53、結婚式も油断は禁物
新郎ハワード・キャンベル卿と新婦のモリーが皆の前で愛を誓い、キスを交わすのを、ラヴェンダー・マープル嬢は万感の思いで見守っていた。
若くして亡くなったラヴェンダーの母親がマチルダ・ターナー夫人の親友だったこともあり、ターナー夫人はよく、ラヴェンダーを家に招いては、色々なことを教えてくれた。もしかすると、ターナー夫人の息子のフレッドと歳が近いので、将来の結婚相手にと考えていたのかもしれない。しかし、肝心の本人同士はあまりに一緒にいることが多かったせいか、逆に互いを恋愛感情で見ることがどうしても出来なかった。未だに彼女は、「騒々しくてやんちゃな弟」というふうにしか、フレッドを見ることが出来ない。
二十年前に航海中の船から落ちて行方不明になったフレッドは、長く記憶喪失になっていたために、薔薇荘に帰ることも出来なくなっていたが、三ヶ月前に記憶を取り戻して無事に帰って来た。そして今日、モリーを花婿の元までエスコートすることが出来たのだ。
(マチルダ・ターナー夫人が、生きていらしたらねぇ……)
息子の生還と孫娘の結婚をどれほど喜んだか分からないのに、と、それだけが残念だった。
とはいえ、美しい花嫁介添人たちと、麗しい花婿介添人たちに囲まれていながら、少しも見劣りしないハワード卿とモリーの姿は、マープル嬢の気持ちを浮き立たせた。
(本物の凛々しい騎士様と、美しい聖女様の結婚式に招待されるなんて、まるでおとぎ話のようね)
しかし彼女も、まさか親族として隣のテーブルに着いている新婦の伯母夫妻が猫型妖精を統べる女王と王だとは夢にも思わなかった。
マープル嬢のテーブルには独身女性ばかりが着いていた。新婦の恩師であるエズメ・ロイド教授、とその秘書のローラ・ホプキンス嬢、新郎の遠縁だというベッキー・マール嬢。それから、マチルダ・ターナー夫人の友人だったエリザベス・ハミルトン嬢の六名が。
「あのような慎みに欠ける婚礼衣装など、私が若かった時代には考えられないことでしたよ」
エリザベス・ハミルトン嬢の言葉が、このテーブル席にいた残りの五名に不快感を与えた。
「慎みに欠けるなどと、そのようなことはありませんわ。あのドレスは、花嫁の気品を引き立たせるために、私が一からデザインしたのですもの」
この席で、最もおっとりしているように見えたローラ嬢が穏やかな口調でそう反論したので、マープル嬢は内心驚いた。
「まあ。近頃の若いお嬢さんは、年長者を敬うことをご存知ないのね」
「あら、若い娘と仰って頂けて嬉しいですわ」
そう言ってローラ嬢が花のように微笑んで見せたので、エリザベス・ハミルトン嬢は一瞬鼻白んだらしい。その隙に、マープル嬢は話題を変えることにした。
「そうそう、昨年の収穫祭でのモリー……ではなく、今日からキャンベル夫人ですわね。彼女の歌声がとても素晴らしかったので、町長は今年の収穫祭でも歌ってほしいと考えていらっしゃるようですよ」
それを聞いたエズメ・ロイド教授が、にっこりと頷いた。
「キャンベル夫人の歌声には、悪しきものを祓い、妖精たちの機嫌を良くする効果がありますからね」
「昨年の収穫祭でのモリーの歌は素晴らしかった。もし今年の収穫祭にもモリーが歌ってくれたら、今度はエズメとローラにも一緒に聴いてほしいな」
ベッキーがローストビーフを食べながらそう言ったので、マープル嬢は笑顔で言った。
「その時は是非また、当家のバンガローをご利用くださいまし。たっぷりのピクルスをご用意いたしますわ」
ベッキーが機嫌良く頷いた。
「そうしてもらえると嬉しい。マープル嬢のピクルスは私も気に入っているからね」
さて、とマープル嬢はエリザベス・ハミルトン嬢の方を見た。
「ハミルトン嬢も、今年の収穫祭には是非、キャンベル夫人の歌をお聴きになるべきですよ。昨年の収穫祭には、お風邪を召してお聴きになれなかったのですから」
彼女はそう言い終わってすぐに、息が止まるような瞬間に遭遇した。
ベッキーが険しく鋭い目つきでエリザベス・ハミルトン嬢を睨む顔が、マープル嬢の目に入ったからだ。けれどもベッキーはまたすぐに先程の調子に戻り、優雅な所作で二枚目のローストビーフを食べ始めた。
(見間違いだったのかしら?)
* *
ベッキーは、昨年の収穫祭での、シェーンの歌の効果が及んでいない者が同じテーブルに着いていることを知り、エリザベス・ハミルトン嬢に対する疑念と不快感がせり上がって来るのを感じた。
マープル嬢の話とシェーンの調査から、モリーが子どもの頃、一度だけ収穫祭の歌い手に選ばれ……結局舞台に上がれなくなったという話を知っている彼女には、不審に思っていることがあった。
舞台に上がるために華やかな衣装を来て、下ろし立ての靴を履いたモリーは、普段よりも身動きが取りにくかったはずなのだ。大人ならば一目見てそれが分かったはずなのに、普通、スープの入った大鍋を運ぶように言い付けるだろうか。
それに、モリーは誰かから頼まれると、後先考えずにすぐに引き受けてしまう傾向がある。今日は晴れ着だから出来ません、などとは言わなかっただろう。その性質を知る程度に近くにおり、しかも村の人々に振る舞う料理の管理を担う立場の者。それは、おそらく女性の役割だったろうから――。
新郎新婦は今、皆の前でケーキにナイフを入れ、切り分けている。二人が招待客をもてなすべく、あのケーキを持って各テーブルを回るのはもう間もなく。如何に数々の戦場を巡って来たハワード卿とモリーとはいえ、着慣れない婚礼衣装と履き慣れない靴、しかも両手の塞がった状態では……。
ワイングラスのステムを持つハミルトン嬢の手が、微かに震えていたことで、ベッキーの疑念は確信に変わった。
「エズメ。君の隣りの老婦人は、少しワインを過ごされているようだ。気を付けて差し上げなさい」
ベッキーがハミルトン嬢の右隣りにいるエズメにそう声をかけると、エズメが一見穏やかな笑顔で頷いた。しかし、その目の奥は笑っていなかった。
新郎新婦がこちらのテーブルに来てケーキをサーブする時、エズメはハミルトン嬢の右手に自分の手を重ねるようにし、彼女の背中を優しく擦るかのように見せかけて押さえ込み、そして彼女の耳元で優しく囁いた。
「口当たりの良いワインですもの、少し飲み過ぎるのも無理はありませんね。無理をして動かない方がよろしいですわ」
端からは、早くも祝い酒に酔った老婦人を労っているようにしか見えない。新郎新婦が人数分のケーキをサーブしようとしたが、ベッキーは何食わぬ顔でこう言った。
「ハワード。お酒を過ごした年配者には、『女帝陛下のケーキ』はお辛いはずだ。五人分をサーブしたら、すぐに次のテーブルに行きなさい。ターナー氏とマクユーアン夫妻がお待ちかねだからね」
それから、大きなケーキを載せた皿とワインボトルを持って後ろに控えていたシェーンとアーセン氏に言った。
「シェーン、アーセン。その役目をリューとダイアナに交代して、こちらの老婦人を家に送って差し上げて。明日の朝まで、ご自宅でゆっくりおやすみ頂こう。明日の昼に改めて伺うと伝えるのだけは忘れずにね」
シェーンがハミルトン嬢を抱きかかえ、アーセン氏が爽やかな笑顔で言った。
「こちらの方を丁重に送り届けたら、すぐ戻ります」
琥珀様の「春の異世恋推理」企画で使おうと思っていたネタですが、恋愛要素に欠けるので、こちらに持って来ました。




