Despair 4 ハーヴェルの大神殿から
結局ぼったくられることもなく、それどころかかなり宿代を割り引いてもらい、リーフレットとミノアはオーストリッチ亭で一泊した。
服の白い砂塵を払い、桶の水を使って髪や体の砂も入念に拭って、完全にリセットした状態でハーヴェルの大神殿に向かう。
寄進の名を借りた拝観料を中門で支払い、ミノアと二人で神殿の中に入る。
「拝観料の方がよっぽどぼったくりだったねぇ-」
宿に一週間は泊まれる寄進を求められ、一瞬やめようかと思ったリーフレットは、小さく頷いた。
「おかげで空いてるけどね」
人通りの多い時間帯にも関わらず、神殿の中は閑散としていた。
拝殿ぐるりと見渡すと、左右には関係者以外立ち入り禁止の扉があり、観光客は直進しか出来ないようになっている。
案内板に従い向かいの扉を潜ると、そこには周囲を神殿建物に囲まれた中庭があった。中央に噴水を迂回するように回り込み、本殿に向かう。
地方ならばこの建物だけで神殿と呼ばれるような本殿内に足を踏み入れると、四方をステンドグラスに囲まれた空間があった。正面左右を見回しても何もない。てっきり正面に祭壇があり、そこに神剣が鎮座しているものだと思い込んでいた。
隣のミノアにつられて天井を見上げる。
幾本もの透明な糸に巻き付かれ、宙に浮いたかのように見える一本の剣。女性の腕ほどありそうな柄に、幾つも埋め込まれた宝石。刀身の根元部分に菱形の空きがある。
剣は切っ先を下に、天井近くに吊り下げられていた。
特別に収められた剣。剣が中心に存在する空間。しかし、そのぶら下がった長剣を見つめていると何か違和感を覚える。
「……これは、ちょっと予定変更かな」
天井近くの長剣を見つめ、ミノアは困惑を滲ませた笑みを浮かべ呟いた。
見学もそこそこに本殿を出る。噴水を迂回しようとしたリーフレット達は、拝殿の手前で低い声に呼び止められた。
「そこの二人、止まれ」
振り向くと、純白の鎧を身に纏った騎士が立っていた。神殿に所属する騎士だろう。行きでは見かけなかったが、帯剣しているので警備の人間かもしれない。
「その腰にぶら下げてるのは武器じゃないのか? 武具は受付で渡すように指示されてるはずだが?」
「あっ、それなら大丈夫ですよぉ。これ鞘だけなんで」
言いながら、スルスルと布を取って鞘だけであることを証明するミノア。しかし、声をかけてきた神殿騎士は余計に眉をひそめる。
「……何故、鞘だけを持っている?」
「えーと、実はつい最近この鞘を拾ってぇ、もしかしたら神剣の鞘なんじゃないかなーと思って届けに来たんですけどぉ、違ったみたいなので持って帰りまぁす」
猫なで声でとんでもないことを言い出すミノア。
なんて言い訳してるんだっ。ほぼ正解をそのまま口にしてないかっ? 顔には出さなかったものの、リーフレットはミノアの台詞に戦慄した。
「ふざけるな。そのような見窄らしい鞘が神剣の鞘などと、不敬にもほどがある」
「ですよねー。私の勘違いでした。失礼します。行こ、リフ」
笑顔を絶やさないまま、勢いよく頭を下げるとミノアは拝殿に向かって歩き出した。
未だに睨み付けてくる神殿騎士を尻目に、拝殿から中門、大通りへと抜けたリーフレットはミノアに白い目を向ける。
「どういうこと? わざと疑われるようなことを言うなんて」
あの騎士が冗談だと決めてかかってきたから良かったようなものの、もしも信じられてしまったら、かなりまずい状況に陥ったはずだ。鞘は没収されました。では済まない。
「大丈夫。だって、あの神剣ニセモノだし」
声を落として、偽物だとミノアは言いきった。
「本物か偽物かなんて遠目に見ただけで分かるの?」
どんなに近づいても剣が天井近くにあった以上、間近で見ることは叶わなかった。それでもミノアはアレが偽物だと断言したのだ。
「うん、サイズが全然違うし」
チラリと自分の持つ鞘に目をやるミノア。リーフレットは「あっ」と声を上げた。
本殿で長剣を見たとき覚えた違和感。その正体にリーフレットは今更ながら気づいた。
ミノアの持つ鞘は、長剣が収められる程度には大きいが、あの本殿で見た豪勢な長剣を収めるには幅が足りない。
「私はこれが本物だって知ってるからさ。サイズの合わないあの剣は神剣じゃないってこと。それに、暴走しかけている神剣にしては静かすぎると思うんだよ。こう、もっと力が溢れてやばいって、感じなんじゃないかな、本物は。だから私はあの神剣が偽物だと断言します。うん、間違いない」
サイズに関しては同意。と、リーフレットが口を開くより早く、声をかけてくる者がいた。
「おー、嬢ちゃん見る目あるじぇねぇか。よくアレがパチモンだって気づいたな」
黒鉄の鎧でなく、革の鎧に炭をすり込んで黒く染めた鎧。パチモンだと言っている本人の装備が一番パチモンっぽい男だった。
って、どこかで見たことがあるような……。答えはミノアが知っていた。
「あれ? おっちゃん今日は門番なの? 屋台は?」
ふと気づけば南門を潜ったところ。立っている位置から黒革の兵士が門番なのは分かる。そして、その黒い鎧をエプロンに替えて想像してみると、確かに昨日屋台でダチョウ串を売っていた男だった。
「屋台はアルバイトだ。白駝鳥の肉が獲れたときだけのな」
「で、今日は門番のおっちゃんが、あの神剣がパチモンだなんて認めちゃっていいの?」
「普通はダメだな。けどよ、黒革鎧の下っ端がなに言ってようが、上は気にもしやがらねぇよ。門番Gって名前すら覚える気がねぇんだ」
それは七番目? それとも黒光りする小粋なアイツのことを指しているのだろうか。聞いて気まずくなるのをリーフレットは避けた。
「鎧の色が薄まるほど高位なんざぁ、誰が決めたんだか。おかげで下っ端は黒色を着なきゃなんねぇ。黒鉄なんざ手に入らねぇから、革を黒く塗るとかダッセェまねまでしてな。下手に光沢出しちまうと、這い寄る門番、とか呼ばれるし」
あ、小粋な方だった。と、聞かずしてリーフレットは答えを知ってしまった。
愚痴が止まらない門番Gに、愛想笑い全力で相づちを打つミノア。
「おっちゃんも大変だねぇ。アレがパチモンだって分かってるのに警備しなきゃならないなんて。本物は別の場所で厳重に保管されてるんでしょ?」
何気ない様子を装い、情報を得ようとしたのだろう。そんなミノアに、門番Gは得意げにニヤリと笑った。
「別の場所ってーのは正解だが、厳重じゃあねぇな。いいぜ、見たきゃ案内してやる。もちろん、これ次第でな」
左手で金のマークを作り、声を潜めて誘ってくる門番G。小金稼ぎなのだろう。しかし、安易に乗っていいものだろうか。と悩むリーフレットを横目に、ミノアは即決した。
「オーケー、本物を見てみたいの。案内して、おっちゃん。今から行けるの?」
「うんや、今日は終日門番だからな。明日、この場所に行ってくれ。ここから南に向かった所にある小さな町だ。そこで落ち合おう」
そう言いながら門番Gは小さな紙片をミノアに手渡した。
「了解。じゃあ、先に行って待ってるよ」
軽く約束をして、ミノアとリーフレットはハーヴェルの大神殿を後にした。
少し歩いたところで、ふとリーフレットは気づいたことを口にする。
「ここから南にある町って、僕たちが向かおうとしていた拠点のある町なんじゃ? 偶然でも良かったね。どっちを優先するか悩まなくて済むんじゃない?」
「偶然? まさか。あのおっちゃん、門番が本業だなんて一言も言ってないよ」
ミノアから小さな紙片を受け取って、リーフレットは小さく唸った。紙片が示す待ち合わせ場所は、リーフレットたちが目指す療養所の前だった。




