処刑執行
油田調査という名の処刑執行のため、リーンと共にナンバー160を連行する。
この辺りの地上に暮らしている魔物は、弱い。ナンバー160でも勝てるだろう。だけど知能性があり、組織化している。私たちを見つけると、すぐにダンジョンへ知らせに走った魔物がいたが、放置する。どうせ目的地はダンジョンだし。
「あんたも、ここの地上の魔物くらいなら調査したことあるんじゃない? ここら辺りは比較的、安全だし。でもこれから行くのは、ダンジョン。ここの魔物の住処の奥に、調査済みの穴があって、魔物が作り出した空間が広がってる。下に、下にと降りていく感じ。下に行けば行くほど、魔物は強くなる。でも創作物と違って、倒しても何もドロップしない。ただ生死をかけた戦いがあるだけ」
穴の入り口は一見、ただの洞窟のように見える。
ナンバー160を間に挟み、リーンを先頭に進む。すでに彼には食料や水等を納めた、魔法の袋を渡してある。でも、彼に使う余裕はあるかな。手を入れている間に、なんかこう……。色々終わっていそう。
彼は怯えつつ、興味津々と辺りを見ているが、はっきり言おう。この出入口から続く道には、なにもない。
出入口からしばらくは、普通の洞窟のように、むき出しの土の床と壁、天井が続く。ただ、人間の成人男性の何倍もある高さ、横は何十人と並べる広さがある。道中、灯りはないので、リーンが生み出した光により、進んでいる。
ダンジョンに住む魔物は、闇夜でも目が利く。目ではなく別の器官、又は魔法を用いて視界を確保すると考えられている。
という訳で、この付近は本当、なにもない。トラップもない。この暗さこそ、魔物の作った舞台だから、なにも必要がない。
何分歩いただろうか。向こうから光が見えてくると、リーンは灯りを消さず、逆に明るさを増した上で、防御魔法を展開する。
「ここ、隠れる場所がないでしょう? つまり、相手から丸見えって訳。しかもこっちは逆光で分かりにくいしさ。暗いから自分たちの足元を照らすじゃん? 相手に僕たちの位置が丸わかりって訳。嫌な性格の魔物だよね」
だからこちらも強い光を放ち、目眩ましを行う必要がある。闇夜でも目が利くのに、光の中で生活し、夜は寝る。強い光に弱いのは、人間と変わらない。リーンは明るさを大きくした光源を、幾つも作り出す。その光源はただ光を放つだけではなく、防御魔法も兼ねている。
「来るよ!」
魔物の口から放たれた魔法が向かってくる。しかも一体ではなく、複数体の同時攻撃。複数の魔法が重なり、威力が増す。この一階に暮らす魔物が、初手で好む戦い方だ。
リーンの魔法が攻撃を弾き、煙を吐き出す。煙に巻かれている間に、今度は私が魔物の位置を把握し、攻撃魔法を放つ。一部逃げられ、全部は倒せなかったか。でも深追いはしない。どうせ相手から、また寄ってくるし。しつこい習性があるのよね。
「あんたさあ……。なに、突っ立ってる訳?」
リーンが腰に手を当て、呆れた口調でナンバー160に声をかける。
「僕たち、一階の途中までしか同行しないって言ったよね。今のが常時、これからずっと続くんだよ。魔物の生態を知りたいとか言ってるくせに、なに考えてんの? 今のままじゃ、生態見る以前、簡単に殺されるのがオチだね。こんなんで、よく異界に行きたいなんて言えるよ」
「だ、だって……。一人で調査する時は……」
「低レベルな魔物しか調査してなかったって訳? それか、安全な場所からしか見なかったとか? 馬鹿じゃない? さっきから僕がわざわざ説明をしてあげてるのに、震えるだけ。そんなんで、生き残れると思ってんの?」
言い返してこないことから、自覚はあるのだろう。このままでは一人になった瞬間、死ぬと。
「魔物を飼って研究している奴だっているのに。よくこんなんで、最上階に来れたね。デュモルに言われたの? 始まりの魔法使いのアイツに言えば、最上階に行けるって」
無言で頷かれる。
やっぱりアイツ、利用されたのか! もう本当、しばらく誰にも許可を与えないで! きっとセリフもデュモルが考えた、お涙頂戴劇場を繰り広げ、『おお、そうか。君の熱意は伝わったよ。よし、この僕が君を最上階への出入りを許可しよう』と言わせたのだろう。
きっと、熱意に感動した! なんて言いながらナンバー160に抱きつき、号泣したのだろう。見なくても光景が浮かぶ。
「リーン、彼の研究を見たけれど、本当に生態調査だけだった。なにを食べているのか、いつ寝るのか。そんな内容ばかり。解体して内臓の位置を調べるとか、どんな魔法をどう使うとか、そういうのは調べていなかった。でも、いつ頃繁殖期に入るかというのは、興味深かったよ。つまり、近づかなくても、遠距離から魔法で確認できる程度の調査しかしていないのよ、この人」
「馬鹿らしい。そんなの、都の魔法使いじゃなくてもできることだよ。なんでこんなのが、前世の記憶を持って生まれ変わる訳?」
「さあ。それについては長年議論、研究されているけれど、まだ誰も解明できていないのは、リーンも知っているでしょう?」
そうだけど、と言いながら、リーンは口を尖らせる。
でも本当、この謎は何年経っても、誰も解明できていない。いつか誰か、解明できるのかな。
「あと、私が今世で保護を求めて帰ってきたでしょう? あの時、ある魔物がまさに繁殖期で、この人、それを見に行っていたのよ。魔物の合体技に夢中になって、デュモルへ私について、報告が遅れたと思う。そうでしょう?」
また無言で頷かれるが、どこか落ちこんでいる様子に見える。
これ、デュモルかティーオとかに叱られたか、なんかあった感じだな。都の動向を報告するよう言われていたのに、肝心な時にいなかったら、そりゃあ、上司なら怒るよね。
「それで? 本当にペリアールの協力者について、知らないの?」
会話をしながら、上空から突っ込んできた魔物に向け、炎の魔法を放つ。爆発させたら肉片が飛び散り、諸々降り注いで汚れるから、一気に灰になるまで燃やす。
「知りません。世界各地に協力者がいるとは聞いていますが、具体的に誰なのかは……。知っているのは、ティーオだけです。ただ昨日も言いましたが、ペリアールで大規模な精神魔法をかけると言われ、魔石調査の日を調整したのは確かです……」
調べたら、私の当主交代の儀式の日に、ナンバー160を含んだメンバーで、魔石の調査が行われていた。予想通り効率的に、多くの重要人物が集まる時を狙ったらしい。
「でも、妙だよね。精神魔法は今のところ、直接会わないとかけることができない。だけど、デュエルやティーオの目撃情報はない。誰がかけたの?」
リーンは雷魔法を放ち、単純に魔物を絶命させ落下させる。
「だから、ペリアールの協力者でしょう?」
「ってことは、全員と接することができて不自然じゃない魔法使いか。それなら、かなり絞れるね。所長は王と王妃も容疑者にしているけれど、レインはどう思う?」
無闇に上空から突っ込むと、魔法で攻撃されると学習した魔物が、遠方から魔法を放ってきた。瞬時に解析し、同じ魔法を放つと相殺させる。
「うーん、私は家から出たことがないから、王様たちのこと知らないのよね。なんとも言えない」
リーンは魔物の魔法を打ち消すと、直後、次の魔法を打ちこむ。
……って、本当、ナンバー160はなんなの? さっきからリーンと私ばかり戦って、杖を持って震えるだけで、なにもしないじゃない。防御魔法を張るとか、なにかしなさいよ。このままだとこの人、私たちに置いていかれたら、即死亡決定じゃない。
いや、分かってはいたよ? 予想もしていたよ? だけど、ここまで酷いとは思わなかった。
一応クォンが、回復薬も幾つか袋に入れたと言ったけれど、伝えていない。どうせこれでは、回復薬を使う前に人生終了する未来しかない。
でも、リーンも私も、なにも言わない。
すでに忠告は行った。
彼の知りたがっていた魔物により、多くの人類が今のナンバー160のように震え、抵抗できずに命を落とした。銃弾を当てても効果がなく、絶望に染まり、ただ叫んで逃げるしかできなかった。
彼は始まりの魔法使いたちが生きた時代を、ようやく実感できているだろうか。
◇◇◇◇◇
アクチノが帰り、どっと疲れがプライトを襲う。
よろめく体で部屋を出ると、待機していた配下たちが駆け寄ってくる。大丈夫だと伝え、王妃が待っている部屋へ向かう。
今日は二人だけで話をしたいと言われ、味方のいない状況でアクチノと向かい合った。王妃の部屋へ行けば、心配していたのか、ルティンがうろうろと室内を歩き回っていた。プライトの姿を見るなり、いつもより大きな声を出す。
「大丈夫でしたか、陛下」
「ああ、疲れただけだ。どうにも所長を相手にすると、緊張してしまう。それよりも、人払いを。王妃と二人だけにしてくれ」
二人きりになると、プライトは深くソファに腰かけ、背中を預ける。その隣にルティンが腰かけると、アクチノに渡された魔法道具を発動し、音声が外部に聞こえないようにする。
これは心から信頼する人との会話の際に使えと、アクチノに渡された魔法道具。同時に、使うも使わないのも自由だと言われた。
「ルティン」
久しぶりに『王妃』ではなく名前を呼ばれ、ルティンは驚いた。
「私は、所長の言われる犯罪者の協力者は、お前ではないと信じている」
「陛下……」
幼い頃、当時の大人たちにより、二人は婚約関係を結んだ。それから長い時間を共に歩んできた。プライトにとって恋愛感情があるのか分からないが、彼女は自分の妻であり、子どもたちの母、戦友、様々な言葉で言い表せることができる、唯一の存在なのは、間違いない。
「所長が言うには、我が国の大勢が精神魔法をかけられたのは、レイン様の当主交代の儀式の日だと判明したそうだ」
「やはり……」
そんな気はしていた。新年会など、多くの貴族が集まることはあっても、城で勤める者にまで魔法をかけるのなら、限られた日でないと無理だ。新年会の頃は、城に勤める者の中に、帰省したり旅行したりする者も多いからだ。
「ただ、それ以降も人事異動があっては、新たに精神魔法をかけられている。このことから、犯人は私たち二人に近しい者だと考えている。各方面の人事について情報を得られる者は、限られてくるが、ルティンだけは違うと信じ、このことを話し合うと決めた」
「陛下……。いえ、プライト。信じてくれて、ありがとう……」
自分も夫の名前を呼ぶのは、何年ぶりだろう。
国王と王妃。その肩書きにより、互いに名前を呼ぶ機会が減ってしまった。
ルティンもまた、夫に恋愛感情があるかと問われたら、分からない。でも、情はある。幼い頃から決まっていた結婚相手。他の男を見ることはなかった。結婚し、出産し、家族になり……。誰よりも長く共に過ごしたからこそ、ルティンもプライトだけは犯人ではないと信じていた。
「でもそうなると、犯人は限られてきます。パクトもジェダイも、貴方の忠実な部下と言えますが、その立場から犯人の候補者になってしまいます」
「そうなのだ。二人が犯人ではないと、言い切れない。特にパクトは昔、魔法使いの都から、迎え入れを拒否されている。都を恨んでいてもおかしくない。だが、なぜ精神魔法を私たちにかけたのか、その理由が分からない」
「ええ、レイン様についてのみ、不利になるような……。それだけのために、このような大がかりなことを行うものでしょうか。この国を滅ぼしたいとか、政権を握りたいという理由なら、まだ分かります。動機が判明しないと、犯人を絞れませんね」
レインの件以外で、特に放置したことで不審な点がない二人は、頭を悩ませる。
「所長には言えなかったが、私もレイン様の件だけで、こんなに大勢を精神魔法で操る必要があるとは思えない」
「ええ。イロープ一家に都合は良かったものの、それだけです。例えばですが、なにかの実験台にされた可能性はどうでしょう。どの人数まで精神魔法をかけられるのか、いつまで精神魔法は解けないのか。そんな実験台にされたとか……」
「そうなると、我が国だけでは終わらない。この国が実験台なら、本番はもっと大きなものになる。下手をすれば、一国では済まない。地球規模のなにかが起きる」
「プライト、この可能性について所長へ伝えませんか?」
「そうだな。我々が考えていることなど、彼らも思いついているだろうが、じっとしている訳にはいかない。それに連絡を取ることで、新たな情報を入手できるかもしれない。そして、ここまでの話だが……」
「分かっています」
ルティンは己の手を、夫の手に添える。
「誰にも言いません。この話は、二人だけに留めておきましょう。他の誰かに探られたら、都の所長を相手に疲弊された陛下を慰めた。みっともない姿だったので、誰にも知られたくなかったとでも言っておきます」
まだ冗談を言える余裕はあるが、ルティンの心に己が口にした可能性が刺さり、恐怖を感じてもいた。
もし地球規模で、異常だと思うことをなんでもないと皆が思うようになってしまったら。
その時、世界はどうなってしまうのだろう、と。




