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【5位】悪魔でも悪にあらがう悪役令嬢/ヴェリタスの最終定理 ⅤⅠⅠⅠAIN  作者: LIU@札幌/鬱/誰か助けて
悪魔でも悪にあらがう悪役令嬢2:覚醒する本能

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救済8:俺はもう会社を辞める!死人を再雇用する悪女!

「や、本当、すまないね。でもまあ、規則だから」


社長は心底申し訳なさそうな、温かい顔で言った。

胃が、痛かった。

魔導技研開発主任のキタムラは、目の前の申請書を見つめていた。

事務所を見渡せば、総務も、係長も、部長も、全員が……純粋な、信頼と善意の眼差しを向けている。

悪意は、この部屋のどこにも存在しなかった。


だからこそ、キタムラは発狂しそうだった!


「……社長。もう一度だけ、申し上げます」


キタムラは乾ききった唇を開いた。


「今週の金曜日は、マシンの図面を工場へ持ち込み、現場の技師長とすり合わせを行う日です。そして、翌日の土曜日ですが、その日に、展示会にて、私が……私が登壇して、そのマシンのプレゼンを行うわけでして」


「分かっているよ!君がいなくなったら、うちなんか、即座に倒産するよ!」


社長は頷いた。それは、純粋な賞賛だった。


「ならば、なぜですよ?」


キタムラは震える指で、申請書を指した。


「なぜ、新入社員の、ルカさんの見舞いに、私がその二日間、張り付かねばならないのですか!?ぜんっぜん、おかしいですよね?」


ルカ。

先月中途入社してきた三十代半ばの男性。

キタムラより十歳も年上な上に、魔導工学の知識は素人同然で、営業ノルマも達成できず、社長も営業部長も、そしてルカ本人すらも「自分は無能である」と認めている男だ。そのルカが、ころんで怪我をした……という理由で欠勤した。


「それはねえ、キタムラ君」


総務主任が就業規則集の分厚いファイルをめくった。


「『社員が就業不能となった場合、直属の者がケアを行わなければならない』……そう。この規則だよ!」


「規則を改定してください!嫌がらせですか?どうにかしてくださいよ!社長が!」


社長が悲しそうに首を振った。


「君が優秀だからといって、規則から除外することは、君への優遇であり、ルカ君への差別になってしまうんだよ」


理路整然としていた。


「……金曜日の図面の提出は!?」


「金曜の朝一番でルカ君の家に行き、ケアを済ませてから会社に戻り、図面を持って工場へ行けばいい!」


「……土曜日の展示会の準備は!?」


「土曜日に行えばいい!そして、日曜日に休めばいい!」


「……なんだこの会社!」


金曜日、運命の日。

キタムラは朝七時に出社した。

図面を入れたアタッシュケースを手に持ち、そのままルカの家に向かおうとした。

だが、ゲートの前で呼び止められた。


「キタムラ主任、いけませんよ」


セキュリティ責任者は親切心から警告した。


「持ち出しは重大な規定違反になります」


「持ち出し!?……いやいや、ルカさんの家に行って、そのまま工場へ直行しますよ?」


「お気持ちは分かりますが、例外は作れません。」


キタムラは、喉まで出かかった絶叫を呑み込み、アタッシュケースを自分のデスクに置いた。


ルカの自宅アパートに着いたのは午前九時。

インターホンを鳴らすと、スウェット姿のルカが申し訳なさそうに出てきた。足には小さな湿布が一枚貼られていただけだった。


「キタムラ君……本当にごめんねぇ。僕なんかのために……これ、医師の診断書。『全治三日・軽度の打撲』だって。明日には出社できるって言われたんだけど、会社の決まりだからって、君に来てもらっちゃって……」


「……月曜日にお待ちしています」


キタムラは機械のように告げ、診断書をひったくるように受け取った。


会社に戻ったのは午後一時。

診断書を代理提出し、アタッシュケースを掴んで、今度は工場へ向かった。


午後三時からの工場ミーティングは、文字通りの激闘だった。

会社に戻って報告書を作成し、すべてを終えた時には深夜零時を回っていた。


翌土曜日。国民の祝日。

国際展示会のホールは熱気に包まれていた。

キタムラは壇上に立ち、新技術について、流れるようなプレゼンテーションを披露した。会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こり、大手企業からの共同開発の打診が殺到した。

完璧だった。

人間として可能な、究極のパフォーマンスを発揮し、図面も、展示会も、ルカの見舞いすらも、すべてを完遂したのだ。


日曜日は、泥のように眠った。


そして、月曜日の朝。

キタムラがいつものようにスーツを着て出社すると、オフィスの空気が異様に重かった。


「キタムラ君……ちょっと、役員室に来てくれるかい」


社長の声は、いつになく重たかった。

テーブルの上には、一枚の冷たい書類が置かれていた。


『懲戒解雇通知書』


キタムラの思考が、完全な空白に包まれた。


「すまない、キタムラ君。我々もね、断腸の思いだ。信じてくれ、君を手放したくなどない。君は我が社の宝だ」


社長は本気で涙ぐんでいた。法務室長もハンカチで目を拭っている。


「な?いや……どういう?……え?……いや、どゆことですか?私は……わたしゃ、あたしゃあ……あたしが、あっしが……あーしが、何か、ミス、しましたか?え?……工場の図面は受理されましたーっ、展示会も大成功でしたーっ、ルカさんの見舞いも規定通りしましたーっ。…………え?……ナニが悪いんでがしょうか?……え?」


「違うんだ。勤怠データだよ、キタムラ君」


総務部長が、震える手でタイムカードを提示した。


「先週木曜日。君は、退勤のタイムカードを押し忘れていた。システム上、君は木曜日の定時からずっと、つまり今も『残業中』となっている……」


「……」


「そして金曜日だ。君は朝一番でルカ君の家に向かったため、焦って出勤打刻をしていない。そして夜、工場から戻って会社を出る際、タイムカードを通した。これにより、存在しない人が退勤だけをした……と記録された!」


「それは打刻の修正をすれば……」


「それだけじゃあない。問題はね、土曜日だ」


法務室長が重々しく口を開いた。


「君はね、朝は出勤打刻をした。しかし、展示会で極度に疲弊し、会場から直帰したね?そのため、退勤打刻が行われていない。そして今……月曜日の今朝を迎えた」


総務部長が絶望的な顔で図を示した。


「木曜から現在に至るまでの不正な残業。金曜深夜の退勤後、わずか数時間で土曜に出勤。これね……労基の監査に我が社のデータが引っかかったんだよ。『違法残業』および『異常データ』としてね」


「異常なデータ??」


キタムラは目を見開いた。


「データ上ね、君はね……『木曜日から月曜日まで一度も退勤せず、しかも、身体を分裂させて……会社をねぐらにして……夜な夜な街を徘徊している正体不明のオバケ』になっていたんだよッッッッ!!!!」


「オバケッッッッ!?……はああああ!?!?……いやいやいや!!!!打刻ミスですがな!監視カメラを見れば、私が、金曜の朝にルカさんの家に行き、そうして……日曜は自宅で休んでいたことなど、そんなの、一目瞭然でしょう!?なんで私がオバケなんですよ?直せよ!……直せよッ!!タイムカードなんか直せよ!なんなんだよアンタたちは!!」


「いやね、君、君ね、監視カメラの映像は確かに証拠にはなるが、だからと言ってね、君。『打刻データの事後修正』は、労働時間のね、隠蔽工作と、みなされるわけだよ、君ぃ」


社長が絞り出すような声で言った。


「我が社はね、そ、今期、コンプライアンス優良企業の認定審査中だったんだよ。だからね、データ異常を放置すれば、やはり、会社全体に営業停止処分が下りる。すなわちだ。我が社のコンプライアンス規程にはこうある。勤怠記録の虚偽または不整合を……中略と、えー、情状酌量の余地なく即時懲戒解雇とする』……と」


役員室に、乾いた沈黙が落ちた。


「社長……わしゃあね、あたしゃね、アンタたちの言った通りに動いただけですから!言った通りに見舞いに行き!言った通りに図面を置き!そうして、言った通りに展示会で技術を宣伝した……!」


「ああよく分かっている!君は何も悪くない!君は被害者だ!我々も君を愛している!ここにいる誰も悪意はない!」


「だったらなんで!」


社長はキタムラの手を握りしめ、ボロボロと涙を流した。


「だが、規則なんだ。法律だよ、キタムラ君!どうか……どうか会社のために、辞めてくれ……!」


「…………はい。もういいや。さよなら。」


キタムラが解雇された翌月、中央魔導技研はもちろん倒産した。

当たり前だった。

マシンの調整ができる人間は、この世に、キタムラ一人しかいなかった。

展示会で殺到した案件も、仕様書を書ける人間が不在のためすべて破談。

営業部も、工務部も、ルカも、社長も、全員が路頭に迷った。


倒産の日、元社長からキタムラのアパートに手紙が届いた。


『君を失ったことで会社は潰れたが、我々は最後まで規則を守り抜いた。君の犠牲は無駄ではなかった。誇りに思ってほしい』


「はああああ!?!?何が規則じゃ!!!!ボケがよッッッッッッ!!!!死ねッッッッ!!!!」


そうして!

キタムラはその手紙を読んだ瞬間、激しく嘔吐した!

殴られたわけではない!

虐められたわけでもない!

だが、キタムラの精神は完全に破壊されていた!


街を歩けば、信号機の青と赤の点滅を見るだけで過呼吸を起こした!


「青にならなければ渡ってはならない。しかし、青の秒数は決まっている。つまり、渡っている時に赤になったら、自分は、規則通りやってきた車に轢かれなければならないのではないか」


何かを選択しようとするたびに、胃が、焼け付くような激痛に襲われる!


(俺は……あの時、何を間違えたんだ……?)


キタムラは、魂の抜け殻となっていた。


数ヶ月後。

王都の巨大コンベンションセンターで開催されていた『魔導工学博覧会』。

キタムラは吸い寄せられるように、無気力な足取りで会場を彷徨っていた。

会場の中央、最も人だかりができている特設ブースに、一台の巨大な魔導エンジンが展示されていた。

キタムラがかつて設計した、あの『最高傑作』だった。

プレートには、倒産した元事務所の名と、キタムラの名が小さく刻まれていた。


「……救いようのない喜劇ですわね」


凛とした、鈴を転がすような、だが氷のように冷徹な声が響いた。

振り返ると、そこには息を呑むほどに美しい少女が立っていた。

豪奢なドレスを纏い、縦ロールの金髪を揺らし、扇子で口元を隠した公爵令嬢、ルミナリア・フォン・ラプラス。

その隣には、エルフの聖女、アリシア・ヴェリタスが困惑した表情で佇んでいた。

ルミナリアの瞳が、正確無比にキタムラを射抜いた。


「そこに突っ立っている、『死人』の貴方。……このエンジンの設計して、そうして……解雇に追い込まれた……キタムラ主任ですわね?」


「えっ……な、なぜ、私の名を……」


キタムラは怯えて後ずさりした。


「ラプラス公爵家の情報網を舐めないでいただきたいものね……」


ルミナリアはキタムラに歩み寄った。

その圧倒的な威圧感に、キタムラは胃を抱えてうずくまりそうになった。


「あ、あの……私は……私は、規則を守ったんです……! 皆、善意で……誰も悪くなくて……でも、私は選択を間違えて……!」


「黙りなさいな」


ルミナリアは冷酷に言い放った。


「貴方、下らない二者択一の迷路で、今も、グルグルと脳髄を腐らせているのでしょう?」


「う……あぁ……っ!」


キタムラの頭を激痛が襲う。まさにその通りだった。過去のあらゆる分岐点に戻り、別の選択肢を選び直す悪夢を、毎夜見続けていたのだ。


「いいこと?貴方の間違いは、選択肢の選び方ではないわ」


ルミナリアは扇子の先で、キタムラの額をトンと突いた。


「『他人が作った、どちらを選んでも負けるように仕組まれたゲームに参加したこと』。それが貴方の唯一最大の罪ですわ!」


「え……?」


「自分を殺すための盤面の上で、どれほど真面目にコマを動かしたところで、待っているのは破滅だけでしょう!馬鹿馬鹿しい!己の頭で責任を負うことを放棄した『豚』の集団自殺に、なぜ、貴方のような『人間』が付き合ってやる必要がありますの?あなたのような天才の人間如きが、知能をどこかにおき忘れてきたお豚様の真似をするのは100年早いのですわ!……それは『罪』ですわ!」


『罪』!


キタムラは、雷に打たれたように硬直した!


ルミナリアは不敵に唇を吊り上げ、キタムラの目の前に二本の指を突き出した!


「さあ、キタムラ!わたくしが、貴方にゲームを挑みますわ!」


「ゲーム……?」


「一つ。このまま『真面目に死んだ犠牲者』として、一生路地裏で過去を見ながら野垂れ死ぬか!」


「二つ。わたくしの手を取り、貴方を殺したこの国の腐った規則を、貴方の新技術で根底から叩き潰すか!」


ルミナリアの瞳の奥には、圧倒的なまでの『悪の正義』が燃え盛っていた。


「さあ!貴方の罪に、選択を!」


キタムラの胸の奥底で、何かが爆発した。

冷たく凍りついていた胃の奥が、カッと熱くなった。

震える両足を力強く踏みしめ、顔を上げた。

そして、ルミナリアが差し出した白手袋の手に、自らの泥に汚れた右手を力強く重ねた。


「……私は!新しい図面を、描きたいです!!」


その瞬間、ルミナリアの顔に、この世で最も美しく凶悪な三日月が浮かんだ。


「あーっはっはっはっはっ!!それでこそ!ゲームオーバー、ですわ!!」


その声は、キタムラを縛り続けていた見えない呪縛を、木っ端微塵に粉砕した。


「過去の不条理なゲームはこれにて終了!古いゲームはやめて、わたくしと新しいゲームを始めなさいな!!」


それから数ヶ月後。

王宮において、盛大な叙勲式が執り行われていた。

玉座に座る国王の前に跪いているのは、豪奢な正装に身を包んだキタムラであった。


「キタムラ技師長。其方が開発した新型魔導炉は、我が国のエネルギー効率を引き上げ、民の暮らしを劇的に向上させた。その比類なき才能と功績を讃え、王立技術院の最高栄誉たる『一等魔導技師章』を授与する」


「ははっ……!謹んで、拝受いたします!」


会場を埋め尽くす貴族や大商人たちから、拍手と歓声が送られる。

最前列には、退屈そうに扇子を揺らすルミナリアと、嬉しそうに涙ぐみながら拍手をするアリシアの姿があった。

式典の後、バルコニーの風に吹かれながら、キタムラは胸に輝く勲章を見つめていた。

そこへ、ルミナリアがやってきた。


「キタムラ技師長。少しは顔つきがマシになりましたこと?」


「ルミナリア様……本当に、ありがとうございました。貴女がいなければ、私は今頃……」


「礼など不要ですわ。フフフ……わたくしは、貴方の才能を利用しただけ。……せいぜい馬車馬のように働きなさいな」


ルミナリアは意地悪く微笑んだ。

キタムラは苦笑しながら、だが以前のような怯えは微塵もなく、力強く頷いた。


「はい!もう、タイムカードの押し忘れで死ぬことはありませんから!」


「貴方が図面(ルール)に従うのではなく、貴方の描く図面こそが、これからの世界の新しいルールになるのですからね!」


ルミナリアは扇子を開き、窓の外を指し示した。

そこには、どこまでも広がる無限の空と、彼が自由に描き出すことのできる、輝かしい未来の設計図だけが広がっていた。

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