四人の怒り
叔母様たちと会ったのは、世界一周の翌日。その間、ナンバー160は部屋に閉じこめられたまま。
室内にはバス、トイレは完備されている。ベッドもあるし、最低限の住処は保障されている。ただ食事に関しては、なにかを持ちこんでいなければ自力で解決できない。どうやら食料はないようなので、リーンが小さな穴を開け、そこから総菜パンを無理やり押しこめる。
「無残に潰れちゃったパンを、食べるが良い」
「リーン、食べ物で遊んだら駄目だよ」
部屋に落ちた時、リーンが狙ったようにパンは潰れていた。でもよほど腹を空かせていたのか、ナンバー160は飛びつきかじりついた。いつの世も人は、空腹には勝てないようだ。
「トイレの水を止めようよ」
さらにウインクをしながら親指を立て、そんなことをリーンが言い出した時は驚いたけれど、すぐにクォンが、奴は水魔法を使えるからダメージがないと指摘し、諦めた。うん、魔法があれば水問題に困ることはない。
彼自身はどこにあるか分からない道具に向かって、内通者だと知られている前提で、都を裏切るつもりはない。自分は魔物の研究のために協力しただけだと、叫び続けている。
正直、魔物の研究とアパッタイが結びつかない。なにを言っているのやら。と、しばらく無視をしていたのだが……。
「そろそろ、ナンバー160について決めましょうか」
叔母様たちとの会話の報告を終え、次の議題に移る。
「アパッタイの情報は吐かせたいよね。都の永久除名は譲れない」
「私の研究を使うのはどうかな。不完全だけれど、前世の記憶を忘れて、生まれ変わる可能性が高いし」
「それは情報を引き出させる時に使おうよ。ナンバー持ちだった栄光を忘れ、未来永劫、魔法使いの都はお前を受け入れない、とか所長に言わせるんだよ」
とりあえず都からの永久除名については、全員一致で賛成となった。
私の研究を使用するかについては、答えは出なかった。なにしろ不完全だし、実際に記憶が消えた状態で生まれ変わるか分からないし。私みたいに、なにかの拍子で思い出すこともあるだろうし。ただ、脅しとしては使えるのではと、決まる。
今世については都を追放後も、道具を使い、一生観察することで決まる。
これらを告げるため、四人でナンバー160のもとへ向かう。
私たちが姿を見せると、彼は冷たい床の上に正座し、土下座の勢いを見せる。
「しょ、所長……。これは、その……。ち、違うのです。私は都を裏切っておらず、より、己の研究を発展させるために……」
「黙れ」
冷たい所長の一言で、ナンバー160の肩が大きく揺れる。
「理由はなんであれ、お前は都の理念から外れた。裏切り者だ。我々は裏切り者を許さない。魔法は、人々を幸せにするために使うモノ。犯罪に使う者たちに加担した時点で、言い逃れは許さん。それに、言い訳をしている時点で、やましいと認めたものだ」
リーンが愛用の武器を取り出すと、床に座りこんでいる彼の顔を殴る。文字通り、吹っ飛ばされた。なんか変な音がしたので、どこかの骨に影響出たかもしれないが、リーンは気にしない。
「僕たちを馬鹿にするの、いい加減にしなよ。魔法がなんで使えるようになったのか、忘れたの? あんたは、当時のことを知らないだろうけどさあ。突然現れた魔物によって、地球がどんな目にあったのか、本当に分かってる? ねえ、想像できる? 人間も動物も植物も、どんどん滅んでいく。当たり前のように寝て、笑って、食べることもできない。家もない。いつ死ぬか分からない恐怖の中、日々生きることがどんなことか、分かる? 死んだ方がマシだと思ってもさあ、死ぬのも怖い。死体を見ても泣く暇もなくて。こんな単純なことが分からないから、裏切れるんだよ!」
吹っ飛ばされつつ、身を起こした男の腹部に、また一撃入れる。
このままでは、人類は魔物に滅ぼされる。その恐怖を実際に体験した記憶を持つのは、この場ではリーン、クォン、私の三人だけ。
魔法が当たり前にあって、多くの魔物にも勝て、平和な時代しか知らないから、こういう馬鹿が生まれる。立腹したリーンは武器を振り回し、彼の私物を壊していくが、誰も止めない。
クォンが腹部に手を当て呻く男に近づくと、襟元を掴み、体を持ち上げると睨むと低い声で告げる。
「リーンに殺されないだけ、ましだと思え」
「じ、自分は……。ま、魔物……」
まだ言うかと、眉を寄せると……。
「黙れと言っているだろう」
クォンが壁に向かって、男を投げる。また変な音が響く。魔法で防御しないから、そうなるのよ。実戦経験、ほとんどないな、これ。
魔物の生態について研究、調査していると聞いているけれど、弱い魔物しか調べてなさそう。見なくても、薄っぺらい研究内容だろうなと決めつけられる。
「クォン、魔法で肉体強化しているでしょう? それ以上やったら、死んじゃうよ」
リーンを止めることは難しいので、彼女は放って、クォンには声をかける。
クォンは黙って男から離れ、今度は私が近づく。
「二人がここまで怒るのは、仕方がないの。理解できないのなら、無知が過ぎる。所長も言ったでしょう? 魔法は人々を幸せにする力。あんたがリーダーと呼んでいる男は、その力を使って犯罪を起こした。あんた、精神魔法を使うことに協力したでしょう?」
「そ、れは……」
「それのどこが、魔物の調査と関係するのよ。精神魔法を使い、人々を操ることと魔物の調査、どう関係するのか! 私たちが納得できる説明、してみなさいよ!」
私も激高してしまう。男は呻き、なにも答えない。
「説明できないことが、裏切っていないと、どうして言い切れる」
所長がゆっくりと近づき、私の隣に立つ。
「一体お前はなぜ、奴らに協力している。デュモルとは、どういう関係だ。前世から親しかったのか?」
「そ、それ、は……」
あ、これ、呼吸が乱れているし、顔色もおかしい。内臓や肋骨とか、やられたかも。仕方ないので、治癒魔法をかける。ちょっと私たち、冷静じゃなかったね。話す前に、やってしまう所だった。
魔法が効き、彼の呼吸が落ちついてくる。
「デュモルは……。魔物とはなにか、考える自分に言ってくれた……。俺は、異界に行く研究をしている。魔物は異界から現れた。向こうの世界へ行くことができれば、研究が進むと思わないか、と」
それは否定しない。魔物本来の生態調査は、捗るだろう。ついでに異界について知れるし。
「はあ? あんた、魔物がこっちの世界に来たから、地球がどれだ」
「はいはい、リーン、黙っていようか」
リーンが妹へしたように、声が聞こえない魔法を放つ。それに気がついたリーンが、さらに八つ当たりだと言わんばかりに、ナンバー160の私物を破壊していく。それを彼は泣きそうな顔で見るしかできない。
項垂れ、男は口を開く。
「互いの利害一致、です……。魔物は地球の環境に順応したと考えられており、もとはどういう世界で、どう生きて、どんな食生活を送っていたのか。協力すれば、異界へ行かせてくれ、知ることができると……。知りたいと願うことの、なにが悪いのです……」
「その魔物の世界へ行くことで、あちらの世界に影響が及ぶことは考えなかったの?」
「影響?」
本気で分かっていない顔をされる。
「そう。異界の生物という異分子が入りこむことによって、人類が滅びかけたように、自分が他の世界を滅ぼす可能性は、考えなかったのかって、聞いているの」
「自分一人が渡って、どう生活しているのか確認するだけだから、そんなこと……」
駄目だ、こいつ。なにも分かっていない。
ついにリーンが武器をおさめると、声が出ないまま、直接男を殴る。魔法で肉体を強化していないが、体術を使える彼女の拳はそれなりに威力がある。
「地球は変わったよ。ある日突然、魔法に目覚めた人間が誕生した。そんな風に、あちらの世界でどんな異変が起きるのか分からないのよ。魔物の生態を調査したいと言っていたけれど、あちらの世界へ誰かが行くことで、そこに暮らす生物が滅ぶことだってあると、分かっている? 逆流し、再び地球の生命が窮地に陥る可能性は、考えた?」
「……え?」
ここまで言って、ようやく理解したらしい。次にこいつを最上階へ入れた奴が生まれ変わった時用に、あいつに向けて、手紙を残しておこう。二度と、こんな馬鹿に許可を出すなと。
「そ、そんな……! 自分は滅ぼしたい訳じゃない! ただ、本来の魔物を見たくて……」
「だから、それが滅びることに繋がるのよ。地球のように、文明が変わることだってある。それに、あんた一人でのこのこ異界に行って、生きて帰ってくる自信あるの? ナンバー160なんて私たちからすれば、低レベル。魔物によっては、一体相手にしただけで、死ぬわよ」
そんな馬鹿なと、叫ばれる。
「だって今、地球に存在する魔物には、大抵勝てるじゃないか」
「魔物は弱体化した。というか、魔物より強くなった魔法使いが増えた。お前はまだ、強い魔物と一人で戦ったことがないだろう? 油田のあった地域へ送ってやろうか。あの魔物たち相手に、どこまで生き延びられるか見ものだな」
油田のあった地域に住む魔物は、地上にいるのは強くない。でも、かつての創作物のように、奴らはダンジョンのような空間を作り、独自に進化したのか、階を下るごとに強くなっていく。調査のために、何度挑んだことやら。
「で、でも! 油田辺りの調査は……!」
「終わったけれど、それは始まりの魔法使いが五人そろった時。半分以上の時ね。それでも満身創痍になったわ。当時のレベルでいうと、今の貴方くらいだから……。一人で挑んだら、一階か二階で死ぬと思うわよ。あと、馬鹿な人が近づかないように伏せているけれど、あの魔物、ダンジョンのような空間を作って、独自の世界を地球に築いているのよ」
今の私たちなら、一人でももう少し進めるけれど、全ての階を一人で挑む勇気はない。
「当時のボスと呼ばれる、一番強い魔物を最下層で倒したけれど、新たなボスが現れているかもしれない。ダンジョンの中の魔物は、外から出ることがない、地上にいる魔物は強くない。だからあの辺りは危険度を低く設定しているけれど、もしダンジョンから魔物が飛び出ることがあれば、危険度は格段に上がる」
「お前はまだ僕たちから見たら、赤子も同然。油田へ直接行ったこともない、魔物の本当の脅威も知らない。そんなガキは、都から永久除名だ」
「……え?」
都の魔法使いと言えば、それだけで世界中の多くの人たちから、優遇される。でも除名されたと知られたら、その恩恵は受けられなくなる。むしろ、なにをやらかした。犯罪者ではないのかと問題視され、人が近寄らなくなる。過去にどんな貢献をしていたとしても、魔物の調査協力の依頼を出しても、今後は断られる。
「そ、それでは、自分の研究は……!」
「ここで終わり。貴方には、私の研究魔法を当てる。生まれ変わっても、前世の記憶を引き継がない。それでも魂に刻まれた魔力から、今世の記憶がないのに、魔法使いとして、都から永遠に認められないという罰を与える」
「そ、そんな……! これまでの記憶も? なにもかも? 記憶が消えて、魔法使いの都に認められず、今後は生きろと?」
黙って頷く。
「い、嫌だ! 自分は特別なんだ! 魔物の生態調査を続けたい!」
「だったら、なぜデュモルに協力した。知られたら、どうなるか分からなかったのか? どうやってデュモルと今世では知り合った。いつから協力することになっていたか、利害一致とはなにか。全て詳しく話せ。そうすれば、記憶は封じない」
これから生まれ変わることを考えれば、記憶がない方が幸せだろう。だが、今の研究を捨てたくない思いが勝った男は、ぽつり、ぽつりと話し出す。




