忠誠心
昨晩は大変な騒ぎだった。半裸の筋肉男、アドルフ・ワダツミが奴隷たちのまとめ役らしく、新生活を、彼に案内されることになったのだ。彼の話をまとめると、次のようになった。
1、奴隷は2人ずつの相部屋が与えられる。これは、非常時に迅速に行動するためのものであり、部屋の大きさは個室2つ分ほどある。
2、相部屋の2人はバディと呼ばれ、仕事のときも2人一組で行動する。バディの意思決定は、キャリアが長い方の判断に依る。
3、食事は、食堂でとるか外食をすること。食堂にはパンとスープとプロテインしかないので、おかずが欲しければ自分で買うこと。酒は酒保にあるので、先輩に命令されたら、警備兵と戦って奪ってくること。大抵は小銭で譲ってくれる。
4、仕事は前日の夜に、ミーティングにてワダツミが連絡する。緊急の仕事があれば、トランペットで招集する。
5、普段は、連隊と訓練を行う。筋トレは毎日行う。
「酒保から酒を奪ってくるって、アリなんですか?」と訊いたところ、「シノザキ連隊長もやっているから問題ない」とのことだった。酒保の警備兵の方々の苦労が偲ばれる。
僕と相部屋になったのは、やはりというか、ゲーアノートだった。もともとは別の人と相部屋だったそうだが、僕と一緒の部屋になるよう、立候補して移動してくれたそうだ。彼の言うことには、新人の面倒を見れる常識人が他にいない、らしい。それは正しいと思う。現在進行形で実感している。
引き割りにされた枝豆が浮かぶスープを、鉄臭いスプーンで掬って口に運ぶ。食器がすべて金属製なので、スプーンがシェラカップの底を擦るたびに、キシキシと背すじが冷たくなる音がした。薄切りにされたパンはぼそぼそとしており、噛むほどに、発酵した酸っぱい味がする。
「ゲーアノート、ここでのパンは、これが普通なのか?」
「ん? 共和国では違うのかい?」
「ああ。共和国の下町だと、そもそも小麦粉が貴重だから、そば粉とかいろいろ混ざった、分厚いガレットみたいなのを食ってたよ。スープ作る薪ですら不足気味だったから、ガレットだけで飯が済むように、野菜とかネズミなんかの肉も混ぜて焼いてた」
「お腹は壊さないのか?」
「いや、むしろ美味かった。小麦だけでパンを作ったら、こんな酸っぱくなるのか?」
「いや、これも小麦粉は使ってないんだよ。ライ麦を押し固めて、倉庫に放り込んでおくと、時間が経つごとにどんどん酸っぱくなっていくんだ。みんな外食が多いからね、食材が古くなっていくんだ。ワダツミさんなんかはアバウトだから、『備蓄食料が増えて安心だな!』なんて笑ってたけどね」
「救えないな」
「全くだよ」
2人で笑いあっていると、背後からこそこそと、潜めた話し声が聴こえてきた。出来るだけ頭を動かさないようにして様子を伺う。女性隊員2人が、楽しげにじゃれあっているようだ。
「だからさ、絶対に『アキサガ』だって」
「いや、体格的に『サガアキ』でしょ!」
「わかってないなぁ、レベッカは。体じゃなくて、オーラよ、オーラ」
「難しいなぁ」
何の話をしているのか、さっぱりわからない。アキはアキタで、サガはサガラを指しているとは思うのだが。僕はゲーアノートに訊く。
「彼女たちは、何の話で盛り上がっているんだ?」
ゲーアノートは、引きつった笑みを浮かべる。
「君は知らなくていいことだよ。あれは、病気みたいなものなんだ。深みにハマると、もう抜け出せないらしい」
「医者にはかからないのか?」
「手遅れだ。命に別状はないから、心配しなくていい。ちなみに、赤毛で目が狂気に染まっている子がリナルーサで、金髪で一件大人しそうだが、目が四半分くらい狂気に染まっているのが、レベッカだよ」
――未だかつて無く、酷い紹介であった。
部屋に戻る途中、ゲーアノートから小さな鍵束を渡された。金属のリングに、鍵が6本通されている。真新しい金色の輝きを見せる鍵が3本に、古びてサビの浮かんだものが3本。綺麗なのが真鍮製で、残りは銅製のようだ。
「これは?」
「新しい鍵が銃架の鍵で、古びたのがロッカーと、貴重品入れと、弾薬ケースの鍵だよ。弾薬ケースには、有事に対応できる必要最低限の弾のみを入れること。120発までだってさ」
「へぇ。銃は何があるんだ?」
と言いながら、僕は部屋のドアを開けた。
「……嘘、だろ」
目を見開いた。喉の奥が震える。なぜここにあるんだ、という思いと、懐かしさや安心感のような温かい感情が混じりあって込み上げてくる。僕は手を伸ばした。指先が冷たく感じられて、早く、目の前にあるものに触れたかった。
見慣れた形、見慣れた傷跡。巻きついている浅葱色の布切れは、間違いなく僕だけのもので。
――僕の使っていたライフルが、銃架に立て掛けられていた。
「ありがとう」
感謝の言葉が、自然と口をついて出た。
「お礼なら、シノザキ連隊長と会ったときにするといい。連隊長が君を拿捕したときに、一緒に確保してくれたんだ」
あの、紅いマントの指揮官が、連隊長。あの、単身で戦線を打ち崩してきた魔法使いが、連隊長。あの、恐ろしき戦士が、僕の装備品を拾って、今も生かして与えてくれている。
僕はライフルの銃床を指先で撫でた。柔らかく堅い、あの日と変わらない質感に、心がすとんとあるべき場所に落ち着いた気がした。
僕は、共和国の人間では無くなった。
僕は、王国の奴隷になった。
それでも。
――変わらず、僕は兵士だった。兵士と、認めてくれる人がいた。誇りまで、契約で縛られたわけじゃなかった。
僕は天井を見上げた。零れそうな涙を溜めて。
揺れるねずみ色の天井は、奴隷みたいな色をした天井は。とてもとても、自由な空だった。
次の話から、兵士として本格始動。
いずれは列車砲vs魔法攻撃とかやりたいですね。




