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嘘つきなキスは、甘口で  作者: 終焉泡沫


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第1話_完璧王子の仮面が剥がれる夜

「佐藤さん、今週もお疲れ様。来週からの新プロジェクト、よろしくね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします、長谷川さん」


金曜日の18時。オフィスに響く彼の声は、相変わらず爽やかで、ほんのり甘い。

長谷川誠二(はせがわせいじ) 29歳。

他部署から我がマーケティング部に異動してきた彼は、社内イチの『完璧王子』と名高い男だ。

整った顔立ちに、180センチの長身、誰に対しても親切で紳士的。彼が微笑むだけで、周囲の空気が華やぐ。

だけど。


「……ふぅ」


自分のデスクに戻り、パソコンに向き合った私は、小さく息を吐いた。

私の名前は佐藤香織(さとうかおり) 27歳。

この会社でマーケティングの主任を任されている。

仕事もプライベートもスマートにこなすのが私のモットーだし、周囲からも「デキる大人の女性」なんて呼ばれているけれど。


(長谷川誠二……あの男の笑顔、全部ビジネス用の作り物ね)


女の直感、というやつだ。

……いや、ただの勘じゃない。私は一度だけ、けれどはっきりと、あの仮面の内側を覗いてしまっていたから。3年前の、誰にも見られていないはずの場所で。

まぁ、お互い大人だ。

ビジネスパートナーとして上手くやれれば、その笑顔が本物だろうが作り物だろうが、どうでもいい。

そう、思っていたのに。


***


時計の針は、夜の22時を回っていた。

金曜日の居残り残業。フロアには、私と長谷川の二人しか残っていない。

カチカチと静かに響くタイピング音。

静寂を破ったのは、長谷川の、椅子の背もたれに深く体重を預ける音だった。


「……はぁー、クソだる」

「え?」


あまりにも低い、地を這うような声。

顔を上げると、そこには予想していた光景が広がっていた。

さっきまで美しく整えられていたはずの前髪をガシガシと乱暴にかき上げ、ネクタイをゆるめ、デスクに肘をついて思いっきり舌打ちをしている長谷川誠二の姿が。


「なんなんだよあのクソクライアント。修正に次ぐ修正って、最初から仕様決めてから持ってこいよ無能が……」


昼間の爽やかな王子様はどこへ行った。

口が悪い。めちゃくちゃに口が悪い。おまけに目が完全に座っている。

私が凝固していることに気づいたのか、長谷川がゆっくりとこちらを振り向いた。

目が合う。


「あ」


長谷川の動きが止まる。

一瞬で、彼の脳細胞がフル回転して現状を把握したのが分かった。

一秒、二秒。

彼はスッと立ち上がると、昼間の『王子様の笑み』を浮かべて私に近づいてきた。


「あはは、ごめんね佐藤さん。ちょっと独り言が過ぎちゃっ――」

「いいえ、長谷川さん」


私はパソコンをパタンと閉じ、椅子の背もたれに深く寄りかかった。

腕を組み、フッと口元を綻ばせる。


「クソクライアント、本当に無能ですよね。仕様書の段階で突っぱねるべきでした」

「……え?」


長谷川の完璧な笑顔がピキリと凍りつく。

彼はしばらく私を見下ろしていたが、やがて諦めたように「チッ」と本日二回目の舌打ちをした。

王子様の仮面が、完全に剥がれ落ちる。


「……いつから起きてた」

「最初から。しっかり全部聞こえてましたよ」


長谷川はポケットに手を突っ込み、私のデスクにじりじりと近づいてきた。

影が私を覆う。昼間の優しい雰囲気は微塵もなく、男としての威圧感がフロアに満ちる。

彼は私のデスクに両手を突くと、顔を至近距離まで近づけてきた。冷徹で、だけど恐ろしく整った顔。


「佐藤さんさぁ。デキる女のフリしてる割に、世渡り下手だよね。こういう時は聞こえないフリしとくもんだよ?」


低い、耳に心地よく響く低音。


「口封じ、どうしよっか? 社内に言い触らされたら面倒だし」


脅すような言葉。

だけど、彼の瞳の奥に「焦り」があるのを、私は見逃さなかった。

完璧な自分であり続けたい男が、初めて見せた隙。

ゾクゾクするような高揚感が、私の背中を駆け抜ける。

ただのヤワな女だと思ったら、大間違いよ、王子様。

私はフッと余裕の笑みを浮かべると、デスクから手を離し、至近距離にある彼のネクタイをぐいっと自分のほうへ引き寄せた。


「っ……!?」


長谷川の目が見開かれる。

体勢を崩した彼の顔が、さらに数センチ近づいた。唇が触れそうな距離。

私は彼の耳元に、妖艶に微笑みながら囁く。


「いいですよ、口封じ。私、秘密は守るタイプなんです。――ただし」


長谷川の喉が、緊張で小さく動いた。


「私を楽しませてくれたら、ね。長谷川さん?」

「……お前」


本性を隠して完璧を演じたい男と、大人の余裕でその裏を暴きたい女。

金曜日の夜、誰もいないオフィスで、私たちの「嘘つきなゲーム」の幕が上がった。


(第2話へ続く)

初めまして、作者の終焉泡沫です。

新連載『嘘つきなキスは、甘口で』を覗いていただき、本当にありがとうございます!


普段は完璧な王子様が、2人きりの時だけ見せるギャップや独占欲.....そして、それに負けない強いお姉さんヒロインが書きたくて始めてみました。


これからよろしくお願いします。

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