バチクソ野郎、最初の自治区。
ロリカは刑務服を来て、仮面を被った。こうすると女であることは誤魔化せる。
鞭を携え、街に繰りだした。
俺たちは家臣となり、後ろにつき従う。
「烏丸君、俺に殴られた顎、大丈夫かね?」
「一時的に気絶しただけだ。秘伝の薬を使えば、腫れはすぐに引く」
逞しくてよかった。
「それに温情をかけたのだろ。全力で打ったところで拙者は死なぬのに」
街を闊歩しているモヒカンどもが、刑務官の姿を見ると、道を開けて整列した。
こいつらの顔は真剣じゃない。舐めてはいないが、神には障らなければ祟られない、という余裕を感じる。
刑務官に告げ口されない程度に、住民を虐げつつ、おこぼれは与え、自分たちの都合のいい居場所を維持しているのだ。
それでも生きていると妥協してはいけない。
モヒカンどもは痩せ衰えず、民は見窄らしく路上で寝ているのだ。階層化が長引けば、階級化になりかねない。
変えなくては。
俺が刑務官より、前に出ようとしたら、右手が横に出され、止められた。
「ノブちゃん、わたしがやるわ」
「ノブ、ちゃん?」
いつの間にか、とても親密になっている。
刑務官が鞭を振るい、雑草生え気味のアスファルトを叩いた。乾いた音に、モヒカンどもの背筋が伸びた。
いつもとは違うと察したようで、黄色モヒカンが恐る恐る言う。
「刑務官様、今日は腹の虫の居どころが悪そうですが、我々は問題なく、真面目に民との生活を送っておりますであります」
「やかましい! てめえらの所業は目に余る。今この瞬間から三倍厳しく行くぞ!」
ロリカが問答無用で整列するモヒカンどもを打ち据えた。
「待ってくれよ。なんだよ、急に。何があったんだよ」
「質問していいと認めていない!」
ミツがフラフラしだした。ロリカの凶暴な側面を初めてみたのだ。倒れるほどのショックだろう。
「素敵、すぎる。鞭で、打たれたい」
「あっそう。昇天しないように堪えろよ」
その鞭の威力がない。モヒカンどもが怯まなくなってきた。
ロリカは体力を使い切り、回復していないのだ。電力もとても微弱なのだろう。
男の俺と命懸けで戦ったんだ。強がっても華奢な女。戦える体ではない。
「なんだ、いつもの刑務官じゃねえぞ」
黄色モヒカンがニヤけた。
「得体の知れない化け物だったから、怯えてきたけど、ビリビリしなければ大したことねえな。それによく見たら小柄で細い。もしかして、あんた、女か?」
電撃の刑務官というあだ名は、妖怪名とも言える。
拳で殴る以上の恐怖を与え、それが噂となり、伝播され、多くのモヒカンどもを畏怖してきた。
過剰に誇張された恐怖が、この街をそれなりに成り立たせてきたのだ。
俺と闘って疲弊したせいで、今までの図式が崩れてしまった。
「舐めるな、貴様ら!」
焦ったロリカの声が裏返り、女声丸出しになった。
モヒカンどもが一斉に笑いだす。
「今日は調子悪いようだな。お姉さん」
底辺雑魚ほど、変わり身が早い。急に態度がデカくなった。
「おーい、集まれ! いい見せ物があるぞ!」
モヒカンどもが騒ぎだし、煽り立てる。
例えば熊が一頭出現したら、人間は何百人いようと逃げ惑う。
電撃の刑務官の妖怪的恐怖はそういう効果だった。モヒカンが何百人いようと、たった一人が近寄りたくない存在だった。
今は逆の現象が起こっている。
罠に囚われた弱き熊は、多くの人の腹を満たす食糧に変貌する。
「刑務官の化けの皮が剥がれたぞ。こいつ、女で大したことねえ!」
幻想崩壊のロリカが後退しだす。
「ノブちゃん」
泣きそうな声になった。
俺はようやく彼女の前に出る。
「悪いけどさ、これは望んだ展開だよ。いけるか、烏丸」
「アカツキ殿、やってよいのだな?」
忍者は直の雇い主に聞いた。
「ロリカ様を虐める者は許しません。やっちゃいなさい」
「御意」
ミツは後ろに下がる。
「アカツキさん、僕らは邪魔にならないようにしましょう」
「私の得意技です」
黄色モヒカンが粋がる。
「配下もハリボテだぞ。やっちまえ!」
俺の筋肉は十分なインターバルで回復している。今日、3ラウンド目は雑魚狩りだ。
「おお、かかってこいや!」
真っ先に黄色モヒカンの懐に爆進する。
「おりゃあああ!」
普通にレバーブローを捻りこんでやった。
黄色モヒカンは「ひでぶっ」と吐いてうずくまり、泡を吹いた。
「次!」
烏丸はすでに二人倒していた。
こういうときは張り合ってしまうのが、悲しいか嬉しいか男のサガだ。
「無駄なモヒカンカットがおらあ!」
連打連打連打。烏合のモヒカンどもが屍のごとく倒れていく。
「石、握りこんでいくぞ!」
典型的な威力倍増手段だ。
「肋骨折れろ!」
とにかく弱い。それは普段、鍛えていないからだ。モヒカンにすることで同一集団と化して、びびらせる。数だけのしょうもない集団だ。
自分たちが安っぽい幻想にすがっているから、電撃の刑務官の幻想的恐怖にも、ことごとく服従する破目になったのだろう。
こいつらは鍛え直して街の防衛隊にする予定だ。その前に痛みを知れ。
「歯あ食いしばれ!」
うずくまる輩どもが、打ち上げられた魚のごとく、哀れさを晒していく。
「胡椒爆弾、喰らえ」
ミツは襲いかかってくるモヒカンに、創意工夫で対抗している。咳きこんだところを、ロリカがビシバシやる。アカツキは奇声をあげて、強く見せている。
容赦なく手甲剣で切り刻む烏丸が、ときどき助けてやっている。
気にかけていたが、大丈夫そうだ。
「耐えてみろおらあ!」
俺は穴が空くほど土手っ腹を殴る。
突然、背中に嫌な殺気を感じた。振り向くと拳銃を持ったモヒカンがいた。
「頭に乗るなよ。人間がこれを避けられるか!」
「真眼!」
俺が弾丸を避けたら、他のモヒカンに当たった。血を噴きだし、倒れる。
「なっ、なっ、なぜ」
撃ったモヒカンが震えている。
「普通に避けられるんだけど、何か?」
拳銃を持ったまま腰が砕け、女座りになった。
「化け物お」と声が溢れる。
他のモヒカンどもも動きを止めた。新たな恐怖が刷りこまれた様子だ。
こいつら真眼すら知らない。まあ今更知っても、大人になってからでは、まず身につけられない。
つまりは相手にならず、住んでいる次元が違うのだ。
決着した。
「ここはワシのシマだぞ。電撃の刑務官、調子に乗りすぎだ。多めに見てやってきただけなんだ。そろそろ貴様を追いだしてやる」
「誰だよ? 終わったのに」
俺が興醒めしていると、オレンジ色のモヒカンが姿勢を正した。
「偉大なる大モヒカンのモヒカン王、ついに動いてくれましたか。こいつらを、お願いします!」
モヒカンどもが一様に安堵の相で雄叫びを上げた。
背はデカくないが、腹が出ていて恰幅はいい。モヒカンの長さが1メートルはありそうで、確かに大モヒカンだ。
牡鹿の角みたいに、モヒカンの大きさで位が決まっているのか。
オレンジ色のモヒカンが説明する。
「モヒカンはな、30センチ以内と決まっているんだ。それ以上は、選ばれしモヒカン王のみが許されている。威厳が違うんだよ。ザマアミロ、これで貴様は終わりだ」
モヒカンどもが足踏みをしだした。重低音が磁場のごとく広がる。
モヒカン王なるデブが吠える。
「くせえ息い吐いてんじゃねえぞ。ガキどもが! 二秒のうちに貴様らの首を」
「その体じゃ、そんなに早く動けんだろ。っていうか、終わったあとだし、めんどし」
俺はモヒカン王なる者に飛びかかり、威厳の象徴である1メートルのモヒカンを掴んだ。
「神聖なるモヒカンに触るとは、不届きな!」
「烏丸。バッサリやってくれ」
「了解」
忍者が小刀を抜き、モヒカン王を綺麗に坊主にした。
「負けたあああ」
モヒカン王が威厳を失くしたふうで、うずくまった。
「だから、その前に決着してんだって」
俺は手に持ったままの、やたらとトリートメントの効いた髪の毛を放った。
「いいか、よく聞け! 俺たちはこの刑務官ロリカ様の家臣だ。これよりロリカ様をこの街の平和の象徴とする。それを汚す奴は俺たちが容赦しねえぞこらあ!」
烏丸もノリノリで、やたらと回転する体術を見せ、畏怖する。
俺は刑務官の下で片膝をついた。
「どうぞ、一言、お願いします」
ロリカは姿勢よくモデル立ちになり、仮面を外した。
「皆さん、わたしの言うとおりにしてね」
披露された美人顔がにっこり微笑んだものだから、モヒカンどもが昇天して全員ひざまずいた。
「ミツ、出番だぞ」
「ほいさ。では代行して説明しますよう。皆さんは街の防衛隊をなってもらいます。忍者の烏丸さんにみっちりと鍛えていただきます。規律を守ってくださいね。でないといつでも殺しますからねえ。それと、住民は対等の立場ですので虐げたら同じく処します、いいですね」
ロリカが付け加える。
「モヒカン禁止令だしまーす。みんな、真面目になってくださいねえ」
ぷっくり頬のそばで人差し指を立てる、かわいいポーズをとった。
モヒカンどもは完全制圧されたのであった。




