よし、逃げよう
全てを思い出した。
今もなぜ選ばれたのかは分からない。だけど神に選ばれ始まりの魔法使いの一人となり、死んで生まれ変わっても、前世の記憶が継がれていく者となった。人生を繰り返せば、それだけ記憶量は膨大となり、どれがいつの時代の記憶だったのか混乱することもある。始まりの魔法使いは皆、そんな魂の持ち主。だからこそ記録は重要だと、全員メモを取る癖が身についた。
私たちの性質を神の恩恵と呼ぶ者もいれば、呪いと呼ぶ者もいる。
だって、幾つもの人生の記憶があるのだから。よほど強烈な記憶なら鮮明に覚えているが、仲間と話していたら互いの記憶に誤差があり、誰の記憶が一番真実に近いか分からなくなることも珍しくなく、それは呪いと言っても間違いない。
「……まあ、先週の献立を全て思い出せないし、記憶なんていい加減なものよね」
とりあえず倒れたことだし、他に体の異常がないか調べるため、魔法を使う。
疲労や打ち身、栄養失調は仕方ないと分かっていたが、これは驚いた。
「呪いがかけられている……?」
体を解析している間にも呪いの力は働き、私の魔力がどこかに流れていると分かった。
「別媒体へ私の魔力を流している? 満足な食事ではないことだけが原因ではなく、魔力が欠乏していたことも疲労に関係していたようね。でも、いつ呪いをかけられたのかしら」
解析を進め、呪いの魔法陣に愛人の名前が記されていることに気がつく。
こういう呪いは、魔法陣のどこかに呪った相手の名前が記されていることが多い。きっとこの愛人の名前も、そういうものなのだろう。つまり呪いの犯人は、愛人か。
上手い人は隠したり、偽名を使ったりするけれど……。あれ? これはなんだろう。愛人とは別に、なんかサインがある。個人を示している感じっぽいし、下手に解呪すれば、このサインした人物に知られて面倒になるかも?
母と呼びたかった女だが、すっかり『愛人』と呼んでいる。
だって私と数か月しか年齢の離れていない妹ということは、あの馬鹿親父。母が生きていた頃から関係を持っていたということで……。つまり、浮気をしていたってことでしょう? しかも入り婿の分際で、なにをやっているのよ。今世の実父は残念なことに、馬鹿な人間のようだ。
この国の法律では、財産や名前を引き継ぐ場合、なにより血統が優先される。
我が家、伯爵家の当主だったのは実母。祖父母はすでに他界していた中、当主の母が亡くなったので年齢に関係なく法律に基づき、私が新しい当主となった。
なったのだが、この館で使用人のように働かされ、当主として働いたことは一度もない。やばい、職務放棄だ。なぜ今まで見逃されていたのだろう。王様、大丈夫? この国、やばくない? 馬鹿親父が金でも積んでいるの?
とはいえ、前世の記憶を思い出さなかった頃の私は、ただの無知な子どもだった訳だし。職務放棄も仕方ないと許してもらいたい。というか、許して。いや、許されるでしょう。当主がどんな仕事をするのか、習う機会はなかった訳だし。うん、私は悪くない。そういうことにしておこう。
上半身を起こし、伸びをする。
さて、今になってはあの三人から嫌われていて良かったと思える。あの三人の輪に入って仲良くしたかったなんて、恥ずかしい。死にたい。仲良くしたかった頃の自分を抹殺したい。自分が何者かを思い出す前と後の私は、すっかり別人だ。
とにかく逃げよう。この最低な環境から、さっさと逃げよう。それが最善。
「その前に……」
解析を続け、どうやら私の魔力は魔石に流れていると分かった。解呪は謎の人物が関わっているので、やはり避けておくことにする。
館の一画から、私の魔力の塊を感じる。きっとそこに魔石が蓄えられているのだろう。このまま魔力を吸われるのは業腹だけど、解呪は避けたい。だから魔法陣を書き換え、吸い取られる量をかなり少なくする。これで魔力欠乏による体力低下を防ぐことにする。
私の魔力を奪っている理由は、簡単に予想できる。
妹のためだ。
数分前の私にとって、同年代の子どもに比べて多い魔力量を持つ妹は、両親と同じく自慢の存在だった。彼女は将来が期待されていると、愛人が自慢そうに語っていた。いずれは魔法使いの都へ招かれる逸材、そう言われたとも話していた。それを聞き、素直に褒め称えていた過去の自分を殴りたい。
きっと妹は魔石に蓄えられた私の魔力を自分の力と偽り、周囲に評価されているのだろう。
なんと浅慮な。魔法使いの都に住む魔法使いが、他人の魔力を使用して名声を得ていると気がつかないはずないのに。こんな幼稚な手、彼らには通用しない。見逃す者は、都から追放されるレベルだ。
魔石には魔力を蓄えることができ、自在にその魔力を引き出せる。石が割れない限り何度でも魔力を補充して繰り返し使えるので、万が一の場合に備え、自分の魔力を貯めた魔石を幾つか持っていることは珍しくない。
そういえば妹が持っている杖に、魔石がはめられていたと思い出す。きっとあの魔石が、私の魔力が蓄えられているものだろう。
でも、もうどうでも良い。魔石に貯まる魔力が減って困ろうと、知らない。あんな連中、家族ではない。子どもを罪人と呼び、使用人として扱い、それが普通だと洗脳させるなんて、異常すぎる。そんな連中とは線を引くべきだ。
私は愛人が、自分の娘を行かせたくて仕方のない地へ逃げることにしよう。
資格があれば、いつでも、どの年代でも、魔法使いの都に出入りできる。私にはその資格がある。
幸か不幸か、持って行く荷物はない。唯一例外なのは、右手の人差し指にはめられた、この指輪だけ。
これは王から賜った、当主の証である魔法の指輪。そして、今世の実母の唯一の形見。
「ゲート・オープン」
両手をかざし呪文を唱えると、なにもない空間に扉が現れる。この扉の向こうが、優秀な魔法使いや、許可を得た者のみが住むことを許されている都市。どこの国にも属さない、魔法使いのための特別な都市、魔法使いの都。
都市の名前を決めた初めての人生、忘れられないな。これだけは皆、記憶が一致している。
「もう、魔法使いの都でいいじゃないか」
色んな案が出ては、誰かが気に入らないと難癖をつけ、自分の好みの名前にしたがりと、なかなか決まらず無駄に時間が流れる中、突然投げやりな口調でそんなことを言うものだから、皆が安直すぎると吹き出して笑い……。
でも結局、それが一番じゃないかとなった、懐かしい思い出。
さあ、懐かしい思い出の地へ行こう。




