Despair 10 副首都ダリスから
再び白陽の大地を渡りルアリスの地に足をつける。
「白陽の大地、難なく突破……っと」
言ってみたものの、ものすっごく虚しくなるだけだった。
三ヶ月も一緒に居ればそうなるかと、漠然と思う。
白陽の大地より北西に馬車で一週間、ルアリスの副首都ダリスに辿り着く。
この都市は大国ルアリースだった頃からある都市で、当時から西の港と北のメルティアス領を繋ぐ中核都市として発展していた。
ルアリースが滅んだ後、当時の王族がここを副首都と定め、川向こうの森を切り開き新たに王族専用の別邸を東側に建設したため、国政を担う貴族街の東側と経済の中心となった西側で川を挟んで完全に分離していた。
今回リーフレットが足を踏み入れなければならないのは東側だ。
普段は立ち入らない貴族街を前に、リーフレットは渋面になる。
ここから大橋を渡るときに一回、市壁を潜るときに一回、目的地である将軍の邸宅に入るのに一回、厳しい身体検査が行われる。
大橋の検査は割と杜撰で持ち物を探られるだけで済むだろう。身分証を持っていれば比較的早く抜けられるはずだ。
ただし、そこに至るまでの長い列、それに並ぶ時間は除く。
次の市壁は身なりが重要となってくる。
一目で貴族と分かる者が馬車で通過するならば軽い質問で済むが、平民が通ろうとすると用件を聞かれ、市壁在住者の紹介がなければ中には入れない。
連絡がつかなければ半日は留め置かれるだろう。
最後に将軍の邸宅だ。会ったこともない将軍自身に神剣を直接手渡さなければならない。
一応、依頼書、紹介状、許可状、そして神剣そのものを持参しているので無碍にはされないだろうが、伝手がまるでない状況で単身乗り込まなければならないのはさすがに気後れする。
何日拘束されるかも分からない。
こんな時こそメルティアスの公爵令嬢であるミノアがいてくれればと、リーフレットは思わずにいられなかった。
それでも届けなければならない。
身なりは西側でそれなりに整えてきた。後は乗り込むだけだ。
気持ちを新たに一歩踏み出した。
その隣を一台の馬車が通り過ぎる。
平民でも金さえ積めば利用出来る御者付きのありふれた貸し馬車だ。
その馬車が、リーフレットを追い越したところで止まった。そして、御者が馬車から降りると扉を開く。
誰かが降りるのだろうか? と思いながら、リーフレットが少し距離を開けて通り過ぎようとした時、馬車の中から声がかかった。
「どうぞ、お乗り下さい」
聞き覚えのある声。リーフレットが馬車の方を見ると、そこには先日リベルの療養所で会った自称元カノの令嬢が乗っていた。
「いや、用事があるので遠慮します」
関わるとやっかいなことになる。出会いの経験から、リーフレットはそう結論を出して断った。が、無表情な令嬢が告げる次の言葉にリーフレットは動揺する。
「神剣をお持ちですね? お送りします。乗って下さい」
有無を言わさない静かな声。神剣のことも知っている。彼女がリベルの療養所にいた事実と合わせ、リーフレットは渋々馬車に乗る選択した。
リーフレットが乗り込んだのを確認し、御者は扉を閉め、馬車は再び走り出す。
馬車の中、無表情令嬢の向かいに座り、リーフレットは油断なく令嬢の動きを観察した。
以前会った時のような怒気は感じない。
しばらく黙っていると、令嬢もまたじっとリーフレットを見つめてくる。
その視線に耐えきれなくなったのはリーフレットだった。
「えっと、君も第二特務兵団の人だったりする?」
「いえ」
「じゃあ、セレノミア研究所の職員だとか?」
「いえ」
なら何故リベルの療養所にいたんだと、声を大にして言いたい。
再び訪れる沈黙。
その間にも馬車は進み、大橋をフリーパスで抜けてゆく。ここまではリーフレットにも理解できた。しかし、次の市壁の門もフリーパスで抜けたところで、リーフレットは身を固くする。
一時停止すらなく、流れるように敬礼されて通り過ぎれる馬車など、貴族の紋章入り馬車ぐらいしかない。決して貸し馬車がされる対応ではないのだ。
考えられる可能性は、御者の顔パスぐらいしか思い浮かばない。
それほど、ここを行き来している人物。それを御者として扱っている令嬢。
リーフレットの頬に一筋の汗が流れる。
「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。ルアリス双将軍バルドゥ・シェード・フロイラインの娘、ファリシア・シェード・フロイラインと申します。どうぞファリシアとお呼び下さい」
無表情令嬢の素性を知り、門を素通り出来た理由は納得できた。しかし、それと同時に聞き覚えのある名前を耳にし、リーフレットの頭がこんがらがる。
「ファリシア……シェード・フロイライン? って、ちょっと待って、聞き覚えがあるんだけど。ミノアって幼馴染みがいない? 彼女が、確か君のことを封呪能力者だって言ってた記憶があるんだけど?」
混乱のまま問い尋ねると、ファリシアは小さく頷いた。
「え、君が封呪能力者? って、君、あの診療所にいたよね……」
ミノアと二人、右往左往して神剣の暴走を止めたのは一体何だったのか。
「本人そこに居たのかよっ」
勢いあまって馬車の天井に頭をぶつけ蹲る。
「少し離れたところから、ちゃんと見ていましたよ。ハーヴェルの陽光を二人で解き放っていましたね。道が繋がったのも確認しました。あなた達のおかけで、一時的にですがこの世界は救われたのです」
療養所に居たのに出てこなかった理由。それに思い当たってリーフレットは申しわけなさそうに聞いた。
「あー、もしかしてあの意味不明なやり取りって、何かを見極める符牒だった? 僕は元彼って名乗っていれば良かったとか」
「……? 名乗ったところで復縁はありませんよ?」
「いや、そうじゃなくて、料理をご馳走になるって言えばよかったとか」
「任せてください。思わず涙があふれ出すような料理をご用意します」
……ダメだ。ただ単純に意味が通じていないだけだった。で、どうしてそんなに料理推しなんだ。
「冗談です」
真顔でそう言い切って、ファリシアはすっと目を伏せる。
「残念ながら、私はあの国で身分を明らかに出来ないのです。ハーヴェルを主神に据えるあの国にとって、封呪能力者である私は都合の悪い存在なので」
昔はもう少し融通が利いたのですが……と、続けるファリシア。捕まれば死刑もあり得たと聞いているだけに、軽々しく批判は出来ない。
なるほど、彼女が囚われ死刑になれば戦争一直線だ。将軍の娘が処刑されたら、この国も黙ってはいない。
「私はいないものとして扱っていただいて良かったのです。以前、その場に居なかったことでとても後悔したことがあったので、様子を見に行っただけなのですから」
そう言って、口を噤むファリシア。
彼女がリベルの療養所にいたのなら聞かなければならないことがある。
「あの後、ミノアが姿を消したんだ。多分、君を探しに出たんだと思うんだけど、会わなかった?」
リーフレットの問いかけに、ファリシアは小さく首を振った。
「あの子と、会うわけにはいかないのです」
只今絶賛逃げられ中って、本当だったんだな。リーフレットは心の中で小さく呟いた。




