護衛開始
第一章の終わりに近付いています。
どの程度の話数で書けるかは未定ですが。
「本洗礼? 何それ?」
美味しいの? と続けて言えそうなクエスチョンを掲げて問い掛ける美矢。対して嫌な顔一つせずに懇切丁寧に賢司が説明を始めた。
「この世界では生後一ヶ月を迎えた時と十五歳を迎えた時に教会で洗礼を受ける習わしがあるんだよ」
要は日本で言うお宮参りと立志式である。
「それで十五歳の時に受ける洗礼を本洗礼って言って、受けた人物はその日から成人として扱われるようになるんだ」
賢司の説明に美矢は「ほ~」っとどこか間の抜けたリアクションを返す。更にと補足事項をアキトが付け加える。
「その中で皇族の本洗礼は特別でな、他の貴族なんかは帝都内の総本山で行うんだけど、皇族だけは帝都から離れた聖地で行うのが慣習になってんだ」
アーリア神教がこの世に生まれて教会が最初に建てられた場所――帝都北東に広がる”イズフ樹海”の中にある最古の教会、そこが聖地だ。
ここまで説明されてようやく美矢は合点がいった。
「なるほど、それでウチらはこうして団体さんで聖地に向けて行軍しとるっちゅう訳やな」
「このやり取りを何で今このタイミングでするの!?」
代わりに華蓮が「解せぬっ!」とツッコんだ。
「今! 正に! 現在進行形で本洗礼に向かう途中よ! ここまで来てようやくその質問が出て来るのおかしいでしょ!? おかしいわよね!? 百歩譲って出発前に聞くべきよね!? と言うか護衛の件を話したの一週間前よ! その時めっちゃ分かった風な態度だったわよね!? あれは一体何だったの!? そして一体何しに帝都の外に出たと思ってたの!?」
「ナイスなツッコミやでレンレン。もう教える事は何も――」
「やかましいし何も教えて貰った覚えが無いし!」
華蓮と美矢の微笑ましい(?)やり取りを見ながらアキトと賢司と愛奈がほっこりしている。馴染んだなぁと語る視線が生温かい。
華蓮のツッコミ通り、華蓮がスカーレットから護衛を頼まれたのが一週間前。先日十五歳を迎えた皇女殿下が本洗礼を行うにあたって御使いの面々に護衛をして欲しいというお願いはその日の内に華蓮から他の面々に伝達された。
その際に”本洗礼”と”護衛”の両キーワードは間違い無く華蓮の口から発せられていた。その上で誰からも質問が無かったので華蓮はてっきり皆が言葉の意味を知っていると思っていた。
因みにアキトと賢司、そして愛奈は知っていた。アキトと賢司は言わずもがなリサーチ済み、愛奈は見舞いに来ていた騎士団員からの世間話を通じて知ったのだった。
なので華蓮さん、まさか未だに関西娘が自分達の目的を把握せずにここまで付いて来ていた事に驚愕を隠せなかったのだ。本当に美矢さんはどこに向かうつもりだったのだろう?
「いや~、皆が分かってる風やったから聞きづらーてな。せやけど行先も知らんと歩き続けんのもエエ加減しんどいし」
「聞いて良いし、そもそも異世界の事情なんだから知ってる方がおかしいわよ」
急性片頭痛に悩みつつ、華蓮は何とか平常心に落ち着いた。その隣では賢司も似たようにこめかみをグリグリしている。
「余りに自然な態度だったから僕も知ってると思ってたよ。別にあの場で聞いてくれても良かったのに」
「俺は多分分かってねぇなと思ってたけど面白くなりそうだったから黙ってた。……愛奈も」
「うん。結構面白くなったね」
「…………って神子柴さん!? まさかのあなたもなの!?」
剣姫様の片頭痛が加速する。精神の清涼剤である愛奈の意外な茶目っ気にこめかみに込める力が自ずと強化された。久しぶりに全快した愛奈さんは諸々絶好調なのだ。それを確認しつつ、華蓮の頭痛が大暴れするだろうと察しつつ美矢は続けて疑問を掃射し続けた。
「重ねて聞くけど、こない物々しい集団で赴かなアカン理由は何なん? 緋鳳騎士団の人らもそやけど、魔工師団まで付いて来るてどないなん?」
「鷹村さん……だからなんでそれを今聞くのよ」
ガチンコで状況把握をしていない美矢に華蓮は諦念の吐息を漏らした。しかしここでもう一人……美矢以外に状況確認を求める者が居た。
「いやさ、俺っちも普通に説明して欲しいんだけど。って言うか俺っちなんかそもそも今朝いきなり連れ出されたんだけど。さっきまでの話一切合切聞いてないんだけど!」
守である。ミスターデリカシーゼロにしては珍しく、空気を読めないのでなく本気で異議ありと言わんばかりに手を掲げての質問であった。それもその筈、いざ二度寝に突入しようとした矢先に叩き起こされて問答無用で連れて来られたのだから……状況も分からぬままに「いつまで寝てんのっ!」と理不尽な叱責付きで。誰に起こされたかは敢えて語るまい。
そんな守にアキトから一言。
「仕方ねぇだろ、お前昨日まで入院してたし。見舞いに行こうかなって思ったけど何故か藤林に止められるし……一体全体何があった?」
スカーレットが華蓮にお願いしたのが一週間前、つまり守が華蓮にブッ飛ばされたのも一週間前だ。そのまま昨日まで医務室暮らしをしていたとなると、相当に重傷だったと言える。
それも含めてアキトの問いに対し返答しようとした守だが、感知された気迫にすかさず口を噤んだ。視線を向けずに気配を辿る――さり気に達人技だがノータッチとする――と、そこにおわすは優しさ成分が一ミリも含まれない笑みを作った剣姫様。その目は口以上に物を語った。
即ち「良いから黙ってなさい」……守から急激に血の気が引く。
「……クンレンニ、ハゲミスギタンダヨ」
「何故にカタコト? マジでお前何やった?」
不自然過ぎる態度にツッコミつつも、大体の事情を察したアキトはそのまま華蓮にジト目を向けた。当の華蓮はノーコメントを態度で示し目線をツンした。それを見てアキト以上に事情を察した賢司は呆れて視線を明後日に向ける。イケメン君の見る先には青い空が広がっていた。
「コントはエエから、はよ教えて。何でこないな団体さんで聖地に行かなあかんの?」
そんな幼馴染の泣ける日常はお構い無しに美矢は急かす。満を持して回答したのは意外な人物だった。
「そこからは妾が説明しよう。これ以上変に知り過ぎなアキトと賢司に説明されると皇族の面子が立たんのじゃ」
「そして今更だけど、なんであなたがここに居るのよスカリー!?」
華蓮が殆ど絶叫するようにツッコんだ。それもそうだ、スカーレットは皇女だ、お姫様だ。この聖地行き行軍の顔である。本来なら馬車にでも乗って周囲に姿を晒してはいけない。ただ今回用意した馬車は全て食料などの物資を運ぶのに使われており、人を乗せる余裕は無い。
ならばせめて馬に乗って欲しい所だと言うのに、アクティブ皇女様は徒歩でしかもアキト達御使いの面々と並んでおられます。
「殿下は御使いの皆様と共に在りたいと御望みですので、余りお気になさらず」
「重ねて何で貴女までいるのよセレナさん!?」
華蓮のツッコミに応えて更なるツッコミを引き出したのは緋鳳騎士団”副団長”セレナ・アマリエ・セイルーンである。地位は副団長とあるが、近衛騎士団は騎士団を有する皇族が団長を務める為に彼女が実質の騎士団トップだ。
実は緋鳳騎士団……今回の行軍で先導と殿を務めている筈なのだが、そのどちらにも騎士団の責任者が居ない。二人共ほぼ中央部に位置するアキト達と一緒に居るのだから。大丈夫だろうか?
「今回動員した騎士団員は皆優秀ですので、殿下とわたくしが居なくとも問題になりません。華蓮殿、どうぞ御安心を」
「あ……はい、何かもう御自由に……」
華蓮、既にグッタリと何か諦めたような表情で俯いてしまった。因みに華蓮がスカーレットを愛称で呼んでもセレナは咎めたりしない。それはスカーレット本人が容認しているのもあるが、華蓮がセレナを含めた緋鳳騎士団員とも交友を深めた故の結果であった。なので華蓮以外の面々は愛称呼びはしていない。
「藤林が壊れそうだが、取り敢えず姫さん説明宜しく」
「心得たのじゃ」
スカーレットの事は一応”姫”呼びなアキトに促されて、スカーレットはハキハキ語った。
曰く、聖地に辿り着く前に待ち受けるイズフ樹海は魔獣の巣窟となっており、これを抜けて本洗礼を受ける事が皇族にとって成人として認められる為の試練との事。
無論、単独では到底達成不可能な試練であり、皇族は自身の近衛騎士団を伴って挑む事が許可されているとの事。
しかし、スカーレットの率いる緋鳳騎士団では戦力に不安があるのでアキト達御使いに護衛を依頼したとの事。
最後に行軍中に魔獣を狩る場合に備えて魔工師団に同行をして貰っている旨を伝えてスカーレットは説明を締め括った。
「戦力が足りひんって、この規模で?」
それに対して真っ先に異議を唱えたのは美矢だった。これだけの人員を投入して不足しているというのが腑に落ちなかったらしい。他の面々もそれに追従するも、アキトだけ皇女殿下の言い分に納得していたのはここだけの話だ。それは置いておいて、美矢の疑問にスカーレットは朗らかに答えた。
「元より近衛騎士団とは一般の騎士団と比べて規模が小さいものでな、妾の抱える緋鳳騎士団は訳あって殊更に人員が乏しいのじゃ。ガーランド兄上の時と比較して、今回の人員は凡そ三分の二程度なのじゃよ」
近衛騎士とはいわばエリート中のエリート――皇族を守る為の精鋭である。当然その敷居は高く、必要な水準を満たす人材は限られてくるのが必然というもの。それでも普通なら数だけを揃える事はできなくもなかったのだが、ここで緋鳳騎士団の特徴がそれを困難にしてしまった。
緋鳳騎士団は女性騎士のみで構成される騎士団なのだ。
皇女の近衛なのだから当たり前と言えば当たり前で、その所為で前衛を務められる人材の確保に四苦八苦している。ただでさえ前衛技能を持った女性騎士は貴重な上に、近衛としての技能まで要求されれば言うまでも無くその門は狭くなるだろう。
女性の前衛職は他の騎士団では肩身が狭い事情があるので、そういった人材は優先的に緋鳳騎士団に回されては来るが、全体の幾らかは能力が乏しい故に騎士見習いに甘んじているのが実情であった。
よって緋鳳騎士団の規模は一際小規模となっており、本洗礼に挑むのに不足する戦力を確保する為に御使いの面々に白羽の矢が立ったという訳だ。
「それにしても、よく許可が下りたね。確か僕らってガーランド皇子の預かりになってるんじゃなかったっけ?」
賢司が自分達の立場を理解しているが故の疑問を投げ掛けた。アキト達を戦力としてでなく広告塔として活用したいガーランドにとっては、不必要――つまり妹とは言え他者の都合でアキト達を帝都外に出す事は許容し難い筈なのに。
「な~に、妾が可愛らしくお願いすればガーランド兄上は快く送り出してくれるのじゃ」
「その通りです。殿下に掛かればガーランド様の弱みの一つや二つや十や二十など容易に握る事が可能なのですから」
「……セレナよ、主君が著しく誤解を受けるような称賛は流石の妾もどうかと思うのじゃよ」
「失礼しました殿下。そう言えば”ガーランドお兄ちゃんの恥ずかし記録帳”の記載事項は先日一〇〇件を超えたのでしたね。比喩とは言え、殿下の才覚を貶める表現をしてしまい申し訳ございません」
「うん、いやそういうこっちゃないのじゃよ。全然フォローになってないんじゃよ。ほら、皆の妾を見る目にどんどん白色成分が加算されておるからの」
華蓮を除いた全員が物理的に数メートル、スカーレットと距離を置いた。精神的な距離は言うまでも無くそれを大幅に超過している。要はこの皇女様、実の兄を脅迫したのだ。
ここだけの話……スカーレットに”お願い”された後のガーランドは四つん這いで床を削る勢いで爪を立て、歯が折れるのではないかというレベルで歯軋りウギギっする羽目に陥っていた。
華蓮だけは事情をよく知っているので「やれやれ」と言った感じで溜息を吐くに留まっていた。
正室の嫡男であるガーランドと違いスカーレットが側室の子である事実や、そもそもガーランドに兄弟だろうと他者を敬う器量が皆無な事など理由は色々と存在するが、短絡皇子とアクティブ皇女の兄妹仲は怖ろしく悪いのだった。
それこそスカーレットと緋鳳騎士団のみで集まれば盛大なガーランド罵倒会が開催される程度に悪く、つまりは緋鳳騎士団の面々もガーランドが嫌いなのだった。
華蓮が事情を知るのは、たまたまそこに居合わせた結果、彼女もそれはそれは自主規制が入りそうな罵詈雑言を放ち、団員から拍手喝采されたりしていたからだ。それが華蓮と緋鳳騎士団員との絆を深めた要因でもあった。
「御使いの方々、そう殿下を遠ざけないであげて下さい。確かにお腹の中が真っ黒な発育不良児ではありますが、これはこれで可愛らしい姫なのですよ」
「遠ざけられた要因の半分以上はお主の所為じゃからなセレナ! そして後半は褒めとる体で明らかなディスりじゃよな!? お主の中の主君という概念を徹底的に修正したいぞ!」
「それに同じく御使いである華蓮殿など、わたくし達が思わず目を剥く程にガーランド様を罵倒していらっしゃいましたし、寧ろ共感できる面もあると存じます」
「綺麗にスルーされたのじゃ!」
「そして私にも被弾したし!」
突然の流れ弾に驚愕する華蓮。遠慮の無さが天元突破しているのか、それとも単に天然なのか、緋鳳騎士団副団長様は中々に強烈なキャラをして皆の魂に刻み込まれた。
「セレナさん凄まじいな。それは兎も角、っちゅう事は……その、魔獣相手に戦闘になる可能性があるっちゅう事やね」
セレナの思いの外過ぎる存在感に慄きつつも、美矢は最も重要と言える事案を聞き逃さなかった。元来、剛田を除いた転移組は戦う事に否定的な態度を貫いている。訓練は積んでいたが、それはあくまで自衛の為に必要だと割り切っていたからに過ぎない。
なので図らずも皇族の都合で戦闘に参加する事になりそうな現状に美矢は少々不満気な様子だ。それを察したスカーレットの弁明はこうだ。
「美矢よ、其方の懸念と不満はもっともじゃ。故に言い訳させてもらうなら、其方等はあくまでもしもの時の備えであり、同時に騎士団にとっての保護対象でもある。最悪の場合は其方等だけでも逃がす手筈は整えてあるのじゃ」
「ちょっ……! スカリー、そんなの――」
スカーレットの言い分に異議を唱えたのは華蓮だった。確かに戦う事を強要される謂れは無い……しかしそれでも親愛の情を持った相手を見捨てるに等しい行為に抵抗が無いと言えば、華蓮の答えは断じて否だった。そんな華蓮をセレナが穏やかに諭す。
「華蓮殿、確かに殿下は皆様に護衛を依頼されましたが、それはあくまで殿下個人の護衛であって緋鳳騎士団はそれに含まれません。寧ろ我が緋鳳騎士団が殿下と御使い様を守る盾となるのが筋でございます。なので御使いの皆様は、本当に万が一の時に殿下を連れて退避して頂きたいと考えております」
先程までのイメージを払拭する、騎士としての顔を見せるセレナに一同が言葉を失くす。守護する対象の為に命を賭すのが騎士の本懐と毅然と宣言する姿は、まさしく一団を率いる将としての姿だった。
「まぁ、そこまで心配せずとも良い。聖地となる教会は樹海の浅い場所に在るのでな。元よりイズフ樹海は騎士団の野外訓練で頻繁に出入りしとるし、それこそ凶悪な魔獣は樹海の深部にでも入らん限り出くわす事は無いのじゃ」
緊張の糸を解そうとスカーレットが笑みを周囲に振り撒いた。その振る舞いに皆の纏う空気が明らかに弛緩する。終始表情の乏しかったセレナですら微笑みを浮かべていた。
その甲斐あって美矢の機嫌も快調のようで、続いての問いには僅かの棘も含まれていなかった。
「オーケー、事情は呑み込んだで。せやけど、そんなら剛田も連れて来て良かったんちゃう? あれが一番うってつけやろうに」
「太我と其方等は反りが合わぬと思って気を遣った……と言いたいのじゃが、あ奴だけは兄上が頑として譲ってくれなんだ」
これには流石に全員が首を傾げた。あのガーランドがよりによって剛田を譲らなかった? 能力は高いが一番御し切れないであろうあのケダモノを? 一番執心していた愛奈を帝都外に出しておいて何故?
「別に良いんじゃね? 居ないなら居ないで有り難いのも事実だし、そこまで危険が無いってんならこの面子で十分っしょ」
「それもそうね。油断はしていけないだろうけど、あいつが居たらそれはそれで危険が増しそうだし」
守と華蓮の意見に一部を除いて誰もが納得していた。居ないに越した事はないと言わんばかりの評価が致し方ないのは剛田の人徳とした所だ。
因みに一部に当たる人物達の頭には極めて嫌な予感しかよぎっていなかったが、それを敢えて口にする事は無かった。
「兎に角じゃ、皆は軽い実戦経験を積めるピクニック程度に考えておれば良い。言う程危険は無い上に騎士団の精鋭が付いておるんじゃ。大船に乗ったつもりで居ておくれ」
「ピクニックで実戦経験て物騒な……」
「先生ぇえ、おやつは幾らまで? バナナはおやつに入りますかぁ?」
「すまぬ守や、妾ちょっと何言っているか分からないのじゃ」
スカーレットの励ましに華蓮は苦言を呈し、守が遠足定番ネタを披露するもスカーレットには通じず盛大にスベッて凹んでみせるなど、イズフ樹海への道中は和やかに何事も無く消化されていく。
それはまるで嵐の前の静けさのように、ある意味これから起こる惨事を物語るかのように。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次回は一週間空けて、再来週土曜日に投稿予定です。




