Despair 3 ベルフライン神公国から
ルアリス南部から白陽の大地を渡り、ようやくベルフライン神公国に足を踏み入れたリーフレットとミノア。
ベルフライン神公国は大国ルアリースの崩壊と共に分かれた南三国の一つだ。
西のロステル民公国と東のティガロ軍公国に挟まれたこの国では、陽光の主神ハーヴェルを崇めるハーヴェン教が国教としてあり、政治の中枢もハーヴェン教の信徒が務める宗教国家だった。
ルアリース崩壊後の混乱が一番ひどかったベルフライン公爵領は、混乱の引き金となったハーヴェルを恐れ敬い、当時の公爵が自らハーヴェン教の開祖となったため、今では神公国として完全な独立を果たしている。
独立当初は、ルアリースの後継国として恭順を求めていた北のルアリス王国と対立関係にあったが、白陽の大地がベルフライン神公国を勝利に導いた。その後、ルアリスに保管されていたハーヴェルの神剣をベルフラインに貸与する契約を経て、国交が正常化したのだ。
「でも、分からないなぁ。どうしてルアリスは今になって神剣を返せだなんて言い出したんだろ。封印が解けるのをどうにかする責任はベルフラインにあると思うんだけど。そもそも、大昔にルアリスがベルフラインに譲ったのも意味不明だし」
恭順を求められていたベルフラインが神剣を譲って国の独立を認めてもらう、とかならともかく、ルアリスが神剣をベルフラインに貸与する理由が分からない。
「答えは簡単だよ。当時、神剣を封印できる封呪能力者はベルフラインにいた。そして今、神剣を封印できる封呪能力者はルアリスにいる。それだけの話」
「それって、封呪能力者を連れてきた方が早くない?」
「そこはほら、お国同士のすったもんだがあるんだよ。ルアリスからすれば当時と同じように神剣の方を寄越せって考えになるけど、ハーヴェルを主神とする神公国とって神剣は手放せない神具になっちゃってるからね。そう簡単には返せないって感じかな」
魂魄樹想が主流のルアリス王国にとって、ハーヴェルの神剣は厄災の種でしかなかったが、ベルフライン神公国では崇拝の対象らしい。
「となると、警備も当然……」
「バリ堅だろうねっ」
楽しそうに笑うミノア。全然嬉しくないリーフレットは逆に顔をしかめた。
直接盗み出すような役割ではないが、穏便に済む気がしない。後は先行している工作員から接触してくるのを待つだけと、楽観視できるほどリーフレットは楽天家ではなかった。
「とりあえず、どうにか間に合いそうだし、拠点に向かおうか」
「あのね、リフ。それなんだけど、ちょこっと偵察に寄ってみない? 一度ちゃんと神剣を見ておいたほうがいいと思うの」
ミノアが何を言いたいのか理解し、リーフレットは小さくため息をついた。
白陽の大地から拠点がある町の間に、ハーヴェルの大神殿はあるのだ。当然、リーフレットは迂回して拠点に入るつもりだった。
「見ておいたほうがいいって、警備が厳重だって今君が言ったんじゃないか。そんな簡単に見られるわけ……」
「大丈夫だと思うよ。だって観光地化してるし、ハーヴェルの大神殿」
「……は?」
わくわくが抑えられないような笑みを浮かべるミノアに対し、リーフレットは想像していなかった神剣の現状に言葉を失った。
ハーヴェルの大神殿。
町全体が神殿を中心に包み込むようにして発展しており、神殿から南門に繋がる大通りには、巡礼者相手の屋台がずらりと左右に並んでいた。
門の様式も神殿と共通しているところを見ると、町そのものが神殿の一部なのかもしれない。
北にはハーヴェルの神威が示された白陽の大地が広がるため、人の通れる門はなく、西は神職のみが通れる門、東は物資搬入のみの門と決められている。
そのため、リーフレット達のような白陽の大地から訪れた旅人はぐるりと町を半周し、南門から入らなければならなかった。
「リフも食べる? 焼き鳥、美味しいよ?」
完全に観光客と化したミノアはリフに荷物を預けると、神殿に見向きもせず屋台に突入し、両手に三本ずつ串に刺さった焼き鳥を抱えて振り向いた。
もぐもぐと口を動かしながら勧めてくるミノア。
差し出された串を一本受け取りながらも、リフは食べずにその肉と屋台の看板の絵を交互に見る。
「これって、もしかして僕たちを襲ってきた白いダチョウの……肉なんじゃ?」
「よく分かったね。名物らしいよ、この町の」
白陽の大地を神域と崇めながら、そこに生息するダチョウを食べるのはアリなのかと、心の中で突っ込む。匂いに負けて、一口食べてみた。
「あ、美味い」
なるほど、名物になるのも分かる。大型獣にもかかわらず、肉質は柔らかく、獣臭さもない。タレで誤魔化しているわけではなく、味付けは塩のみなのに驚くほど食べやすかった。
「でしょ? つい逃げちゃったけど、狩っとけばよかったね」
いや、あのダチョウ一匹引きずって荒野を縦断するのは御免被りたい。
「おっ、嬢ちゃんたち白陽の大地を渡ってきたのか?」
屋台の親父に尋ねられ、リーフレットはしまったと顔を強ばらせる。今後を考えると、ルアリス方面から来たことは出来るだけ知られない方がいい。
「あれ? どうして分かったの? 白いダチョウならこの辺でも狩れるよね? 名物になるぐらいなんだし」
動じるでもなく笑顔のまま問い返すミノア。思わず顔を強ばらせてしまったリーフレットは、自分の対応力のなさを恥じた。
「服の埃だ。白陽の大地を渡ってきた連中は、その大地の白い砂塵を体中につけていてな、全体的に白っぽくなってるんだ。嬢ちゃんたち、まだ宿にも行ってねぇだろ?」
「おおっ、すごい。正解。今、南門を潜ったところだよ」
「そんな嬢ちゃんたちにおすすめの宿がある。どうだ? 俺が肉を卸している宿だ。飯の味は保証するぞ。嬢ちゃんたちはただ泊まるときにダチョウ屋の紹介だって言ってくれりゃいい」
「それでおっちゃんにマージンが入るんだね」
見抜いたぞと口の端を上げるミノアに、屋台の親父もニヤリと笑う。
「わかってんじゃねぇか。そこの四つ角を右に曲がってすぐのオーストリッチ亭だ」
「了解、行ってみるよ。ありがとね」
軽く手を振りミノアは歩き出した。その後ろをリーフレットは慌てて追いかける。
「で、本当に行くの?」
「うん、せっかくだし。ぼったくられそうになったら、それをネタに屋台のダチョウ串を巻き上げる」
あのダチョウ肉を気に入ったのか、ミノアは強かに笑った。




