いろいろ悩む一方で……
ナンバー160の措置を終えた帰り道。行きと同じく暗い出入口の通路を、リーンが生んだ光で照らしながら歩いている。予定通り、彼を一階の真ん中辺りに残し、後ろから聞こえる泣き声に耳を閉ざし、振り返らず私たちは去った。
「ダンジョン一階の魔物の知性、攻撃パターン。大きな変化はなかったわね」
「うん。下手に魔物に学習させたくないから、なにもないとか言って、立ち入らせないようにさせて正解だったね。それに、一度調査しているから楽だったね。今に比べると、当時の僕たち弱かった。きつかったよ」
このダンジョンの最下層まで調査した五人の中に、リーンと私も入っている。全員が魔石を幾つも持って挑み、かなりの日数を要した。
このダンジョンの魔物は、外まで追ってこない。それがなぜなのかは分からないけれど、地上と役割分担をしているようで、この通路を境に、地上とダンジョンの魔物は別部隊として、獲物を狩る習性がある。
今は私たちがダンジョンを出たという情報が伝わり、地上の魔物が出入口の先で待ち構えているだろう。
魔物の生態調査をするなら、こういう習性に目をつけて調査をすれば良かったのに。繁殖期については面白い記述があったけれど、そこまで重要ではない。というか、重要ではなかった。あれはただの、豆知識。
「あいつ、もう死んだかな」
「死んでいるでしょうね。震えて魔法を上手く使うこともできなくなっていたし……。やっぱり最上階へ入るには、ある程度戦えることが必須だよ。選ばれた、だけじゃ駄目」
「そうだね。何度も話したけど、僕は魔法に目覚めたの、目の前で家族が殺されたのがきっかけだったから。とにかく魔物が憎くて仕方なくて、奴らを殺せると喜んで、魔法をぶっ放し続けたよ。魔力切れで倒れ、目覚めてから震えがきた」
「私も魔物と戦い始めた頃は怖かった。震えた。でも、皆がいてくれたから。一人じゃなかったから、なんとか耐えられていたな」
でもナンバー160は、一人。誰にも見送られることなく、今世をこのダンジョンで終えた。
いつか生まれ変わると分かっていても、裏切り者だとしても、私たちは彼を殺めた。
魔法を使った犯罪者を殺めたことは、これまでの人生で何度も経験している。そのせいだろうか、特に感傷に浸ることはない。それでも、なにかできたのではないかと、毎回考えてしまう。
生まれ変わるだけではなく、前世の記憶も保持しているからか、以前より命を軽んじるようになった気がする。自爆も気にしなくて良いし。そういうのは良くないとは分かっているけれど、もう、戻れない。他の皆も、同じようなものだ。
それに裏切り者を許していたら、秩序が保てない。線引きをしないと……。
「レイン、なんだかんだ今日の処刑、気にしてるでしょ」
リーンに指摘され、そんなに分かりやすいのかと、つい自分の頬に手を当てる。
「いくら生まれ変わるって言っても、気分は悪いよね。僕だって当然だって思いと、なんだかなって思いがあるし。でも、犯罪者を野放しにはできない。アパッタイは、なにを目指しているのか知らないけど、これまで殺人といった犯罪にも手を染めている。そんな奴らの仲間なんだから、傷つく必要はないよ。それに、手を染めたのは僕も同じ」
「……うん」
リーンも、彼女なりに苦しんでいるのかもしれない。それらを飲みこみ、表に出さないだけなのかも。
ナンバー160は次の人生、魔物にどんな気持ちを抱くのだろう。恐怖を抱き、二度と関わりたくないと思うのか。それとも、より魅了されるのか。こればかりは生まれ変わらないと、分からないか。
「それに、ソベールについて調べることが山ほど待っているよ。沈んでる場合じゃない。明日は、叔父さんのお兄さんに会いに行くんでしょ? ソベールの遺跡についても、ナンバー160の話が本当だったのか調べなきゃだし。つまり、ソベール絡みが二つ。これって、偶然だと思う?」
「ティーオと合流したから、そのままソベールでお金稼ぎをしようとしただけじゃない?」
「二つだけなら、僕もそう読む。でもソベールって、それだけじゃないんだよ」
どういうことかと、首を傾ける。
「毒の解毒薬に使う原料となる植物が全滅したって、話したよね。最後に確認された群生地が、ソベールにあるんだ。解毒薬の資料の一部は紛失していたけれど、他の資料から、ソベールに群生していたって記述が見つかってるんだ。今までソベールには注目していなかったけど、事情が変わった」
「つまりソベールはアパッタイにとって、特別な地ということ?」
「その可能性が高いと思わない? だって、デュモルの出生地は違う。ナンバー160も違う。ナンバー49の前世の出身地も違う。となると、ティーオって奴に関係している地じゃないかな。例えば、ティーオの前世に関わっているとか。今世の出身地なら、二人が兄妹だって言って歩き回らないだろうし」
二人が前世から計画を立てているとすれば、ソベールになにか手がかりがあるってこと?
「そういえば、ナンバー160が目印について語る可能性があるのに、なんで目印なんて考えたんだろう」
「証拠を残すのって、変だよね。その証拠、とっくに隠滅されてんのかな?」
「それに、なんでナンバー160には精神魔法をかけて、自分たちについて喋らないようにしなかったんだろ」
「一応あれでもナンバー持ちだよ? 精神魔法をかけられたと気づかれる可能性高いし。そうなったら、もう協力しないって言われるかもしれないから、博打には出なかっただけじゃない?」
確かに。シンプルに考えて良いのかもしれない。私が難しくしすぎているのかも。
それにしても前世の記憶を取り戻してから、ちっとも休めない。のんびり体の調子を取り戻す予定が崩れた。
これでは記憶を取り戻す前と同じで、ずっと働きっぱなしだ。だけど今は館と比べて仲間がいるし、助け合えるのはありがたい。
だけど思っていたのと違う。だから憂さ晴らしを兼ね、待ち構えていた魔物を、遠慮なく魔法で吹き飛ばした。
◇◇◇◇◇
「はー」
一人で荷物を箱に詰めながら、チェールは大きなため息を吐く。
背後には城から来た使者が立っている。せっかくデュモルから良い品をもらったというのに、監視されては館の品を持ち出せない。まさか荷造りの段階から見張られるとは、思ってもいなかった。
(とはいえ、昨日袋をもらってすぐ、魔石を入れたけれど)
大量に溜めすぎ、袋に詰めるのが実に面倒だった。誰だ、こんなに溜めたのはと、自分へ文句が出た。
以前デュモルから、一か所に集めるなと言われていたが、面倒なので放っておいた。なにも問題は起きなかったし。でも、ツケを払っている気分になりながら、一晩中、石を掴んでは袋へ放るという作業を繰り返した。
単調な仕事。石の重み。腰が痛くなり、途中で嫌になり投げ出したかったが、リコラが今後も魔法を使うためには必要なことと言い聞かせ、なんとか頑張った。
「このドレスは……」
ネッシュから送られてきた仕送りと、リコラの働きにより得た金で買ったドレス。どういう扱いになるのだろう。生地は上質だし、デザインを気に入っているので置いていきたくない。
使者の目を気にしつつ箱に入れると、なにも言われなかった。
この辺りは相手も、線引きが難しいと見逃すようだ。リコラが魔法を使って得た報酬で買ったと言われたら、否定できないからかもしれない。だったら、服関係は持って行こうと決める。
今ごろは夫と娘もそれぞれ私室で、監視のもと、荷物を箱詰めしている最中だ。
時折リコラの叫び声が聞こえてくるが、様子を見に行きたいと言っても駄目だと言われる。
「子どもの心配をして、なにが悪いのよ」
「本当にご両親に来ていただく事態になれば、お知らせします。あれはただの癇癪です」
ああ言えばこう言われる。腹が立って仕方ないが、使者に逆らうことはできない。
どうして皆の精神魔法が解けたのか。先生についてと、精神魔法についてと……。デュモルに言いたいことが次々と浮かんでくる。
デュモルを思い出すと、名を知らぬ長い袖の少女も思い出し、余計に苛つく。
窓をぶっ壊したあの女は結局、なんだったのか。リコラを不安にさせるようなことを言うし、杖は奪うし。
(それにしても、なんで杖なんて奪ったのかしら)
杖の性能を知らないチェールにとっては、不思議な行動だった。




