まさか、ティーネのナンバーは……
「すでに噂になっていましたが、いざ目の当たりにすると、正直、驚きました」
そうでしょうね。私も驚く。いつの時代も、横柄な人はいるなあ。
「魔法で助けようとしてくれる心は評価するが、当家には、魔法で解決してもらいたい問題は起きていないと伝えました。その間、この男の隣に座っていた少女……。妹ですね。無表情に私たちのやり取りを眺めていました。妹は兄と違い、こちらが着席を促してから座りました。背筋を伸ばし、凛とした雰囲気はありましたが、とにかく無表情でした」
ということは、どこか裕福な家の子どもなのかな。それは前世か、今世か……。今世なら実家を出てデュモルと合流した場合、家族が捜索を出しているかもしれない。でも目立つようなこと、するかな? 前世の可能性が高いかも。
「本当にないのかと尋ねられては、ありませんと答えるやり取りを、何度も繰り返しました」
当時を思い出したのか、深いため息を吐くクロムスさん。当時、よほど疲れたのだろう。
見知らぬ兄妹が突撃してきて、我が物顔で部屋に座り、横柄な態度を取られたら、相手にするの、疲れるよね……。性格が悪い、何様だという意見は、誇張ではないらしい。
「当時、ソベールは日照りが続いており、各地が雨不足に悩まされていました。幸い我が家は優秀な魔法使いを何人も抱えているので、水の魔法を使い、大きな影響はありませんでした」
「日照り、ですか」
「はい。何日も雨が降らず、魔法という力がなければ、大変なことになっていました」
水不足は科学ではなく、魔法という力により、問題視されることはなくなった。その点では良い時代になったと思うけれど、なんか気になる。デュモルが天候を操作した可能性はないかな。
でもクロムスさんの家のように、お抱えの魔法使いがいる家は珍しくない。マウッシさんは、なぜデュモルに依頼したのかという疑問を抱き、その点について尋ねる。
「マウッシさんの家も魔法使いを抱えていますが、彼がこの性格なので正直、良い魔法使いが雇えず……。人数も多くありません」
「ああ……」
まだ気絶しているが、本人の前なので、耳打ちするように会話を行う。
どうせ働くなら、気持ちの良い職場で働きたいよね。雇用主や上司がクソな職場は、いつの時代も嫌がられるものよ。
まだ短い時間しかやり取りしていないけれど、私もこの人の下で働きたくない。いつかキレて、魔法をぶっ放してしまいそう。
「つまりマウッシさんは困っていて、依頼したという訳ですか」
「……違う」
目を覚ましたマウッシさんが私を睨みながら、否定してきた。
「奴がうちの魔法使いより、俺は優秀だと言うものだから、面白い。だったら、やってみろと言って、交渉が成立しただけだ」
なんか、思ったのと違った。本当に面白がっただけだ。
「しかし、雨不足でお困りではあったのですよね。実際、デュモルはどうだったのですか?」
「雨を降らした。確かにうちが雇っている魔法使いより、強い雨量だった。いや、桁違いだったな。あんたにゃ敵わんが」
おお、私の魔法使いとしての力を認めたか。
「デュモルに、お前、やるじゃないか。豪語するだけはあるな。てっきり口先だけかと思ったぞと言ったら、馬鹿にするなと睨んできやがった」
……これもなんか、思ったのと違う。どっちもどっちではなかろうか。こんな二人に挟まれて、ティーオはなにも思わなかったのだろうか。私なら二人と距離を取りそう。
「俺はそこらの魔法使いとは違うとか言うんで、だったら、物乞いみたいな真似するなと言ってやったら、気に障ったのか、雨を止めやがった」
だから、表現……。言い方……。
マウッシさんにも問題はあるものの、引き受けた依頼なのに、雨を止めるのはどうかと思う。
「つまりマウッシさんは、依頼を反故にするような対応をされたという訳です」
クロムスさんの説明に、言い方が変わると受け取る側の印象が変わるものだなと、改めて思う。その調子に合わせて、私もセリフを考える。
「なるほど。それは、腹が立ちますね。でも、さすがにそのまま立ち去ったなんてことは……」
「立ち去りやがった」
うわあ……。
「料金は前払いで半額払っていた。急にどかんと水を与えるより、逆に農作物には良かったけれどな。しかも勝手に帰ったんで、残金を払うこともなかったから、ワシとしては得をしたってもんだ」
笑うマウッシさんだが、この人、転んでもただでは起きないタイプだ。たくましい。
「でも、それならマウッシさんが得をしただけで、特にデュモルになにかされた訳ではないのでは? もちろん依頼を遂行せずに帰るのは、非常識ですが」
「お前はあの男の性格の悪さを分かっておらん!」
握った手を、どんと、机に打ちつけるマウッシさん。
いや、私にとっては今までの内容から、どっちもどっちとしか思えない。貴方も性格、良いとは言えませんし。
「食事の用意もしたが、偏食が酷かった。肉の焼き方もうるさい。量にもけちをつけやがった」
「せっかくご用意してくれたものを、そのように言うのは、常識を疑いますね」
これは本心だ。
もちろん苦手な料理を提供される場合もある。でも、アレルギーでもないのに堂々と嫌だと言ったり、文句を言ったりする人は、ほとんどいない。確かに何様だと思うエピソードだ。
「妹はどうでしたか?」
「あれは特になにも言わず、食べていたな。子どもだから小食だったが……。そういえば、兄妹というのは怪しいという噂があったが、本当かもなしれないと思った記憶はある。料理を食べる姿勢が違っていた。妹はマナーを完璧にマスターしていたが、デュモルは雑だった。育ちが違うと思ったな」
ナンバー持ちの魔法使いなら、前世の記憶を頼りにマナーを身につけていても不思議な話ではない。やはりティーオは、裕福な家で産まれたことがあるようだ。
「もちろん同じ家で育っても、粗暴な奴だと思わせる、ひねくれた奴に育つこともある。だが、そういう奴でも基礎はできている。デュモルはそれがない。兄妹だとしても、あれは、別々の家で暮らしてきた。しかも貧富の差がある」
「なるほど」
実際に対面した人が言うのであれば、そうなのだろう。ただ、なぜだろう。マウッシさんが語るのは、違和感しかない。
とりあえず、デュモルは今世、平民の家に産まれた。前世についても、特に貴族や王族の家に産まれたという記録はない。
特にデュモルは自由をと望んでいたようだから、常に立ち居振る舞いを求められる家に産まれたら、早い時点で逃げるだろう。
「デュモルはとにかく魔法しか興味ないという感じだったが、妹は違う。古代学に造詣が深かったらしい。わしの使用人が教えてもらったそうだ。なんでそういう話になったのかは忘れたが、この国に古代文明の遺跡があるだろう? よく分からん石の残骸が」
「ありますね」
今の時代に住む人にとって、あれがなぜ、立ち入り禁止をしてまで守られているのか、理解できないだろう。しかしあれは、ものすごい建築物なんですよ。結局建築方法も解明されぬまま魔物に襲われて壊され、色々不明なまま謎が残された古代遺跡。ああ、夢とロマン……。
「あれは、超古代文明に作られたモノ。科学が発展する前に建造されたモノ。どうやって建築されたのか、どうして建築されたのか不明なモノ。ただそこに建ち、古の巨石文化を見せつけていた」
ティーオに教えてもらった使用人は、そうマウッシさんへ語ったそうだ。
「その遺跡の本来の名前は、ピラミッド。今はもう、その名前で呼ぶ者は少ないそうですが……。何千年も残っている巨大な建造物だと」
「ピラミッド?」
ぞくりと体が震える。なぜティーオがその単語を知っている?
ナンバー160が語ったのは、生まれ変わりの回数が少なく、魔力量も多くない。だから、自分と変わらないナンバーではないかと言う内容。
ナンバーが小さいほど、魔法使い歴が長い。何度も能力を引き継いで生まれ変わり、その人生でレベルアップし、さらに強くなる。
しかし例外がある。
ナンバー0。
彼らはクォンのように、私たちより生まれ変わる回数が少ない。だけど、私たち始まりの魔法使いと同時に魔法に目覚め、魔物と戦い、命を落とした人たち。途中で逃げたまま、穴が閉じるまで帰ってこなかった人は含めていない。
まさか、そんな……。
ナンバー0なら、生まれ変わる回数が少ないので、魔力量が増えず、ナンバー160が誤解しても仕方がない。この可能性を考えていなかった。見落としていた。前世の記憶を持ち、魔法使いとして優秀。ナンバー0なら、説明がつく。
クォンもそうだが、ナンバー0の多くは、技術職に秀でているのも特徴である。
なぜ気がつかなかったのだろう。いや、こんな考え、浮かぶはずもない。だってナンバー0は、始まりの魔法使いと呼んでも良い人たちだから。
でも彼らは始まりの魔法使いとは違う。穴が閉じる前に亡くなったので、それ以降のことを知らない。だからなぜ、私たちが魔法使いの都を作ったのか、真に理解できない。だから私たちと異なる道を歩くことがある。
「……エジプト……」
ポツリと呟くように言えば、マウッシが驚いた顔をする。
「よく古代の地名を知っているな。そうだ、この辺りは魔物が初めて現れた頃、そういう名前の国だったそうだ。かなり古いので、今ではほとんど文献にも残っていない。なんだ? 魔法使いってヤツは、古代史に興味があるのか?」
「エジプトも聞き覚えが?」
「ああ。例の妹から聞いたそうだ。ここは昔、エジプトと呼ばれていたと教えてもらったそうだ。気になった使用人が調べ、本当だったと話してきた。この知識があれば、博識だと皆が言ってくれるだろうとな」
古代について研究をしている人なら、聞いたことや知っているかもしれない。でも、一般人は違う。




