保護して下さい
扉の向こうへ一歩踏み出せば、そこは懐かしい都市の中心部。国で例えると王城となる象徴的な建物へ直結させたので、廊下へ全身を移すと扉は勝手に消え、気にすることなく廊下を歩く。相変わらず殺風景で、ほとんど装飾はされていない。温もりがないと感じる人もいるだろうが、この殺風景さが私にとっては懐かしい。
今世ではまともな勉強を受けていないけれど、あの三人の会話から、都市の名前は変わっていないと知っている。どの時代でも必ず誰かがいるから、都市の名前は変更されないだろうけれど。それでも変わっていないことに、安堵する。
時折どこかから、爆発音や悲鳴、奇妙な笑い声が聞こえてくる。それすら懐かしく思う。なにも変わっていないと。
この建物では基本、各々が部屋に閉じこもり、研究に取り組んでいる。失敗しては爆発させたり、連続失敗で狂ったように笑いだしたりすることは珍しくなく、よくあること。私も徹夜を続け、逆に絶好調! という、妙なテンションになったことが何度もある。
そうやって、いつの人生も、多くの時間をこの建物で過ごした。ある意味、こここそが我が家と言える。
(新しいナンバー持ちは見つかったのかな)
螺旋階段の手すりを持ち、一歩一歩、上を目指しながら思う。
私たち始まりの魔法使いを代表に、一部の魔法使いにはどの時代でも通じるよう、ナンバーが割り振られている。私は五番目に名乗り出た魔法使いだからとナンバー5を名乗ることりなり、どの時代でもそれで通じている。
それにしても私の研究は完全ではなかったのかと、今頃落胆する。
階段を上り切った最上階。階段の先は直接、最上階の扉となっている。扉に向けて両手をかざし、呪文を唱えると扉は開いていく。
扉の向こうはこれまでと違い、それなりにインテリアで飾られた空間が広がっている。今世は誰か手入れする、忠実な人がいるらしい。植物の葉が生き生きとしている。
この部屋に入れるのは基本、ナンバー持ちの中でも、さらに一部の魔法使いのみ。私と同じ、前世、前々世といった、魔法使いになって以降、幾つもの人生を歩み、その記憶を保持している者ばかり。
入口近くにいたのは、極端に長い袖の上着を着ている少女だった。袖を揺らしながら近寄ってくる。へらへらとした変わらぬ笑みを作ったまま、尋ねてきた。
「おや、小さなお嬢さん、君のナンバーはなにかな?」
「私はナンバー5。保護を求めて来たの」
「へえ、ナンバー5か。また会えて嬉しいけれど、保護とは穏やかな話ではないね。でも、見た目からろくな生活を送っていないのは分かるよ」
人によっては彼女の言動を失礼だと感じるが、こういう人なのだ。いつの時代も遠慮なく思ったことを口にする。いくら説教されても直そうとしないから、私は早い段階で諦め、彼女はこういう人だと受け入れている。
「本当、ろくな生活ではなかったわ。当主だというのに継子いじめにあって、使用人同然の生活。さらに呪いまでかけられて、散々よ」
「いつの時代にもクズはいるよねえ。子ども相手に、みっともない」
会話をしていると、扉が開いたからなのか。声が聞こえてきたからなのか。他の人たちも室内に作られた、さらに別空間から顔を覗かせ、近寄ってくる。
「でも、呪いねえ……。君なら解呪できただろう?」
「できるけれど、まだ完全に解呪していない」
「ふうん? わざとかな。ナンバー5は、あいかわらず慎重だね」
長袖の少女、ナンバー8の言葉に頷く。
「ええ、ちょっと気になることがあって」
「おい、待ってくれ。彼女がナンバー5なら、研究は失敗したということか?」
薬草の匂いを漂わせる白衣の男が口を挟んでくる。どうやら彼は私の研究内容について知っているようだ。誰だろう? 人生のたびに見た目は異なるので、今のままでは分からない。
「研究は半分成功、半分失敗ってところかな」
道を開けてもらい、適当なソファを見つけると体を投げる。自分が思っていたより体は疲れていたのか、ソファの柔らかさが気持ちよく、眠気に襲われる。でもまだ話は終わっていないから眠れない。
「数分前までは成功していたの。だけど完璧ではなかったらしく、一度心臓が止まって、息を吹き返したら自分が何者かを思い出したから、ここに逃げてきたってわけ」
「とんでもないことを言ったね。一度死んだって? 君に一体なにがあったのか、詳しく話してくれないかい?」
さすがにナンバー8も驚いた顔で駆け寄ってくると、近くにいた人に飲み物と胃に優しい食事を頼む。
運ばれてきたお茶を飲みながら、今世について大まかに説明をした。
「なるほどね。そんな家なら、逃げて正解だね」
「この件は所長に伝え、君の暮らしていた国へ連絡を取ってもらおう」
白衣の男もそう言ってくれ、感謝の言葉を伝える。
「でも、なんだか洗脳のようだね。子どもの心を利用して、好き勝手して。しかも君、ばっちり洗脳されていたし。そんな奴らと仲良くなりたいと思っていたなんて、正気じゃないよ」
笑われるが、反論できない。
剥いて切ってもらった果物を口に放りこみ、咀嚼して答える。
「本当、それだわ。これについては、今世で最大の黒歴史よ。今後どの人生を歩んでも思い出しては、羞恥心から身悶えしそう」
「あっはっはっはっ、そうだろうねえ。僕も面白がって、からかうよ。だけど君がナンバー5だからここに逃げて来られたけれど、そうでない子は洗脳という呪縛から逃れられず、叶わない夢にしがみつき、悲しい結末を迎えるよね」
笑いから一転、沈痛な顔を作るナンバー8。
「愛の形が理解されないことはあるし、一方的なこともある。家族愛という言葉もあるけれど、家族だから無償の愛が永遠に続くものではないものね」
何度生まれ変わっても今世のように、家族に恵まれないことはある。
ナンバー8の言う通り、私たちにはここという逃げ場所がある。帰れる場所がある。だけどそうでない子は、いつまでも幻想を抱き、家族からの愛を求めるのだろう。悲しいことだ。そんな悲しみを一つでも減らしたいという考えは、私たち始まりの魔法使いの共通思考だ。その一つに福祉活動もある。
でも、魔法で皆を幸せにしたいと願っても、人の心は難しい。いつの世も、新たな問題が起きる。
人は悲劇から逃れられない定めなのかもしれない。
だったら、魔法という強大な力を手に入れ、多くの人が幸せになれるように頑張る私たちの努力は無駄なのか。そんな無駄な力を、神は私たちに与えたのか。
いや、悲劇が起きた時、救いとなるモノを生みだしておけば良い。きっと幾つもの人生の記憶を持って、何度も生まれ変わることに意味はあるのだから。
とはいえ、疲れたと逃げようと過去の私は選択した。でも結局、逃れられなかった。これも意味があるはず。
「とりあえず君が暮らしていた国は、始まりの魔法使いを殺しかけた、その代償を払ってもらう必要はある。問題は、どこまで国が把握していたかだな」
白衣の男の言葉に、ナンバー8も頷く。
「幼い子どもに代わって、実父が名代を務めるのは普通の流れだけどね。ナンバー5の話だと、その実父は当主代行として働いている感じもしないし、そんな無能を放置している王様は、さっさと代替わりすべきだね。あ、そうだ。ナンバー5、今世の君の名前はなにかな? 僕の名前はリーン」
差し出された手を握り返し、名乗る。
「私の名前はレイン。改めてよろしく、リーン」




