リーン乱入
「興奮して、冷静を欠いたな。顔を見られたか? くそっ。俺こそもっと慎重になるべきだった。準備が足りなかった」
男の独り言の意味が、チェールには分からない。尋ねても説明してくれないと知っているので、聞こえないふりをする。
「長居はできない。さっさと例の娘の部屋へ案内しろ」
なにを偉そうにと思うが、礼をもらえるからと我慢し、男を部屋に案内する。
男が案内された部屋は、以前通された部屋と違っていた。さらに狭く、みすぼらしい部屋になっており、とても伯爵当主の部屋とは思えない。荷物らしい荷物もない。最低限の簡素な家具だけしかない。
(こいつのことだから、わざとこういう部屋を作ったな。安物の薄い生地の布団か。前に来た時は、もう少しマシだったのに。この境遇を強いられ、不満を言わず好かれようとしていたとはね)
人のことを言えないが、あいかわらず性格の悪い女だと思う。こんな女に好かれようなんて、どうかしているとしか言えない。
幸いにして部屋は狭いので、あっという間に調べ終えられたが、なんの収穫もなく舌打ちをする。
(魔力の残滓が、全くないだと? どういうことだ? 始まりの魔法使いのくせに、一切魔法を使っていなかったのか? 呪いで奪われていても、少しは使えたはずだ。しかも館に魔石から漏れた魔力のせいで、分かりにくい。面倒だ。始まりの魔法使いというのが、嘘なのか? いや、こいつが俺に嘘を吐く理由はない。それに、監視カメラ機能のある道具を大量に送ってきている。隠蔽魔法も使っていた。これほどの量の道具を使いこなすことから、魔法使いの都と関係があるのは、間違いないか)
「リーダー」
頭を回転させている中、通信機から、一言だけ流れてきた。
それだけで問題が起きたと察し、持ってきた袋をチェールへ放る。
「礼は袋の中に詰まっている。説明書もある。後は自分でなんとかしろ」
それだけ言うと、瞬時に姿を消した。
チェールは上手く受け取ることができず、落とした袋を拾い上げようと腰を落とす。袋を掴み、立ち上がろうとしたその瞬間、バリン! 外でなにかが割れた大きな音がした直後、窓が破られ、人が飛びこんできた。
その人物とは、極端に袖の長い上着を着た少女だった。少女は素早く室内を見渡す。
「……あー、逃げられたか。ちょい遅かったね。それじゃあ、あんたに聞こうか。あんた、一体誰と会ってた?」
少女が見下ろしながら、尋ねてきた。驚き尻餅をついているチェールは、叫び返す。
「一体誰って、こっちのセリフよ! 人の家を壊して! 貴女こそ、誰なの!」
「僕は魔法使いの都の住人。レインの友人であり、仲間、家族。あんたを殺しはしないよ、愛人ちゃん。ただ、怪我は覚悟することだね。男について吐くまで、痛めつけてやる」
「魔法使いの都……? レイン……?」
誰かは知らないが、どうやらレインの知り合いのようだ。
しかも今、魔法使いの都の住人と言った。こんな若い……。いや、子どもが? レインより年上だが、本当に? 疑念を抱き、不躾に少女の全身を上から下まで、何度も眺める。その視線を気にすることなく、少女は笑って言う。
「なに言ってんの。この館、あんたの家じゃないよね。猶予はもらえたけれど、もう所有権はネッシュさんだっけ? 別の人になってるよね。なに、まだ自分のモノだと勘違いしてんの? 痛い奴」
子どもに馬鹿にされ、頭に血がのぼり、立ち上がりながら叫ぶが、自分の声が聞こえない。
「…………………?」
咽喉に手を当て、何度も口を開閉するが、変わらず音が出ない。いつものように声を出しているのに、なぜ?
「うるさいから、あんたの周囲に無音の防壁張った。すっごく薄くてさ、性能良いヤツ。自分の声、聞こえないでしょ? キーキー騒いでうるさいから、あんたの声だけ聞こえなくしたの。それとも僕の声を、あんたと同じ大きさの声にしてやろうか? すっごくうるさいけど、我慢してよね」
一方、館から逃げた男は、部下に助かったと言葉をかける。
「誰が乱入してきた?」
「極端に長い袖の服を着た人物なので、ナンバー8で間違いないと思います」
ナンバー8はどの人生でも、長い袖の服を好んで着ている。だから名乗らなくても、恰好ですぐに誰なのか多くの者が理解する。レインも今世で姿を見た瞬間、すぐにリーンが誰なのか分かった。
「ナンバー8か……。結界を壊されて当然だな。少しの足止めにもならなかったか?」
「はい。飛んできたと思ったら、結界などないように館へ飛びこみました。膨大な魔力が向かってきているので、すぐに気がつきましたが、リーダーと同じく転移魔法を使われていたら、リーダーは彼女に捕まっていたでしょう」
「なぜ転移を使わなかったんだ?」
「分かりません。ただ、リーダーの張った結界の外側に新たな結界が張られていました。その結界により、転移が適わなかったのかもしれません。リーダーは想定し、あの館へ直通できる魔法を設置されており、幸いだったかと。あとは可能性として、魔石からの魔力により不具合が発生し、転移できなかったかと」
なるほどと、頷く。
あれだけの魔力なら、不具合が起きてもおかしくない。だったら、確実な手段をナンバー8は選んだのだろう。結界を破り、直接乗りこむ乱暴な方法だが。
「そして現在、魔法使いの都の所長が、ペリアールを訪れているそうです。パクトと話しをしているそうですが、人払いをしており、会話内容は不明」
所長が新たに、外側へ結界を張ったのだろうと、見当をつける。
「同時にペリアールの者から、返答がありました。ナンバーは不明ですが、彼女は一度死に、偶然息を吹き返したことにより、自分が何者なのかを思い出したそうです。死ぬまでは、前世の記憶は一切なかったそうです」
なるほど。それで魔法を使った痕跡がなかったのかと、男は納得する。おそらく自分が魔法を使えると、考えもしていなかったのだろう。
「また、そんな事態になっているとは思わなかったと言い訳をしてきました。イロープ、チェールから連絡がなかったので、把握できなかったと。呪いが解ければリーダーは気がつくからと、普段からそこまで観察していなかったと、あわせて謝罪してきました。下手に自分が気にかける素振りも取れなかったのもあると」
「確かに普段から潜りこませている訳ではないし、見張れとも言わなかったからな。気がつかなくて当然か。チェールがなんの連絡もしないのが悪い。俺以外の連絡先も伝えたはずだ。で、都の者は?」
優秀な手下の口が止まり、眉間にシワが寄る。
「単純に研究のため外出しており、帰るなりすぐに部屋へ閉じこもり、レインが現れたことすら気がついていませんでした。せっかくあの施設にいる人材ですが、無能の極みかと。施設へ帰った時点で、なにか変わりがないか確認をしない、無能です」
無能と繰り返すことから、怒りが伝わってくる。
「お前の言い分はもっともだ。だが、これでアイツも分かったはずだ。常に情報に目を光らせる必要性があると。それでもまた失態すれば、切る」
「分かりました。リーダー、今回の件、まだ我々も調査が必要です。特に無能には、レインについての調査を命じました。所長とナンバー8が動いたことから、間違いなく始まりの魔法使いかと」
「それで問題ない。だが……」
懸念は残っている。
おそらく顔を捉えられた。そして乗りこんできたナンバー8には、精神魔法について感づかれるだろう。
(まさかと思うが……。あの魔石から漏れた魔力のせいで、魔法が解けかかっている可能性はないか? そうだとすれば、まずい。チェールがなにを言うか、分かったものじゃないぞ)
さすがにこの事態は想定していなかった。
魔石を一か所に溜めるなと言っていたのに、あの馬鹿女めと、悪態をついた。




