Despair 9 オーストリッチ亭から
近くの森に馬を隠し、徒歩で大神殿に向かうリーフレット、ミノア、タックスの三人。
リベルを経由せず、直接大神殿下の町に辿り着いたリーフレット達は、門を潜らずタックスの案内で城壁の隠し扉から町の中に潜入した。
「まっ、勝手知ったるなんとやら。門番を半年もしてるとな、色々と抜け道を覚えるだよ」
そう嘯くタックスに連れられて、一昨日泊まったオーストリッチ亭に到着するミノアとリーフレット。
宿に入ったと同時に、店主が声をかけてくる。
「ラナートっ、無事だったか。マルベリック卿がお前を探していたようだが、大丈夫だったみたいだな」
「まあ、襲われたがな。明日の昼までは大丈夫だろう。這いずってだとリベルまで一晩はかかるだろうからな」
底意地の悪い顔で一笑すると、タックスは少しだけ真剣な表情を作る。
「一応、リベルの監視を頼む。後詰めの騎士がこちらに向かってくるようなら、早めに送り出さなきゃならねぇ」
「わかった。それは任しておけ、こちらで対処する」
軽く頷くと宿屋の親父はリーフレットとミノアの方に顔を向けた。
「リーフレット殿でしたな、お役目ご苦労様です。先日は身分を明かせず失礼しました。タックス・ラナートの同僚でヨヌモーグと申します。それにミノア様も、ご無事で何よりでした」
初日とは違う店主の態度に、リーフレットはふと思い出す。
「そういえば、ミノアってお嬢様だったんだっけ」
「ふふん、こう見えても北の領地に戻ったら姫様って呼ばれてるんだからね」
と、自称公爵令嬢は言っております。
店主の反応を見ると、あながち嘘ではないのだろうが、初対面で廃屋潰してくる少女を公爵令嬢として見ろと言われても無理がある。
かつての大国ルアリースにあった五つの公爵領、そのうち南の三公はそれぞれ独立を果たしたが、地理的に他の公爵領と離れていた北のメルティアス、当時南のティガロ公爵領と険悪だったワンバック公爵領は今でもルアリスの一公爵領として存在していた。
そのメルティアス公爵家の末娘がミノア・メルティアス・プラウダなのである。
リーフレットはその事実をミノアがワンバック前公爵をぶん殴った頃に知った。
「……首尾は」「……神殿にトラップが」「……燃えただとっ?」「いや、問題は……」「リベルからの報告だが……」「……は? ……てるだと?」「……して構わないそうだ」「じゃあ、このままルアリスを目指していいんだな?」「ああ、そう聞いている」「後、第六研究室のホレスト様から……」
リーフレットとミノアが部屋の鍵を受け取っている間に、ヨヌモーグと情報の摺り合わせをしていたタックスが戻ってくる。
「今日はここで仮眠取って、夜が明ける前に出発だ。俺は身辺を片付けてからルアリスに戻る。馬も回収しなきゃならねぇしな。お前たちは二人で白陽の大地を渡れるよな? 先行してくれ」
タックスの説明に、ミノアはどこまでも透明な笑みを見せて言った。
「元々それがリフのお仕事だもの。任せて」
そんな大見得を切っていたミノアは、次の日姿を消した。
「嬢ちゃんが消えただっ? どういうことだよっ?」
「朝起きてミノアの部屋を覗いたら、こんな置き手紙がありました」
手紙には一言「探さないでください」と書かれていた。何の冗談だろうか。
「神剣はどうしたっ」
凄んでくるタックスに、リーフレットは足下に置いてあった木箱から神剣を取り出す。
「ありましたよ。無造作に置かれてました。だから、連れ去られた可能性は低いです」
「神剣ほったらかしてまで、消える理由って何だ?」
「元々彼女と僕の目的は違います。彼女にとって神剣はついででしかなかったんです。おそらく、なにか手がかりを掴んだんだと思います。だから、それを確かめるために姿を消したんだと……」
「ちょっと待て、嬢ちゃんの目的だと? 鞘を持ってたんだから神剣の回収が目的だろうがよ。どちらかと言えば、お前さんの方が付属品みたいな感じだったじゃねぇか」
失礼な物言いのタックスだったが、リーフレットは返答を優先する。
「ミノアの目的は神剣ではなく、その後接触を図る予定の封呪能力者に会うことですよ。会って、返したいものがあると言ってました」
「封呪……ちっ、あの時の会話か。ずいぶん耳がいいじゃねぇか」
「何か知ってるんですか?」
「いや、お前さんは気にしなくていい。お前さんの仕事は何だ? 神剣をルアリスに運ぶことだろ? なら任務を全うしろ。……まさか、嬢ちゃんを探しに行くとか言わねぇよな?」
「当たり前です。ミノアも、それが分かっていたから一人で出て行ったんだと思います。相談ぐらいしろよとは思いますけどね」
引き留められるのを嫌ったんだろう。それは分かる。分かるが、腹立たしいことに変わりはない。
「ずいぶんと冷静じゃねぇか。ゾッコンだったんだろ? 逃げられてやんの」
「逃げられてなんていません。ゴールは一緒なんです。右から行くか、左から行くかの違いです」
苛立ちのまま、自分の意思をはっきり告げると幾分すっきりした。
そうだ、ミノアとは必ず再会出来る。最悪、神剣を渡した後にメルティアス公爵領を尋ねたっていい。最初に契約成立だと握手してきたのは彼女の方なのだから。契約違反だと言って乗り込んでやる。
そう意気込んでみたが、よくよく考えると何を契約とするのか、全然決めていなかったことに気づく。
……急に不安になってきた。
「とにかくだ。お前が神剣を持っているなら急いでルアリスに渡れ。出来れば一緒に行ってやりたいが、追っ手の妨害工作が先決だ。元々お前一人で渡る予定だったんだろ? なら行けるな?」
「当然ですよ。ここで捕まるようなヘマはしません」
「嬢ちゃんのことなら任せておけ。こっちに帰ってくるようなら、ふん縛ってでもお前さんに届けてやるよ」
あのミノアがそう簡単にふん縛られるとは思えなかったが、リーフレットは笑って頭を下げた。
「よろしくお願いします。ふん縛らなくてもいいので、もし会ったらメッセージを伝えてもらえますか?」
「おう、なんだ?」
「犯人は三度現場に戻る。とだけ」
「……? そう言えばいいんだな?」
「はい。それで伝わります」
「わかった。宿の連中にも伝えておく。俺がいなくなった後でも大丈夫なようにな」
気を利かせてくれたタックスに感謝して、リーフレットはオーストリッチ亭を出た。




