も居る訳で、そんな不届き者には何故か明後日の方向から飛来する直径一センチメートル程の金属球が眉間やこめかみにめり込むという天罰が下っていた。
更に言うなら遠目で愛奈に見惚れる輩も次々と射抜かれる事態が発生。この日タウロ砦(仮)で、美少女ヒーラーに色目を使うとどこからか金属球が飛んでくるという都市伝説が生まれ落ちた。
「有り難いんだけど、もうちょっと自重しないアキ?」
「何の事やら分らんなぁ~~」
早速のネタバレ。都市伝説の生みの親と言うより犯人はアキトであった。種は簡単、帝都の鍛冶師に特注して作らせたパチンコ玉モドキを指弾で打ち出したのだ。明後日の方向から飛来したのは跳弾を利用したからで、わざわざ魔力で金属球を覆ってスーパーボール並みの反発力を持たせる荒業まで活用していた。
守られている事は素直に嬉しい愛奈だが、その手段が妙に凶悪な事実に若干顔を引き攣らせている。
「今更だけど……こっちに来てからアキってば昔に戻ってるよね」
「そっちの方が都合が良いからな。”お約束条項”には引っかかってねぇぞ」
言われてアキトは肩を竦めてみせた。昔というのは間違っても前世ではない、愛奈から見た昔――小、中学生時代の話である。その頃のアキトは今の割と容赦の無いアキトに近いのだ。
当時窘められて表向きは無害を装えるよう努力したが、平和な日本と違い【スフィア】ではこちらの方が適切な対応だとアキトは胸を張った。しかし続けて飛び出た愛奈の言葉には思わず沈黙してしまった。
「それなら、あたしに隠れて帝国を逃げ出す準備を進めてるのも都合が良いから?」
時間が制止する。少なくともアキトの脳内時間が確実に三秒は止まった。油の切れた歯車のようにギギギっと愛奈に向き直ると、そこにはしてやったりとニマニマする愛奈の顔がバッチリ視界に納まっていた。沈黙は肯定……不自然な間が既に致命的だった。
「はーい、アキ。”お約束条項その五”は何だっけ?」
満面の笑みで急かす天使っ娘。アキトの意表を突けたのが相当嬉しいらしい。そんな愛奈がアキトに課した自分との約束事の条項――その五項目。
――”隠し事はしても嘘は吐くな”
バレなければ幾らでも隠し事をして構わない。ただし、疑われた時点で正直に話す事。黙秘も誤魔化しも許さない。つまりは疑われた時点で既に詰み。それを分かっているからこそ……アキトはそれはそれは盛大に溜息を吐き、思いっきり空を仰いだ。
「……質問を質問で返して悪いんだが、何で気付いたか聞かせてくれないか」
自分がそこまで企み事に秀でているなどと自惚れてはいない。しかし人一倍気を遣った隠し事を看破されるとどうしても気になるのが人の性というもの。
「あなたが何か下手を打ったって訳じゃないわ。単純にそうとしか考えられない事態に気付いちゃっただけよ、あたしが」
えらく曖昧な返答にアキトは困惑するように眉を八の字にした。それを察してか、それともお構い無しなのか、愛奈はハキハキと説明を続ける。
「この世界に来てから感覚が変に敏感になってね、最初は何かぞわぞわすると言うか、空気がやけに肌を這うって言うか、とにかく気持ち悪い感じが絶えず続いてたの。何でだろうなってずっと考えてたんだけど、魔法の訓練が始まってようやく気付けたわ。あたし……魔法の気配が分かるみたいなの」
「…………何?」
不覚にもアキトは言われてすぐに反応できなかった。前世の記憶があるアキトですら、それだけ聞き覚えの無いフレーズが脳に叩き込まれた。
「今回、本洗礼に同行して帝都を出て確信したわ。帝城や帝都に張られてる結界の気配をずっと感じてたんだって。現に今は肌を這う感覚が無いもの」
「結界魔法の気配を常時知覚してたってのか?」
幾ら愛奈の言う事でも俄かには信じられないアキト。生物が放つ魔力を生体反応として知覚する術ならアキトも前世から知っているし今生でも活用している。しかし発動した後の魔法そのものの気配を捉えられた経験などアキトをして皆無だった。
発動時の魔力反応から魔法を先読みする事はできるが厳密に言えばそれは発動前の話であり、現実にアキトは帝都や帝城に結界が張られている事実を知りつつも結界の気配を感知できていないのだから。
「そのお陰で知れた事なんだけど……あたし、監視されてたよね? 何か特別な結界魔法で」
衝撃のカミングアウトにプチパニック中のアキトだったが、続けて放たれた愛奈の少し怯えた口調の問い掛けで瞬時に精神を立て直した。真偽の程はこの際どちらでも構わない。愛奈自身が監視の事実を知っている事がこの時は何より重要なのだ。
「気付いてたのか……なら、どうしてその時言わなかった?」
「……ごめん」
「いや怒ってねぇよ。って言うか気付いてねぇと決め付けてたのはこっちだし、寧ろ黙ってたのを怒られると思ったんだが」
「ふふっ、そんな事しないよ。……言わなかったのはそうする必要が無かったからだよ。あたしが気付く程度の事、アキなら気付いてて当たり前でしょ。そして気付いてたなら何とかしようとしてくれてる筈だから、それを信じて待ってたの」
疑い無き信頼を示す宣言だった。男が言われればそれだけで地の底からでも奮い立てそうな殺し文句だ。それなのにアキトの顔は奮い立つ所か申し訳なさそうに沈み込んでいった。それは愛奈が抱いたであろう感情を察したが故。
不安だった筈だ、怖かった筈だ。なのに愛奈はそれを押し殺してアキトを信じて待っていたのだ。
「……やっぱ謝っとくわ、すまない愛奈……気付いてやれなくて」
「謝らなくて良いよ。さっきはああ言ったけど、黙ってた理由も分かってるから。事態の詳細を話さなかったのはあたしの部屋に来る騎士団の人達に違和感を持たせない為でしょ。あたし嘘が下手だから不自然な態度取っちゃうかもだし。……もしかしたら急ぎたいのにあたしが寝込んだから遅れてるんじゃないかって思ってたんだけど」
「それこそ気にする必要ねぇよ。いざとなりゃ俺がお前を抱えて逃げるつもりだったんだから……お姫様抱っこで」
「えーっと……何でお姫様抱っこ? あ、その……別に嫌って訳じゃないけど」
「美矢曰く、テンプレだそうだ」
「美矢ちゃんたら……」
言葉無くとも伝わる想いもあれば、互いに気遣う故に抱く不安もある。信じられていた事が素直に誇らしかった。同時に気付けてやれなかった事と要らぬ罪悪を抱かせてしまった事が情けなかった。ここまで来れば、アキトが取るべき道は一つだ。
「あぁ愛奈……そこまで分かってるんなら、もう隠し事は無しだ。とっくにお前以外は知ってる計画だし、お前にも詳細を話しておくよ」
「うん。でもここまで御膳立てされてたら何となく分かるよ。あたしは全快してるし、護衛に来たお陰でもう監視もされてない」
「察しの通りだ」
アキトは決して大きくないが愛奈にだけよく聞こえる淀み無い声で伝えた。
「本洗礼が終わり次第、俺達は帝都に戻らずそのまま魔人国を目指す」
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次回は来週土曜日に投稿予定です。




