三人の異変
「レインという名に覚えは?」
真っ先に反応したのは、ジェダイだった。
「は、はい。記憶にございます。前伯爵は女性で、出産時に不幸が起こり亡くなったため、産まれたばかりの赤子でしたが、伯爵当主になりました。その者の名です。しかし魔法使いという報告はなく、彼女は病弱なだけで……」
「病弱、ねえ……」
アクチノの冷ややかな声色に汗が吹き出し、ジェダイはハンカチを顔に当てる。それを気にすることなくアクチノは、ポケットから取り出した指輪をテーブルの上に放る。からからと音を立て揺れ、やがて指輪は動きを止めた。
「それを見ろ」
「失礼します」
パクトが指輪を手にし、鑑定する。確かにこれは間違いなく、伯爵当主の指輪であるとプライトへ告げる。
「どういうことだ? 指輪は当主が死ぬまで外れないのであろう? 当主の指輪は持ち主の指の大きさに合わせ、サイズも勝手に調整されるはずだろう?」
「いえ、魔法使いの都の者なら、生きたまま外すことは造作もないでしょう。いや、しかし……。無礼と承知していますが、どうか確認させて下さい。伯爵は、生きていますか?」
「生きている。栄養失調により、体調は悪いが」
「栄養失調? それは、どういう……」
「どういう? それを言いたいのは、私だ」
瞬間、アクチノの体から発せられるオーラに、三人は圧倒される。
アクチノの様子から、状況はかなりまずいものだと察した。三人は冷汗や脂汗が止まらない。自分たちは一体、なにを見落としていたのだと、必死に頭を動かす。
「私どもは……。レイン伯爵は病弱で、社交もできないと聞いており……」
それでも必死にジェダイは声を絞り出し、言い訳のように語る。
「誰がそんなデマを吹聴している」
「デマとは……」
大臣の顔が引きつる。
「虚偽の報告があるはずありません。伯爵は病弱なのです」
顔色が悪いまま反論される。呆れ、アクチノは頭が痛くなってきた。
「伯爵の実父からの報告なので、間違いありません。ご存知かもしれませんが、伯爵は産まれた直後に当主となったため、産まれて数年、表に出ないことは不思議ではありませんでした。しかしある程度の年齢になり、パーティーなど招待状を出しても毎回本人は顔を見せず、伯爵代理が参加していました。理由を尋ねると、伯爵は体調が悪いと言われ……。未熟児で産まれた記録もあり、その影響で仕方ないと判断していました」
「つまり、伯爵代理だけの報告を鵜呑みにしていたのか」
「鵜呑みと言われるのは、いささか誤りであるかと。なにしろ伯爵は未熟児で、幼いので」
同じ説明を繰り返され、さすがにうんざりし、質問を変えることにする。
「なぜ事実確認を怠った。誰も見舞いをしなかったのか? 実父が再婚したことで、義母から虐待されている可能性を考えなかったのか」
「虐待? 虐待はなく……。ええ、虐待はありません。病弱なのです。それが事実なのです。未熟児でしたから」
妙な返事である。だが、二人は大臣の様子を気にする様子を見せない。それに未熟児が全員、病弱になる訳がないと、この三人が知らないはずないだろうに。
「だから、虐待はないと言うが、調査したのかと質問しているだろう」
ぴたりと、急にジェダイの口が止まる。
てっきりやましさから黙ったのかと思うと……。
「調査、調査。伯爵への調査は必要なし。病弱だから。嘘ではない。調査不要」
やっと口を開いたと思えば、明らかにおかしい。それは発言だけではなく、見た目にも浮き彫りとなる。
「じ、じじじ、事実。事実、事実。伯爵は、びょびょびょ、病弱。会えない、彼女には会えない。調査は不要。調査を行ってはならない」
ついには白目を向き、だらしなく表情筋を緩ませ、涎を垂らしながらそんなことを言い出した。
(なんだ、これは。まるで壊れた古い家電製品ではないか)
明らかに正気ではない。特にジェダイの様子に異変が見られるが、他の二人も目を忙しなく動かし、視線が定まらない。なにより大臣の異変を気にせず、異常なしと、似たようなことを呟いていることも、異常だ。
「……まさか……」
ないはずだ。起きてはならない。だが、その可能性が現代ではゼロではない。だから確かめなくてはならない。懸念は全て潰さなくてはならないと、アクチノは全身を前のめりにした。




