Despair 2 レアンの村から
三ヶ月後、ミノアと出会ったその場所にリーフレットは佇んでいた。
「……どうして、こうなった?」
誰に問うでもなく、ぽつりと呟いてみる。
隣に立つミノアがにやりと笑った。
「犯人は現場に戻るって、相場が決まっているもの」
「いや、いやいやいや。犯人じゃないし」
「家屋倒壊犯」
「アレは君の仕業だろ。僕を犯人に仕立てないでくれ」
未だに倒壊したままの廃屋を見て、リーフレットは大きく肩を落とす。
北のルアリス王国から南隣のベルフライン神公国に向うはずだった。なのに今、二人は目的の国にすら入れず、元いた場所に立っている。
「まさか、ボードゲームの振り出しに戻るを実際に体験するとは思わなかった」
副首都ダリスを経由して南下すれば半月ほどの旅程。「西の港から船に乗れば三日は短縮できるよ」とミノアの甘言につられ船に乗ったものの、出発から数日と経たず船は「公爵軍」を名乗る一派に占領され、本来迂回するはずだったロステル民公国にて下船。そこからでも解放された後、東にまっすぐ陸路を行けば、一ヶ月ほどで目的の国に辿り着けるはずだった。なのに「もう船でも安全じゃない?」と再びの甘言に惑わされ、船で再出発したはいいものの、目的のベルフライン神公国から公爵軍の残党と勘違いされ、砲撃を受ける始末。結局入国できないまま船は西から東の海流に逆らえず、東隣のティガロ軍公国に辿り着く。その後、技術の進んだティガロの蒸気機関車に乗れば、すぐにでもベルフラインに辿り着けるかと思いきや、その寸前で両国の武力衝突が起こり、国境は封鎖。リフとミノアは北上して北のルアリス王国に戻るしかなかった。途中、ルアリスとティガロの間にあるワンバック公爵領では、ティガロの奸計が炸裂し、あと一歩でルアリスが内乱に陥る危機にまで至った。どういうわけか、ミノアがワンバック前公爵を笑顔で張り倒す暴挙を経て、内乱は寸前で止められたものの、内乱を画策していたティガロの密偵に追われる身となり、ルアリスの東部から副首都ダリスを通り越し、西部にあるレアンの村にまで逃げなければならなくなった。怒濤の三ヶ月だった。
「リフは一つ、いい教訓を得ました」
隣にいたミノアがニッと口角を上げる。
「急がば回れなんざ嘘っぱち」
回りすぎたのが原因だろっ、大陸ほぼ一周してるぞ。と、喉元まで出かかった言葉をリーフレットは飲み込んだ。全てがミノアのせいでもない。
「未だ目的の国にすら辿り着けてないもんな」
「でもさ、そのおかげでこんな珍しい写真? だっけ? も撮ってもらえたんだし、色々と困った人たちの手助けもできたし、回り道も悪くなかったかも?」
技術の進んだティガロで移動馬車の写真屋と知り合い、そこで撮ってもらった写真。それをひらひらと見せつけながら、ミノアは自らを正当化しようとした。
「間に合えばね? 間に合わなかったら、道化にもほどがある」
「大丈夫だって。神剣の封印がすぐに解けてしまうわけじゃないし、私たちが行かない限り安全だよ」
「それって、僕たちが行かない方がいい案件なんじゃ?」
「行かなきゃ行かないで、いずれ暴走するのは確定案件だと思うよ?」
「やっぱり、そうなるかぁ」
溜息をつくと同時に、ふと気づく。
「もしかして、こうなるって知ってた?」
預言書を読んでいるミノアに、今更ながらリーフレットは問い尋ねる。
彼女は得意満面の表情で答えた。
「私、ここを出るとき手ぶらだったでしょ? 実は神剣の移管用に特別製の鞘をニブルテットから預かってるんだけど、さて、それは今どこにあるでしょう?」
そう言いながら潰れた廃屋の方にチラリと目線を送る。
「そうならそうと、言っておいてくれても……って、駄目か」
もし事前に知っていたら船で遠回りなどしなかった。結果、ロステル公爵軍の蜂起は成功していたかもしれないし、ベルフラインとティガロの軍事衝突は戦争に発展したかもしれない。ワンバック前公爵の反乱がルアリスの内乱になった可能性もある。
その全てに関わったリーフレットは深く項垂れた。
「まっ、気を取り直して今度こそベルフラインに向けて出発しよっ」
「もう船でって言わないんだな」
「私たちは結局ルアリスを南下して白陽の大地を渡り、ベルフライン神公国に至るんだって。今度は言っておくよ」
してやったりとにんまりするミノア。
白陽の大地と聞き、リーフレットの表情が引き締まる。
「そうか、その問題もあったんだっけ」
何故ミノアの甘言に応じて船で遠回りしたのか、リーフレットは思い出す。
白陽の大地を通りたくない。そんな気持ちがあったのだ。
かつて大陸の全土を統治し、五つの公爵領を支配下に置いていた大国ルアリース。その王都があった地。今は白陽の大地と呼ばれている場所だ。
陰のない、常にどこからともなく溢れてくる陽光に照らされた空間。人の身で長時間そこにいると、その輪郭が徐々にぼやけて存在自体が消えてしまう死の大地。
数百年前に禁術によって生み出された神剣は、輝きを増し、やがてその光は都市の一つを飲み込むほどに輝き、全てを白い光の中へと消し去った。その成れの果て。
神剣が封印された今でも、白陽の大地と呼ばれる大陸の中心地は白い光に満たされている。
リーフレットは過去にこの地で死にかけた。少し調子に乗っていたのだ。その結果、今よりも赤茶けていた髪は白ぼけた桃髪になり、今でも治らない。軽くトラウマだった。
「目隠しして猛ダッシュで突っ切れば大丈夫だって」
余裕綽々と言い切るミノアを見て、リーフレットは半眼になる。
「迷ったら最後、確実に死ぬけどね」
眩しすぎる光は簡単に目を潰してしまうので目隠しは必須だが、そうすると今度は方向感覚を失う。そして迷った者が白陽の大地から帰ってくることはなく、文字通り光に飲まれて消えてしまうのだ。
「安心して、手を繋いでてあげる」
とびきりの笑顔で手を差し出すミノア。
その手を握らず、リーフレットは礼だけを言った。
「ありがと。でも白陽の大地までまだ数日は掛かるからね」
「もう、照れなくてもいいのにぃ」
肘でぐりぐりと脇腹を突っついてくるミノアを、うっとうしそうに横に押しのける。
「とにかく、移管用の鞘、あるんでしょ? 取ってきなよ」
「っと、そだね。じゃ、ちょっと待ってて」
小走りに廃屋へと向かうミノア。その後ろ姿を見つめ、リーフレットはぱんっと両頬を叩いた。ほんの少し赤くなった頬を、照れだとは認めたくなかった。
「よっしゃぁあっ、白陽の大地、難なく突破ぁっ」
目隠しを取ると、ミノアは両手を挙げて一声を上げた。
「……難なく、だったか?」
一度は撒いたはずのティガロ兵に再び追われ、飛び込むようにして突入した白陽の大地では、その境に生息する白いダチョウに襲われた。
とにかく先に進めば追っては来れないと、ひたすら走り、案の定迷い、不安と焦りと恐怖に苛まれながらそれでも走り、恥ずかしいことに、最後にはミノアの手に引かれて白陽の大地を抜けた。
「難なく、だったか?」
大切なことなのでもう一度言っておく。
疲れ果てた表情のリーフレットに向けて、ミノアはチチチッと片目をつぶって指を動かす。
「リフ君。キミは数日後、この元凶であるハーヴェルの神剣を運ばないといけないんだよ。陽光の残滓程度に屈してちゃダメ」
余裕の笑みを浮かべ、上から目線で下から覗き込んでくる器用なミノア。
リーフレットは顔をしかめた。
「屈したわけじゃないけど、僕たちが失敗したらハーヴェンロードの再演かと思うと、胃が痛くなってくるんだよ」
一七五年前、大国ルアリースの建国五百年を祝う祭典で行われた秘術。
特定の概念、陽光に神格を与えその力を呼び込む秘術は、神剣創造の奇跡となってハーヴェルの神剣をこの地にもたらした。その結果大陸を襲った災厄は、隆盛を誇った王都を瞬く間に崩壊させ、大陸唯一の国を四つに分断するに至ったのだ。
一連の出来事を人々はハーヴェンロードと呼び、秘術は禁術として百数十年経った今でも恐れられている。
「心配性だなぁ。禁術に手を出そうとしているわけじゃないんだし、封じられて百年以上経ってるんだからさ、神剣が暴走したとしてもハーヴェンロードはさすがにないと思うな」
「僕もそう思いたい」
憂いが晴れないリーフレットを、ミノアは軽く笑い飛ばした。
「だーいじょうぶだって、いざとなったら私が秘奥義でも使って、ちゃちゃっと解決してあげるからっ」
「秘奥義って、あの君が書いた奥義書の? 確か『誰にでも?できる奥義百選』だっけ? あのハテナマークが入った自作本の? あの奥義って、読ませてもらったけど一つも出来なかったんだど?」
ハテナマークが入っていたことに思わず納得してしまったぐらいだ。
アレを容易く発動させられるのって、ミノアぐらいなのではないだろうか?
書いている内容からして全てを極めれば万の軍勢を片手で翻弄できる奥義書なんだろうけど。
普通、一つの奥義を会得するだけでルアリス武闘連の師範代クラスになれる。どういうわけか、ミノアの持つ奥義書にはそんな門外不出の奥義指南が百手も載っていた。
「んー、奥義ってさ、仮初めの神約を利用した裏技みたいなものなんだよね。だから、秘された理さえ知ってしまえば誰にでも出来ると思ったんだけど……どうにも細かいニュアンスが他の人には伝わらなくてさぁ。道場に通った方が早いらしいんだよね。……嘘は書いてないのにね」
嘲笑を含んだミノアの呟き。リーフレットは聞き逃さなかった。
「いや、ミノアが嘘をついているとは思ってないよ。実際、君は使えるわけだし。たださ、あんな数の奥義どこで知ったの?」
何気ないリーフレットの問いに、ミノアはにちゃあといやらしい笑みを浮かべる。
「さて、どこでしょう? とりあえず場所は関係なかったかな。仮初めの神約を司るディリシア・エリクシュエルが直接教えに来てくれた。なんてどう?」
いや、どう? と聞かれても困る。
「ディリシア・エリクシュエルって誰?」
「あれ? 知らない? 神約を司る女神の娘で、その権能は仮初めの神約。この世のありとあらゆる不協和音の元凶にして、今なお世界に災厄の種をばらまいているアンポンタン」
ずいぶんな言われようだ。女神の娘と呼んでいる割に、敬意は全く感じない。
「アレに悪意はないんだろうけど、存在自体が歪んでいるっていうか、親のクライシアに認められたくて真の神約を結ぼうと足掻き続けた結果、世界がぐちゃぐちゃになような仮初めの神約を次々に生み出してる存在。おかげで私の幼なじみは大忙しなんだよ」
「幼なじみって封呪能力者の?」
「うん、そう。仮初めの神約は大半が呪いとして扱われているから、ファリシアちゃんの出番ってわけ」
幼なじみの活躍が嬉しいのか、誇らしそうにミノアは胸を張った。そして、
「仮初めを司る彼女が、真の神約なんて結べるはずないのにね……」
と、少し寂しそうに笑った。




