少し、分かる
「よし。ではダンジョンへ行く前に、デュモルについてまだ吐いてもらうぞ。一体デュモルは、なにを企んでいる?」
「異界の穴を開くことです」
「なぜ?」
「分かりません。ただ、穴が開いたという事実があるのなら、穴を開けることが可能ではないかと言っていました」
似たというか、同じような理屈で、また穴が開いた時のために、塞ぐ研究はされているけれど。私たちは、塞ぐことが目的だから、似ているけれど、大きく違う。
「異界へ行きたいのか尋ねたことはありますが、違うと言われました」
「つまり単純に、穴を開けたいだけなのか?」
「それは……」
思案しているのか少しの間黙り、それから答える。
「明確に言われた訳ではありませんが……。違うと思います。なにか理由があって、穴を開けたがっている気がしました」
「よくそんなあやふやな奴へ、協力しようと思えたな」
さすがに所長も怒りより、呆れが勝っている。
「本当の魔物を、見てみたかったのです……。異界にも興味がありましたし……」
この人、あくまで自分の欲を優先した、という訳か。
でも、穴を開けたがる理由とはなんだろう。異界へ行きたい訳ではない。ただ、自分の研究が成功したことに満足したいだけ? それならティーオという相棒は、なぜ必要? 頭脳を求めただけ? なぜ彼女が揃わないとならない?
駄目だ。分からないことが増えていき、頭がパンクしそう。今までこれを三人だけで対処していたのか。所長が監視をつけなかったのは、監視をつけても確認を取る時間を確保できなかったのもある気がしてきた。
「ティーオの前世について、なにか知っていることは?」
「先ほども答えましたが、本当に彼女について、なにも知りません。もともとデュモルとティーオが始めた話だとは、聞きました。どちらが言い出したのかは、知りません。二人は穴を開けるために、協力しています。ティーオはデュモルより弱いし、生まれ変わりの回数も少ないと聞きました。それだけです」
ますますティーオという人物が分からない。彼女も、なぜ穴を開けたい? この人のように、異界に興味があるとか?
「でも、その、不思議ではありました」
「なにが?」
「あの二人です。正直、自分という協力者を作るよりも、本人たちがこの最上階へ来て、情報を得て動けば、事はスムーズに進みます」
それはある。魔法使いの都ほど、魔法について研究が進んでいる場所はない。魔法に関する情報を得たいなら、ここに来る方が良い。内部から都を崩壊させることもできるし。
「ただデュモルに限って言えば、都で縛られて生きるより、自由に生きたいと考えていたふしはあります」
なるほど、その可能性か。
ここの生活を窮屈だと思う気持ちも、分かるし。
ここでいつの時代も暮らしていたら、永遠に終わることのない命のように思え、疲れた。だから私は、前世の記憶を持たず生まれ変わりたいと願うようになった。
贅沢な悩みだとは分かっている。でも逃げたいほど、心が疲れた。
疲れたのは、ここの生活ではない。都は故郷。仲間も多く、安心できる場所。
だが、都から出ると話は違う。
叔母様のように、敬意を示してくれる人は多い。始まりの魔法使いだから、恩恵や優遇を受けることも多い。
でも、中には私たちへ嫌悪を隠さない人がいる。
例えば、なにか事件や災害が起こり、魔法使いの都に救援が届き、駆けつけても間に合わなかった時が顕著だ。責任を私たちへ押しつけてくる。そして恨まれる。
最初の人生もそう。
魔法使いが誕生した初期は、これでやっと対抗できる力を手に入れたと、人類は未来に希望を持て喜んだ。
「これで、やっと安心して眠れる。ありがとう」
最初の頃はそんな感じに、助けに駆けつけると涙を流してまで歓迎してくれ、感謝してくれる人が多かった。しかし次第に余裕ができたせいか、駆けつけるのが遅く被害が出ると、暴言を吐かれるようになった。
全部、被害に合ったのは、お前たちのせいだと罵られるようになった。
私たちは魔物という未知の生物への恐怖、救われないという苛立ち、不満といった悪意のはけ口にされるようになった。それでも戦ったのは、生きたかったら。守りたい人がいたから。
でも中には、はけ口にされたくないと、魔法を使えることを隠す人が増えだした。それくらい穴が閉じる後期は、酷かった。心を折られた仲間も多い。戦う気力を削いでおきながら、大勢に責められ、自ら命を絶った仲間もいる。
何度生まれ変わり、人類の幸せのためにと掲げても、悪意が向けられる。特に始まりの魔法使いは、それだけの能力を持ちながら、なぜと責められることが多い。
私たちは確かに強いけれど、万能ではない。得意、不得意もある。間違えることだってある。だけど多くの人が、完璧を求める。勝手に期待して、自分の想像と少しでも違ったら落胆し、冷めた目を向け、罵倒する。
どれだけの悪意を向けられただろう。その悪意に向き合う力が、なくなった。嫌になった。心が疲弊し、ここの生活が窮屈に感じるようになった。終わらせたいと願うようになった。
デュモルも似たような思いなのかもしれない。
魔法使いの都、その上位に位置すると知られずに生きることは、自由だろう。デュモルがそう望む気持ちは、理解できる。
◇◇◇◇◇
「ナンバー160を捨てます」
ティーオの報告に、なにか彼がへまをしたのだと、デュモルはすぐに分かった。
「なにをやらかした?」
「自分の部屋に帰ったことで安心したのか、なんら確認をせずに連絡を入れてきました。おそらく、隠蔽魔法をかけられた道具により、その映像を撮られたことでしょう」
「そうか。だったら、切って構わない。最上階の内通者は消えたが、まだ内通者は残っている。いや、仲間はまだいる。そして、増えるはずだ」
背中を向けたまま、デュモルは答えると、もう話は終わったと独り言を呟く。
「やはり命。人類は増えすぎた。均衡を保つため、きっと地球という生命が己を守るために……」
そんな彼の頭上には、黒い点が浮かんでいる。そして足元には、何体もの死体が無造作に投げられている。
部屋に入った時から、腐敗臭が酷くで、臭気を嗅がないように魔法を使ったが、このままでは衣類や髪に臭いがこびりつくだろう。それは嫌だと思い、ティーオは空気を利用する魔法を応用し、臭いを遮断させる。
この部屋へ来るたびに思うが、よく悪臭の中、平気でいられるものだとデュモルの背中を見つめる。呆れてもいるが、それだけ研究に没頭しているか、鼻がおかしくなっているのかもしれない。
改めて黒い点を見つめる。
これが穴になるのか。穴とはなにか。まだデュモルも分からないと言う。ただ彼の仮定をもとに生まれた点。
点が広がった時、なにが起きるのか。
自分たちの願いは叶うのか。
今世で、願いは果たされるのか。
果たされるとすれば、意外と早く願いが叶えられることになった。やはりデュモルは優秀だ。
「では、私は都を見張ります。ナンバー160が出てきたら消しますが……。遠隔から魔法をぶつけるしかありませんね。きっとナンバー160も見張られているでしょうし。あの男は、一体なにを吐いたのかは気になりますが、ろくな情報は与えていないので、問題はないでしょう。本当の魔物を知らない無能は、簡単に扱えましたね」
ティーオの独り言になってしまった。集中しているデュモルの耳に、届いていなかった。
これもよくあることだと、ティーオは部屋を出る。
デュモルをリーダーと呼ぶが、それは組織を作るために作った称号。
どちらが先に産まれたのかで決めようと言ったが、そもそも自分はリーダーとして立つ気はない。なんと理由をつけても、デュモルをリーダーにするつもりだった。デュモルはその点が扱いやすい男だ。自己評価が高く、己に自信がある。自分が上に立つことを当然と思っているので、あっさりと受け入れた。
(そうなるように、頑張りましたけれどね)
見張りを始めたティーオを、驚かすことが起きた。
予想通り、ナンバー160は都から出てきたが、まさか油田の魔物のダンジョンに送られるとは思わなかった。
しかもリーンとレインが、付き添っている。
レイン一人なら接触したが、リーンこと、ナンバー8を相手にはできない。
(困りましたね。ナンバー8の性格は私と違いすぎて、考えが読めないですし。なにより、私たちの考えに賛同するとは思えません。ナンバー160の処分は、魔物に任せましょう)
ダンジョンの危険性を知るティーオは、なにもせずに帰った。




