閑話。班長たちの晩餐
演習でマルクス君が倒れた後、彼の手当をしてベッドに担ぎ込んでから、俺たち先輩奴隷は食堂で飲み会をしていた。いつもならすぐに盛り上がり、班長のワダツミさんあたりが脱ぎ始めるのに、今日はみな、葬式のあとのように沈み込んでいた。
ワダツミさんが、脂ぎったテーブルにコトリとカップを置いた。
「なぁ、ゲーアノート」
「なんでしょう」
「なんなんだ。あいつ?」
あいつ、が誰を指しているのかはすぐにわかった。マルクス君だ。
「何って……シノザキ連隊長が捕まえてきた、共和国出身の戦争奴隷ですよ」
「どう考えても、ただの戦争奴隷じゃないだろう。年齢も技術も、普通の兵士とかけ離れている。共和国兵がみんなあんなんだったら、王国はとっくに戦争に負けてんぞ」
俺はすぐには返事を返せなかった。1対28という人数差で戦ったのに、彼は破壊目標まであと一歩のところまで迫った。僕たちは王国軍の中で、弱いわけじゃない。むしろ前線の経験が何回もあるから、強い方のはずだ。けど、そんな僕らの防御網に、マルクス君は安々と楔を打ち込んだ。
「情報とかは、降りてきてないんですか?」
「一応、きた。共和国にいる工作部員が送ってくれた」
「なんて書いてありました?」
「書いてあったのは、あいつの戦歴だ」
そう言って、ワダツミさんはずらずらと、マルクス君が参戦した戦いの名前を羅列する。クルッセルブルクの野戦、シズオカ街道の電撃戦、史上最悪の戦場と呼ばれたハインヒフォレストの戦い、ケツホルン籠城戦……。
「クルッセルブルクの戦いなんて、4年前の話じゃないですか」
「そうだ。あいつは、8歳の頃から戦場にいる」
「何故そんな子どもを」
8歳児を戦場に送り込んで、何が出来るというのだろう。俺の脳内で、貧民街の子どもを拉致して戦場に送り込み、弾除けにする共和国兵のイメージが再生された。勝手な妄想だが、共和国に怒りが沸いてくる。何が、「国民による国民の統治を実現した、理想的な理性的国家」だ。やっていることが野蛮に過ぎる。
「クルッセルブルクの野戦では、共和国は、相手の足止めをするために橋の爆破工作や、落とし穴や柵の設置をたくさんやった。その人手を確保するのに、近くの街から、無差別に働き手を引っ張ってきたんだそうだ。その中に、子どもが何人も混ざっていた」
「クルッセルブルクはまぁ、そんな激しい戦いではありませんでしたが、ハインヒフォレストではよく生き残れましたね」
クルッセルブルクの野戦は、それこそ共和国の妨害工作が酷すぎて、うちが速やかに撤退した。子どもでも、まぁ、生き残れたことだろう。しかし、ハインヒフォレストは別だ。鬱蒼と茂るジャングルの中での遭遇戦。生きるも死ぬも運次第という、苛烈な戦いの最中、森に棲む魔女と、トゥレントの群れまで乱入し、両軍に甚大な被害が出たという。幸いにも、うちの連隊は参加していなかったから、又聞きの話だ。
「運が良かったのか、それとも今回みたいに、姿を隠していたのかもしれないな」
はぁ、とどこからともなく、ため息が漏れた。あんな子どもが躊躇いなく俺たちを撃ったこと、マルクスが8歳の頃から戦場に送り込まれていたこと、そして、マルクス1人にあそこまでしてやられたこと。隊員たちはそれぞれが、それぞれの理由で凹んでいた。
ぐっ、と酒を喉に流し込む。アルコールの苦さが、いやに舌に残った。
「私、結構ショックだったぁ」
レベッカがテーブルに頬をつけながら呟いた。
「ゲーアノートが仕掛けた『クライイングクレイ』に引っ掛かったと思って、アイスバッシュしてさ。どっから銃弾飛んでくるかわかんない中で緊張してたのよね。ちょっとやり過ぎちゃったんだ。それで、さすがにマズいと思って、土煙の中に駆け寄ったら、ライフルで顔を思いっきり殴られた……」
「だから言ったでしょ。見た目で判断するなって。やっぱり、サガアキじゃなくて、アキサガなのよ」
「そこは関係ないだろうに」
思わずツッコミを入れてしまった。リナルーサはもう、そっち方面にしか考えることが出来ないらしい。
「なんかさぁ。可愛い後輩が出来たんだなって思ってたらさ。ワダツミさんが変なことを言い出すせいでさ。可愛い男の子に殴られるっていう体験しちゃったわけでしょ。なんかもうねぇ……」
レベッカが咎めるような視線をワダツミさんに向けた。ワダツミさんは慌てたようにぱたぱたと手を振る。
「おいおい、お前らも喜んでただろうが」
「それとこれとは別だから」
「意味がわからん。そうだ、ゲルガー。現地の分析は出たのか?」
モノクルをかけた、一見理知的な白髪の青年に、ワダツミさんが声をかける。ゲルがーは神経質そうな痩せこけた男だが、その実、かなりの大食らいだ。今も、酒なんかには目もくれず、持ち込んだサンドイッチを貪っている。
「あんなに居場所が見つからなかった理由と、重装騎士が倒された理由がわかりました。簡単なことでしたよ。重装騎士のマスクの、顎部分に大口径の弾丸をぶち当てて、顎を揺さぶって失神させることで倒し、撃つ度にほふく前進で数10メートルを移動。それだけのことでした」
「それだけってなぁ」
ほふく前進で数10メートル移動って、「それだけ」で済ませられるものではない。滑らかなタイルの床ならともかく、ゴツゴツした石が転がっている、荒野での話なのだ。話を聞いた誰もが呆れている。
「いったいあいつ、どんな訓練を受けていたんだよ。ゲーアノート、マルクスには優しくしてやれよ……」
ワダツミさんが、哀れみを込めた口調でそう言った。俺は頷く。言われなくても、そのつもりだ。
結局その日の飲み会は、盛り上がることなく終わった。
やった人ならわかるはず。屋外のほふく前進は鬼畜です。




