男の名は
「転移防御の結界を張ったのに、長髪の男はすり抜けてきた、と……。一体この男は、何者でしょう」
所長が帰ってくるなり、例の男の映像を見せた。彼には報告することが、山ほどある。
「ナンバー49だと、リーンと私は考えている」
「妥当な見解ですね。しかし証拠がありません」
「とりあえず、愛人ちゃんの幼馴染兼、元カレというのは判明したから、愛人ちゃんの出身地を中心に調べているよ。愛人ちゃん、精神魔法をかけられていたけれど、なんでか、解けかかっていたんだよね。なんでだろ?」
リーンは所長の張った結界をものともせず、館に突っ込んだのか……。リーンが本気を出せば、所長なんて赤子扱いになるとはいえ、彼としては複雑な気持ちになっているのかもしれない。謎の男には、すり抜けられるし。でも、これくらいで落ちこむ人ではないから、放っておくか。
「精神魔法については、レインさんの魔石の影響があるのでは?」
なるほど、その可能性は高いと、リーンと頷く。
「でも、所長の結界を突破する力量……。所長よりナンバーは新しいし、所長が負けるとは思えない。だって、所長は特に結界魔法が得意だし。となると、元々なにか仕掛けがしてあったのかな」
「それはあるね。なにかあった時に駆けつけられるよう、直接繋がる魔法を組んでいたのかも。そうでなければ、すり抜けられるはずないよ。それくらい所長の魔法はすごいもん」
その結界を壊した本人が褒めると、所長は微妙な顔を作る。
「きっと、この最上階と同じような魔法を仕掛けていたんじゃないかな」
今回、私はわざと廊下を歩き、階段を上ったけれど、実は直接この最上階へ来られる魔法がある。特別な魔法陣と呪文を使い、選ばれた者以外は転移できないし、逆に選ばれていれば、いつでもどこでも転移可能。誰にも邪魔できない。
階段から続く扉を開けるのとは、また違う。あちらより、この魔法はさらに機密度が高い。限られた者しか知らない技術。
似たのを作った? それとも……。
いやいや、それはないと信じたい。内通者以上に、そんなのは嫌だ。
「しかし大きな収穫ですね。この長髪の男がナンバー49である可能性は、十分にあります。そして、この瓶の粉。毒でしょうが、なぜ二種類あるのか。成分を精査すれば、なにか分かるでしょう。もしかしたら片方は、新しい毒の可能性も」
「うーん、僕は実験っていう表現が引っかかっているんだよね。交互に飲ませることで、どういう反応が出るのか試したい。ということは、所長に近い意見だけど、アパッタイはなにかを、新たに開発しようとしてるんじゃないかな」
謎の男にとって愛人は、自分の頼みを断れない相手なのはず。なにしろ呪いやらなんやらで、かなり貸しがあるようだし。いざとなれば魔法を使って脅すことも、操ることもできる。
そうなると、これが毒だと告げられても、例え嫌だと断っても、断れない状況になって、結局毒を飲まされていたのかも。
「そして、この杖を見て、やっと引っかかりが分かりました。レインさんの妹の活躍について、魔力切れを起こした姿を見たことがないという報告があり、そんなことが可能なのかと疑った点です。魔石が自動で変わるのなら、それも可能。これほど便利なものはありません。魔石に影響を与えない魔法陣。たいした道具を開発したものです。魔石の魔力残量を自動感知しているのか……」
今までこんな魔法道具を作ろうとした人はいないはず。魔石を異空間に保管し、魔力が尽きたら、異空間から新しいのを取り出せば良いし。特に始まりの魔法使いたちは、人生を重ねるたびレベルが上がっているので、魔石を利用する必要性がなくなっている。
「相当腕のある者が、アパッタイにいますね」
「同感。どこで出会ったんだろ」
「ナンバー49は、旅に出たから、そこで知り合ったとか? それかナンバー49の魔力に惹かれ、相手が接触したとか?」
「ところで……。チェールの精神魔法を完全に解いたのですよね? つまり彼女に、どんな質問をしても大丈夫になったはずです。リーンさん、なぜ男の名前を聞き忘れたのです」
おっと、所長がお怒りだ。
「人間、誰にも失敗はあるものだよ」
やれやれと肩をすくめ、首を振るリーン。
「それにこれまでの情報から、男の名前を割り出すことは簡単でしょ?」
だけどリーンは悪びれもせず、反省も見せない。二人の間に立っている私は、空気に耐えられない。誰か助けて、どうにかして。リーンはなぜ、所長の笑顔の怒りをスルーしているの。わざとなの? いや、気にしていないだけだろう。
助けを願っていると、救世主が現れた。クォンだ。
「チェールの出身地で聞きこみをした所、男の顔に見覚えがある者が何人もいた。その全員が同じ名前を言った。この男の名は、デュモル」
ついに待ちに待った、男の素性の一つが知れた瞬間だった。
「平民だが幼い頃から利発で、魔法が得意だったと、皆が口を揃える。また、授業の話は聞かないのに、常に成績はトップなので、天才とはこういう男を言うのだろうと、語る者もいた」
「へえ、確定だね。前世の記憶があるから、授業を聞く必要はない。そこらの大人より勉強量の積み重ねが違うもん。なんなら学校へ行く必要もないし」
リーンの言葉に三人とも、頷く。
そう。最初の人生で一通りの義務教育を受けた記憶があるので、改めて小学校とかに入れられると、まず文字の書き方から教わったりして、苦痛なのだ。
たまに生まれ変わるまでの間に新たな授業内容となり、知らないことを知れ、楽しいこともあるけれど、基礎はすでに取得しているから、ひたすら苦痛の時間これが理由で、魔法使いの都に逃げて来る者もいる。私も逃げたことがある。
「ただ、その利発さ故、傲慢であった。人の言うことを聞かない、人を見下す、何様だと思っていた。魔法や勉強が得意だからって、偉ぶるな。とまあ、とにかく、性格は良くないという意見も多かった」
おっと、悪口になってないか? え? 愛人、そんな人と付き合ったの? 若気の至りかなと思ったけれど、なんで性格の悪い人と付き合おうと思った? 男の趣味、悪くない? そんな女に惚れている実父も、趣味が悪いけれど。
「あまり親しい者もいないのに、なぜかチェールとは馬が合ったようで」
なんだろう。類は友を呼ぶというヤツかな。似すぎていたから、付き合って別れたとか?
今も遠慮なく言い合えるということは、後腐れはなかったのだろう。何度人生を繰り返しても、恋愛の機微とは分からない、難しい。
「チェールが言う通り、旅に出たのは間違いないが。行き先は誰も知らない。ただ、ふらりと何年か前に戻って来た後、両親を亡くした。両親の死に不審な点はないそうだ。それというのも、事故で亡くなった。操縦を誤った馬車に突っ込まれ、命を落とした。その時、他にも亡くなった者はいる。彼らは特に、デュモルとの関連はないらしい」
ということは偶然、デュモルの両親は亡くなったのか。さすがにデュモルが手にかけたとは思いたくないから良かった。
「過去の情報を洗うにしても、量が多いし、旅先のあてもないので、藁山から針を探すようなものだ」
「旅に出たってのが、僕、引っかかるな。旅に出た後、どこかで未解決の事件、起こしていないかな」
「リーン、世界に幾つ国があると思っているの? さすがに無理よ。それにナンバー49なら、幼い頃から前世の記憶があったでしょう? どうしてその時まで、その地に留まり続けたのかな」
前世の知識があれば、なんとか生きられる。でも、子どもを働かせることを良しとしない国が多いから、生活費を稼げないからと耐えていた? 聞いた感じ、耐えられる性格には思えないけれど。
「生家は?」
「解体され、新しい家が建っている。両親が亡くなり、デュモルが売りに出したそうだ。その後、また姿を消してから帰ってきていないそうだ」
生家が残っていれば、なにか手がかりを得られたかもしれないけれど、それは無理なのか。残念
「話を変えましょう。クォン、なにか怪しい動きをする者はいましたか?」
「調査中、特に動きがあった者はいなかった。だから今、最新の高性能監視カメラを全員につけている。調査内容について、内通者はアパッタイへ連絡を取るだろう。今回ばかりは、文句を言わせないぞ、所長」




