救済2:強制純愛!百合の花園の悪女!
特別捜査本部と化したラプラス邸は、今や、昼夜の区別なく稼働する不夜城と化していた。
「……死神の犯行声明のタイミングが、何か、おかしい。……死神は……警察のデータベースにアクセスできる環境にあるか、いや、あるいは……」
アリシアの瞳が、ふと、部屋の奥の特等席に向けられる。
そこには、茶葉の香りを漂わせながら、優雅に本を読むルミナリア・フォン・ラプラスの姿があった。そして彼女の足元には、メイドのシャルロッテが控えている。
「シャルロッテ、紅茶が少し温いですわ。淹れ直しなさい」
「申し訳ありませんわ、ルミナリア様ぁ!すぐに新しく淹れてまいりますの!」
昼間、二人の関係は「主」と「従」という完璧な仮面に覆われていた。ルミナリアはシャルロッテを顎で使い、シャルロッテはまた、それに従う。……貴族社会のありふれた風景である。
だが……アリシアの直感は、その光景に微かな『不協和音』を感じ取っていた!
(……おかしいわ。最近のシャルロッテちゃん、ルミに対する距離が異常に近い。まるで、ルミを『見張っている』かのように……)
アリシアは、その理由を自分なりに解釈していた。
ラプラス邸が死神を追う捜査本部になったことで、当主であるルミナリアが死神の標的になるかもしれない。
だからこそ、シャルロッテは、忠誠心からルミナリアを過剰に守ろうとしているのだ……と。
そして、アリシア自身もまた、強烈な正義感と愛情を燃やしていた。
アリシアの推理は、ある意味で正しく、ある意味で致命的に間違っていた。
彼女は、光の側に立つ人間である。すべてを愛する博愛主義者だからこそ、「愛するルミナリア自身が、まさか、血塗られた死神そのものである」……という真実にだけは、「思考を到達させない」ようにしていたのだ。
そう。ルミナリアの「すべてを知る」者は、この捜査本部の中にただひとり。メイドでありながら、圧倒的な魔法の才能と野生の直感を秘めた、シャルロッテのみである。
事の発端は、数週間前に遡る。
深夜、ルミナリアが死神の仮面を隠し、血の匂いを消すための洗浄魔法をかけていた私室に、シャルロッテは音もなく忍び込んだ。アリシアのような論理的な推理ではない。シャルロッテの獣のような嗅覚と、ルミナリアへの常軌を逸した執着が、彼女の裏の顔を暴き出したのだ。
『……ルミナリア様。……わたくしは、全部、知っていますわ』
その時のシャルロッテの瞳には、一切の恐怖もなかった!
あるのは……ただ、底知れぬ……重く甘い『独占欲』であった!
ルミナリアは即座に、自身の置かれた絶望的な状況を理解した!
だが、ルミナリアの知性が弾き出した最適解を待たずして……シャルロッテは極上の微笑みを浮かべ、甘い毒のように囁いたのだ!
『……わたくしに抱かれなさい』……と!
それは、脅迫であった!
シャルロッテは、ルミナリアを告発したいわけではない。
正義の裁きを下したいわけでもない。
彼女はただ、狂いかけている愛しい主人を、自分だけの鎖で繋ぎ止めたかったのだ!
ルミナリアがシャルロッテに秘密を暴露されれば、死神として破滅する。
シャルロッテもまた、死神の犯行を黙って見過ごす『共犯者』となっていた。
もし、ルミナリアがシャルロッテを解雇して切り捨てようとすれば、シャルロッテの今までの悪事も明かされ、ルミナリアもまた破滅する。
互いが互いの急所を握り合い、裏切れば共に地獄へ落ちる。
この、逃げ場のない論理こそが、二人の関係を縛る『永遠の誓い』となったのである。
深夜二時。
ラプラス邸の捜査本部が一時的な静寂に包まれる頃、ルミナリアの私室では……真実の扉が開かれる。
この空間が完全に遮断された瞬間、二人の関係は完璧に反転する。
「……シャルロッテ。今日は少し、乱暴にすぎませんこと?」
天蓋付きのベッドに押し倒され、ルミナリアは艶やかな吐息を漏らした。
仮面の死神として悪党どもを恐怖に陥れる冷酷な女王が、今は一人のメイドの腕の中で、無力な『玩具』へと成り下がっていた。
「乱暴?ふふっ。ルミナリア様が、昼間にアリシア様にあんなに優しい顔を向けるからですわ」
シャルロッテは、ルミナリアのドレスの胸元を無造作に引き裂き、露わになった素肌に、熱を帯びた唇を這わせた。
鎖骨から首筋へ、そして耳元へ。皮膚を吸い上げながら、彼女は獣のように目を細める。
「んっ……あ……っ」
知性で己の感情をコントロールし、論理で世界をねじ伏せてきた彼女にとって、抗うことのできない『物理的な暴力』による支配は、ある種の、麻薬のような、安らぎをもたらしていた。
「アリシアは……捜査のために必要だから、愛想よくしているだけでしょう……?貴女こそ、私の……っ!」
「嘘ですわ。ルミナリア様は、アリシア様の眩しい正義を、今でも愛している。だからこそ、自分が死神として泥を被ることに、快感を覚えているのでしょう?」
冷酷な言葉と、極上の愛撫。その矛盾した二つの刺激が、ルミナリアの頭脳を白くショートさせていく。
「ちが……私は、ただ、悪を……っ」
「そうですわね。貴女は悪を憎んでいる。でも、本当に、一番憎んでいるのは、自分自身。……ルミナリア様は、本当に不器用で、愛おしくて、救いようのないお人ですわ」
シャルロッテは、ルミナリアの唇を塞ぐように、深く、貪るような口づけを落とした。
ルミナリアは、シャルロッテの背中に腕を回し、強く握りしめた。彼女の指先が、シャルロッテの背中を掻きむしるように這う。
罪悪感。正義の重圧。罪悪感。
それらすべての重荷を、この瞬間だけは、忘れることができた。
他者の運命を握る己が、己の運命を他者に委ねるという、極上の背徳感。
ルミナリアは、シャルロッテの玩具になることで、自らの魂の均衡を保っていたのだ。
「……好きですわ、ルミナリア様。貴女の、その美しくも醜い業のすべてが」
ルミナリアはシャルロッテの金糸のような髪を愛おしげに撫でた。
「貴女は……本当に。狂っているわね、シャルロッテ」
「誰のせいで狂ったとお思いですか?」
「ふふっ……そうね」
ルミナリアにとって、シャルロッテはもう、ただの従者ではない。自らの魂の半身であり、運命を共にする『共犯者』であった。
「……ねえ、シャルロッテ。もし、私が、このまま狂い続けて、警察に……アリシアに追い詰められたら、貴女はどうするの?」
ルミナリアが知的な問いを投げかけると、シャルロッテは主の胸元に顔を埋めながら、クスクスと笑った。
「その時は、わたくしがルミナリア様を殺して、わたくしも死にますよ」
その言葉は、ロマンチックに、甘美に響いた。
「貴女になら、殺されてあげてもよろしくてよ。でも、その前に……」
ルミナリアは、シャルロッテの顎を指先で持ち上げ、今度は自分から、蠱惑的な笑みを浮かべて唇を重ねた。
「今夜はまだ、私を眠らせないでちょうだい。……私の可愛い、飼い犬」
主導権を奪い合い、愛と支配を貪り合う二人の夜は、深く、淫靡に更けていった。
翌朝。
朝陽がラプラス邸のステンドグラスを抜け、大広間に七色の光を落としていた。
「おはよう、ルミ!シャルロッテ!」
アリシア・ヴェリタスが、徹夜明けとは思えない溌剌とした笑顔で、淹れたてのコーヒーを運んできた二人に声をかけた。
「おはようございます、アリシア。昨夜は徹夜で捜査を? 無理はいけませんわよ」
ルミナリアは、完璧な貴族令嬢の微笑みを浮かべてアリシアの労をねぎらう。
「ええ。でも、少しずつ仮面の死神のプロファイリングが完成しつつあるわ。……ルミ、安心して。私が必ず、この狂った死神から、貴女を守ってみせるから」
「……頼もしいですわね、アリシア」
ルミナリアは、胸の奥を抉られるような痛みと、同時に、背筋が凍るようなスリルを感じながら、優しく微笑み返した。
そのルミナリアの背後で、シャルロッテは空のティーカップを片付けながら、アリシアに向かって一礼した。
「アリシア様。ルミナリア様は、わたくしが『全身全霊』でお守りいたしますから、ご安心くださいませ」
シャルロッテの言葉には、アリシアへの牽制と、ルミナリアへの絶対的な所有欲が隠されていた。
だが、アリシアには、その言葉の裏に潜む闇など、到底理解できるはずもなかった。
「ありがとう、シャルロッテちゃん!」
アリシアは、無邪気に笑った。




