Despair 8 リベルに続く道から
人生で最も走った日なのではないだろうか。
ふと、そんなことを考えたリーフレットは、この三ヶ月の行動を思い出し、すぐ否定するに至った。
ロステル民公国で自称公爵軍に追われたときの記憶、ティガロ軍公国で憲兵から逃げたときの記憶、ワンバック公爵領で公爵を探し出したときの記憶、ルアリスで内乱の首謀者から命を狙われたときの記憶。
そして、つい先日も白陽の大地を渡るのに今日以上に走っていたの思いだし、日が出てから落ちるまでに走り終われるとは何と幸せなことかと考えなおす。
何か間違ってる気がする。が、気づいてしまったら自分が不幸になるような予感がして、リーフレットは考えるのをやめた。
「そろそろリベルだな。いいか、俺が先行して町に行く。この神剣を鞘ごと放り込める箱を用意するから、お前達はそれまでこの神剣を……」
タックスは言いかけていた言葉を止めた。リベルの方角から現れる十数騎の兵士達。全てが白い全身鎧の騎兵隊だ。瞬く間に騎馬隊はリーフレット達に詰め寄ると、そのうちの一人がヘルムのバイザーを上にスライドさせる。
見覚えのある顔に、リーフレットの警戒心が高まる。ハーヴェルの大神殿で声をかけてきた騎士だ。
「そこの三人、貴様らを拘束する。抵抗は許さん」
高圧的に告げる騎士。その視線はリーフレットやミノアではなく、タックスに向けられていた。正確には、タックスが背負う神剣に向けられている。
この騎士は知っているのだ。リーフレット達が神剣を手に入れたことを。
根回しは済んでいるんじゃ? と、タックスに非難の視線を送る。そんなリーフレットを手で制し、タックスは一歩前に出た。
「マルベリック卿、あんたはこちら側だと思っていたんだが?」
知り合いらしい。タックスの言葉に、マルベリック卿と呼ばれた騎士はフッと嘲るように笑う。
「否定はせん。ハーヴェル様の神剣をお諫めするのに、封呪能力者の力が必要であっても、別にクライシアがハーヴェル様より上位である証明にはならん。私は今でもそう思っている」
「なら、そこを通してくんねぇかな。今は抑えられているとはいえ、早く封呪能力者の元に持って行かなきゃ、いつ神剣が暴走し出すか分からねぇんだからよ」
「ん? 何を言っている? 神剣はすでに封じられているではないか。そうやって、お前が持ち出せているのが何よりの証だ」
これは一時的なもので早く封呪能力者に渡さなければならない。と説明したところで「はいそうですか」とはなりそうにない。リーフレットには騎士を説得できるような材料がないのだ。あの鞘がどの程度の期間、神剣を押さえ込めるのかも知らないのだから。
「そーゆうことかよ。泳がされてたってわけか。神剣の完全封印なんざ最初から目指してねぇってことだな。リーフレット、嬢ちゃん、悪ぃ。俺がとちったみてぇだ」
「気にしなくていいよ。この程度なら想定内だから。おっちゃん、どのくらい相手出来そう?」
タックスの後ろに隠れる形で、ミノアがボソボソと問いかけると、タックスは口元を手で押さえつつ答えた。
「後ろの連中ならどうにかなるが、統率のとれた相手だからな、時間がかかる。それにやっかいなのはマルベリック卿だな。ルアリスの兵団長と互角ってもっぱらの噂だ」
「そっか、じゃあそのなんとか卿は引き受けるから、後ろの連中は任せるね。リフ、手を握って」
そう言って、左手を差し出すミノア。訳は分からないがとりあえずミノアの手を握ると、ミノアはそれを恋人つなぎに変える。
「さあ、引き渡してもらおうか。貴様らにその神剣と鞘は過ぎたものだ」
マルベリック卿の言葉に、ミノアはタックスの横から顔を出し言い放った。
「見窄らしいって、言ってたくせに」
せせら笑うミノア。
「見る目ないんじゃない?」
ミノアの挑発を聞き、マルベリック卿は目元を痙攣させ怒りに震える。
「私に、見る目がないだと。小娘っ、私をハーヴェン教の聖光卿と知っての物言いかっ」
激高するマルベリック卿に、ミノアは喜色満面となる。
「じゃあ試してみよーか。あなたのその信念に闇はないのか。あっ、ちなみに私は平気だったよ? 私の心に闇はないってことでっ」
嘘八百である。何度も言うが、ミノアが神剣に引き寄せられないのは闇がないのではなく、単に感情ごと心を封じられているからだ。
そんなことを考えていると、ミノアはタックスの背にある神剣を、誰の許可を得るでもなく突然抜き放った。
「じゃ、後はヨロシク。おっちゃんっ」
言うと同時に神剣をリーフレットに手渡し、ミノアはリーフレットに抱きついた。そして、リーフレットを抱えたままバックステップ。騎馬隊から距離を取る。
ミノアが移動に使っていた奥義だと、リーフレットには分かった。鞘から解き放たれた神剣がどうなるかも知っている。
ほのかに光を放ち、闇を呼ぶ神剣。人の心の闇も例外ではない。その変化はすぐに訪れた。鞘を持つタックス、光耐性のあるリーフレット、感情を封じられたミノア。それ以外の全員が、時を置かずして神剣に釘付けになる。
最初に飛び出したのはマルベリック卿だった。
「その、神剣を寄越せぇええええええっ」
目を血走らせ、馬ごと駆け寄ってくるマルベリック卿。リーフレットも一度惹かれた経験があるから分かる。理性は飛ぶし、狂ったように神剣を求めるようになるが、馬が操れなくなるほど前後不覚にはならない。
「それは俺のものだーーーーっ」
唾を飛ばし、神剣しか目に入らない様子で突っ込んでくる。
それをリーフレットを抱えながらも器用に避ける。ロディオのように右に左に交わしながら、ミノアは更に煽る。
「あれ? たいして変わんないね」
意地悪く笑う。
「さっすが聖光卿……だっけ? 行動が変わらないなんて、闇を呼ぶまでもなく最初から真っ黒じゃんっ」
辛辣なミノアの煽りも、今のマルベリック卿に届いているのか。いまいち分からないまま、二人対一人の追いかけっこが続く。
何度かのすれ違いで、ついに業を煮やしたマルベリック卿は、馬を乗り捨てた。兜が脱げ落ちるのも構わず、ミノアに飛びかかる。
「重装備の騎士が馬から下りてどうするつもり?」
後ろにステップしてマルベリック卿を避けるミノアとリーフレット。
それに食いつかんと、マルベリック卿は馬を放置したまま、ただ神剣を求め攻め寄ってくる。
その、驚くべき速度にリーフレットはギョッとした。マルベリック卿はフルプレートのアーマーに身を包んでいるにも関わらず、一瞬とはいえ馬の駆け足に近いスピードで近づいてきたのだ。
「んー、でも周囲が見えてないよね」
ミノアが立ち止まって呟いた。
ミノアに掴みかかろうとマルベリック卿が近づいた瞬間、後ろからの強烈な一撃がマルベリック卿の首筋を襲う。
地に伏せるマルベリック卿。その後ろから、タックスが小さく息をつく。
「嬢ちゃん、ちょーっと手ぇ抜き過ぎなんじゃねぇか?」
「えー、そんなことないよ。この何とか卿も、神剣に心を奪われてなきゃ結構めんどくさい相手だったと思うし」
リーフレットが改めて周囲を見回すと、数十いた騎兵は全て馬から叩き落とされ、騎士は地べたに伏していた。馬だけが、おとなしくその場に立ち止まっている。かつて千闘戦鬼と呼ばれた男の実力は確かだった。
「リフ、神剣貸して。おっちゃん、鞘こっちに向けて」
恋人つなぎをやめ、神剣を受け取るミノア。
神剣を収めようとミノアが切っ先を鞘に向けた瞬間だった。今まで辺りを照らしていた夕日が落ち、辺りが闇に包まれる。
その瞬間、皓々と光りを増す神剣。危機感を覚えたタックスが鞘の方を差し出し、神剣を収めようとしたが、神剣の膨張した光がタックスを襲い、凄まじい勢いで弾き飛ばされる。
「神剣が嫌がった?」
光脈打つ神剣。辺りの闇を呼び、吸い込み、光へと還元する神剣。
その様子をどうすることも出来ず見つめていると、ばつが悪そうに笑いながらミノアが話しかけてきた。
「リフ、私あの鞘を貰うときに、一つ注意を受けていたんだけど……聞きたい?」
「嫌な予感がするからいい」
「まあまあ、そう言わずに聞いてよ。あのね、一度神剣を鞘に差し込んだら、夜には絶対抜くなって聞いてたんだけど……日が落ちる前に抜いてたから、これってセーフだよね?」
弱々しい笑みで同意を求めてくるミノアに、リーフレットは固い声で答えた。
「いやっ、それアウトだと思うよっ?」
無尽蔵に闇を食らい、比例するかのように神剣は輝き始めた。
鞘すらも弾き、打つ手がなくなった神剣。それを見つめ、ミノアはある予言を思い出した。勝ち誇ったように笑い始める。
「そうだ、無理に抑えようとするからダメなんだよっ。光に指向性を、全てを消し去る消滅光じゃなくて、導きの光に変えて解き放つのっ。リフも握ってっ」
勢いに呑まれ、言われたとおりミノアの手の上から両手で神剣を握る。
「って、導くって、どこにっ?」
「預言書に描いてあったっ。『望み』の世界に送り込むってっ」
「え? 望みの世界って何?」
真顔で問い尋ねてくるリーフレットに、ミノアは口元をヒクヒク、強ばった笑みのまま神剣を振り上げると、小さな声で答えた。
「えーっと……さあ? その、んーと、じゃあとりあえず空に一発っ。いっけーーーーーっつっハーヴェンロードっ」
「って、必殺の呪文みたいに唱えんなあ-----ーっ」
必殺の呪文のように唱えられた力の奔流は、必殺の呪文さながらの規模で空を駆け上り雲を割った。数瞬の時をおいて凄まじい轟音が辺りの空気を震わせ、天上が一時光に満ちる。
ため込んだ光を一気に放ったのが功を奏したのか、空に光が満ちたのが良かったのか、神剣の脈動が収まる。しかし、空の光が徐々に弱まると同時に、再び神剣が淡い光を放ち始めた。
その神剣と空の様子を見比べ、リーフレットは対処法を思いつく。
「ミノア、その神剣を地面に置いてっ、早くっ」
「了解っ」
リーフレットの指示に、疑うことなく神剣を放り捨てるミノア。いや、捨てなくてもそっと置いてくれればいいのに。と、内心思いながらも、リーフレットは神剣の前に立った。
ポケットから一つの布袋を取り出す。紐を解き、中身の砂をさらさらと振りかけるリーフレット。光る砂。その様子を見て、ミノアはあはっと相互を崩す。
「そっか、白陽の砂だね。残してたの?」
「うん。宿で服叩いたときに大量に零れてきたからね。ランプの代わりになるかと思って取っておいたんだ。神剣が闇を吸い込むなら、光で包んじゃえばいいんじゃないかって」
「リフ、賢いっ。ちょっと待ってて、鞘取ってくる」
吹っ飛ばされたタックスも心配してやれ-、と心の中で呟き、ふと自分が神剣に惹かれていないことを知る。
神剣がエネルギー切れなのか、振りまいた光の砂が障壁となっているのか、はたまた自分の光耐性が上がったのか、初めて神剣を見た時のように魅了されることはなかった。
しかし、間に合わせの砂では限界があるのか、徐々に砂よりも神剣の方が明るくなってくる。
「はいっ、リフ」
戻ってきたミノアに鞘を渡され、リーフレットは再びハーヴェルの神剣を直接握った。
神剣が囁きかけてくる。なんて特殊イベントもなく、すんなり鞘の中に収まる神剣。
ふーっと小さく息をつくリーフレット。その様子をしっかり確認してからタックスが近づいてきた。
「……ったく、ひでぇ目にあったぞ」
「とんでもなく吹き飛ばされてましたね」
「神剣を甘く見ていたな。光を取り込んで暴走する仕様かと思いきや、まさか闇を吸い込んで光に還元するとは。闇を呼び寄せるって時点で気づくべきだったな」
「まっ、結果オーライってことでいいんじゃない?」
「嬢ちゃんが神剣を抜かなきゃ、もっと穏便に済んだと思うだが?」
「そうかな、人気のない所で神剣の特性が知れて良かったんじゃないの? 町中で暴走したら、それこそ目も当てられなかったと思うけど」
「そりゃまあそうだが、なんか納得いかねぇな」
「気にしたら負けだよ。神剣の暴走に巻き込まれて吹き飛ばされただけなんて、運がいいんだよ。きっと」
ミノアの軽口に、タックスは大きく息をついた。
「そういうことにしといてやるか。ちょうど足の速そうな馬も手に入ったし、よし、一気に大神殿まで戻るぞ」
「リベルの療養所じゃないんですか?」
しれっと目的地が変わっている。リーフレットが首をかしげると、タックスは凄みのきいた笑顔を見せた。
「あそこは今から忙しくなる。なんせ、両足の折れた騎士が大量に這いずり寄ってくるんだからな」
這い寄る門番と呼ばれた恨みだろうか、容赦ない元門番がそこにはいた。




