イロープ一家2
「新しい家、見つかったわ」
リコラをなだめていると、突然チェールがそんなことを言い出すものだから、イロープは驚いた。
「なにを言い出す? そんな急に家なんて見つからないだろう。どうやって見つけたんだ?」
「詳しい話は後で。リコラ、偽物と言われたことで不安になったのかしら。でも落ちついて考えて? 貴女は、天才と呼ばれる魔法使い。今は幼くて魔力操作が上手くできないけれど、今まで偽物なんて言われたことがないので、気にしているのね?」
微笑みながらリコラの両肩に手を置き、顔を覗きながら言うが、リコラは納得できないように、むくれたまま。
「ママ、あの長袖女、一体誰なの? なんであたしの杖を持っていったの? 杖、返してもらえるの? あたし、本当に魔法使いなの?」
うーん。と、わざと頬に人差し指を当て、少しだけ首を傾けてから戻す。もちろん笑顔は崩さない。
「魔法の先生が、なんて言っていたのか忘れたの?」
「……リコラは、特別……」
「そうよ。魔法使いの先生がそう言ってくれたのに、なにを不安になっているの?」
両手の指を絡ませ、不規則に動かしながら、リコラは俯き悩む。
先生を疑っている訳ではない。だが、感じたのだ。あの長袖の少女から、先生と似た感覚を。まるで先生を相手にしているようだった。だから、全力で爆発魔法を何度も放った。そうでなければ、効かないと思ったから。
しかし先生と同様、通じなかった。先生と違ったのは、先生は同じ魔法で相殺したのに対し、謎の少女は消したこと。
(習ってない、あんな魔法、習ってない。先生はこれで教えることは、もうなにもないと言ったのに、あたしの知らない魔法がある。なんか、変)
上手く説明できないが、違和感が拭えない。
「ママ、先生に連絡、取れないの? 先生に会いたい」
魔法使いの先生から母と同じことを言われたら、納得できる。だから先生に会いたいと願うリコラだが、その先生は、デュモルから紹介された者。直接の連絡先をチェールは知らないので、内心困る。
仕方がない。ここは通信道具を幾つか用意されたことだし、デュモルへ連絡を取ろうと決める。ついでに精神魔法について文句を言ってやりたい。他に魔法をかけていないか、確認を行いたい思惑も乗った。
「分かった、先生に連絡を取ってみるわ。でもそれは、お引越しが終わってから」
「なんで? なんで今すぐ、連絡してくれないの?」
「先生は忙しい方なのよ。あれほどすごい魔法使いなのだから、引っ張りだこなの。連絡をしても、すぐに返事をくれるとは限らないわ」
不機嫌さは消えていないが、やっとラコルは静かになった。ただし何度も約束よと、念押しをした。
夫が娘を部屋に連れて行き、これで一息つける。割れたガラスが散乱し、部屋の中が無残なことになっている。レインの部屋はどうでも良いが、このまま放っておくことはできない。リコラが部屋に入って怪我をしたら、大変だ。
片付けてもらうついでに、茶を頼もうと呼び鈴を鳴らす。
だが何度鳴らしても、いつもなら駆けつけてくる使用人が誰も来ない。まだ使者からの話が終わっていないのだろうかと思い、部屋を出て見つけた使用人たちを捕まえると、睨まれた。
「なによ、その目は」
反抗的な目に、口調がきつくなるが、相手も負けんとばかりに、言い返す
「貴族でもないし、この館の主人一家でもないのに、呼ばれても行かないわよ! あんたたちのせいで、私たちは……っ。職を失うのよ!」
それから城からの使者に告げられた内容を叫ばれたが、チェールの心には響かない。逆に馬鹿馬鹿しいと、切り捨てる。
「なんで私のせいになるの? 私も主人も、レインを虐げろと言ったことはないわ。あなたたちが勝手に判断して、当主を虐げただけじゃない。陰でこっそり助けるとかできたのに。しない選択をしたのは自分たちでしょう? それに当主はあの子だって、全員知っていたはずよ。本来、誰を敬うべきか、分かっていたくせに」
八つ当たりも良いところだ。相手にする価値もない。
そう聞こえるチェールの言葉に、使用人たちはたじろぐ。確かに当主はレインだと、知っていた。働くレインに、手を貸すことをしなかった。だが、このまま引き下がるのは癪に障る。
「だって、名代が……」
「名代だから、なによ。当主より格下なのに、彼に媚びを売っていたのは、自分たちでしょう?」
「虐げていたのは、貴女もじゃない!」
「ええ、それは意図的よ。だって私、あの子のことが嫌いだったから」
使用人たちは絶句する。
チェールに逆らうのは得策ではないと感じ、機嫌を損ねないようにしていだが、ここまで善悪や道徳観といったものが、自分たちと大きく異なっている人物とは思わなかった。リコラが傍若無人に育つ訳である。
正直リコラは、貴族令嬢としての品格がないと、使用人たちは噂をしていた。あれでは将来、結婚相手を探すのに苦労するだろうとも。
さて、どうやら使用人たちも、一週間はここでの滞在を許されたが、やがては追い出されるらしい。チェールたちと同じで、衣食住をどうするのか、考える必要が出たらしいと知ったが、チールにはどうでも良い。
実家に帰られる者たちはましだ。中には男爵家や子爵家から、稼ぎに来た者もいる。彼らは王に睨まれた自分を実家は受け入れないと、嘆いている。館の至る所から、すすり泣く声がこだまするように聞こえてくる。
(ああ、暗いこと。館全体が棺桶のようね。使用人が使えないなら、自分で用意するしかないわね。そういえば引っ越し先は、自分で家事をするのかしら。できれば使用人も用意してくれていたら、嬉しいけれど。あいつ、そこまで優しくないから、期待しても無駄ね)
実家で暮らしていた頃は、子どもの頃から家事を手伝っていた。だから、できない訳ではないが、このなにもせず、周りが全て用意してくれる贅沢を知ってしまえば、あんな生活に戻りたくないのが本音だ。
イロープと結婚し、初めて使用人がいる生活を味わえた。手が荒れることもなくなった。また自分で家事をするのかと考えるだけで、憂鬱になる。
◇◇◇◇◇
「リーダーの名が知られました」
自分の部屋に帰った内通者は、特別な通信道具を取り出すと、ボタンを押すなり口を開く。
返事をしてきたのは、リーダーのデュモルではなく、右腕のティーオだった。表情の乏しい少女で、なにを考えているのか分からないが、デュモルが最も信頼している部下で、間違いない。
「そうですか。チェールへの魔法が解けかかっていた、もしくは解けていたのですね。意図せず、また一つ事実を知れました。やはり魔石を溜めると、異常が発生する。それで、あなたは今どこに?」
「自分の部屋です」
「リーダーが言っていました。レインの生家に、隠匿魔法をかけられた通信道具が放たれていたと。あなたの部屋は、安全だと誓えますか?」
淡々と告げれば、ぶつっ。通信が切れた。挨拶もなかった。言われて初めて、危険性に気がついたようだ。
やはり無能だと思う。
消そうと決める。
どうせ消しても、最上階に入れる魂の持ち主だから、生まれ変わる。今世の死が早いか遅いか、それくらの違いだ。
現在デュモルは魂に刻まれた魔力を感知され、魔法使いの都に入ることができない。
「だったら、自分が動くしかありませんね」
ティーオは都へ入ることはできるが、最上階へ入る権限を持っていない。無能を呼び出すにしても、今は通信を行うのは得策ではないので、どうしたものか。
この通信で、デュモルと繋がりがあると知られた可能性は高い。所長たちは放っておかないだろう。デュモルと同じ措置を取られ、都を追放される可能性が高い。都を出てから消そうと決める。
「一人消すと、リーダーに報告が必要ですね。最上階の者たちは、世間知らずが多い。でも、他の部屋の者はどうでしょう」
そんなことを独り言ちていると、通信が入る。ただ相手の声は聞こえず、映像だけが流れてくる。
「この子が、レインでしょうか」
さらに映像が切り替わり、『ナンバー5』という文字が表示され、通信は終わった。
「レインの見た目をリーダーは知っていましたが、私は初めて見ますね。まともな食事を取れていなかったのか、随分と痩せていますが、ふくよかになったら、可愛らしい子かと。しかしナンバー5ですか。確か割と真面目な性格なものの、柔軟性がある子だったような……。ナンバー8と親しかったですね」
この二人が一緒に生きていることは、懸念になりそうだと考える。
「魂と魔力の関係を研究する者は多いですが、彼女だけ理由が違っていたような。現在、始まりの魔法使いはナンバー5、ナンバー8、ナンバー25の三名ですか。ナンバー25は否定するでしょうが。ナンバー0は始まりの魔法使いと呼んでも良いですからね」
都の戦力が増えたことは痛いが、ナンバー5なら、説得次第では、こちらへ取り入れることも可能かもしれないと、デュモルのもとへ向かった。




