54、結婚式に紛れ込んだ悪意
エリザベス・ハミルトン嬢は怒りと羞恥のために顔を真っ赤にしたが、それがまた、祝い酒を飲み過ぎたのだろうというベッキーの言葉に信憑性を与えた。
彼女はそのまま美しい顔立ちのシェーンに横抱きにされ、アーセン氏に付き添われ、モリーから「お大事に」と声をかけられて結婚式の会場から連れ出された。
ハミルトン嬢は抗議の声を上げたが、それは誰の耳にも届かない。ロビン・グッドフェローが防音の魔法をかけたためだ。
森の中を歩きながらシェーンが鎮静効果のある歌を歌い始めると、ハミルトン嬢はすっかり大人しくなった。
「そうそう、どうかそのまま大人しくしていてくださいね。貴女は私たちに感謝すべきですよ。もし貴女が今日、新婦に対してうっかり粗相をしたならば、貴女には恐ろしい末路が待っていたでしょうから」
付き添って歩きながら、アーセン氏が冷笑した。
ハミルトン嬢が幾度か何かを話そうと口を動かしたが、シェーンは幼子をあやすように彼女の背中を擦り、艶やかな声で囁いた。
「お話は、貴女のお宅で伺いましょう。ここでは森の樹木が聞き耳を立てていますからね」
鎮静の歌の効果を強め、ハミルトン嬢の意識が遠のいたところで、アーセン氏が地に妖精の輪を広げた。
* *
翌日、ハミルトン嬢の自宅を訪れたベッキーとシェーン、そしてエズメ・ロイド教授に対し、エリザベス・ハミルトン嬢は、シェーンの歌の力によって洗い浚い告白することになる。
彼女はマチルダ・ターナー夫人とは十二歳の頃からの友人だったが、モリーの祖父であるジェームズ・ターナー氏にずっと執着していたのだ。しかし、ジェームズ・ターナー氏が選んだのは、崇拝者や求婚者の多かったエリザベスではなく、引き立て役のはずの、鈍くて大人しいマチルダだった。ずっと、それを許すことが出来なかったのだ。
「ジェームズに似て美しいアイリーンなら、私とジェームズの娘として相応しいわ。けれど、モリーのマチルダ譲りの鈍さ、そそっかしさ、頭の悪さには、どうしても我慢出来なかったのよ」
エリザベス・ハミルトン嬢がそう言った時、エズメは思わずエリザベスの頰を平手打ちしそうになった。
代わりに彼女は自分の手を抑えながら叫んだ。
「あの子は気立てが良過ぎて損得勘定では動かないだけで、決して、鈍くもなければ、頭の悪い子でもありませんよ。こんな生温い町で、価値あることなど何一つ成し遂げずに人生を送ってきた貴女とは大違いです」
エズメにとってモリーは、親友の姪でもあり、教え子でもある。しかしそれ以上に、その性格に、どこか亡き兄ロバートに似たところがあるので愛さずにはいられないというのに。
ベッキーは首を振った。
「そのような理由で、モリーに煮えたぎるスープをたっぷり入れた大鍋を運ばせたのも、貴女なのだね、エリザベス・ハミルトン嬢。ほんの子ども相手に、よくもまあ、そこまで出来るものだよ。下手をすれば大火傷。最悪の場合、命にも関わるのに」
「マチルダが悪いのよ。モリーが歌い手に選ばれたことに浮かれて、三日三晩も寝ずに、あんな不相応な衣装を縫ってやるなんて。だから、全部台無しにしてやったわ。モリーがどういう理由でか火傷一つ負わなかったのは残念だったけれど、転んでスープ鍋をひっくり返した時の、あのみっともない姿と言ったら。町中の連中から哀れみと蔑みの目を向けられて、マチルダに連れられてすごすご帰って行く姿は見物だった!」
思い出し笑いをするハミルトン嬢。エズメはこの老婆が、ただの生きた人間でしかないことを心底残念に思った。もしゴブリンが魔女だったならば、情け無用で、最も苦しい方法で仕留めてやれるのに、と。
シェーンが尋ねた。
「ところで、どうして六年前の冬、レオナルド・マーティンとアラスター・ヤングに州都アストレアで違法賭博が行われていることを教えたのですか?」
その賭博場は、まず数回勝たせ、祝いと称して酒をたっぷり飲ませた上で、大負けさせて金を巻き上げるというやり方で有名だった。概ね平穏なスカーレットタウンで生まれ育った若い男など、金魚鉢の金魚も同然、格好の獲物だったことだろう。
元々、エリザベス・ハミルトン嬢は、「悪戯盛りなら仕方ありませんし、男の子なら、多少乱暴な方が、将来頼もしいというものですよ」などと言いながら、レオナルド・マーティンとアラスター・ヤングの質の悪い行いを擁護してきた。二人も彼女を愚かな年寄り女と侮りつつ、自分たちを甘やかしてくれる存在として気を許していたはずだ。その彼女が、アストレアの賭博場なら、と勧めたとしたら――。
きっと、彼女が意識的に、或いは無意識に二人の耳に注いだ毒は、そればかりではないはずだ、とシェーンは言った。
「貴女は、何十年もかけて、あの二人とその家族が破滅するように仕向けていたのですね。一体何故?」
エリザベス・ハミルトン嬢は怒りと憎悪に燃えた目で、何処か遠くを睨んだ。
「あの女たちがいけないのよ。『子どもを産んだことのない女になんか、価値はない』などと……」
シェーンはため息をついた。
「それは、貴女にではなく、マープル嬢に向けられた言葉だったかと」
ハミルトン嬢はシェーンを睨んだ。
「でも、私に向けた言葉でもあったはずだわ。あの性悪どもを破滅させて、何が悪いのよ」
シェーンが静かに答えた。
「……罪のないローズ・アレン嬢が巻き込まれたではありませんか」
ハミルトン嬢は意地悪く笑った。
「女のくせに、アストレアで学問を身につけようだなんて、思い上がるからいけないんだわ。大人しく故郷で家事の手伝いでもしていれば良かったのよ」
ベッキーが肩を竦めた。
「なるほど、これはオシアン公を連れて来るべきだったな。この老婆の魂は、猫型妖精にとってはご馳走だろうから」
「あら、私ではいけないかしら?」
ベッキーの背後から、ミュリエルがひょっこりと顔を出した。ご丁寧に、長く美しい純白の毛並みと、ツンと尖った鼻を持つ大きな猫の姿で。彼女はしばらくハミルトン嬢を品定めするように眺め、それから機嫌良く喉を鳴らした。
「この老いさらばえた女の魂ときたら、何と素晴らしい穢れ具合かしら。おまけに、余命も残り僅かなのね。……とても素敵。幼い猫型妖精たちが魔力を蓄えるには、穢れた魂が沢山必要なのですもの」
ミュリエルは、優雅にハミルトン嬢の前に進み出ると、相手の濁った目を見つめて告げた。
「穢れた魂を持つ女よ。近々、私の弟がお前の魂を迎えに来るわ。猫の鳴き声が聞こえたなら、覚悟なさいね」
猫型妖精の王妹らしい威厳と気品に気圧され、流石のハミルトン嬢も何も言えずに黙り込んだまま、ミュリエルの宣告を受け取った。
猫の姿となったミュリエルが、オシアンほどではないとはいえ、普通の猫よりもずっと大きかったのもあるだろう。
「さてと、聞きたいことは聞いたし、言いたいことも言い終わった。私たちは行くとしようか」
ベッキーがそう言い、玄関のドアを開けた後、ふと振り向いてハミルトン嬢に言った。
「それでは、貴女の残り短い時間を、どうか有意義に」
「ところで、あの老婆の余命って、あと数年はあるよね?」
ベッキーがそう尋ねると、彼女の腕の中でミュリエルが喉を鳴らした。
「ええ。けれど、嘘をついたつもりもなくてよ。千年以上生きる私たちにとって、数年なんてあっという間だもの」
人間にとってはそれなりの時間ではあるから、その日までせいぜい怯えて暮らせば良い、とミュリエルは笑った。猫の鳴き声など、いつでもどこでも聞こえるものだから。
「改悛を知らぬ者には、相応の報いでしょう?」
ミュリエルの猫姿は純白のノルウェージャンフォレストキャットで、オシアンよりはやや小柄ですが、普通の猫よりはずっと大きいです。
彼女の弟のカイは、北部連邦の魂回収担当で、フィンの父親でもあります。




