チェールと男のやり取り
「あああああああああ!」
城から帰宅した翌日、チェールは頭を抱え、私室で叫んでいだ。
昨日は実感が湧かなかったが一夜明け、城での出来事を思い出すと耐えられなくなった。
窓から見える門の前に、兵が隠れもせず立っている。嫌でも昨日のことは現実なのだと、思い知らされる。
なぜこんなことに。邪魔な女が死んで、邪魔な娘は思い通りに動き、大切な娘は評価され。人生楽勝、順風満帆だったのに。それがなぜ、貴族界から追放。この立派で豪華な館を去らなくてはならないのか。
「こんなはずじゃあ……。これじゃあ一体、今までなんのために……っ」
さらに夫婦ともに仕事はなにもしていない。精神魔法を使い、ネッシュが金を送るように仕向けていたので、仕事に就く必要がなかったからだ。それが収入源を断たれ、無職。これからどうやって生活をすれば良いのか。どうやって仕事を探すのか、家を探すのか、なにも分からない。なにから手を付ければ良いのかも分からない。たった一週間で、なにができるという。
「姉も亡くなり、姪……。いえ、レイン様が魔法使いの都へ移住されたのであれば、私は義兄一家となんの繋がりもありません。ですから、援助する理由がありません」
帰宅した直後、急いで夫にネッシュへ連絡を取ってもらえば、けんもほろろに扱われた。完全に精神魔法は解かれていると分かり、顔が青くなった。さらに、これまで親しくしていれば、違ったかもしれませんが。そう言われ、通信は一方的に切られてしまった。
「こんなはずじゃあ! 私の人生、こんなはずじゃなかったのに!」
いや、まだ人生は終わっていない。
スカートの裾を少し持ち上げ、駆け足で魔石が蓄えられた部屋へ向かう。
なぜか呪いについて知られているのに、解呪されていない。つまり、まだ魔石に魔力は蓄えられている。だからまだリコラは、今後も魔法使いとして活動できる。
「始まりの魔法使いの魔力。この魔石があれば……」
都の魔法使いに認められなくても、別の所なら認められるだろう。強大な魔法を操り、人を救って金を取れば良い。そうだ、そうすれば金の心配をすることはない。金があれば家を買え、生活ができる。
改めて部屋を見渡せば、魔力が溜まったまま未使用の魔石が山ほどあるではないか。
「これだけあれば……。リコラだって一生、天才を名乗れるわ……。でもその前に、あいつに連絡を取らなければね」
今回の元凶は、あの男である。
あの男がきちんと精神魔法を使えていたら、こんなことにはならなかったのに。
チェールは私室に戻り、隠し金庫から通信機を取り出す。これは直接、あの男に繋がっている通信機。一度しか使えないので、緊急時以外では使うなと言われたが、今こそ使用する時だろう。迷うことなく、ボタンを押す。
「チェールか、久しぶりだな。頼んだ件はどうだ? 対象に変化でも起きたか?」
すぐに男の声が聞こえてきた。
「変化? そんなの別になかったわよ。それよりあんた、私に嘘を吐いたわね?」
「嘘? なんのことだ」
「しらばっくれるつもり? あんたの精神魔法、解けているわよ! 王たち全員!」
「どういう意味だ?」
男の声色から、どうやら彼も精神魔法が解けたことを知らないと分かった。この男の性格を考えると、自ら解いた場合、やっと気がついたのかと笑ってくるからだ。
チェールはレインが姿を消し、実は彼女は始まりの魔法使いとやらで、自分は貴族界から追放されると、簡潔に語った。
「なるほどな、始まりの魔法使いか。魔力量が多すぎるので、妙だとは思っていた。その割には記憶がないし、どう判断すれば良いか分からなかったが……。だが、どういうことだ? 呪いは解呪されていないようだな」
「そんなの私が知りたいわよ。解呪できない無能なんじゃないの?」
男は返事をせず、あり得ないと心の中で呟く。
始まりの魔法使いなら、あの呪いを解呪することは簡単だ。おそらくサインに気がつき、慎重に解析しているのだろう。そんな男の考えを知ることなく、チェールは甘えた声を出す。
「ねえ、もう一度精神魔法をかけて、これまで通り生活できるようにしてくれない?」
「無理だな」
だがあっさりと断られ、チェールは怒鳴った。
「無茶を言うな。魔法使いの都の奴、全員を敵に回している状態だぞ。仮に再度魔法をかけたとしてもだ、またすぐ都の連中が解放するだろうよ。つまり、意味がないんだよ。俺は優秀な魔法使いだが、始まりの魔法使いには、まだ勝てない。だが、分からないな。これまであの娘に、なんらかの兆候はあったのか?」
「ないわよ。前にも話した通り、私に気に入られようと、無茶ぶりに走り回っていただけよ。ねえ、始まりの魔法使いは前世の記憶を持っているって、本当なの? 本当なら、自分の置かれた環境の異常さに気がつき、もっと前に逃げていたでしょう?」
「そうだな……。始まりの魔法使いは全員、前世の記憶を持っている。だが一人だけ、疲れたと言って逃げ出そうとした奴がいた。次に生まれ変わった時、前世の記憶を取り戻さない研究をしていた。ひょっとして、そいつがお前の義理の娘だったのか? ははっ、なんていう偶然だ! あいつの研究には興味があったんだ! なあ、そいつの部屋を見せてくれよ。なにか痕跡が残っているかもしれない!」
あいかわらず魔法に関して自信を持ち、興味が尽きない男だと呆れる。味方にすれば心強いが、どこか危なげな所は昔から変わっていないと、チェールは思う。
「来るのは構わないけれど、王家の監視がついているわよ。どうやって来るのよ」
「転移魔法だ。部屋を見せてくれるなら、礼はする」
礼という言葉は、チェールにとって魅力的だった。快諾し、人目のつかない場所を男に伝えた。
通信を終えた男は、カレンダーを見る。
娘が消えたのは四日前。こんなに日数が経ち、判明するとは。やれやれと言わんばかりに、息を吐く。
「……無能な奴らだ。こんな重要な件を俺に黙っているとは。俺にどやされるのが、そんなに怖いかね」
近くで本を読んでいた手下の名を呼ぶと、手招きをする。手下は栞を挟んで本を閉じると、近づいてきた。
「都とペリアールにいる仲間へ伝達しろ。四日前からの出来事を、隠さず伝えろと。なぜ報告を怠ったのか、言い訳は聞いてやるとも言っておけ。それで伝わらないようじゃあ、うちには必要ない」
「分かりました、リーダー。最後の必要ないは伏せ、伝達しておきます」
優秀な手下は早速行動するため、部屋を出る。その背中を見ながら、チェールへの礼をどうするかと考える。
「……まあ、あいつが一番喜ぶのは金だよな。でも今のあいつには……」
椅子から立ち上がり、棚を開け、ある魔法道具を取り出す。
金も少しは融通してやるが、これが重要になるだろう。本人に通じるかは分からないが。
「ここまで礼をしてやる価値があるかは疑問だが……。都が絡む以上、準備は必要だからな。保険はいくらあっても助かる」
これはチェールのためではない。魔法使いの都、その代表の始まりの魔法使いたちに勝つための必要経費だと、割り切ることにした。




