50、第三の花婿介添人⑤
「やはり、結婚出来る男になるためには『落ち着き』が必要なのではないかと思うのですよ」
うっすら頰を染めたアーセン氏が、 酔って泣いているリューにそう言った。
アーセン氏の紅茶から、ほんのりとブランデーの香りが漂っていることにハワード卿は気付いた。
「私の伯父が、二月に結婚式を挙げたことはご存知ですよね?」
リューがこくりと頷いた。
「存じております。州連合南西部の聖騎士団第三隊のメンバーが、密かに手作りの結婚式場と衣装を用意したのですよね」
「その日、伯父は主役の一人でした。もう少し浮かれても良さそうなものですし、花嫁と二人きりの世界に浸っていても良かったと思うのですよ。しかし伯父は式の終盤、遠方の招待客一人一人をそれぞれの家に自ら送り届け、式に来てくれたことについて丁重に礼を述べたのです」
ハワード卿はその結婚式の時のことを覚えていた。新郎であるオシアンに家まで送ってもらい、丁重に礼を述べられ、三ヶ月後のハワード卿とモリーの結婚式に出席することを約束されて、大いに恐縮したので。
しかし、その後にもオシアンの対応は続いたらしい。
「伯父は、第三隊長代行のダイアナ嬢がすっかり忘れていたのに、一週間のハネムーン休暇をきっちりと申請していました」
ダイアナは休暇明けでも良いと言ったそうだが、オシアンは規則だから、と記入済みの休暇申請書類を提出したらしい。
それはオシアンの方が正しいので、今度、ダイアナ・バーリーを事務部長のキム・バーバラ・マカリスターに預け、研修を受けさせねば、とハワード卿は思った。
「最後に、伯父は伯母と二人、式を用意してくれた第三隊の隊員たちに丁寧に挨拶をした後、騎士のように伯母を抱え上げて、穏やかな笑顔でゆっくりと城に向かったのですよ。さて、リュー君。貴方にはその余裕がありますか?」
リューは涙を指で拭いながら首を振った。
「ないですね。きっと早く二人きりになりたくて、そわそわしてしまうと思います」
ハワード卿は眉間に手を当てた。メグシコ・コガ嬢の身の安全に配慮して、彼女をリューの教育係から外そう、いや、二人が接近する機会を極力減らすべきだ、と。
「それなら、ハワード卿がモリー嬢に接する時の態度も騎士に相応しいものですよ」
急にシェーンが二人の談義に参戦したので、ハワード卿は訝しんだ。彼は素面のはずだが……?
「ハワード卿は婚約中といえどもモリー嬢に対して節度を保ち、ほんの僅かな外出時にも細やかにエスコートをなさるのですから。……午前中、変装用のメイクを施してもらっている最中にコガ嬢の手に触れようとした誰かさんには、是非とも反省し、見習って頂きたいものです」
なるほど、リューを諫めようという意図か、とハワード卿は気付いた。あの時はハワード卿が咄嗟にリューの足を踏んだので、すんでのところでメグの手は守られた。全く、油断も隙もあったものではない。
気持ちは分かる。ハワード卿もその昔、ついモリーの白い手や金褐色の髪に手を伸ばしかけたことがあるので。だからこそ容赦はしないのだが。
「確かに、メグさんの了承を得ずに触れるべきではありませんよね。危うく嫌われるところでした……」
リューが悄然と肩を落とした。
「そうだな。今のところ彼女はリューのことを嫌ってはいないと思うが、恋愛対象として意識してもいなさそうだ」
ハワード卿は、炎の魔力を持つシェーンが船酔いになった時、メグがリューもそうなるのかと心配していたことを思い出したが、そのことをリューに伝えるのは時期尚早と判断した。彼に勘違いさせてはまずい。
「自分で言うのもなんですが、私、顔は良い方だと思うんですよね。どうして振り向いてもらえないんでしょうか……」
リューがそう零すと、アーセン氏がその肩を叩いた。
「顔で振り向いてもらえるんだったら、私だって苦労しませんよ。……子どもの頃は『いつかオシアン伯父上からヒルダ伯母上を奪ってやるんだ!』と思っていたんですけれどねぇ。……ほら、うちの伯父は控えめに言って魔王ですから、どうにも勝ち目がなくて」
「アーセン殿。それも多分、恋愛感情とは違うものですよね?」
ハワード卿が恐る恐るそう指摘すると、アーセン氏は、くくっと笑った。その胡散臭さのない、素の笑顔は、オシアンの笑った顔に少し似ていた。
「そうですね。多分、ハワード卿の仰る通りですよ。……さて、私は、どうやって運命の相手を見つけたものでしょうかね?」
彼が肩を竦めると、頭の上から艶やかなバリトンの声が降って来た。
「それはきっと、お前がこれから出会う、生涯を通して命がけで守りたいと思った相手だ」
四人が思わず顔を上げると、オシアンの秀麗な顔がそこにあった。彼は幼い少年に言い聞かせるような、柔らかい声で、アーセン氏に話しかけた。
「……さて、我は控えめに言って魔王のような伯父かもしれぬが、ただ一人の妹に頼まれて、酔った甥を迎えに来てやるくらいの慈愛は持ち合わせているつもりだ。酒に弱いお前のことだ、どうせもう、まともには歩けまい。久し振りに背負ってやろう」
「子ども扱いしないでくださいよ……」
アーセン氏は不満げにそう言ったが、立ち上がった瞬間にふらついたので、ハワード卿が咄嗟に支え、オシアンの背に乗せた。オシアンは長身だが、アーセン氏はそれよりも更に背が高い。それでも、オシアンは苦もなく既に成人した甥を背負い上げた。その、とても五十代半ばとは思えない体力に、ハワード卿は内心感嘆した。猫型妖精の人間形態は大抵、その個体の実年齢を人間の年齢に換算したもので、オシアンも人間の年齢に換算すると、そのくらいの年齢なのだと聞いていたので。
オシアンは四人に、実は早くから彼らの様子を見ていたのだと明かした。
「結婚式の時には、我も随分と浮かれていたのだが、落ち着いているように見えていたのならば結構だ。実際には、歳だけは重ねているので、それなりの行動を取れるというだけなのだがね」
それから彼はリューに言い聞かせた。
「さて、私も凡庸な若者にはお節介を焼く気にはならないのだが、君は此処にいる三人と同じように見所のある若者のようだから、助言させてもらおう。君の恋が一時的な『のぼせ上がり』ではないか、まずは自身を省みると良い。『のぼせ上がり』などではないのならば、それを示しなさい。それは今の君ならば、相手への尊敬の念と責任、騎士たる者としての振る舞い、物理的には勿論、社会的にも相手を守れるだけの力を身に付けることだ。生易しい道ではないが、君がもし本気ならば、必ずや道は拓けるだろう」
リューは目を輝かせてこくこくと頷いた。
ハワード卿は内心舌を巻いた。リューは決して愚かではないのだが、最近は若者特有の難しい時期、有り体に言えば生意気盛りで、年長者の忠告に対して反発することもある。だというのに、オシアンの言葉は彼の耳に届いているのだから。
ハワード卿の視線に気付いたオシアンは、少し苦笑した。
「単なる年の功だよ、ハワード卿。我々は今後、長い付き合いになるのだから、あまり買い被らないでくれたまえ。それでは諸君、我々はここで失礼するよ」
彼は、三人に向かって一瞬だけ片目を閉じて見せると、アーセン氏を背負ったまま、店員を呼んで何かを渡し、悠々とカフェから出て行った。
「……あの域に到達するまでには、途方もない時間がかかりそうですね。私もああいう大人になりたいものですが」
酔いから醒めたリューがそう呟き、シェーンもそれに同意した。
その後、店員から「皆様のお支払い分は、先程の紳士から頂いております」と伝えられ、三人は揃って地面に膝を付いた。
――以上が、ハワード卿の結婚式前日の話である。
リューは一応、北部連邦の飲酒可能年齢(十八歳)には達しております。好奇心旺盛で生意気盛りなのは年相応、というところで、自分の弱点を補う為の努力を惜しまない美点もあります。




