叔母と初対面
「まさかレイン……。いえ、レイン様が魔法使いだったとは。しかも魔法使いの都に迎えられるほどの、英才とは。これまで助けることができず、本当にすみませんでした」
初めて会った叔母、ネッシュは痩せた女性だった。私ほどではないけれど、これまで領のために、身を粉に働いていたと分かる。どこか痛々しい姿は、確かに領に閉じこめておく必要があっただろう。下手に人目に触れれば、イロープはなにをしていると、確実に噂になる。
「どうかレインと呼んで下さい、叔母様。当主として自覚せず、本来の役目を全うしなかった私も悪いのです。苦労をかけ、申し訳ありません。そして長く私に代わり、領を管理して下さったこと、感謝しています」
言えば、なぜかきょとんとされる。
あ、しまった。今の私は虐げられていた、魔法の使える子ども。それが大人のやり取りのように、流暢に話すのは、奇妙に見えるか。ここは正直に伝えよう。
「お二人は、始まりの魔法使いを知っていますか?」
「もちろん。地球を救った英雄の皆様ですから」
「私がその一人です。正確には、生まれ変わりですが。生まれ変わる前の記憶があり、外見は子どもですが、老熟しているようなものです」
「生まれ変わりの記憶がある噂は、本当でしたか」
叔母様の夫、ラゴーさんが驚く。彼もまたやつれており、服と体型が合っていない。服を新調する余裕もなかったと分かる。
「はい。何度も生まれ変わりを繰り返し、全ての記憶があります」
「それは、混乱しそうですね」
「それはもう、混乱します」
なんと言えば良いか分からないという感じより、純粋にそんな生き方は混乱するなという思いが伝わったので、私も正直に答える。
ええ、本当に混乱します。困るほどに。
「レイン、伯爵領については心配しないで下さい。これまでも夫婦で領主のように仕事を回していたので、なにも変わりません。ただ正気に戻ったので、ある程度、仕事の割り振りを考えられ、余裕ができると思います」
完全にブラック、ワンオペ状態か……。そんな生活を何年も送っていたのなら、叔母様たちが楽になると分かり、安心する。
「でも、よく祖父はあんな男と母を結婚させましたね」
浮気をする、仕事はしない。駄目な男すぎる。どういう理由があって、両親は結婚をしたのだろう。
「結婚前は、問題を起こすような人物ではなく、平凡な男でした。チェールと知り合い彼女に夢中となり、おかしくなったというか……。もともと姉夫婦は、両家の縁を繋げる結婚でしたし」
うーん、丁寧な言葉遣いを止めて、気さくに接してほしいけれど、駄目そうだな。始まりの魔法使いという看板は、影響力が大きいから、こんな時は嫌になる。
「縁、ですか」
「はい。イロープの実家が事業に失敗し、借金を抱えました。我が家がお金を貸す代わりに、イロープの実家が治める領で栽培している農作物を、優先的に安く買える権利を我が家は得ました。あの領の農作物に綿があり、上質だと人気なので。それを優先的に安く仕入れ、我が家が経営する会社の支店を向こうの領に作り、綿を使った製品を製作することにより、雇用にも貢献しました。もちろん我が家としても、他の支店へ安く仕入れた綿を送れ、利益はありました」
なるほど。そういう家同士のやり取りで、両親は結婚したのか。まあ多くの貴族が、恋愛結婚ではないから、珍しくはない話だ。
もちろん恋愛結婚をする貴族もいる。ただ悲しき権力者。より権力を強めるため、利益が出るような結婚を繰り返すのは、古い時代から変わらない。特に再び王制国家が増えてから、この傾向は強まった。
「父はチェールと、どこで知り合ったのでしょう」
「遊び……。いえ、飲みに行った先で、チェールが勤めていました」
「ああ……」
苦い声が出る。それ、ただの飲み屋ではなく、いかがわしい場所だったのだろうな。この見た目のせいで伏せたのだろうが、察してしまう。
「そういう店で気に入った女性を見つけることは、珍しくありません。所詮遊びだと割り切る伴侶もいるでしょうが、イロープはあまりにのめりこみ、姉を蔑ろにするようになったので、怒った父はイロープを追い出すと決めました」
「つまり、離婚ですね」
「はい」
あれ? でも、なんで離婚しなかったのだろう。離婚していれば、こんなことにならなかったような……。
「あの頃になると、すでにイロープの実家は我が家の作った支店により、経済が回り、これ以上の支援は必要ないと判断できる状況でした。下手に新しい事業に手を出すより、現在手掛けている事業を丁寧に運営すれば、問題ないと」
「それなのに離婚しなかったのは、なぜですか?」
「父が考えを変えたからです。姉の妊娠が発覚したからです。両親は揃っているべきだと、父は考えていましたから。その頃、すでに父は当主の座を姉に渡していましたが、父の意向に姉は逆らえませんでした」
うーん、今の私なら別に父親が不在でも影響はないけれど。前世を思い出す前の私なら、父親不在を寂しく思ったかもしれない。
両親は揃って子どもを育てるべきだと考える人は、いつの時代も一定数存在するので、そのこと自体、おかしな話ではない。祖父がそういうタイプだっただけ。でも違っていたら離婚して、母は今も生きていたのかもしれないと考えると、なんか、やりきれない。
「さらに妊娠判明後、両親が馬車の事故で亡くなったことで、離婚どころではなくなりました」
「馬車?」
「町を散策中、操縦を誤り、暴走した馬車にひかれたのです」
ぞわりと、寒気が走る。同じ話を昨日、聞いたばかり。デュモルの両親と同じ亡くなり方。これは偶然? それとも……。
確かに魔力操作を誤り、馬車を暴走させることはある。だから馬車の運転には、免許が必要だ。きちんと馬車を動かせる魔力量、操作を維持できる能力。それを判断され、免許は交付される。ちなみに動物の馬を使った馬車なら、免許は必要ない。それでもガソリンで動いていた車と同じで、事故は起きる。
「翌年、姉は出産時の不幸により、命を落としました。相次いだ家族の不幸に涙する私に、王妃様が声をかけて下さったことを覚えています」
この話は、所長から聞いた内容と一致する。こういった記憶があるということは、この頃は精神魔法がかけられていなかったのかな。
「お二人に精神魔法がかけられており、解除されたことは聞かされたはずですが、いつ頃かけられたか、覚えはありませんか?」
「それが……。覚えがなくて。レインの当主交代の儀式の頃は、まだレインは赤子だから、イロープも助けなければと、夫と話した記憶はあります。それからしばらく、何度か会いに行っても良いかと、イロープにも手紙を送っていました。いつから手紙を送らなくなったのか……。記憶が曖昧なのです」
先々代伯爵の娘が、当主が冷遇されていると知れば、きっと王へ直訴して、イロープから引き離しただろう。だが当主の私と引き離されれば、イロープは贅沢な暮らしを送れなくなる。だから嫌いな私と一緒に暮らしていたし、叔母と会わせたくなかったのだろう。
「会いたい、顔を見たいと手紙を送っても、レインは病弱で、なにかあるとすぐに寝込むと言われるばかりでした。普段会わない人に会い、調子が狂うと良くないと。それに対し、おかしいと最初の頃は思っていました。だから、王へ報告を行おうとしたものの、いつの間にか、レインについて考えることがなくなりました」
「その考えられなくなった頃が、精神魔法をかけられた時期でしょうね」
王へ捜査を依頼すると決めたから、チェールが動いたのかな。でも、どうやってチェールが叔母様の動向を知れたのだろう。偶然タイミングが良かったとか? 手紙をうっとうしく思い、動いたとか?
「馬車の暴走で祖父母が亡くなったことは分かりました。事故を起こした御者は、どうなったのですか?」
「それが、人を死なせたと罪の意識に耐えられなかったのか……。処分が下される前に、自ら命を絶ちました」
そちらは手詰まりか。いや、遺族がいれば話を聞ける。
「では、この男に見覚えはありませんか?」
デュモルの顔を印刷した紙を差し出す。




