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第五話

 ◇第五話



 いつの間にか校庭に複数設置された特設リング。そこで国王アルベルト3世主催のホワイトデーが開催されていた。ホワイトデーを意中の女性を射止めるための神聖な戦いの場、と認識した馬鹿野郎は死ねばいい。



『いやいや、我は以前言うたであろう。嫁取りは戦と同じなのだと』

「確かに言っていたが。なら、お前か? お前なのか余計な知識を与えたのは?!」

『馬鹿を言うでない。余興としては見ものだが、ワシの恋人を余興の景品にする程酔狂では無いわ」

「おい、美紅みくは俺の彼女だ」

『そしてワシの彼女でもある。ワシはお主であり、お主はワシなのだ。従ってお主のものはワシのものであり、故にお主の彼女もまたワシの彼女でもある』

「……嫌な現実だよ」



 今朝、王国から連絡を受けて特設リングを準備したのでは到底間に合う筈がない。

 だが、どうして? 

 当然の疑問である。

 恐らく貴族とボクシング部顧問との間で密約が交わされていたのだろう。考えてみれば「武器などという無粋な物に頼らず、拳一つで勝ち上がった者」など、妙な条件を付けたものだ。

「武器などという無粋な物に頼らず」という一文は分からないではない。奴らは自衛隊が装備する火器の恐ろしさを充分過ぎるほど理解している。銃器で武装した人物がリングに上がるのはかなりシュールな構図だが、それは置いておこう。だとしても「己の肉体だけをもって」と書いても良かった筈だ。

 拳一つなのだから武器だけでなく投げ技は禁止であり、必然的に柔道、合気道、アマチュアレスリングも不可となる。となると拳一つで闘う競技はおよそ限定され、ボクシングか蹴り技を封じた空手とキックボクシングくらいだ。

 骨法のような古武術や蹴り技を封じた中国武術も該当するが、それらは生憎うちの学校に存在しない。

 トカゲ野郎の指摘するように、俺にとっておあつらえ向きの舞台に違いなかった。



 ◇



 午前中の段階で2組のホブヲ、3組のトルタ、4組のオガガを退けていた。

 次で決勝戦だが一日で4戦もするとか苛めにしか思えない。全て短期決戦で倒したので体力は温存しているが、それでもキツイものはキツイ。

 米国にはヘビー級トーナメント戦を一夜で行う企画があるのは知っていたが、まさか自分がそれをやらされるとは思わなかった。



「やるじゃないか! 貴様が出来るのは知っていたがホブヲは兎も角、トルタやオガガ相手にあそこまで一方的に闘えるとはな」

 オガガとお互いの健闘を湛え合いコーナーに戻ってくると、カットマンとしてセコンドに入っているリザロスが声をかけて来る。

 ちなみにホブヲはホブゴブリン、ゴブリンの強化バージョンみたいな存在である。トルタはトロール、オガガはオーガ。

 トロールとオーガは凄まじい怪力と痛みを理解出来ないおつむは脅威だったが、決して頭が良い種ではない。レフリーが数える10カウントの意味を理解出来ない馬鹿さ加減には正直助けられた。


「相変わらず村木の試合は凄まじいな。まるで猛獣だぜ」

 トレーナーである悪友Aの声に頷くと、身に付けていたヘッドギアを取り外す。

 教師連中が出してきた唯つの条件はヘッドギアの着用だった。つまりアマチュアボクシングをしろ、というのだ。

 プロボクサーである俺にとってヘッドギアは邪魔以外の何物でもない。だがホワイトデーに参加する人間は他にもいる。魔物の規格に合うヘッドギアは存在しないのだから、あくまで人間のための条件だろう。

 学校は教育機関であって興行主じゃない。盛り上がるか否かではなく安全性を重視するのは当然だ。

 この条件を持ち出したのが禿オヤジでなければ、素直に理解出来たのだがな。奴が俺に恨みを持っていることを考えれば、意図的な妨害行為に及んだ気がしてならなかった。


「二人とも、武なら当然の結果よ」

 観客席に座っていた鈴宮美紅(すずみや みく)は、試合が終わったのでリングに上がってきた。

「そうですね、美紅さん」

「油断は禁物だ、鈴宮」

 セコンドの二人の答えは違っていた。

 トロンとした目で美紅を見つめるトカゲ野郎の発言は放っておくとしよう。悪友Aはトレーナーを務めるだけあって、勝って兜の緒を締めるのを忘れない。

 俺の声を聞きたい素振りをする美紅には、親指を立てて返事する。悪友Aの言葉ではないが、今は緊張感を解きたくない。

「そういえば、この馬鹿騒ぎを計画したと思われる貴族連中がいないようだが逃げたのか?」

「いや、あいつ等は一人残して全員予選敗退したよ」

 流石に悪友Aは試合結果に詳しい。

「口ばっかだな。いや、一人だけでもよく予選を突破したというべきか」

 貴族というからナヨナヨしていると思っていたが、まさか全員参加するとはな。性格は悪いが逃げない点だけは大したものだ。オーガやトロールみたいな強者を相手に予選を勝ち残るのも正直意外だった。

「ちなみに、予選突破した一名は魔物を代理人に指名してるぜ。その代理人てのが、これから決勝で対戦するミノタウロスのミノスだ」

「最低だな」

 前言撤回である。



「ミノスは確かに強い。この学校に通う魔物の中でNO.2の存在だ。だが最強種である龍族は出ていないのだから、これで魔物を凌駕したと思わないことだな」

 魔物が撃破され続けるのは、リザロスにしてみればやはり面白くないのだろう。

「龍族とか勘弁してくれよ。奴等、鱗で武装しているじゃないか。レギュレーション違反だろう、どう考えても!!」


 龍鱗と言えば凄まじく固いと相場が決まっており、そんなもので体中を覆っている龍族は最強種の名にふさわしい。

 いくら俺がA級ライセンスを習得できているとしても存在自体が別次元だ。下手したらヘビー級の統一世界王者から勝つより難しいかもしれない。

 当然勝てる筈がない。

 愛と勇気と努力と根性を持ってしても不可能なものは不可能なのだ。


「落ちつけ、村木。流石に龍族が参加するのは教師達が止めたのだから気にするな。今は目の前にある、ミノスとの試合だけに集中するんだ」

「……そうだな、お前の言うとおりだな」

「リザロスも余計な事を言って村木の集中力を乱すな」

「すまん」


 決勝戦を前にして、途端に空気が重くなる。


「そういえば、リザロス君。なんで魔物や貴族の人達はボクシングで闘うのを承知したのかしら。何でも有りだったら、もっと有利な条件をいくらでも選べたと思うけど」

 場の空気を察したのか、美紅が気を使って話題を変えてくれた。

「ボクシングで闘ったら村木が有利に決まっているからなぁ」

 それは俺も気にはなっていた。

 何でも有りだったら到底敵わなかった筈だ。

「――それは」

 口ごもるリザロスを、俺、悪友A、美紅の三人が見つめる。

「――全員が鈴宮さんを狙っているからじゃないかな。鈴宮さんは君達と同じように、貴族や魔物に接してくれるから絶大な人気があるんだよ」

「あえて村木が有利な条件で勝負を挑んだと?」

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら頷くリザロス

 顔を真っ赤にしているのはリザロスだけでなく美紅もだった。

「と・に・か・く。武、負けたら許さないんだからね」

「まあ、あれだ鈴宮さん。勝てたらキスくらいしてやると言えば、村木の奴も死ぬ気で頑張るんじゃないか?」

「……わかったわよ」

 美紅の声が小さすぎて、なにを言っているのか聞き取れなかった。

「わかったわよ、キスするわよ! 勝ってくれさえすればキスでも何でもするわよ!!」

 俺はニヤリと笑うと、決勝のリングに向かうことにした。



 ◇



 人間、貴族、魔物。それぞれの声援が飛ぶ中、俺は牛野郎(ミノス)と決勝戦を闘うべく校庭に設置された特設リングに上がる。

 ミノスの表情がニヤつく。

 既に何人ものボクシング部員を倒してきた実績からくる自信だろう。ボクシングという競技を見切ったと勘違いする慢心と侮りがそこにはあった。



『最後の相手はミノタウロスか。ギリシア神話に登場する牛頭人身の恐るべき怪物じゃよ』

「流石に博学だな。ゲームに登場する中ボスくらいのイメージしかない俺とは大違いだ」

『痴れ者が』

「悪いかよ」

『しかし、これも因果かな』

「意味ありげだな、なにが言いたい?」

『――ミノタウロスはクレタ島の王・ミノスの息子でありながら、粗暴にして人肉食嗜好(カニバリズム)の怪物。対処に困ったミノス王は建築家ダイダロスに命じて巨大迷宮に閉じ込めたのじゃ』

「ひでぇ話だな。だが閉じ込めたと言っても何かを食べていたのだろう?」

『言ったであろう、人肉食嗜好(カニバリズム)だと。奴は属国アテナイから贈られた若者や乙女の生贄を食べていたのじゃ。そのミノタウロスはアテイナの英雄テセウスと王女アリアドネの助力により退治される』

「つまり、俺がテセウスで――」

鈴宮美紅(すずみや みく)が王女アリアドネじゃな。かくして役者がそろったのだ、決勝の舞台にこれほど相応しい相手はおるまい』

「確かにな」



 カァァァァン。


 1ラウンド開始のゴングが鳴る。

 ほぼ同時に猛ダッシュすると一気にミノスの懐に飛び込む。まさか開始と共に突っ込んでくると思わなかったのだろう、ミノスは驚きの表情を浮かべていた。僅かな躊躇はあっても即座に左フックで迎撃してくる点は流石だが、それは望むところだった。かまわず右ストレートでカウンターを打ち込む。

 相手の方が身長が高いため、俺のパンチは上に打ち上げる形になる。相手が見えにくいのだから左パンチに合わせるのはかなり難しい。

 だが、それだけに相手に油断があった。

 右ストレートによるカウンターが奇麗に決まる。

 ミノタウロスの膝が崩れ落ちそうになるが、それも一瞬だった。


 流石、魔物。

 耐久力はヘビー級並みだ。


 完璧なタイミングだった筈だが、それでもダウンを取れない。

 だが、リザロス戦で異常なまでの魔物の耐久力を体験していた俺に躊躇はない。構わず左脇腹にボディーブローを放つ。先に受けた右ストレートのダメージが効いていたため、ミノスはボディーブローを耐える準備が出来ていない。左ボディーブローで態勢を起こし、さらに叩きつけるように右フックを返す。

 そのまま止まらず微妙に体を左に傾けると、メキシカン張りのボディーブローをフィニッシュブローに叩きつける。

 筋肉と筋肉の間にグローブが喰い込み、今度こそミノスは崩れ落ちるようにリングに沈む。


「ミノス選手、ダウン!」


 放送部の叫ぶような実況がスピーカーを通して校庭中に響き渡る。


 俺はニュートラルコーナーに移動し、レフリーがカウントを数えるのを待つ。

『あれでは立ち上がってきても勝負がついておるわ』

「そうだな。だがそれでも立ち上がって来たとしたら、そのガッツは大したものだがな」


「1、2、3――」


 レフリーとしてリングに上がるボクシング部顧問が数えるカウントを黙って聞きながら、アイツと会話する。その内容に大した意味はないが、試合中に声をかけられるのは意外と助かる。おかげで冷静になれた。

 大抵の場合、試合中に冷静さを無くした人間が負けるのだ。


『ガッツだけでは試合に勝てぬわ』

「そりゃそうだ」 


 どれほど肉体を鍛えようと急所というものは存在する。

 それは魔物と言えど然り。

 4足歩行のゴーゴンなどと違いミノタウロスやリザードマンは2足歩行。つまり人型であるため急所は人間とほぼ同じなのだ。

 カウントが5をまで進んだところでミノスは立ち上がりファイティンポーズをとる。はあはあと荒い息を吐きながらも、その目は死んでいない。アイツはやる気だ、そのガッツは敬意に値する。


 1ラウンドは、残り60秒。


 決めるには十分すぎる時間だ。

 膝がガクガクしているミノスに足を使う選択肢はなく、ガードを必死に固め防戦一方になる。どれほど打ち込まれようと決して勝負を諦める様子が見えない。

 人間如きに1ラウンド、つまり3分も持たなかったなど彼の誇りが許さないのだろう。勝つ、負けるの問題ではない。ミノタウロスは魔物の中でも強者に分類される。種としての意地と誇りがミノスを支えていた。

 その意気は認める。


 だが、その意気を叩き折る。


「ゴー、村木。コーナーに追い詰めて試合を決めろ!」

 トレーナーとしてセコンドに入っている悪友Aの指示が飛ぶ。

 当然だ。

 一瞬コーナーを見ることで悪友Aに「了解」の合図をすると、情け容赦なくミノスに襲いかかる。巧みに左右に移動しながら徐々にコーナーに詰めていき、最後は猛ラッシュをする。


 1ラウンドは、残り10秒。

 まだ10秒、されど10秒。


 防戦一方になりながらも、ミノスは見事1ラウンドを凌ぎ切ってみせた。


「惜しかったな、村木。だが、このまま一気に畳みかけるんだ。ミノスの膝はまだガクガクしている筈だから逃げ切れる筈がない」

 コーナーに戻るとトレーナーの悪友Aが指示を出す。だが、カットマンとしてセコンドに入っているリザロスの意見は違っていた。

「魔物の耐久力と回復力を甘くみるな。奴が1ラウンド目を闘い終えたと思わず、これから奴と1ラウンドが始まると考えるべきだ」

 疑う悪友Aに、リザロスはミノスのコーナーを指差す。そこには椅子に座らずに立って休んでいるミノスの姿があった。

「そんな、馬鹿な!」

「それが魔物の怖さだ、人間の尺度で物事を考えないほうが身のためだ」



 カァァァァン。


 2ラウンド開始のゴングが鳴る。


 向き合ったミノスの闘志は1ラウンドの比ではなかった。魔物らしく殺意に満ちた眼光を俺に向ける。身の毛がよだつ程の圧倒的闘志と殺意がミノスの体から溢れていた。

「ミノスと付き合うな。足を使え、ボクシングをしろ!」

 悪友Aもミノスの異常さを感じ取っていた。

 そうだ、リザロスの言うとおりだ。1ラウンド目のダウンを考えないほうが良い。1ラウンドの勢いのまま一気に畳みかけたい欲求を抑え、足を使うアウトボクシングに切り替えた。


 シュッ、シュッ、シュッ


 左のリードジャブを繰り出しながら、ミノスを中心にして左に左に回るように移動する。とにかく一発が怖い。奴の利き腕である右パンチから遠くに位置する事を心がける。

 蝶のように舞いながら移動する俺を忌々しく思ったのか、ミノスはフック気味の大振りな左パンチで俺を捉えようとする。体を後ろに反らしスウェーバックで回避するが、その風圧が凄まじく前髪が大きく揺れる。

 こんなパンチを食らいでもしたらダウンは免れない。

 ミノスはそのままフック気味の大振りな右パンチで態勢を立て直すと、強引に三発、四発、五発、六発と連続させる。決して技術的には優れたものではないが、人間には不可能な技だ。

 リザロスの言うとおり、今のミノスは1ラウンド目を闘い終えた奴とは思えない。


 キュッ、キュッ、キュッ


 キャンバスを蹴りながら微妙に距離を取り続ける。

 連続フックは当たってこそいないが、徐々に試合のペースはミノスに傾きつつあった。

 それだけの迫力があの連続フックにあった。


「ワンツーじゃない、ツーワンに切り替えろ」

 悪友Aの激が飛ぶ。

 アイツも俺の闘い方が読まれてきているのに気付いたのだ。

 このままボクシングスタイルを維持し続けるとミノスのペースになりかねない。タイミングを見計らうと、いきなりの右ストレートから左ジャブを繰り出す。

 意表を突く戦法に切り替えたのだ。


 パシィィィッッッン


 拍子を変えたことで奇麗に右ストレートが、ミノスの顎に入った。

 その瞬間、一ラウンド目の情景が目に浮ぶ。今度こそ一気に詰めようと左ジャブ、右ストレート、左フックという、ツー・ワン・ツー・左フックというコンビネーションに切り替えた。

 3発目を打ち終え四発目の左フックを打とうとした瞬間、ミノスの右フックが目の間に迫っていた。


 ズドォォォッッッン!


「武選手、ダウン!」


 放送部の叫ぶような実況がスピーカーを通して校庭中に響き渡るが、俺には何を言っているのか聞き取れなかった。目の前が歪み、今何が起きているのか分からない。

 悲鳴と歓声で校庭中が騒然となる。

 絶叫しながら何かを指示する悪友Aとリザロスが歪んで見える。世界が4次元に見え、校庭にいる生徒達が回っている。もう、なにがなんだか分からない。

 ただ、泣きじゃくる美紅の姿だけははっきり見えた。


 俺は、このまま負けてしまうのか?

 美紅を貴族なんかに取られてしまうのか?


「1、2、3――」


 混濁する意識の中でどうにか立ち上がろうとするが、体に力が入らない。直ぐにでも試合を終了させるか悩みつつも、レフリーのボクシング部顧問が脇で10カウントを数える。


「――4、5、6」



『致し方ないのう。手を出さないつもりだったが、ワシも協力してやるわ』

「……いらんお世話だ。これは俺の試合、俺のボクシングのリングだ。誰にも、そしてお前にも邪魔はさせない」

『だが、ワシの彼女もかかっている。お主が不様に負けるのは構わないが、ワシの彼女を取られるのだけは容認出来んわ! お主はワシであり、ワシはお主だ。ワシたちは二人で今までやってきた。違うか?」

「……違わない」

『だったら良いではないか』



「――7、8、9」


 10カウントが数えられるギリギリのタイミングで俺は立ち上がる。


「信じられません、武選手が立ち上がりました。ダウンしたときは終わったと思いましたが、現に武選手は立ち上がっております。果たして彼は平気なのでしょうか?」

 絶叫する放送部の実況担当者。いい気なものか、平気な訳がないだろうが。


「ファイト?」

 ファイティングポーズを取り、レフリーに闘えることを伝える。レフリーは試合続行を悩んだが、俺の目がうつろでない事を確認すると試合続行を認めた。

 試合再開後、すかさずミノスが猛ラッシュを仕掛けて来る。

 1ラウンド目の構図が、役者を入れ替えて再現する。


 2ラウンドの残り時間も先程とまったく同じ60秒。


『牛野郎の攻撃はワシが全部ガードしてやる。だからお主はカウンターだけを狙え』

「そんな戦い方じゃ、次のラウンドは持たない」

『次のラウンドなど無い! このラウンドで決めるのじゃ!!」

「わかったよ」


 ミノスの右フックがガードの上を叩く度、俺の体は毬のように吹っ飛ぶ。


 ミシッッ


 軽自動車に突き飛ばされたようなダメージで、左の肋骨にひびが入ったのが分かる。それでもアイツのガードのおかげでダウンだけは免れた。

 倒れない俺に怒り狂いながらミノスは前進してくる。俺は徐々に徐々に後退する。目指す先は逃げ場のない死地と言えるコーナーポスト。


 ミノスは台風のような連続フックを、馬鹿の一つ覚えで繰り出す。

 そんな単純な攻撃であっても、ダウンのダメージでふらつく俺達は回避し切れない。アイツは自分で言った通り回避し切れない攻撃を的確にガードする。

 その度に体の各所が痣になり、擦り切れ、腫れ上がる。


 1ラウンドは、残り10秒。


 まだ10秒、されど10秒。


 王女アリアドネーからもらった糸玉で誘導されるようにコーナーポストに辿りつく。そこは逃げ場のない死地。

 だが、だからこそ意味がある。

 勝利を確信したミノスが、再び台風のような連続フックを繰り出そうとするのが分かる。

 アイツにはそれしか出来ないのか?

 右足でキャンバスを踏みつけ貯めを作る。

 さあ、こい。

 早く、こい。

 俺達には、どうせ逃げ場などない。


 予想に違わずミノスの一発目は左フック。まさに待っていた攻撃だ。俺は右足でキャンバスを蹴り、捨て身の右ストレートを放つ。


 ズバァァァッッッン!


 完璧なタイミングで入った右ストレートはクロスカウンターとなる。

 口にはめていた特注製のマウスピースが飛び、白目を向きながらスローモーションのようにゆっくりとキャンバスに沈むミノス。


 フックとストレート。

 同時に放てば距離が短いストレートが勝つのは道理だ。

 ミノスは確かに強かった。

 だが馬鹿の一つ覚えでフックを打ち過ぎた。あれだけ打たれればカウンターのタイミングを捉えるのは不可能じゃない。



「勝者 村木 武(むらき たける)選手!」



 勝利コールと共に、ホワイトデーはようやく終了する。


 いままで我慢していた悪友Aとリザロス。そしてリングサイドで泣きながら試合を見ていた美紅の三人が、泣き叫びながらリングに駆け上がってくる。

 抱き上げられながら叫ぶ、俺とアイツ。


「勝った、俺達は勝ったぞ!」

『そうじゃ、ワシらは勝ったのじゃ!』


「『俺達の学園ラブコメを異世界なんかに邪魔させない!』」


今回も名アニメ「ジャイアントロボ」で使用されている、「ビッグ・ファイアのテーマ」を聞きまくりながら執筆していました。

可能であれば、この曲を聞きながらもう一度読み直されたら如何でしょうか。

熱くなること請け合いです。


エピローグが存在しないため起承転結が成立していない、と考えられる方もいるかと思います。

ですが、これは意図した行為です。

本作はハリウッド映画的演出や構成を意識しました。

決め台詞で作品を締めているのも、そういう事情があります。


余韻が欲しい方は、読後、お気に入りのラブソングをお聞きすることでスタッフロールとして下さい。

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