力を見せろ
干からびた草の穂がざわりと揺れた。脆いトゲが僕の頬を浅く引っ掻く。僕は腰ほどの高さの、乾ききった藪の中で息を潜めていた。足下の砂を手のひらで掬い上げては、支給されたばかりの軍服になすり付ける。街と同じねずみ色をしていた軍服が、砂と同じ黄土色に変色した。
藪から外を覗く。正面、左右を確認。クリア。人差し指を丸めて、小さな穴を作る。そこから覗くようにして、再び確認。クリア。誰もいない。
ここはメラハの城壁外の、何も無い草原。僕に課せられたのは、目標物の爆破。味方は僕一人で、敵は重装騎士、数は不明。多分たくさん。まぁ、そんなもんだ。正確な数なんてわかりっこない。
右手で重たいライフルを掴み、しゃがんだ体勢で素早く走り、次の藪へと移動する。今度は膝くらいの高さまでしかないから、匍匐して隠れた。また、索敵。
なぜこんなことをしているかというと、例によってワダツミさんが、変なことを言い出したからだ。
「今日は、新入りの実力を見せてもらおう。何をするにせよ、実力を知らないことには指示の出しようもない」
僕は頷く。それも正論だと思ったからだ。
「だから、実戦形式で測ることとする。演習の許可は取ってきた。方法を説明する。参加者は、警備の当直以外全員で、2チームに分かれてもらう。片方が新入り1人で、もう片方が残りの全員だ。場所はメラハ城壁外、第4演習場とする。ルールは簡単。荒野のど真ん中に木箱を積んだ、破壊目標を設置する。新入りはそれに、爆弾を模した小包を投げつけて、2時間以内に当てれば目標達成。他の奴らは、新入りを無力化するか、2時間守りきれば目標達成だ」
僕は手を挙げた。
「どうした、新入り?」
ワダツミさんは意地の悪そうな笑みを浮かべている。他の隊員たちも、面白そうに僕を眺めていた。
「余りにも、不公平な条件ではないでしょうか?」
「安心しろ。戦場なんて、いつだって不公平だ」
僕の意見は、あっさりと受け流された。
「僕が扱う武器は、銃です。死人が出る可能性があります」
「参加者は、お前以外は重装騎士だ。怪我の心配は不要だ」
「僕が死ぬかもしれません」
「大丈夫だ。魔法治癒術士が控えている」
くそっ。反論の弾が切れた。周囲に視線を向けるが、補給も助太刀も、射撃支援も無いらしい。
「他に疑問はないか? では始めよう。各々準備しろ。14時にここに再集合。15時に現地到着で、散開。15時半から演習開始だ」
着替えて銃を用意するために、宿舎の部屋に戻る。部屋の中で、ゲーアノートが僕の肩を叩いた。
「大丈夫だ。別に勝つ必要はないよ。あくまで力試しだと思えばいいさ。先輩騎士を1人でも無力化できれば、大金星だ」
「全員群青二号の鎧だろ? 倒せる気がしない」
自分で意識していた以上に、不満そうな声が出た。ゲーアノートが微笑ましいものを見る目で、僕の頭をぽんぽんと撫でた。すねた子どもを宥めるようなその態度に、思いっきり睨みつけてやる。これでも僕は、共和国では成人の、12歳だ。
「まぁ。やりようはあるさ。君に武勇の女神、ククリヒルの祝福があらんことを」
「ありがとう。ゲーアノートにも、祝福のあらんことを」
指先で宙に刃の紋を切り、互いに祝福してから、笑いあった。
そして現在。僕は30分かけて散開したときの道のりを、行きの100倍慎重に、3倍の時間をかけて戻っている。視界の奥に、群青の甲冑が小さく見えた。どうやら、破壊目標が近づいてきたらきい。次に移動しようと目星をつけた、大きめの藪をじっと見つめる。藪の中に、チラチラと青い光が見えた。
反対側にある藪を確認する。そっちには何もいない。
ライフルを体の前に引き寄せ、レバーを起こして引き寄せる。開いた薬室に、腰のポーチから取り出した銃弾を、1発押し込んでレバーを戻した。撃鉄が跳ね上がる。銃弾を包む紙の感触が残る、そのままの指で滑らかに引き金に触れた。
片膝を立てる。銃床を肩に当てる。重たい銃身を、左手で支えて、銃口を藪に向ける。右肩に頬を寄せるようにして、隠れている重装騎士に狙いをつけた。
息を吸う。嗅ぎなれた、ワセリンのまったりとした匂いがした。これだ、この臭いが、戦いの合図だ。
息を吐く。昂る心を、平らかにする。
――撃鉄が、落とされた。
轟音、吹き上がる硝煙、肩にずしんと響く衝撃。
僕は結果も確認せずに、中腰で走り出した。僕の姿は、硝煙が隠してくれる。といいな。
次に狙いをつけていた藪に飛び込む。待ち伏せをする狐のように、前足を地面にピタリとつけて、這いつくばるようにして、姿を隠す。振り返ると、先程まで僕がいた藪に、拳ほどの大きさの氷が降り注いでいた。魔法使いだ。薮がバシバシと音を立てて薙ぎ倒されていく。目の前に降り注いだ暴力に、血の気が失せるのを感じた。死までは感じないが、痛みという奴が、牙を剥いて飛びかかってくる姿が見えた気がした。
大丈夫。落ち着け。理にかなえ。
大丈夫。――怖くなんかない。
排莢、そして装填。
魔法を使った重装騎士の頭に弾丸を叩きつけた。大口径の、柔らかい鉛玉が、鈍器となってぶち当たる。仰け反って倒れるのが見えた。兜も群青二号で出来ているから、失神した程度だろう。また排莢して、1発の弾を込め直す。
熱くなった銃身のど真ん中を、我慢して握りしめ、匍匐で藪から移動する。しばらく隠れる場所は無さそうだ。ぐるりと回り込めるように、小石が胸板をごりごりと痛めつけるのを我慢して、ひたすらに這っていく。
遠くで、背筋をぴんと伸ばした騎士が、僕を血眼で探している。僕は芋虫のように、砂ぼこりに塗れ、硫黄臭い体で横たわっている。誇り高き騎士を、無様な姿をした歩兵が翻弄している。そう思うと、体から緊張が抜けていくのを感じた。
――そう、怖くなんてないんだ。
「くそっ、どこにいる!?」
「散開して、スピードと人数差で潰した方が早くないか?」
「それだと破壊目標を守りきれないかもしれない!」
とても小さな音だけど、彼らの戸惑いの声が聴こえてきた。やっと辿りついた藪に潜り込み、片膝を立てた、そのとき。
地面にぐばりと、大きな女性の顔が浮かび上がった。キラキラとした魔法陣を背負い込み、巨大な顔が、僕の足に噛み付く。押し固められた土に挟まれた足が、ギリギリと傷んだ。思わず呻きが漏れる。どこにも焦点の合っていない瞳に、背筋が冷たくなった。
しかもだ。
『イイイイイィィィイイイイイイ!』
女性の顔が、僕を咥えたまま、耳障りな金切り声を立てた。荒野中に響いたんじゃないかと思うほどの大音量だ。
「くそっ」
焦る気持ちのままに、銃床で前歯を殴りつけた。なんとかへし折り、足を引き抜いた。同時に、藪の後ろに飛び退いて匍匐する。
藪に氷塊が降り注いだ。砂煙が舞い、氷の欠片が乱れ飛ぶ。鋭い欠片が僕の頬を掠め、ぬるりとした感触が、顎へと垂れていった。
「やったか!?」
戦果を確認しにきた騎士の姿に、砂煙が揺れる。飛び跳ねて立ち上がった僕は、銃床でもって、そのフェイスガードをぶん殴る。手が痺れるような衝撃とともに、面食らった騎士がよろけた。
ライフルを背負い直し、全力で破壊目標に向かって走り出す。
握るのにちょうど良い大きさの小包を振りかぶり、思いっきり木箱の山に投げつけた。
背中から、騎士の体当たりを受け、僕は地面に転がされる。衝撃に息を詰まらせながら、投げた小包が描く放物線を見た。
真っ直ぐ、真っ直ぐに、小包は破壊目標へと突き進み。
――空中で、真っ二つになった。視界に映ったのは、光を纏った杖を振り下ろした、ゲーアノートの姿だった。
「……さっすが」
それだけを呟き、僕は意識を手放した。




