イロープ一家
「チェール、男というのは、その……」
リーンが去り、重苦しい雰囲気の中、イロープがゆっくり歩み寄りながら、口を開く。
婚前から全て妻に任せれば、なんでも上手くいった。だが彼女は魔法を使えない。だから誰かに依頼しているか、協力者がいることには感づいていた。だが、これまでその事実から目を背けていた。自分は知る必要がないと。妻に任せれば、全て上手くいくから、口出しをする必要はないと。
しかし相手が元カレというのが、イロープにとって引っかかった。
チェールの口調から、互いに恋愛感情はないことは分かっている。きっと付き合ったのも、若気の至りや、冗談といったものからだろう。分かっているが、それだけではなく、幼馴染という特別な関係に嫉妬の炎がくすぶる。
「偽物って言われたけど、ママ、どういうこと?」
リコラはリコラで、リーンの言葉が引っかかっており、どうしても今すぐに答えを知りたかった。
リーンが去ってしばらくし、ようやく体の自由が効くようになった。両親は気がついていなかったが、目には見えない力により、全身を押さえつけられていた。少しでも油断すれば、膝をつきそうだった。口を動かすことはできず、解放された時は喜んだが、すぐに怒りが湧いてきた。
変な長袖の女にお気に入りの杖を奪われるし、疑問はつきないし、一体なにから話して良いのか分からないし。だから一番引っかかっていたことを尋ねたのだが、返事をしてくれないので、余計に苛つく。いつもは自分に優しく甘い両親なのに、なんだというのだ。
二人から、やいのやいの言われても、チェールだって訳が分からない。
魔法使いの都から来たと言っていたが、本当なのか。なぜあの男のことを知りたがっているのか。自分の行いが、どこまで知られているのか。精神魔法が解かれたことと、関係しているのか。
過去、良くない提案だと分かっていても、男の申し出を断ることをしなかった。
「……仕方ないじゃない……。幸せになりたかったのだから……」
二人には聞き取れないほど、小さな声で呟く。
前妻の娘、レインには魔力はあるのに、自分の産んだリコラに魔力がないことは、同じ男の子どもなのに、不公平にしか思えなかった。
しかもレインは産まれた時から、当主の座を約束されている。金持ちの家で、不自由なく暮らせることも約束されている。さらに魔法を使えるとなれば、名声は高まるだろう。魔法使いは増えたものの、全員が使える訳ではない。
比べてリコラは魔法を使えないから、使える者より、将来の幅が狭い。加えてチェールの家は、裕福ではない。
不義の子という枷があるのに、さらに将来の道が狭い我が子が、不憫でならなかった。娘の幸せを願い、なにが悪い。自分の幸せを欲して、なにが悪い。そうだ、仕方なかったのだ。妻の座を手に入れ、裕福な生活を送るには、男の手を取るしかなかったと、己に言い聞かせる。
「ねえ、ママ。あたしは特別なんでしょう? パパ、あたしはすごい魔法使いになれるよね? 魔法使いの都って所から、いつか呼ばれるんでしょう?」
本能でリコラは、自分の魔法使いの力量について疑いを抱き始めていた。前々から、杖を持っている時と持っていない時で、なにか違うと感じていたのもある。
杖を持たないと、魔法を使えなかったから、余計だ。他の魔法使いは、杖なしでも魔法を放てるのに。なぜ自分は、杖がないと魔法を使えないのかと、母親にぼやいたことがある。
「まだ幼いから、上手く魔力の調整ができないのよ」
母はそう言っていたが、本当にそうだろうか。魔法を使えない母の言葉に、今は説得力がないとしか思えない。疑念により、落ちつかない。
リコラは魔法使いの都のことを、具体的にどういう場所なのか、まだよく分かっていない。
ただ、魔法使いの都に呼ばれることは名誉で、素晴らしいことだと皆が言う。だから、そこに行けることは、光栄なことだとは分かっている。
「リコラ……」
引っ越しの話もそうだが、イロープはなおも嘘で誤魔化そうと考えていた。
事実を知れば、愛する娘はどれほど傷つくだろう。本当は魔力がなく、魔法を使えない。ガイコツと呼ぶ姉の魔力を奪い、魔法を使っていると知れば、どう思うのか。あの姉のおかげで、これまで賛辞を送られていたと知ったら……。
傷つけるつもりはなかった。ただ、こんな形で、事実を知らせるつもりはなかった。大きくなり、これがいかに自分いつか話す気はあった。にとって幸せの切符になるのか、理解できる年齢になったら話すつもりだったのに。これでは、あんまりではないか。
「大丈夫、リコラには知られないよう、上手く細工してあるから」
以前、チェールはそう言っていた。その細工が壊れたようだ。
レインには無関心なのに、リコラが相手になると、イロープは人が変わったようになる。
娘が騒いでいる中、チェールは手に持っている袋へ視線を落とす。
平凡な巾着の形をした袋。こんなのが礼とは。馬鹿馬鹿しくなり、失笑する。袋は軽く、金が入っている感じはしない。それでも一応、中身を確認しようと手を入れる。そこで異変に気がつく。
(見た目以上の広さがある。なに、これ)
幅も底も感じない。驚く中、手を動かしていると紙の感触が指に当たる。とりあえず掴んで取り出すと、文字が記されていた。
手紙かと思うが、説明がどうのと言われたと思い出す。きっとこれが、その説明に違いないと目を通す。
この間、放っておかれたリコラは騒ぎまくり、ひたすらイロープがなだめていた。
「ママは今、忙しいんだ。後できちんと説明するから」
「嫌! あたしは今、知りたいの!」
不機嫌な時の癖で、リコラは地団駄を踏む。床をだんだん踏み鳴らすが、それをイロープは叱ろうとせず、ただ困ったけれど、微笑ましいものを見るような表情を作るだけ。
「……へえ、なるほど。確かにその問題があったわね。だけど、これで解決できるのね」
なるほど、これが礼なのかと納得する。
これなら王家からの使いが荷物を検めても、知られず持ち出せる。なんなら伯爵家の財産だって、盗むことが可能だ。
(そうよね。あれだけの量の魔石、不審がられるわよね。持ち運ぶのは大変だし。でもこの巾着があれば、解決できる。広大な空間に入れれば、所有者である私の願ったモノを出し入れできる。他人が手を入れれば、ただの巾着。これに魔石を入れれば、重さは関係なく持ちはこべる。リコラはこれからも魔法使いとして、活躍できる)
「良い礼をしてくれるじゃない」
にやりと、笑みが広がる。
魔法については、やはり頼りになる。しかも説明書はまだ続き、男へ連絡する道具も入っていると書かれていた。あと、当分の生活費と家を用意したと。
至れり尽くせりだ。こうなると喜びより、不気味さが増してきた。絶対に裏があるとしか思えない。
(素直に受け取るのは、危険そうね。あいつのことだから、後で礼の返しを要求してくるでしょうし。そういえば、あの粉って結局、なんだったのかしら。あいつのことだから、魔法に関する粉だとは思うけれど)
リーンに大人しく渡した粉は、結局なにか分からない。
だけど、わざわざ知ろうとも思わない。
男とはそんなつまらないことで連絡を取るより、本当に重要な局面で取るべきだろう。
(それに、私にまたなにか用事ができた時は、あっちから連絡してくるでしょうし。その連絡を取りやすくするため、家を用意してくれたのでしょうね)
「良いじゃない、互いに利があるし、思惑に乗ってあげる」
チェールは覚悟を決めた。




