無敵の刑務官VS伝説の囚人
黒髪に赤いウィッグを被せ、白いドレスに着替えたロリカとともに、俺は広間へ向かった。
ミツが床掃除をしていた。
「なにやらされてんだ」
「兄貴、身の回りを綺麗にすると、心も清らかになりますよう」
短時間で召使いとして完璧矯正させられていた。
近くでは執事姿のアカツキが目を光らせている。
「もういいわ。変なことさせてしまってごめんなさいね」
完全に乙女に戻ったロリカが労った。
「いえいえ、ロリカ様のしもべになる喜びを、極めて短い時間でしたが、味わうことができました。これからも寝る間を惜しんで、お勤めを……」
「いいから座れ」
やれやれだぜ。
俺たちはソファーに座った。
アカツキが紅茶とクッキーを運んできた。
「あんた、ほんと執事みたいだな」
「ロリカ様に仕える喜びを味わうほどに」
「あんたもそれか」
このコスプレ刑務官女には、そういう魅力があるようだ。
当のロリカはお淑やかな雰囲気で、俺を上目遣いで見ている。
「兄貴、僕のことをいやらしい目で見てますよ。やばいっす」
ミツが俺に耳打ちしてきた。
見られているのは俺だ。そんなの望んでいないぞ。気まずいので、俺から話しかける。
「なぜ、刑務官の格好をしていたんだ」
ロリカがうなずいた。
「わたしの父が刑務官でした。犯罪者たちに規律を与える父は、家でも厳格であり、わたしも厳しく躾けられ、育てられました。母は病で亡くなっていましたので、父だけがわたしの頼りでした」
確かに背筋を伸ばして座る姿勢からして、褒められたものだ。
「そんな父に憧れ、わたしも将来、刑務官になることを夢見ていました。幼すぎて、日本が崩壊していってることも知らずに、です」
ロリカは悲し気な目になった。
「全国の刑務所が維持できなくなり、崩壊していきましたが、わたしの父はもともと、無敵の刑務官という異名を持っていました」
「めちゃくちゃ強かったんだね」
「朝は飯5杯食う丈夫でした。広背筋は逆さオニギリでした。肩車はガンキャノンでした」
最後のはよくわからん。
「どんな凶悪な囚人でも叩き潰し、握り潰し、タオルのごとく絞りました」
そこまでやっちゃいけないと思うけど。
「どんな極悪な囚人でも躾け直し、刑務所界の英雄でありました。人気すぎて刑務所界のみですが、歌手デビューもしました。熱く猛る男を演歌で歌っていました」
知らない世界に、豪い人がいたものだ。
「ただ、そこまで鍛え抜いた目的も、伝説の囚人・銀堂が、超独房から出る日に備えてだったようですが」
「超独房?」
「最も悪辣な囚人を閉じこめる、非人道的な独房です。世間に知られれば大問題ですから、誰も知りませんよね。父は御伽話として、幼いわたしに聞かせてくれました。平和な世の中が続いていれば、都市伝説として語っていたでしょう」
ロリカの悲しみが深まった。
これより先は不幸な話になりそうだ。
「父が勤めていた刑務所は、父のおかげで最後まで安定していましたが、公的資金が途絶えれば、食料も確保できません。情に厚い父のほうが、囚人に謝る事態になっていきました」
しかし囚人たちが畏敬の念を抱くとはかぎらない。
「刑務官の中には、秩序にこだわる父に疑問を抱き、囚人と繋がる者も生まれました。正義感の強い父は純朴すぎたとも言えます。裏切りに気付きませんでした」
「刑務所の外はすでに、群雄割拠の乱世に向かっていた。成り上がりたいと思う者が増えていく。戦乱の世に乗り遅れた者負けは、伊達政宗なんかがいい例だからね」
だがそれは、弱ければ死の世界だ。多くの者たちは覚悟をしないまま、無惨に散っていっただろう。
「強い者を担ぎ、お父さんを倒す流れができたんだな」
「担がれたのが銀堂でした。超独房は囚人を弱体化させるはずなのに、試練に耐え抜いた銀堂は、強さが増していたそうです」
「お父さんと銀堂の一騎打ちになったと」
「他の者が入る余地などありません。三日三晩の死闘ののち、銀堂が、勝ち、ました」
ロリカの言葉尻が途絶え途絶えになった。
「囚人たちは恨みを晴らすべく、倒れた父を八つ裂きにしました。本当に惨たらしい」
ロリカが膝の上に置く拳を握りしめた。
「全ては父の部下の狐塚さんから、聞かせていただきました。その後どうなったかというと、銀堂は一匹狼であり、雑魚を率いることはしませんでした。自分の自由にしか関心がなく、群がる囚人たちをズタボロに蹴散らして、姿を消したのです」
銀堂のためのシナリオになったわけだが、どちらにしろ刑務所システムは維持できなかっただろう。今では賊どもの要塞になり下がっている。
「わたしは父とは違い、非力です。すがる者なく露頭に迷い、悪漢から逃げ惑う人生になりました。男はケダモノであり、女は食い物になります。私は餌食になり……」
ミツが話を切ろうとするかのように、前のめりになった。目が血走っている。
「大丈夫だよ。彼女には」
「わたしには小さいころから、得意な体質がありました。触れただけで家電製品を起動させることができたのです。父から人前でその力を使ってはいけないと、躾けられていたので、封じていました」
ロリカがカップに指を差し向けると、紅茶の表面が波打った。
「自分の身を守るためなら、力を解放してもいい。父の言葉を思い起こし、襲ってきた男どもに電撃を喰らわせてやりました」
ミツが大きく息を吐いて安堵を示した。
かたやロリカが狂気じみた笑みを一瞬、垣間見せていた。
「わたしは非力ではなかったと知り、刑務服を着ることにしました。父が囚人たちを躾けたように、わたしも世を乱す男どもに仕置きを加える。そのための旅に出ました。この街が特に乱れていたので、留まりましたが、わたしには治世の才能がありません」
俺はロリカが座るソファーの後ろに立つ、アカツキを見やった。
「それで元市長に頼ったわけか」
ロリカが澄ました顔のアカツキの腕を掴んだ。
「おやめください、ロリカ様。はあああ」
ビリビリして震える白髪の男が一匹いる。
「こいつは、いいとこの出で市長をやっていただけで、まるで置き物だ」
若い女がすこぶる残念がっている。
「根っからの執事体質なんですから、ロリカ様に仕えられて幸せ。メエエエ」
しょうもないおっさんだ。
俺は胸を張って言う。
「よし、わかった。この街を俺の自治区にする」
ロリカが目を丸くした。ほんのり頬が赤い。
アカツキは睨んでくる。
「なんだよ、しょうもないおっさん」
アカツキは口笛吹きそうな感じで、目を逸らしながらも、厳しい口調になった。
「ノブ様もずいぶんとお若い。ロリカ様と同じぐらいの歳でしょう。何ができるのですか?」
野蛮人でしかないと言いたげな素振りだが、否定はしない。
「俺の隣にいるミツは、そっちのほうでは優秀だよ。なにより、民衆の政治を取り戻すのが結論なんだ。そのためにはまず圧倒的な武力を持って、暴力をねじ伏せる必要がある。ロリカさん、あんたがやってきことは所詮、女であり、中途半端だったんだ」
ロリカは頬を膨らませた。
「女性蔑視」
「武力の話だよ。中途なもんは中途なんだ。ということで、みんなで街に行こう。モヒカンどもを徹底的に痛めつけてやる」
そうして俺たちは忍者烏丸も含め、屋敷を出るのであった。




