なんで毒を盛るのよ
毒を盛られていたことを伝えると、リーンはひどく驚いた。
「え? なんで? レインの魔力を奪っているのに、なんで毒を盛るの?」
それである。私も意味が分からない。
「もしかして、レインが一度死んだのも、毒のせいってこと?」
「それも関係していたとは思う。ただレインは栄養失調、睡眠不足、魔力欠乏もあったので、毒だけが死因ではないだろう」
改めてクォンに言われると、自分の置かれていた環境のヤバさが分かる。よく今日まで生きてこられたものだ。手首とか、ちょっと強い力で握られただけで折れそうなほど細いし。まだ胃は小さいから、ゆっくり普通の体型に戻す予定だ。
「しかし分かりませんね。リーンさんの言う通り、魔力を奪っていたのに毒を盛る理由……。ありますか?」
うん、所長もやっぱりそう思うよね。誰が聞いても、意味が分からない。理由が浮かばない。誰か毒を盛る、納得できる理由を教えてほしい。
「レインさんが毒によって亡くなってしまえば、魔力の供給源が断たれるというのに……。普通なら、生かしておきますよね?」
うんうんと、頷く。
「とりあえず、レインは館から出たことがなかったって、話していたよね。だから毒を盛られたのは、館の中で決まり。ここまでは皆も、理解できるよね?」
使用人をつけられていなかったので、食事は毎回自分で、直接厨房へ取りに行っていた。厨房以外で食べ物を入手することはないので、それは間違いないと頷く。
「空中散布される毒なら、大勢、周囲に被害が及ぶ。でも、そんな報告はないよね。毒が散布されたなら、なんかの結界に引っかかるはずだし。それがないから、毒のターゲットはレインだけだと僕は思う」
「私もリーンと同意見。だけど、殺される理由が思い浮かばないのよ」
邪魔者扱いはされていたけれど、所長の言う通り、魔力の供給源を断つほど愛人たちが馬鹿だとは思いたくない。いや、馬鹿なのか? あの人たちなら、あり得るのか?
とりあえず毒を盛ったのは、愛人か馬鹿親父で間違いないとは思う。
料理人には動機がない。ほとんど会話をしたことがないし。数人いた料理人たちが、猟奇殺人者とは思いたくもないし、そもそもそんな可能性の方が低いだろう。
「しかも毒は、アパッタイが使用するものだった。これはもう間違いなく、チェールという義母は、間違いなくアパッタイに関与している」
またアパッタイかと思っていると、リーンと所長は、毒はアレかと、渋い顔で呟く。
「ああ、例の毒だ。レインに説明すると、毒は過去のデータと照合し、一致するモノがある。致死性は低いものの、疲労感、発熱、吐き気といった悪影響を与える。長期に渡り服用した場合、蓄積された毒により、死に至る。問題は、解毒薬。これに使われる原料が、絶滅していること」
ということは、解毒薬がないと分かっていて、アパッタイは使っている?
「でも、毒を使う場合、解毒薬とセットじゃないと意味ないよね。ただ相手を殺すだけなら、なくても問題ないけれど。駆け引きする場合、必ず必要になる。アパッタイは解毒薬を持っているのかな?」
私の疑問に、クォンは可能性が高いと答える。
「だから今、俺が新たな解毒薬を作るため、研究している」
なるほど。それで白衣を着て、薬品の匂いを漂わせていたのかと納得する。
「似た成分がある植物はあっても、魔法との掛け合わせが難しくて……。資料によると、解毒薬を飲めば、一気に毒は排出されるらしい」
「らしい?」
「資料の一部が紛失してんの。おかしいよね。ナンバー持ちは記録が大切だと理解しているのに。誰かが故意に消したのか……」
「ナンバー49の仕業? 前の人生から、計画していたっていうこと?」
彼に関する資料を読ませてくれと頼む。
前の人生では、男。大体最初の性別と同じだけど、たまに違う性別の肉体に生まれ変わることがある。初めて男になった時は、それこそ心と体の性が不一致で……。って、今はそんなことを考えている場合ではない。
彼は他の世界との行き来について、研究をしていた。大雑把に言うと、そんな感じか。人柄については、特に問題なかったと記されている。この辺りは、あまり他人と接せず研究する人が多いから、ちょっと怪しい内容だな。魔法使いとしては、四世代目か。
「これだけ読むと、特に問題のない人物みたいだけど……。研究テーマが良くない。もちろん、研究内容は自由だって分かっているけれど」
「だよねえ。僕たち始まりの魔法使いにとって、異世界と通じるというのは、嫌な思い出しかないからさ」
四世代目の者なら、惨劇を直接は知らない。だから平気に、このテーマを研究できたのだろう。
初めて魔物が現れた時は打つ手がなく、ただ逃げて隠れて怯えて泣いて……。誰かの助けを祈り……。寝ることすらできない恐怖の日々。生き延びても食料がなく、一秒先には死が待っている毎日。
だから始まりの魔法使いは、異界へ行こうとは思わない。自分たちが異界へ行き、その世界の均衡を壊したくないから。
だけど、また始まりの時のようなことがあっても困らないように、どうやって別世界と通じるのかは、研究はされている。リーンは今回、それを担当している。異界と通じた場合、即、穴を閉じる必要があるから。
私たちは化け物と言われても、他の世界と比べれば分からない。底辺かもしれない。地球だけの基準で考えては駄目なのだ。
なぜ急に異界からの穴が開き、魔物が流れこんできたのか分からない。
勝手に穴は閉じたが、多くの魔物が地球に残り住みつき、生態系を作った。おかげで地球は、人々の生活は、大きく変わった。
石油をエサにする魔物がいたので、油田辺りには強い魔物が住みつき、石油原料の品々は作れないし、石油で動くモノは動かなくなったし。だけど人類復興のためには、科学技術は守らなくてはならないと、当初は考えられ、油田を取り戻すことは必須となった。
でも結局は魔物により、多くの油田が枯れ、科学技術は廃れていった。それが現在の世界の形に繋がる。
魔法使いとして目覚めてからは、世界中の皆からの期待、希望を背負い、世界中を飛び回った。
核で対抗しようとしたら、核を餌にする魔物も出現した。核の傘下という考えは消え、世界情勢の変化は著しかった。なにしろ核保有国は、兵器を保有していたから襲われる。対抗する手段を見つける前に消えた国もある。
油田にしても、魔物と戦っている間に、別の地域に別の魔物が出現するので、圧倒的に人手が足りず、被害が広まることは珍しくなかった。
希望が見え、余裕ができ、怒りを思い出した人々から非難を浴びることも、珍しくなかった。私たちは世界の皆にとって、フィクションのような正義のヒーローにはなれなかった。
それでも幸せのために。平和のために。
私たちは歩いた。




