Despair 21 倒れた木々が散らばる林から
「あまり、状況が変わっていないような気がするのは僕だけですか?」
「しゃーねーだろっ。近づくことすら出来ねぇ。狙われる回数が半減しただけでも感謝してくれっ」
ここは俺に任せて先に行けと言われたものの、リーフレットがその場を離脱出来るほどの隙は生まれなかった。
非常に気まずい状態が続いている。
そんな中、不意にバルドゥ将軍の攻撃がやむ。
「どれだけ振る速度回数振幅を絞っても、切っ先を向けられた瞬間に身をかわされてはな。一往復するまで発動しない剣の奥義では、体力を奪う程度にしか使えんか」
実証実験を終えたかのように呟くと、将軍は周囲を見渡した。
「もう少し足場を崩しておくか」
いや、もう十分荒れてますよ? 一体何をするつもりですか?
戦々恐々となるリーフレットを前に、バルドゥ将軍は神剣を左手に持ち替え、馬の鞍から二本の細やりを取り出した。
将軍が持つにはあまりにもお粗末な槍だ。新兵ですらアレよりはマシな装備をしている。村の自警団に貸し出されるような、木造の槍。先端の穂には鉄が使われているが、劣化しているのも見て取れる。
神剣を持つ将軍が何故今更そのような槍を持ち出すのか。眉を潜めていると、将軍はニヤリと笑って言った。
「避けろよ?」
右手に持った二本の槍。それを一本ずつ天空に向けて投げ放つ。
「あ、やべぇっ。一手矢礫だっ。躱せよ、死ぬぞっ」
タックスの怒号が届く。
え? 一手矢礫って弓の奥義でしょ?
と、リーフレットが否定するよりも早く、二本の槍は放物線の頂点で重なり合った。その瞬間、砕けた槍の礫が槍の幻影を伴って辺りに降り注ぐ。
「弓矢は覚悟してたけど、千の槍が降ってくるとは想定してないっ」
存在が千の弓兵から千のバリスタにクラスアップしてる。
人の身で耐えられるものではない。
木々の多い場所ならば弓の奥義は威力が半減すると高を括っていたリーフレットは、太い幹すら貫いてくる将軍の一手矢礫を見て、必死に躱し続け、命を繋ぐ。
全ての礫が落ちた時、森はその様相を変えていた。
剣の奥義とは比較にならないほど広範囲に、倒れかけた木々、折れて散らばった枝が散乱している。地面はえぐれ、歩くのも困難な状況だ。
頬に冷や汗が伝う。
あんなものを連発されたら、預言書通りだとしても終わった時には大怪我だ。
どうにかして、あの槍を……と、そこでふと気づく。今、将軍は左手に神剣を握ってる。右手の槍は投げてしまった。
だったら、今ならっ。
神剣を持ち替え再び奥義を放つまでの一瞬。それだけあれば逃げられ……。
「ばかやろうっ」
背を向けようとしたリーフレットをタックスが押し倒す。
タックスの鎧に一線の傷が生まれ、背中から鎧が砕ける。
「タックスさんっ」
「大丈夫だ。奥義の振幅が甘い。左で助かった」
バルドゥ将軍は神剣を持ち替えていない。左手のまま剣の奥義を放ったのだ。
「まさか、左でも放てるなんて……」
「一つ、いいことを教えてやる。バルドゥ兄貴が将軍になる前の異名は双剣使いのバルドゥだ」
それが指し示す一つの事実。まだ手加減されている。思えば槍での一手矢礫もかわされること前提としていた。
両手で縦横無尽に錯視無用を放たれれば、すぐにでも決着がつくだろう。
そうしたくない理由が、バルドゥ将軍にはあるのだ。
神剣をわざわざ持ちだしてまでリーフレットを襲う。なのに手加減?
どうやっても答えが出なさそうな謎に、リーフレットが頭を悩ましていると、バルドゥ将軍はふとリーフレットとタックスから視線を外し、奥の木を見上げた。
リーフレット達の背後、木の枝を足場に佇むミノア。
「はーい、そこまで。時間切れだよ、将軍。親馬鹿もほどほどにしておきなよ」
姿を見咎められたミノアは、リーフレットの横に降り立つ。
「ふん、娘が女神の転生体だった親の気持ちなど貴様には分かるまい。自分の娘が腐りきった使命に縛られているのなら、それを解き放とうとするのが親の務め。しかし、現状それすらもままならぬ。ならば、少しでも娘の負担が減るように動くのは当然であろうっ」
再び二本の細槍を片手で持つ将軍。それを見てリーフレットが声を上げた。
「ミノアっ、将軍は槍でも弓の奥義を使えるっ」
気をつけて。と言いきるよりも早く、バルドゥ将軍が二本の槍を順々に投擲する。
「おー、なるほど。素材さえ揃えば可能なんだね。槍を矢に見立てて羽は後付けでなんちゃって一手矢にって感じかな」
見上げながら悠長に感想を述べている間に、二本の槍が頂点で重なり合う。砕けた槍の破片が槍の幻影を纏って降り注ぐ。
その様子を見つめたまま、ミノアは左手首だけを動かし、捻るように右にひと払い下にひと払い、そして上に指を振り上げる。
その瞬間、ミノア前方の地面から突風が吹き上がる。
周囲から吸い上げるような突風は渦を巻きながら降り注ぐ千の槍を一瞬で吹き飛ばしてしまう。
その様子を冷静に窺い、バルドゥ将軍は口を開いた。
「奥義書に書かれていない奥義……秘奥義か」
「秘奥義だなんてそんな洒落たものじゃないよ。かつてディリシア・エリクシュエルが敵から大量の矢を射かけられた時、払い飛ばすために即興で作り出して、一度しか使わなかった仮初めの神約。世に出なかった理由は……言っていいのかな、埃っぽかったんだって。本人曰く」
馬鹿らしそうにハハッと笑うミノア。それとは対照的に、神妙な顔になるバルドゥ将軍。
「使い勝手は良さそうだがな」
「使えるようならお好きにどうぞ。別に禁術指定されてないし」
簡単そうに見える奥義ほど難しい。
手を払う三動作だけで奥義が発動するなら、今までに発見されていないはずがないのだ。
おそらく髪の毛一本分の指の動き、振るう速度、手首の角度まで正しく手順を踏まなければ発動しない。
そんなことに思考が傾く。
ミノアが到着した気の緩み、それを見逃すバルドゥ将軍ではなかった。
「ならば、奥義の初動を穿つまでっ」
馬を巧みに操り、飛び跳ねるようにリーフレットに向かってくる将軍。
その尋常ではない速度に、リーフレットは対応を誤った。
とっさに剣で受け流そうとして、剣のヒビを思い出す。避けるか、剣の付け根で受け止めるか一瞬の迷い。あ、マズい。と考えるよりも早く、バルドゥ将軍は神剣を水平に貫く姿勢のまま、リーフレットに目がけ最後の跳躍を行う。
そして、そのまま空中で馬ごと静止した。
……は?
ミノアの仕業かと目を向けると、ミノアは空笑いで答えた。
「私じゃないよ。多分、封じる、の拡大解釈。ファリシアちゃん怒ってたからね」
空中に止まったまま、ギロリとリーフレットを睨み付けてるバルドゥ将軍。時間が止まっているのではなく、単純に動けないだけらしい。
これがファリシアの力?
封呪能力者だとは聞いていたが、一国の将軍をこうも簡単に捕らえられるとは思っていなかった。
唖然と空に浮かぶ将軍を見つめていると、林の横からファリシアが現れる。
それと同時にバルドゥ将軍と軍馬がゆっくりと地面に下ろされた。
「お父様、私は手を出す必要はないと言ったはずです」
将軍とリーフレットの間に立つファリシア。
「ぐっ、親として退けぬときもあるっ、お前のことを思えばこそっ」
神剣の刃先をリーフレットに向けたまま、将軍は半開きの口から無理矢理言葉を吐き出す。
その言葉を受け、ファリシアは静かに告げた。
「なら、親子の縁を切るしかないですね」
いつか、どこかで見た風景。風化してゆくバルドゥ将軍。
言い過ぎたと思ったのか、ファリシアが再び口を開く。
「冗談です」
今のバルドゥ将軍に聞こえているだろうか?
手からこぼれ落ちが神剣が地面に転がる。それを見逃さず、タックスが動く。将軍の馬から神剣の鞘を抜き取ると、神剣を拾い鞘に収めた。
馬が動き出したので、おそらくバルドゥ将軍の緊縛も解けているとは思うが、一向に動かない将軍。
下手に声を掛けて敵愾心を煽るのもマズいと、リーフレットも口を噤んでいると、どこからともなく現れた執事とメイドが馬の手綱を引き、バルドゥ将軍を回収していった。
その後ろをタックスが神剣を布で包みながら追う。後のことは任せろと、視線を送ってくるタックスにリーフレットは小さく頷いた。
将軍たちが立ち去る。その様子を見届けると、ファリシアが徐に振り向いた。
「お騒がせしました。父には後でよく言っておくので、ご容赦下さい」
「ああ、うん。わかった」
周囲の惨状をチラリと見て、お騒がせで済むレベルかと思いつつも、リーフレットは了承した。
これで預言書の死地は回避できたかな。
ふーっ、と息をつき、へたり込むリーフレット。その側にミノアが寄ってくる。
ミノアはしゃがんでリーフレットと目線を合わせた。
「お疲れさま。ちょっと遅れちゃった。ごめんね」
「いや、それはいいんだけど、どうしてファリシアと一緒なの?」
「えっとね、偶然会っちゃってさ。だべってたらつい」
「遅れちゃったと?」
「えへっ」
可愛く笑って誤魔化そうとしてもダメだぞ。
「ミノアは悪くありません。私が引き留めたせいです。非は私にあります」
真剣な表情で謝ろうとするファリシア。それを手で遮ってリーフレットは立ち上がった。
「とりあえずさ、水飲みに行っていい? すぐそこに川があるんだ。もう喉がカラカラでさ。君たちもどう? ここで休むより、いいと思うんだけど?」
リーフレットの意見に反対する者はいなかった。




