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入隊

 転移した先は、メラハの街とは違い、ねずみ色の建物が並ぶ薄暗い街だった。目の前にそびえ立つ、正方形の巨大な建物も、周囲と同じねずみ色だ。清潔ではあるんだろうけど、なんとなく、汚らしく感じる。奴隷が住む街、ということなのだろうか。


「ははは、急に街のトーンが暗くなってビックリしたかい? ここは、メラハの衛星都市なんだ。まるで大狼星の周りを子犬星がくるくると回るように、キータワーがある大きな街のそばには、こういう、小さくて地味な街がつくられているんだ」

「どうして、こんな色なんだ?」

「キータワーを守るためだよ。キータワーの周りには、人がたくさん住む。人が住むと、流通のために鉄道が伸びる。だけど、メラハみたいな街の中に鉄道を入れると、敵が攻め込む隙になってしまう。だから、近くに衛星都市を作って、そこに鉄道駅と貴族の連隊をセットで置いておくんだ。まぁ、大雑把な人はまとめて『メラハ』みたいに、キータワーのある都市の名前で呼んじゃうんだけどね」

「なるほど」


 キータワーは、この世界を支える古代遺跡だ。キータワーと、それを操作できる王の血族がいれば、その近隣の地域に豊かさをもたらす。この世界の戦争の理由のほとんどが、このキータワーの奪い合いだ。キータワーこそが、国力になる。


「で、この街がねずみ色なのは、防衛上都合がいいから。鎧の表面に傷をつけてくすませれば、それだけで風景に溶け込めるからね」

「なるほど。だが、それだとゲーアノートは目立つんじゃないか?」

「目立ってこその、重装騎士さ。そのための防御力だ」


 門番に何やら書類を示し、ゲーアノートは建物の中に入っていく。なんとなく歩きながら、僕は廊下の壁を指先で撫でていた。レンガのような、四角い建材を積み立てているものの、その表面はつるつるとしている。

 ところどころの壁に埋め込まれている、エチレンランプの光に目を細める。狭い空間を照らすには、いささか過剰な光量だ。


「奴隷の生活空間は、この要塞の最上階だ。なにせ、隊長の手足となるんだから、隊長の近くに控えていなければならないからね」

「近衛兵のようなものか」

「まぁ、そんなニュアンスでいいよ」


 階段を3つ登ったところで、大きな木箱を抱えた女性とすれ違った。


「あれ? ゲーアノート?」

「こんにちは、アンネ。今、新人の奴隷の、マルクス・アキタ君を案内しているんだ。マルクス君、彼女は兵站部門の、アンネリーゼ・ギノザさんだ。足りないものなどがあれば、彼女に言っておけば間違いない」


 僕はアンネリーゼさんに向き直り、頭を下げた。


「初めまして、アンネリーゼさん。マルクス・アキタといいます。共和国出身の、戦争奴隷です」

「あら。礼儀正しいのね。初めまして、アキタ君。よろしくね」


 アンネリーゼさんは、カールしたショートボブの髪をふわりと揺らし、柔らかく微笑んだ。重たそうな箱を持っているのに、振る舞いが上品だ。


「新人さんということは……最初は大変かもしれませんが、頑張ってくださいね」


 アンネリーゼさんはとても気の毒そうな表情を隠すように、頭を下げて、階段を下りていった。とても綺麗な人だった。共和国の下町では、見たことがないタイプだ。が、最後の表情が気になって仕方がない。


「ゲーアノート。最後のあの表情はなんだ?」

「あー……」


 ゲーアノートは困ったように、苦笑いを浮かべる。


「まぁ、見てみればわかるんじゃないかな?」


 そして、大きなドアを押し開けた。途端に、野太い声が廊下に溢れ出した。


『新しい筋肉ぅぅうううう!』


 ブーメランパンツ一丁の、筋肉質な男たちが、食堂のような部屋で酒瓶片手に踊り狂っている。僕は即座にドアを閉めた。

 ――何かの間違いだろう。そうに違いない。だといいなぁ。


「ゲーアノート、部屋を間違えている。ちゃんとした部屋に案内してくれ。まさか、これが貴族の手足たる奴隷の宿舎、とは言わないよな?」


 ゲーアノートは沈痛な面持ちで、眉間を揉んだ。


「大変申し訳ないんだが……これが、貴族の手足たる奴隷の宿舎なんだ……」


 もう一度開け放たれたドアから、『キレてる、キレてるよー!』『いい筋肉ぅー!』と、囃し立てる声が聞こえた。

 ため息をつきながら中に入ったゲーアノートに続き、僕もむっと暑苦しい空間に足を踏み入れる。途端に、全員の視線が僕に集中した。驚いたことに、外からは見えなかったが、男だけではなく女性もいるようだ。


「ゲーアノート、なんだ、そのガキは?」


 中央のテーブルで、筋肉を強調するポージングを取っている男性が、そう問いかけた。豊かなアゴヒゲと、分厚い筋肉が威圧感を放っている。


「新人の奴隷ですよ」

「そんなガキが? 何が出来るっていうんだ?」


 ゲーアノートが、僕に視線を向けた。何かアピールしろ、というのだろうか。僕にアピール出来ることなんて、あっただろうか。僕のセールスポイント。履歴。


「僕は、銃を撃つことが出来ます」

「当たり前だ、撃てない銃は、銃じゃねぇ」


 ばっさり切られた。


「銃で、人を撃つことが出来ます」

「……経験者か、その年で」


 男性が唸るように言った。


「元共和国の兵士で、前線にいました。戦争奴隷です」

「共和国兵だと!? いや、それにしても、共和国はこんなガキまで前線に送っているっつーのか!」

「いえ、僕がいた部隊では、僕が最年少でした」


 ゲーアノートが、甲冑を外しながら言う。


「ワダツミさん、先月の戦いで、連隊長が撃たれたこと憶えてますか?」

「あったな、そんなこと。弾丸をかわす連隊長が、避けきれずに掠った、だったかな」

「その、狙撃手が、このマルクス君ですよ」

「なんだと!? 連隊長を撃ったのか! コイツが!」


 ワダツミが、僕の両肩を掴んだ。とんでもない握力で、締め付けられた肩がギリギリと軋む。痛い、超痛い。至近距離に、ワダツミの恐ろしい顔面がある。凄まじい眼力に、思わず謝りそうになったとき、ワダツミの口角がニッと釣り上がった。


「そうか、でかした! 連隊長に当てるなんて大したもんだ! ハッハッハ。歓迎するぞ、新入り!」


 ――ダメだ、なんかもうついていける気がしない。

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